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鏡の世界  作者: 現野翔子
第一章:葉月実

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最初の寮対抗行事へ向けて

 研究所跡の探索も良いけれど、禁域についての調査も忘れられない。葉月くんとは毎日勉強会を開催して、仲良くなれているだろう。禁域について詳しそうなもう一人、零ちゃんとはどうだろう。葉月くんと比べて会うことは少なく、七不思議の少女という点についても追及できていない。

 今日は零ちゃんと遊ぶことにしよう。週の真ん中で息抜きの時間を設けても良い。これだって、家族に近づくための行動なのだから。そう結論付けた所で、五限目の授業に集中する。水曜日の五限目はホームルーム。何やら来週に控えた学校行事についての説明をしていた。


「花房君、聞いていたか?君が一番説明を必要としている人間だと思うが。」

「え、えーと。ごめんなさい、聞いてませんでした。」


 他の事を考えていたと大谷先生に見抜かれてしまった。もう一度してくれた説明をまとめるとこうだ。

 学内、校舎を中心とした四つの寮までの、円形の範囲に宝物が隠されるという。それらを発見すると点数がもらえ、合計点が多い寮の勝ち。勝った寮には次の日の晩、特別な夕食が振舞われるそうだ。


「要は交流行事だな。主に新入生や編入生と親しくなる機会、他学級や他学年の人とも親しくなる機会を設けようというわけだ。明日の放課後までに三、四人のチームを組んで用紙を提出するように。」


 回って来た紙には班長と他三人分の名前を書く欄がある。その下には小さな文字で何段も注意事項が記載されていた。

 同クラスのみで構成された班が宝を発見しても点数には加算されない。班は同寮生徒で構成すること。宝の奪い合いで怪我をさせた場合、脅迫等が明らかになった場合は寮自体が失格扱いとなる。禁域を含む、寮の外側に宝は設置されないため、侵入しないこと。同様に寮や各部活動施設の中にも宝は設置されないため、侵入しないこと。校舎内にも宝は設置されるが個人ロッカー等にも設置されないため、他人のロッカーをこじ開ける等の犯罪行為は厳に慎むこと。

 前半は班についての説明だけど、後半になるにつれて当たり前と言えるような注意事項に変わっていく。翌日の晩餐のために他人に怪我をさせたり、脅迫したり、他人のロッカーをこじ開けたりする人などいるのだろうか。


「私は天女と組めない。残念。」


 ふらりと寄って来ていた古賀さんの声は相変わらず読めないけど、表情は少々沈んでいるようにも見える。周囲の子たちも自由に席を移動していて、班を決める時間のようだ。このクラス内で決めてしまえないため、誰と組むつもりかという話をするだけになるだろう。

 同学年他クラスなら華道部の高松さんくらいしか知り合いはいない。しかし狼寮のため、班を組むことはできない。他学年なら思いつく人数は多い。まず栄お兄ちゃん、は豹寮だ。華道部関連なら京極先輩、も朱鷺寮だ。部長の岩倉先輩もたしか豹寮だった。


「羽衣ちゃ〜ん!羽衣ちゃんは誰と組みたいの?今回ばっかりは恭弥くんと一緒に回れないよ!大好きなお兄ちゃんも豹寮の人だから一緒には探せないね。となると羽衣ちゃんが親しそうなのは、やっぱり千尋先輩?」

「あっ、うん、そうそう、柊木先輩にお願いしよっかな。」


 柊木先輩はよくお世話になっているため、頼みやすい。桃園さんの話もたまには役に立つ。他には華道部の森川先輩も杜鵑寮だ。数回話しただけではあるが、小牧先輩も断られた場合の候補には入れておこう。

 葉月くんは参加するのだろうか。誘ってみても良いだろう。その場合、桃園さんや木葉くんと班を組む約束はできない。三人で良いのなら断っても人数は足りる。


「はっ、これは梨々花ちゃんも羽衣ちゃんと仲良くなるチャーンス!私も一緒に回りたいなぁ。そうだ、悠くーん!羽衣ちゃんと梨々花ちゃんと一緒にお宝を探しちゃおう!可愛い乙女二人が綺麗な勝利の女神二人に大変身!きっといい食事に恵まれるよ。」

「それは豊穣の女神二柱。」


 教室の中で不必要なほど大きく手を振って木葉くんを呼び寄せる桃園さん。古賀さんには発言を訂正されているが、それを気にすることなく、もう一度木葉くんに訴えかけようとするけど、木葉くんにも先ほどの大声は聞こえていたため、発言を遮られる。


「他クラスか他学年の人も要るよ。」


 桃園さんの常に興奮しているような語り口に冷静な言葉を返した。中等部から通っている二人は他クラスにも知り合いが多いだろう。桃園さんにも思い浮かんでいる人物がいるのかもしれない。

 それを証明するように、桃園さんはチッチッと人差し指を左右に振った。


「便利な、もとい頼れる千尋先輩がいるからね。心配ご無用!一年生Sクラスでみんな仲良しになるためなら協力してくれるよ、きっとね。羽衣ちゃんったら恭弥くんとか静ちゃんとか、他寮の人とばっかり仲良くするんだもん。それかAクラスのお兄さんとか千尋先輩とか。」


 言い直してはいるけど、完全に便利なと言ってしまっている。敬意は持っていないようだ。その上、葉月くんを省いた三人で、一年生Sクラスみんなと表現している。桃園さんも葉月くんを数に数えないのだろうか。しかし、新入生歓迎会の時は会話をしていた。やはりこういった物言いからの判断では限界がある。これを見越して古賀さんは中間試験を待つように言ったのだろうか。

 今考えるべきはこの桃園さんの提案をいかに断るかだ。素直に葉月くんを誘いたいと言っても良いだろうか。それを避けるなら誤解を覚悟で柊木先輩との時間を邪魔されたくないなどという意味の分からない言い分を主張することになる。


「花房さんは他のクラスの女子と一緒に回りたいとかあるの?僕は遠慮しておこうか?」

「そう、だね。ゆっくり探索してお話したいから、桃園さんにも遠慮してほしいんだけど。」


 これで聞き入れてくれないなら、誤解覚悟の主張だ。一対一の状況ならともかく、こんな葉月くん以外の全員が揃っている状況で葉月くんの名は出し辛い。熱田くんのように思うところがあるのなら、一対一の状況でじっくりと話を聞くべきだろう。

 桃園さんは不服そうな表情を浮かべている。それでも遠慮してくれるなら構わない。問題は次に出て来る言葉の束だ。深呼吸で心を落ち着け、口を開く桃園さんを眺めた。


「羽衣ちゃ〜ん、うっかりさんだね?三、四人だから、千尋先輩と二人で探索はできないんだよ?というか恭弥くんと付き合ってるなら他の異性と二人きりにはなるべきじゃないよ。もしかして浮気性?あっちもこっちもなんて思ってたら、みんなに愛想尽かされちゃうんだから!」


 誤解を招かない断り文句のつもりだったけど、桃園さんの手にかかればこれも恋愛的な意味になるようだ。その上、用意していた次の言い訳も潰されてしまっている。これは柊木先輩との時間を邪魔されたくないとは言えない。森川先輩と柊木先輩は親しかっただろうか。小牧先輩とは桃園さんが親しい様子だったため、桃園さんを省く言い訳にはならなさそうだ。

 もう一人、誰と一緒に回ろうとしていると答えられるだろう。


「えっと、ね。柊木先輩もなんだけど、もう一人の人ともゆっくりお話ししたいの。だけど、桃園さんはお喋りが上手だから、一緒に行ったら私は聞くので精一杯になっちゃうかなって思って。」

「ほら、梨々花さん。今回は諦めよう?小牧先輩も誘って、話なら僕も聞くから。」


 木葉くんが桃園さんを宥めてくれる。桃園さんを避けたがっていると思われてしまったかもしれない。言葉を選んだつもりではあるけど、要約すると桃園さんはうるさいという内容を言ったのだから。

 不満を顔面で表現しているけど、木葉くんの説得が聞いたのか、渋々頷いてくれる。


「ぶー。仕方ないね。だけど羽衣ちゃん、一つ忠告するなら、本命は一人に絞るべきなんだよ。それといいこと教えたげる。千尋先輩にはもういい人いるんだからね。うわーん、百合子ちゃ〜ん!羽衣ちゃんに振られた〜!」


 狭い教室を走って姫野さんに抱き着いた。本当に賑やかな子だ。少し離れた所から眺める分には微笑ましく、好意的に思えるだろう。

 じゃあと言って木葉くんも離れていく。この短時間で疲れが溜まってしまった。研究所跡の件がなくても探索する気力など湧いてこなさそうだ。


「お疲れ、天女。提出する班には書けないけど、他寮の人と回ることはできる。私は秘密基地にいる。誘いたい先輩がいるなら放課後すぐ教室に行くことをお勧めする。他の人と組む可能性がある。」


 二年生の教室に行くのか。どう声をかけようか。柊木先輩の出席番号は二十二番だから廊下側に近い席のはずだ。いや、AクラスはSクラスの倍の人数がいるため、三十二番中の二十二番。私の席よりも中央に近くなる。教室の中に入るか大きな声を出さないと声を掛けられないだろう。栄お兄ちゃんは名字に関係なく二番。より廊下から遠いため、柊木先輩を呼んでもらうことはできない。京極先輩の出席番号は知らないけど、柊木先輩より早いはずだ。やはり呼んでもらえない。

 心の準備をしてから向かうしかなさそうだ。そうこうしているうちに鐘が鳴り、五限目が終了した。早速二階に向かおう。


「花房様、どちらへ向かわれるつもりかしら。掃除が待っておりましてよ。」


 瀬名さんに連れられて移動する。既に桃園さんと姫野さん、染谷さんがいない。葉月くんも欠席のため、掃除場所である隣の教室に移動したのは私と瀬名さんを含むたったの四人。無口な男子が一人廊下を掃いており、水島くんも教室を掃きかかっている。


「今日は授業でこちらの教室は使いませんでしたわ。ですので、窓ふきは省略してしまいましょう。黒板を綺麗にしていただけるかしら。わたくしは教室掃きを致しますわ。」

「うん、分かった。三人はどうしたの?」


 掃除に取り掛かりつつ、素早く姿を消した三人について尋ねる。授業では使っていないはずなのにこんなに黒板が汚れているのは、業間に落書きがされているせいだろう。使った人が元通りにしてほしいものだ。消した痕跡はあるけど、白い跡がたくさん残っている。

 大きな溜め息に続いて、瀬名さんは答えてくれた。


「お目当ての先輩か他クラスの友人がいるのでしょう。全く、やるべきことをやってからにしていただきたいものですわ。ねえ、水島様。」

「ああ、本当に困ったものだ。高校生という自覚が足りないのでは?もう僕たちは子どもじゃないというのに。」


 やれやれ、と二人は話しているが、掃除を飛ばして二年の教室に行こうとした私には加わり辛い会話だ。瀬名さんに止められなければ、柊木先輩の約束を取り付けてから戻って来たことだろう。その間に三人で掃除を終わらせてしまっていたかもしれない。悪いことをするところだった。

 反省しつつ、黒板の溝まで掃き終える。これでようやく自由の身だ。六限目の鏡操は少し待ってもらおう。


「皆様、お疲れ様でしたわ。働きぶりはしっかりと掃除日誌につけますので、ご心配なく。全く、さぼり癖のある二人ならともかく、染谷様までどこかに行ってしまわれるなんて。」


 掃除が終わっても三人とも帰ってこなかった。今日も瀬名さんが掃除日誌に記入し、大谷先生に提出する。それを見届けることなく他の二人は部活に向かい、私と瀬名さんだけがSクラスの教室に戻った。

 こちらも掃除が終わったところなのか、有瀬さんが掃除日誌を大谷先生に渡している。他に教室に残っているのは私と一緒に六限を受ける予定の赤坂くんだけだ。


「有瀬様、こちらは如何でしたの?」

「壊滅状態よ。いつも通り天羽さんと熱田さんはいないし、今日は黒江さんもいなかったの。木葉さんもいたことはいたのだけれど、集中力を欠いていたわ。」


 私たちとほぼ同じ人数で掃除をすることになっていたようだ。まだ愚痴のようなものは続いているけど、私は早く用事を済ませて戻って来ないと、赤坂くんと大谷先生を待たせてしまうことになる。しかし、大谷先生も瀬名さんや有瀬さんの話を聞いているため、赤坂くんにだけ伝えて行こう。

 手持無沙汰に教科書を眺めている赤坂くんに一言遅れる旨を伝え、教室を出る。まだ柊木先輩は教室にいるだろうか。他クラスや他学年も掃除を終えているようで、階段や廊下も歩いている人がいるだけで、掃除をしている人はいない。

 いよいよ二年Aクラスの教室だ。深呼吸を一つして、教室の中を覗く。まだ数人残っていた。


「羽衣ちゃんやん。どうしたん?誰かに用事やろか。栄ならさっき職員室におったで。」

「あっ、京極先輩。いえ、柊木先輩に用事があって。」


 背後から話しかけられて少々驚いたが、見知った顔であったため、返事はできた。京極先輩も教室を見渡し、柊木先輩を探してくれる。私は教室に入らずに確認しただけのため見つけられなかったけど、自分の教室である京極先輩は何の躊躇もなく入り、目的の人物を呼び寄せてくれた。


「千尋!ちょっとこっちぃ。」

「なんでわざわざ廊下で?話なら別に教室でも」

「羽衣ちゃんが用事やって。」


 疑問に思いつつも来てくれて、私の姿を確認すると納得したように頷く。京極先輩もそれを見届けると、自分の荷物を取りに教室へ入って行った。他の人の邪魔にならないよう扉付近を空ければ、早速本題だ。


「来週の月曜日の宝探しイベントなんですけど、一緒に回ってくれませんか?」

「俺は構わないが。部活の人とは組まないのか。」

「葉月くんと回りたいなと思ってるんです。だから柊木先輩のほうがいいかなって。」


 華道部に所属している杜鵑寮の人は私を含めて二人だけ。班を組んだとしても、どちらかの知り合いを誘う必要がある。その上、葉月くんも誘うことは、森川先輩が葉月くんをどう思っているのか、葉月くんが森川先輩をどう思っているのか分からないため、提案しづらい。


「去年は不参加だったからな。羽衣が誘ってやれば葉月も喜ぶかもしれない。零が一緒でもいいな。この後四人で回ろうと誘ってやってくれるか?」

「はい、ありがとうございます。じゃあ行ってきますね。」


 夜に報告できる。今日葉月くんの話も聞いて、明日のショートホームルームで提出だ。


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