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鏡の世界  作者: 現野翔子
第一章:葉月実

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分解と再構成

 八限目を終えると、急いで教室を出る。昨夜柊木先輩に頼んで、栄お兄ちゃんに待つよう伝えてもらっているのだ。昨日天羽くんと探索した何かを研究していたような施設については、すぐに伝えるべきだと思ったから。

 二年生の教室は二階、私たちの階の一つ上だ。しかし、私のクラスのすぐ前で栄お兄ちゃんは立って待ってくれていた。


「お待たせ、あのね、あっ。」


 あの研究所跡のことは先生や他の人には内緒。こんな所では話せない。この後探索するにしても荷物は置きに帰らないといけないため、歩きながら話そう。ここよりは人に聞かれにくいはずだ。

 鞄を取りに戻り、廊下を歩く。今日は私が栄お兄ちゃんに報告をするからと、赤坂くんに断りを入れているため、一人でも行けそうな所を探索するそうだ。


「栄先輩、あのね、昨日天羽くんと一緒に探索したの。赤坂くんと一緒に落ちた所なんだけど、天羽くんは出入口知ってたんだね。」

「ああ、俺も会ったことあるよ。人がいると分かったら明かりを消して近づいてくるから、びっくりするんだよね。」


 私たち以外にもあんな場所まで探索する人がいたのか。それなのに特に何も言われていないのは、外に広めるような人は入っていない証拠だ。

 見つけた本の内容や何かの骨が落ちていた話をしたい。しかし、まだ校舎内だ。話せる内容を探しているうちに、二年生の下駄箱に到着した。一瞬だけ別れ、また一年生の昇降口で合流する。その間に話せるようになったら、どう話すか整理していく。校舎から少し離れるのを待って、話の続きを始めた。


「で、その研究所跡の中なんだけど、天羽くんが落ちてるのは何かの骨だよって言ってたの。しかも有瀬さんのお母さんと同じ名前の人が書いた『被験体記録』ってのがあったんだ。被験体何番、みたいなのがずーっと書いてあってね。」


 現実味のない話だ。自分で話していても不思議な気分になる。そんなものは空想の中で起きていることだろう。もしくは、大学か企業の研究所でネズミなどを相手にすることだ。手書きで管理していることも不思議だ。

 天羽くんの話では『被験体記録』の中には人間に関する記録もあるという。それはつまり、動物実験のようなことを人間でしていたということだろうか。そんな場所が、生徒が自由に出入りできる場所に放置されていても良いものだろうか。


「羽衣はそれ、全部読んだの?最後まで。」

「ううん。ここから先は人間だよって言われて、閉じたの。だって怖いもん。」


 具体的に何が行われていたのか、私は知らない。しかし、鉄格子に鎖の部屋があり、肉体を作り替えるとか、不老不死にするとか、そんな言葉の並ぶ本を読めば、碌なことが行われていなかったであろうことは想像に難くない。読まなかったからといってそこで起きた何かがなくなるわけではないけど、家族の下に帰る情報がないのなら、そこに時間を費やす必要もない。

 私が読んだのは天羽くんが選び出した一部の冊子だ。他の物も読めば、世界を越える鏡のような話についても書かれているのかもしれない。だから私は読むべきはその書物ではなく、他の書物だ。


「怖い、か。まあそうだろうね。羽衣は読まなくてもいいよ。あそこは俺が調べとくから。俺が知りたいのは世界を越える鏡についてだけじゃないしね。」

「栄お兄ちゃんは怖くないの?」

「必要なことだから。今されてることでもないんだ。そう怖がることもないよ。」


 あんなに暗い中、一人で不気味な書物を閲読していると気が滅入ってしまいそうだ。私も余裕があるなら少しだけ手伝うけど、あの状況ではすぐに余裕などなくなってしまうだろう。世界を越える鏡に関係しなさそうな書物の確認は、素直に任せておこう。

 そうすると、私が確認するのは他の書物に世界を越える鏡などに関係するものがないかどうか。一冊一冊を丁寧に読んでいく必要はない。それでも何日も通わなければ確認しきれないだろう。京極先輩もあの近辺を歩いていたことがあったため、もしかしたら天羽くんのように出入りしているかもしれない。


「おっと、気を付けて。」

「うん、ありがとう。ちょっと考え事してた。」


 ちょっと躓いたくらいで転びはしないけど、支えてくれるのはありがたい。本当に転びそうになった時のことを思えば安心できる。

 再び歩き出すけど、栄お兄ちゃんの持ち直す荷物はやけに軽そうではないか。たったの五十分で、豹寮まで行って教室に戻って来ることはできるだろうか。急げば可能だろうか。しかし、教室の前で待っていた栄お兄ちゃんに疲れた様子はなかった。


「ねえ、教科書とかはどうしたの?」

「部屋で勉強しないなら必要ないよ。ロッカーも机もあるし、大半は置きっぱなしだね。」


 自主学習はしない人のようだ。出された宿題のみで十分足りているのだろう。私もそれで高い点数を取れるならそうしたいけど、中間試験を受けてみなければ分からない。中学の時は一部の科目を置いて帰り、大半は毎日持って帰っていた。今は辞書だけ置いて帰り、他は全て持って帰っている。葉月くんとの勉強会のために必要だからだ。

 杜鵑寮に荷物を置き、手早く準備を整えれば出発だ。今日もあの研究所跡に何か情報がないか探りたい。私も一人でなく、内容を熟読しなければ、読めるはずだ。


「気合十分だね。」

「うん。あそこに私の求めるものがあるかもしれないから。」


 有瀬さんのお母さんの名前と同じ赤坂美幸という人物が、本当に有瀬さんのお母さんなのかも気になるけど、私が最も調べたいのはそのことではない。もう既に亡くなっているという話だから、有瀬さんにも確かめ辛い。保留にしておくしかない疑問だ。

 私が最も知りたいのは家族の下に帰る方法。そのためなら、少しくらい怖いのだって我慢できる。


「本の名前が『被験体記録』ってことはさ、あそこで何か研究とかしてたんだよね。」

「そうだろうね。おそらく大きなカプセル状の装置や手術台のような物だって使用していた。その実験材料に人間も用いていたとすれば、およそ人道的ではないだろうね。」


 休憩に使ったあの寝台ももしかしたら保健室のような物ではなく、手術室のような物だったのかもしれない。近くに缶詰が置かれていたため、本当に休憩室か仮眠室だっただろうか。手術室と思ったほうが怖いため、仮眠室だと思っておこう。

 装置類や鉄格子の部屋はどうやって使っていたのだろう。人間以外の動物も実験に用いていたなら、鉄格子は逃走防止用だろうか。装置はどのようなことができるのかさっぱり分からない。


「カプセル状の装置って何をするための物なんだろうね。」

「俺が調べた限りでは、物を分解して再構成するための装置みたいだね。それも単純に再構成するわけじゃなく、手を加えた状態でほぼ元通りにできるみたいだ。記憶の操作もできるとは書かれていたけど。」


 そんな物が放置されている。今も動くのだろうか。電気も通っていなさそうだから勝手に動き出すことはないだろうけど、使える状態で放置されているのは怖い。誰でも使いこなすことができるのだろうか。

 本当にあの場所を先生に伏せたままにすべきなのか。報告して、調べてもらったほうが安全ではないだろうか。


「私たちだけで調べて大丈夫かな。」

「羽衣は帰りたいんでしょ?羽衣が実行できるくらい簡単に世界を越える方法なんて、広めるのは危険すぎる。先生たちが知ったとして、生徒には絶対に教えないはずだよ。」


 だから限られた人物だけで調べる必要がある。私が帰るために、私が知りたいなら、先生たちに知られるわけにはいかない。頭ではそう理解できても、得体の知れない物がそこにあるという恐怖は消えない。校舎から一時間超で着けてしまう場所にあるのだ。

 迷いながらも調べると決意を固め、研究所跡を目指した。




 天羽くんと通ったハッチから再び入る。栄お兄ちゃんも手に懐中電灯を持って、慣れた様子で先へ進んだ。もう既に何度も調べに来ているようだ。私たちを探す時に居場所の心当たりがあったのも、ここに来たことがあったからだろう。

 逸れないよう手を掴んでついて行けば、また同じ書架に入り、何か探している。私もここでは逸れる心配がないため手を離し、読んだことのない書物を漁っていく。


「あった。羽衣が見たのはこれかな。赤坂美幸記述の『被験体記録』。どこまで読んだ?」

「ちょっとだけだよ。ウサギの記憶を持つタヌキの話とか。」


 ペラペラとページを捲り、該当箇所を探している。その間、私も書架の本を一冊ずつ取り出し、中身を確認する。ここは被験体一体一体についての日々の記録が並んでいるようだ。表紙に被験体何番と書かれ、一ページ目に何の動物であるか、捕獲時の全長、体重などが記載されている。

 振り返った棚も同じような冊子ばかりだ。日誌のような記録が並び、私の求める情報とは異なる。


「この後は読んでないんだよね。」

「人間の話って言われた部分からは。私、向こうの棚見て来るね。」


 また黙って熟読している。一声掛けたため、別の棚の本も見ていく。こちらも一冊ずつ題だけ確認だ。関係なさそうな物はすぐ戻していくと、『分解と再構成』という題の物が出て来た。


 鏡操適性があれば、鏡を通り抜けるなど鏡操が可能になる。それによって体調を崩し、死に至ることはあっても、肉体が瓦解することはない。しかし、装置を用いて人為的に分解と再構成を行うと、生物は消滅してしまう。正確には分解だけが実行され、再構成が正常に行われない。そこに分解された粒子が確かに存在しているはずだが、再構成が正常に行われないために、生物の形に戻らない。

 適性者による転移では、鏡Aにて分解され、別地点の鏡Bにて再構成される。この際、粒子は鏡Aから鏡Bに転移していることが確認されている。これは密閉空間に入れた鏡Bへ鏡Aから生物を転移させる実験にて証明がなされている。その転移に必要とされるはずのエネルギーをどこから得ているのか、それは未だ解明されていないが、ここでは問題とならない。


 鏡操適性者による転移に関する話が続く。鏡を通り抜けることを転移と表現しているのだろうけど、やはり数式や難しい言葉が並び、私には容易に読めそうにない。ここを理解すれば何か手掛かりになりそうな気もするけど、今は飛ばしておこう。


 その場での分解と再構成であれば、装置を用いても可能なはずである。しかし現実には分解は可能だが、再構成は失敗に終わっている。可能性は幾つも考えられるが、分解された粒子を全て観測することは困難なため、実験を重ねるより他ない。もっと設備が整っていれば、粒子の観測も実現させられるだろう。しかし、これは表に出して良いものではない。

 ここにある機材で可能な実験を行うなら、物体の分解の際、小さな鏡も分解し、それらの粒子が混ざり合った状態で再構成することが考えられる。鏡操適性者は分解されつつ鏡に触れている。あるいは鏡に触れることで分解される。再構成される時も同様だ。鏡操に使用した鏡が摩耗している報告はないため、再構成の際に鏡を取り込んでいるわけではないと推測されるが、何らかの影響を与えていることは確かだろう。


 こんな理論的な話ではなく、私は何をどうすれば世界を越えられるのかが知りたい。なぜ鏡を通り抜けられるのかが知りたいわけではないのだ。


「羽衣、何か見つかった?」

「ううん。転移の理由みたいな話があっただけ。なんか、人為的な分解はできるけど、再構成はできてないって。で、鏡も一緒に分解したら再構成できるんじゃない?って感じ。」


 実験の記録と思しき数式が羅列されている。しかし、私にはこの実験の結果、再構成できたのかできていないのかさえ分からない。どこかに私の分かる言葉で書いていないだろうか。

 栄お兄ちゃんもこの話に興味を持ったのか、私の手の中にある本のページが勝手に捲られていく。真剣に読んでいるため、理解できているのだろう。結論だけ聞けば教えてくれるだろうか。


「ねえ、結局どうなったの?これ。」

「再構成できたみたいだね。さらにそこから進めて、鏡の粒子を生物の肉体に取り込ませることが可能かって話が続いてる。『被験体記録』を見る限りできたんだろうね。あっちは鏡を取り込ませた結果の生物たちの記録だ。」


 つまり生き物を強引に分解して、鏡の粒子という物を無理矢理入れて再構成した。私が見た被験体は四桁の数字で番号が振られていた。それだけの数の生き物が実験の犠牲になったのだろう。

 これ以上は考えないでおこう。鉄格子やその中の骨の意味も。


「今日は帰ろう。難しい話いっぱい読んで疲れちゃった。」

「羽衣には辛かったかな。明日も学校だからゆっくり休まないとね。」


 本を戻せば、手を繋いで連れ帰ってくれる。毎日続けて調査するのは厳しそうだ。休憩の日を挟みつつ、この場所は調べていくことにしよう。


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