表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鏡の世界  作者: 現野翔子
第一章:葉月実

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

54/277

来週に向けて

 今週もまた栄お兄ちゃんに一週間の出来事を報告する。一番の出来事は栄お兄ちゃんも知っているため、今回話す内容は少なめだ。

 月曜日は柊木先輩の部屋で零ちゃんと一緒に折り紙をした。


「久しぶりにしたけど、楽しかった。ねえ、栄お兄ちゃんは折り紙ってした?」

「俺はあんまり。そういう遊びを通じて七不思議の女の子とも仲良くなれたらいいね。色々教えてもらえるようになるかもしれない。」


 赤坂くんがここの近所の子どもたちにしていることと同じだ。仲良くなって、秘密の場所を教えてもらう。それを明確に目的として設定しているかどうかの差だ。同じものを目的として、葉月くんとも近づいている。そちらは勉強の時間も使った。


「うん。葉月くんとも結構仲良くなれたんだよ。一緒に探索に行ったのは栄お兄ちゃんも知ってるよね。」

「ああ、頑張って探してくれてたらしいね。羽衣と恭弥を心配してた、とは千尋から聞いてるけど。」


 けど、と含みを持たされる。栄お兄ちゃんが直接葉月くんの様子を見たわけではないため、断言できないのだろう。心配しなくても探す動機はある。

 現状、既に葉月くんはSA生徒連続行方不明事件に関して疑いを持たれている。私と赤坂くんが一瞬行方不明になった時、最後に目撃されたのは葉月くんと一緒にいる所だった。その時にも考えたように、探す様子を見せ、葉月くん自身が見つけることで、私と赤坂くんの行方不明に関与していないと証明できる。穿った見方をすれば自作自演とも見られるけど、それに賛同する人はどれほどいるだろうか。


「一昨日、木葉くんに呼び出しの伝言を貰ってたの。その時、嫌そうだったというか、怒ってそうだったというか、そんな感じだったの。で、私が行って、誰がいたとか、何か話したとか伝えたんだけど、ちょっと悲しそうに、ごめんね、って言ってたんだ。」

「羽衣のことは心配してくれてるのかもね。」


 親しい人は心配になる、親しくないなら他人事になる。それは不思議でも何でもない。これ以上、葉月くんと零ちゃんのことを話しても得られるものはなさそうなため、呼び出し時の他のことを伝える。熱田くんに赤坂くんと付き合っているというようなことを言われたことだ。

 私は調査、探索に利益があると判断したため、否定はしなかった。しかし、そこまで話が進むと、栄お兄ちゃんの表情は険しくなった。


「仲良くするのもいいけど、調査は忘れないでね。」

「そう思われたってだけ。本当に付き合ってるわけじゃないよ。調査もきちんとしたいから、欲しい物があるの。」


 報告をしつつ、出かける準備を進める。髪留めも洗面所でしっかり着け直す。調査用に必要な物なら買って欲しいと頼んでも良いだろう。

 玄関を出て、色々な物を売っている店を目指す。


「水筒と、懐中電灯と、電池が欲しいの。穴の中を探索する時とかは必要でしょ?遠いほうまで行くなら飲み物は持って移動したいし。」

「簡単な料理本も買おうか。お昼ご飯しか作ってもらえないから。」


 寮の食堂では、昼食を弁当という形で渡してもらえる。だけど、夜食などは用意してもらえないため、自分で作るしかない。なお、食材も鏡界には売っていないため、こちらで購入して行く必要がある。

 自分で作るのか。八限を受けた後、お米を炊いて、お弁当を作って。肝心の探索の時間がなくなりそうだ。


「パンくらいなら貰えるから、料理本はいらないかな。素早く作れないし。」

「冷凍食品に頼る手もあるけど。パンを齧るくらいのほうが食べやすいか。ウエットティッシュが必要かな。」


 外で食べるなら手を拭く物は必要だ。葉月くんや零ちゃんとピクニックした時とは違い、手も土で汚れているだろう。今の私のポシェットに荷物は全て入るだろうか。水筒、懐中電灯、予備の電池、ウエットティッシュ。水筒も懐中電灯も小さい物を選べばぎりぎり入るだろうか。

 授業の進捗などの話もしつつ、水筒が並ぶ一角に案内される。


「どれがいい?」


 ポシェットに入れるなら首や肩から下げるような紐はついていなくて良い。入る程度の小ささが良い。蓋が飲む用のコップにもなる物で、とある程度は限られる。見た目の好みも考えるなら、柄のない一色で、その色も蛍光色でない物が良い。

 一つを選び、買い物籠に入れた。


「これにする。次は懐中電灯だね。ポシェットに入るくらいがいいんだけど、懐中電灯としてはどういう物がいいか分からないの。」


 太い物から飾りのように小さな物まで幅広く並んでいる。私の手の中に収まりそうなほど小さな物では十分な明かりを確保できるのだろうか。大きな物は使い勝手が悪そうだ。

 そんな中から栄お兄ちゃんは一つ取り出し、渡してくれる。私でも軽々と片手で持てる重さで、簡単に照らす方向も変えられる。


「うん、使いやすそう。これにする。」

「探検するなら方位磁針もあったら便利だよ。狂う箇所もあるから過信はできないけどね。」


 方位磁針も追加し、電池とウエットティッシュも適当に選んでもらって、買い物は終了だ。目的の物を全て入手できた。そんな達成感に浸りつつ、食料品の調達にも付き合う。今日の昼食と夕食は何だろう。

 エビが並んでいる。貝も水で満たされた袋の中に入っている。


「食べたい?今日はエビフライとカキフライにしようか。恭弥も好きだし。」

「うん!カキフライも家で作ったやつなら好き。揚げ物は買うとなんでかいっぱい食べられないんだよね。家で作ったのなら何個も食べられるのに。」


 見た目は少し衣が多い程度なのに、食べると一個か二個、多くても三個くらいでお腹がいっぱいになってしまう。


「油か衣が違うんだろうね。少し多めにしようか。余ったら明日の朝、サンドイッチにしてあげる。」

「エビフライでもできるの?」


 ヒレカツの時は私の家でもお母さんが作ってくれていたけど、エビフライはしっぽの殻がついている。食べられるように揚げるのだろうか。技術が要りそうだ。


「ああ、できるよ。殻剥く時にしっぽの部分も取っちゃえば食べやすいし。」

「手も汚れないね。でも食べ過ぎちゃいそう。」

「たくさん食べるといいよ。羽衣はもっと太ったほうが健康的な体型だから。」


 満腹になるまでいつも食べているけど、栄お兄ちゃんの料理を食べるようになってからも体重に変化はない。学校の健康診断では何の異常も出ていないため、心配することはないだろう。

 間食用の牛乳も選ばせてもらって、今日の目的は終了だ。


「ジュースにしても良かったのに。」

「それは特別な時に飲むやつだから。お風呂上がりにも飲みたいし。ジュースはたまにでいいの。」


 バニラアイスのような味がする牛乳だってある。あれは本当にジュースのような感覚だ。私が選んだのは別の牛乳で、鏡の向こうで飲みなれた物に近い名前の物にした。同じ物ではないけど、似たような味がするのではないだろうか。

 荷物も二つの袋に分けて、軽いほうを渡される。自分の欲しかった物もその袋にまとめて店を出た。


「羽衣が来てから今週で一か月が経ったね。」


 しみじみと言われる。もう一か月が過ぎてしまった。少しずつ手掛かりに近づいているとも思えるけど、やはりまだ手の届く所には来ていない。あとどれくらいかかるのだろう。


「うん。新しい友達もいっぱいできたんだよ。」


 早く家族の下に帰りたい。そう言いたい気持ちを抑えて、別の話を始める。まだクラスの全員と長い会話をしたわけではないけど、半数以上とは一定の接点を得られている。部活の知り合いや寮の知り合いもできた。

 毎週栄お兄ちゃんには報告している。だけど話しきれないことも多い。今は何から話そうか。


「クラスではどう?誰と一番仲いいの?」

「赤坂くん、かな。ほとんど毎日一緒に探索したり勉強したりしてるから。土日にも会って話してるでしょ?」


 一緒に過ごす時間が苦痛でないなら、長い時間を共にしているほうが親しくなりやすい。彼は私を助けてくれようともしているため、探索なども一緒に行きたいと思える相手だ。何より、鏡の向こうに帰るための探索に協力してくれる相手は、私にとって必要だ。一人では危険なだけでなく、楽しむ余裕も無くしてしまうだろう。

 入学前に知り合った赤坂くんを除くなら葉月くんだろうか。やはり一緒に過ごす時間の長い相手だ。これは意図的に時間を確保しているからでもある。禁域についての最重要人物であり、その情報を聞き出したいがため、親しくなりたいと思っている。純粋に友達としても親しくなれているだろうか。

 その関連でいくなら古賀さんも親しいと言える。葉月くんと仲良くなるための方法を一つ提供してくれた。頼りになる人だ。時々私には理解できないことを言っているけど、聞けば自分で解説してくれる。


「羽衣、そこ段差あるから気を付けて。」

「え、あっ、うん。」


 危うく躓くところだった。それが栄お兄ちゃんにも分かってしまったようで、空いているほうの手を繋がれる。近所の人に見られたらまた、とても仲の良い兄妹に見えてしまうことだろう。


「部活のほうはどう?京極もいるけど、変なことはされてない?」

「大丈夫だよ。もう、変なことって何?」


 生け終わればすぐ写真部へ行ってしまうため、部活中に話すことは少ない。生けている姿などを撮っていることはあるけど、どのような写真になっているのか現像後に必ず確認させてくれている。どれかを大会などに出しても良いかなどといった確認も京極先輩は他の人にも行っていた。

 不思議な行動という意味では、鞄やカメラに着けている小さな鏡によく触れていることだろうか。指が数本入るかといった小ささで、何を映せるのか、何を移動させられるのかが分からない代物だ。


「よく鏡をいじっていたり、どこを見ているのか分からない目をしていたり。」

「あるけど。癖みたいなものでしょ?ぼーっとしてるだけかなって。」


 変なこととして報告するほどのことではない。京極先輩はそういう人なのだろう。ハキハキ話す人でも話の合間にぼーっとすることくらいあって良い。栄お兄ちゃんは何かされたことがあるのだろうか。前回会った時も警戒心のようなものを見せていた。


「何かあったの?中間試験までは時間あるし、私も手伝えることはあると思うよ。」

「言えないんだ。だけど、京極には気を付けて。親しくなっても大して教えてくれないよ。調べてはくれるかもしれないけど、それを共有はしてくれない。」


 何をどう気を付ければ良いのかは教えてくれない。赤坂くんも京極先輩の持つ鏡に興味を示していたけど、何かあるのだろうか。それとも単に話し方が特徴的だから注目されやすいのだろうか。それを言うなら古賀さんの淡々とした話し方や個性的な呼び名、小牧先輩の間延びした話し方も十分特徴的だ。

 誰に何を伝えるか。それを取捨選択するのも自然なこと。京極先輩が栄お兄ちゃんに共有しないなら、親しくなっていたとしても、信頼は得られていないからではないだろうか。私なら同級生のような親しさは得られずとも、信頼は得られるかもしれない。


「共有してもらえるように頑張るね。まず、嘘を吐かないの。次に、約束は守る。」

「倫理観とか自分で決めたルールの問題だから、こっちの行動は関係ないんだよ。」


 倫理観。鏡操の授業の時にも出てきた言葉だ。鏡操適性を持つ者はそれだけできることが増えるため、強い規範意識を持つべきだという内容もあった。月曜日から金曜日まで毎日受けている鏡操の授業では、鏡操について知るという目的の他に、倫理観や規範意識を育てるというものもあるそうだ。

 それを破って共有してもらうのは難しいだろう。栄お兄ちゃんが教えてくれないと言い切るのは、京極先輩はあれでいて強い規範意識を持っている人なのかもしれない。


「ちゃんとした人なんだね。」

「してたらそもそも他人の秘密や弱みを握ろうとはしないんだよ。最後の一線は辛うじて越えてないってだけ。」


 とても大事な一線なのだろう。少なくとも京極先輩にとっては、栄お兄ちゃんが諦めるほど強く心に決めたことなのだ。意識的に親しくする必要はないのかもしれない。だけど、毎週部活で会い、零ちゃんと遊んでいる時にも遭遇する可能性があるなら、自然と親しくなる機会は得られるだろう。

 嘘を吐かないことも、約束を守ることも、その先に何か目的がなくともすることだ。いずれにせよ、私の行動は変わらない。


「京極先輩とももっと話したいな。色んな所に撮影に行ってるみたいだし、何か知ってるかもしれない。世界を越える鏡の話を直接するなら、他の人の秘密とか弱みには関係ないでしょ?」

「やってみるといいよ。逆に隠したいことを聞き出されないように気を付けて。」


 私が隠さなくてはいけないのは、鏡を越えて来たという一点のみ。それに付随して鏡の向こうの話ができないため、注意しよう。

 次に京極先輩と会う機会は来週の木曜日、部活の時間。その時に一緒に探索できないか頼んでみよう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ