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鏡の世界  作者: 現野翔子
第一章:葉月実

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呼び出し

 葉月くんが受けた呼び出し。それに本人は応じる様子がなかった。相手は待ち惚けることになるだろう。私が行っても葉月くんは怒らないだろうかと気になり、その日の夜に確認を取った。そこで許可を得られたため、今日の鏡操の授業を抜け出し、屋上へと向かう。

 雨に濡れる屋上にて、傘の影に隠れた人物がいる。ズボンを履いていることは分かるけど、雨天の場合、ズボンの人は増える。人物特定の手掛かりにはほぼならない。そういう私も今日はズボンだ。


「葉月くんを呼び出した人?私は花房羽衣。代わりに来させてもらったの。」

「羽衣?随分仲がいいんだな。」


 近づいて覗き込めば、それは狼寮の熱田くんだった。立ち入り禁止のこの場所で、堂々とした様子だ。同じ場所に私もいるからだろうか。悪びれる様子も、後ろめたいことがある様子も見せていない。

 濡れることも厭わず欄干に体重を預けている。その横に私も並ぶけど、その表情は話すべきことを探しているようでもあった。


「来るわけないって。何か話したいことがあったの?」

「人に聞かせるような話でもないんだ。特に羽衣は関係ない話だし。」


 SA生徒連続行方不明事件に関して、熱田くんは以前私には関係ないと言っていた。その話だろうか。古賀さんの話では葉月くんに直接手を上げた狼寮に所属しているけど、彼がやったのかは分からない。私はまだ葉月くんが怪我をさせられた場面を目撃していない。

 始業式の日、古賀さんが来ると舌打ちをして離れて行ったことを覚えている。その時は葉月くんの話題であったため、そちらが原因だったのかもしれない。話したくないことが敵対心に繋がるのか。繋がったとして、古賀さんのいうような暴力を振るうのかも分からない。何から切り出せば、より深く葉月くんに対する態度を聞き出せるだろう。

 一年半の空席を葉月くんのせいにしていた点から、好意的な言葉は出て来ないだろう。何を確定情報として扱ったのか、その理由を聞き出せば、中間試験後に繋げられるだろうか。いや、その前に私から見た葉月くんの話から始めよう。今までの印象で見えなくなっているものがあるかもしれないから。


「火曜日にね、赤坂くんと葉月くんと三人で朱鷺寮の北を探索したの。その時、葉月くんと逸れちゃったんだけど、一所懸命探してくれたんだ。」

「それ、誰から聞いたんだよ。」


 柊木先輩から聞いた栄先輩が私に教えてくれた。又聞きだ。だけど、一緒に探索していたならそのような行動に出ることは自然に思える。毎日勉強会などをしているため、葉月くんなら誰かに伝えるより先に自分で探そうとしてくれると、私にも想像できた。


「栄先輩っていう私の遠縁の人から。葉月くんは私たちを見つけられなくて一回杜鵑寮に戻って、別の先輩に伝えたんだよ。私にはそういう面が見えたし、零ちゃんって言う女の子も懐いてるから、優しい人なのかなって思ってるの。でも、学校の人の話では危ない人みたいなことになってるよね。」

「当たり前だろ、三人も殺してんだから。だいたい、その零ってのも事件の少し前から葉月と近づいたんだから、二人で何かやっててもおかしくない。」


 同じ側の人物だと思われているから、その子とどのようなやり取りをしていても何の影響も与えないようだ。

 それにしても、同じクラスの人というだけで、誰と誰が親しいかなど知っているものだろうか。それも生徒同士ではなく、零ちゃんという謎の少女との関係性だ。私は中学の時、他クラスの人でさえ知らない人がほとんどだった。零ちゃんとも葉月くんが紹介してくれなければ接する機会はなかっただろう。


「熱田くんは入学した時からずっと葉月くんと仲悪いの?」


 接する機会がない、会話がなぜか続かない。そんなことがあって親しくならない人はいる。その場合なら噂に振り回されやすい状態になるだろうか。しかし、熱田くんは初対面の時から私を羽衣と呼び捨てにするのに、葉月くんのことは葉月と名字で呼び捨てだ。桃園さんも他の人のことは下の名前で呼んでいるのに、葉月くんだけ名字呼びだった。

 小さな疑問を思い浮かべつつ待つけど、熱田くんは沈黙している。


「聞き方を変えるね。SA生徒連続行方不明事件前は、葉月くんがどんな子に見えてた?」

「可愛い奴だったよ、ちゃっかりしてた。悪戯とか一緒にしても、実だけ上手く言い訳したり謝ったりして、そんなに怒られなかった。」


 仲は良かったようだ。言い訳が上手いという話は今まで誰からも出ていなかったことであり、私から見ても想像できない部分だ。言い訳が上手いのに今の状況になるとは思えない。意図的な悪戯と不意の疑惑では、必要な言葉が違うのだろうか。


「だけど、満が行方不明になった時は違った。何日も黙ってて、俺は違うって言って。そんなのやった人間の言うことだろ。」


 動揺していたのだろうか。一緒にいたはずの人がいなくなって、自力では見つけられず、その上思いも寄らないことで疑いを掛けられた。そんな状況で、事実を答えようし、自分の主張や結論しか言えなくなってしまった。そういうことだろうか。


「茜の件を追及された時も、今井先輩の時も、疑った相手を責めるような言い方をしたんだ。前は濡れ衣だった時もそんな冷たい態度を取らなかったのに。」


 友達がいなくなって、余裕がなかったのだろう。しかし、熱田くんの声からも失望が感じられる。葉月くんが変わってしまったように見えて、残念がっているのだろうか。そこを突けば、中間試験後に葉月くんが教室に入りやすいような環境に近づけられるかもしれない。


「寂しかったのかもね、葉月くんも。だからさ、熱田くんも前みたいに接してあげれば、葉月くんともまた仲良くなれるかもよ。」


 私はその状態を知らない。だから今の葉月くんも抵抗なく受け入れられた。だけど以前を知っている人にとっては受け入れがたい変化だったのかもしれない。以前のようになるかは私には分からないけど、以前を知らない私と親しくなれるなら、新たに親しくなり直すことは可能だろう。

 そんな発想での提案だった。しかし、熱田くんの寂しそうな表情は一変した。


「ああ、そういうことか。羽衣は葉月と仲良くしろって言いたいんだ。何?葉月にも媚びてんの?恭弥といい仲だって聞いたけど。」


 私の意図が透けてしまった。しろ、とまでは言わないけど、少なくとも教室に居やすいような態度を取ってあげられないかという思いはあった。特に葉月くんと仲良くしようとしている行動が媚びているように見えたのだろうか。しかし、赤坂くんとの仲の話は分からない。


「いい仲ってどういうこと?」

「付き合ってんだろ。外で一夜明かして反省文ってな。恭弥も否定しなかったし。」


 事実だ。私も否定できない。付き合ってはいないけど、事実を繋ぎ合わせるとそのように見えてしまうようだ。今後も探索で夜を明かしてしまっても、赤坂くんとの仲を隠れ蓑にできるだろう。

 これはどう答えようか。否定しなかったとしか言わないということは、肯定もしなかったということだろう。私も同じように明確な返答は避けようか。事実だけを抜き出そう。


「赤坂くんがいてくれて良かったよ。一人だったら不安で泣いちゃってたかも。」

「あっそ。詳しいことは聞いてねえんだよ。」


 他人の恋愛模様を少しは知っていても、詳しく聞きたいわけではないようだ。もう私から話せることはないかと思った時、ギィと屋上の扉の開かれる音がした。


「ここは立ち入り禁止だ。花房君、一昨日反省文を書いたばかりだろう?もう一回書くか?」

「ごめんなさい。書きません。」


 大谷先生だ。生徒だったら言い逃れも口止めもできたかもしれないけど、先生に見つかってしまっては言い逃れのしようもない。しかし反省文は二度と御免のため、はっきりと断る。あれほど無駄な時間もないだろう。

 熱田くんも反省文は嫌いなのか、先生にもう入らない旨を伝えている。


「だけど羽衣は俺が呼び出したんです。少し二人で話がしたいって。」

「そうか。なら今回は二人とも免除にしようか。ところで鍵はどうした。」

「いつも開いてますよ、ここは。」


 傘を閉じて屋上から下りていく。せっかく誰かが掃除した階段も廊下も濡れてしまったけど、放っておけば乾くだろう。


「施錠されているはずだが。確認しておこう。さて、反省文はないが、罰はある。傘を置いてきたらここに戻ってきなさい。階段と廊下の掃除だ。」


 濡れたままは許してくれないようだ。滑らないよう注意しつつ下りると、大谷先生はSクラスの教室に入って行った。このまま帰ることもできそうだけど、それはしないと信頼されているようだ。

 熱田くんも傘立てに片付けると逃げることなく三階に戻る。その途中、教室の中を覗いても誰もおらず、三階では既に大谷先生と赤坂くんが雑巾で床を拭いてくれていた。八限目のはずだったのに私が来なかったため、手伝ってくれているのだろう。


「お待たせしました。ごめんね、赤坂くん。」


 先生に渡された乾いた雑巾で私たちも床の水分を取っていく。掃除ではなく、水分を取ることが目的のため、さほど時間はかからない。自分たちの上靴の裏も乾いた箇所を踏む前に拭き、周辺の安全性を高めていく。

 四人での作業を終え、熱田くんは解放される。私と赤坂くんはこれから八限目だ。疲れた頭を強引に回し、鏡操の教科書を開く。


「今日は鏡を対とすることについて、だ。」


 別々に存在する鏡を二枚一組としていく。直接触れて、そうしようという意識と気合で何とかするという曖昧な説明だけが記載されている。まだ対としてしまわないように具体的な方法は載せられていないのだろうか。

 対とされた鏡同士は移動できる。しかし、当然ながら一つの鏡から入って、どこに出るかを選択するというような芸当はできない。だから運動場の手前に何枚も鏡が置かれている。


「あの鏡一枚一枚がそれぞれの場所に対応してるんですね。」

「そうだ。対ではなく、三枚一組、四枚一組とする技術も現在研究されている。」


 必ず二枚一組。世界を越える鏡もあるとすれば、対の片方が鏡界にあり、もう片方が異なる世界にあることになる。しかし、物理的に繋がった場所にないなら、最初の対の鏡はどう作成されたのだろうか。自然発生の対の鏡も存在するのだろうか。

 あるいは、私たちに教えられないだけで、鏡に触れずに対とする方法が存在するか。


「対の鏡って触らないと作れないんですか?」

「方法が確立されていない。三学期か来年度になれば、触った状態での作り方にまでは進めるだろう。」


 確立されていない。つまり、ないわけではない、とも解釈できる。触らずとも対とできるなら、安全に家族の下に帰還できるかもしれない。鏡操の授業の進行も楽しみだ。

 興味深い話も続きつつ、質問もしつつ、今までより遅い時間に鏡操の授業は終わった。今日は掃除のせいもあり、疲労感が強い。


「は〜、終わった〜。」

「羽衣は自業自得だろ。反省文じゃなくて良かったな。」


 先生も教室を出て完全に気を抜くと、赤坂くんにも指摘されてしまった。自分で校則を破ったのだけど、疲れるのは仕方ない。今日は雨も降っていることもある。探索せず寮で大人しく過ごすとしよう。

 荷物を手早くまとめて教室を出る。呼び出しの件も葉月くんに伝えたい。


「掃除の後、何してたんだよ。羽衣のほうの教室は先生もいただろ。」


 昨日の呼び出しの件と、大谷先生が空き教室を出た隙に屋上まで行ったことを伝える。Sクラスの教室より終わるのが遅かったため、先に熱田くんがいたのだ。空き教室と廊下の掃除当番は葉月くんが欠けていることと、姫野さんと桃園さんが協力的ではないため、時間がかかったのだろう。

 運動靴に履き替えてからも話そうとするけど、傘のせいで少し距離が遠い。


「一人で呼び出しに応じるのはちょっと危ないんじゃねえの?相手がどんな奴かも分かんねえんだから。言ってくれたら一緒に行ったからな。」

「ありがとう。次の機会があったらお願いするね。」


 何が危ないのか分からないけど、心配してくれているようであるため、この親切心は素直に受け取っておこう。放課後に行くなら鏡操の授業の後か、待たせることになる。


「ないほうがいいけどな、そんな機会。羽衣自身が呼び出された時のほうが危ないから、絶対一人で行くなよ。」


 やけに注意してくれる。私自身では回避できない危険なのだろうか。


「何がそんなに危ないの?」

「え?いや、それは、羽衣は知らなくていいやつだから。」


 少し追及を続けるけど、やはり内容は教えてもらえない。結局何も聞き出せないまま、別れる場所についてしまった。葉月くんも自分で呼び出しに応じることは拒んだため、この後聞いてみよう。

 私は報告すべき呼び出しの内容を思い返しつつ、杜鵑寮に向かった。


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