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鏡の世界  作者: 現野翔子
第一章:葉月実

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見つけたものは

2021年3月5日、訂正。「校舎を挟んで反対側の朱鷺寮方面」を「校舎を挟んで杜鵑寮方面」に変更。

 昨晩の相談の結果、葉月くんももう問題なく歩けるということだから、今日は三人で探索することとなった。八限授業を受けて疲弊した頭も、朱鷺寮北の例の場所に辿り着けば引き締まる。

 足元に気を付けつつ降り、慎重に先を確認していく。世界を越える鏡も早く見つけたいけど、家族の下に帰れても私が怪我をしていれば何があったのかと心配させてしまう。無事な姿を見せるために、無理はできない。


「葉月はこの辺までは来てないんだよな。」

「見落としがあるかもと思ってさ。三人で歩いた所をじっくり観察したくらいだよ。」


 色んな所を見て回りたい気持ちが勝って、一瞬見て何もなければ先に進んでしまいがちだった。今日は怪我をしないようにという意味も込めて、ゆっくりと歩いている。


「さすがにここまで来るともう誰もいないね。」

「用事がないからな。それこそ、俺たちみたいに探索する目的じゃないと。」

「零も何にもないでしょ、って言ってこっちには来たがらないから。」


 ずっと鏡界にいる零ちゃんは既に探索を終えているのかもしれない。何もないことを知っているなら、校舎を挟んで反対側の杜鵑寮方面から来るには少々遠い。散歩などここまで来ずとも事足りる。

 新芽や小さな花を観察しつつ進んでいると、ガサリと自分たち以外の音がした。


「誰かいる?」

「右のほうから聞こえたよな。」


 行ってみてもそこには何もいない。私たちの目では痕跡なども見つけられない。周辺も探ってみるけど、小動物の一匹も見つけられなかった。


「何だったんだろうな。」

「逃げちゃったのかもね。」


 今度は左手側からパキンと小さな枝が折れたような音がする。そちらにも行ってみるが、やはり枝が落ちている箇所が見つかっただけで、生き物自体は見えない。周辺を探ってみようとした時、葉月くんに止められた。


「気を付けないと。こういう時に逸れたり、方向感覚を失ったりするんだよ。」

「分かった、離れないようにするね。」

「校舎はこっちのほう、だったよな。」


 一昨年のSA生徒連続行方不明事件の際の経験だろうか。探索目的なら禁域の中であっても、目の前の出来事に夢中になって寮の方角が分からなくなることは十分あり得そうだ。今、私たちが音の方向に吸い込まれて行っているように。

 少し踏み込んだ質問をしても良いだろうか、まだ早いだろうか。私たちがここで逸れた時、葉月くんは誰かに伝えるのかどうか。

 迷っている間に、また右のほうから音が聞こえた。今度は少し大きい、バシャンという大きな物が水に落ちたような音だ。川のせせらぎも聞こえないような場所にまで聞こえたということは、ある程度大きな岩が落ちたか、人間が飛び込んだか。後者なら遊んでいるだけであろうため心配は要らないけど、前者ならむしろ逃げるべきではないだろうか。しかし、赤坂くんは真っ直ぐそちらに向かう。


「ねえ、危なくない?」

「音が出るってことは幽霊的なやつじゃないってことだ。だったら大丈夫。」


 物理的な相手なら対処できるつもりらしい。自然現象なら人間の力で太刀打ちできるものではないけど、その可能性は考慮していないようだ。

 足元に気をつけつつも駆け足でその場に向かう。歩いて渡れそうなくらい細く浅い川に出る。この場所で先ほどのような音は出ないだろう。もう少し下流だろうか。しかし、ここから直接降りるには斜面が急すぎる。もはや崖だ。


「ちょっと降りれないね。」

「でも、見ろよ、あれ。滝みたいになってる所の足元。」


 赤坂くんが懐中電灯で照らしてくれるけど、あまり水深は分からない。すぐ隣の川よりは深いだろうと想像できる程度だ。人間が飛び込めそうなくらいの直径はあるため、落とす物さえあれば先ほどの音は出せそうだ。しかし、照らし出された範囲にはそこに人や落ちた後のような岩はない。

 ふと明かりがなくなったかと思うと、赤坂くんは川に向かっていた。


「あっ、ちょっと待ってよ!私も行く。」

「滑らないように気を付けろよ。」


 飛び石の感覚で赤坂くんが通った後を追いかける。石を赤坂くんが照らしてくれているため、より不安はない。同じ場所なら足元の石が崩れる心配もないため、特に確認することなくぽんぽんと渡っていく。

 私が渡り終えると急な斜面を下り始めた。赤坂くんは一歩ずつ足掛かりになる岩や木の根を確かめつつ下りて行き、私も安全のため足場が崩れないか慎重に確認しつつ進む。身長と歩幅の関係で私はさらに時間をかけて下りることになった。


「お疲れ。大丈夫か?」

「うん、まだ行けるよ。」


 近くから照らされたその場所を見れば、動かせそうにない大きな岩も湿っていると確認できた。滝の水飛沫はどの程度飛ぶものだろうか。少なくとも今立っていても飛んで来てはいないけど、少しひんやりする感覚はある。

 もう空は真っ暗だ。少し探索に夢中になり過ぎたかもしれない。


「そろそろ帰ったほうがいいかもね。」

「そうだな。」


 来た道を戻ろうと振り返る。今ここにいるのは私と赤坂くんだけだ。


「ねえ、葉月くんは?」

「崖の上で待ってんのかな。」


 呼んでも返事がないため、気を付けつつ来た道を戻る。どこから葉月くんと話していなかっただろう。どこで逸れてしまったのだろう。私たちは来た道を間違いなく朱鷺寮付近まで帰れるだろうか。

 少しの不安が芽生えつつ、滝を覗き込んだ場所にまで戻る。しかし、そこにも葉月くんはいない。


「赤坂くんは帰り道覚えてる?」

「それは覚えてるけど。葉月だって一人は危ないだろ。黙って一人で帰るとは思えねえし。」


 通った道を遡りつつ、葉月くんの名前を呼ぶ。どこかで逸れたなら、無闇に一人で動き回らないほうが良い。それを知っているかどうかは分からないけど、動いていても通った場所付近から探すしかない。見つかってほしいと祈りつつ歩けば、視界の端に影が映った。


「今、あっちに誰かいた!」

「葉月!いるなら返事してくれ!」


 返事はない。別人か、動物の影か。聞こえていないとは思えない距離だけど、念のため影の見えた場所まで確認に走った。

 ふっと体を支える地面がなくなった。


「きゃあっ!」

「羽衣!?」


 赤坂くんが手を掴んでくれるけど、やはり一緒に落ちるだけだ。柔らかな地面に受け止められて大きな痛みはないけど、全身を強く打ち付けてしまった。圧迫感もある。


「ごめん!大丈夫か?」


 素早く身を起こし、私も起こしてくれる。土を払って軽く腕を動かしてみるけど、支障はない。


「うん、大丈夫。これ、登れるかなぁ。」


 落ちていた懐中電灯を拾い、見上げた壁は私の身長を軽く超えている。私一人では登れなさそうだ。


「俺も上まで届きそうにねえな。ジャンプして、もちょっときついか。羽衣、俺の肩に立って、上に登れねえ?」


 不可能ではないだろう。私一人でもここから脱出し、先生に助けを求めるべきだ。私では赤坂くんを引き上げることもできないのだから。

 周りに登れそうな場所がないか確認してみる。すると登れはしないけど、横穴が空いていた。


「探索、する?」

「そんな場合じゃねえだろ。」

「でも、葉月くんが一人でここに落ちたなら、何とか出ようと思ってとりあえず行ける道に行くんじゃない?」


 少し入って照らしてみると、そこはコンクリートか石のような硬く平らな素材でできている。土の柔らかな感触もなく、冷たい音が返ってくるだけだ。先を照らせば真っ直ぐに道は伸びている。壁を照らすようにすると、存外近くに鉄格子のような物も見える。

 一人なら決して入らなかっただろう。しかし、今は赤坂くんもおり、葉月くんはこの先に進んでしまっているかもしれない。こんな所に一人は恐ろしいだろう。


「一人でここ、入れるか?」

「私には無理だけど、葉月くんは禁域でも一人で行けるんだから入れるかもしれないでしょ。だったら早く見つけてあげたいよ。」


 懐中電灯を奪われる。手も繋がれて、赤坂くんも横穴に足を踏み入れた。


「離れんなよ。こんな所で逸れるとか冗談じゃねえ。」

「うん。」


 自分たちの足音だけが反響する環境で、先ほども見えた鉄格子の中を照らし出す。床は私たちの立っている所と同じようになっているけど、鎖のような物も落ちていた。他にも何か分からない、私たちの肘から先まで程度の長さの細長く白い物も散らばっている。

 その正体を探ることなく、先へ進む。反対側の壁も確認して少し先を照らすようにすれば、いくつも同じような鉄格子が並んでいた。


「ここ、入って大丈夫な所だよな?」

「使ってる人がいないなら、たぶん。」


 反響する自分たちの声すら恐怖を煽る。他の鉄格子の部屋も同じような物が落ちており、途中からは覗かないように進んだ。

 そして突き当りに着けば、左右に道が分かれている。片方の先はまだ鉄格子が続いており、反対側は冷たい白の扉が飛び飛びに並んでいた。


「これ、絶対部屋には入らないほうがいいよな。」

「どこかで葉月くんは休憩してるかもしれないよ。」

「してねえだろ、こんなとこで。」


 そう言いつつ、白い扉を一つ一つ開けて確認していく。鉄格子の中にあった鎖やスコップなどが置かれている部屋、大きな試験管のような物が並ぶ部屋、本棚が並ぶ部屋など様々だ。入ることはせず、そのどれも通り過ぎた。

 そろそろ扉を開けるのも辛くなってきた頃、私のお腹がぐぅと鳴った。


「今、何時くらいだろうな。」

「うん、お腹空いたね。」


 夕食の時間は過ぎているだろう。帰らなければ夕食も食べられないと気合を入れて、また扉を開いた。

 保健室のような寝台の並ぶ部屋だ。部屋の片端に棚が続くだけで、机や椅子はない。布団も柔らかそうではなく、掛布団などもない。空腹と疲れがこれ以上の探索を拒んでいた。


「ちょっと休憩しようよ。」

「こんな所で?気が休まらねえよ。」

「もう歩けない。」


 赤坂くんが寝台のほうを照らしてくれているのを良いことに、私はそこへ近づいた。抵抗なく一緒に来てくれたため、寝台の上に腰かける。寝転ぶ気にはならないけど、これでも十分体力は回復するはずだ。

 動く様子のない私に呆れたのか、隣に座ってくれる。日曜日にゲームをしていた時より近く、互いの体温が手以外からも伝わってくるほどだ。


「これだけ探して見つからないなら、戻るべきだと思う。」

「うん。休憩したら、戻って、助けを呼ぼう。」


 私たちも探される側になってしまいそうだ。休憩時間がまた続くと判断したのか、赤坂くんは部屋の中を漁り始める。棚の戸棚を開いたり、引き出しの中を見たり。時折、中の物を手に取ってじっくりと眺めていた。

 そのうちの一つを持って戻って来る。缶詰のようだ。


「これ、製造年月日が一昨年だ。」


 渡され、示された箇所を確認すると、確かに一昨年の日付が書かれている。賞味期限はまだ切れていないけど、食べる気にはならない。

 SA生徒連続行方不明事件が起きたのも一昨年だ。さすがにこれは関係ないだろうか。場所も全く違う。だけど、最後に私たちが見られたのは、葉月くんと一緒にいる時だ。口さがない人なら関連付けて語ることだろう。


「一昨年まで、誰かがここにいたんだね。それなら出入口もありそうだけど。」

「場所が分からないんだから、落ちた所から出るのが確実だろ。行こう。」


 寝台にぽいと置いて、手を引かれる。私もここに長居はしたくないため、それに従った。どれだけ休んでも空腹は収まらないのだから、早く帰れるようにしたい。

 どの扉も鉄格子も無視して、入った穴があったはずの場所に向かった。それなのに冷たい壁がそこにはあり、柔らかな土の地面はない。壁を照らして触っても、取っ手どころか継ぎ目すら見当たらない。手触りでも亀裂が感じられない。


「出られない、な。」

「なんで?」


 入るべきではなかった。入った時は扉も、当然壁もなかった。閉まるような音だってしなかった。それなのに、今は閉じられている。


「別の出入り口探すしかねえな。」

「そう、だね。」

「大丈夫。ここが出入口なわけはねえから、どこかにはあるはずだ。」


 ぎゅっと手を握ってくれる。そのまま休憩していた部屋の前も通過し、また一つ一つ部屋を見ていく。

 あの壁はなぜ出現したのだろう。何か感知する物でもあったのだろうか。それなら葉月くんが通っても反応しているはずだ。葉月くんが通らず、あの場所から聞こえないほど離れた場所に感知する物が設置されていたのだろうか。

 そうだとすると、ここに誰かを閉じ込める目的が分からない。別の出口があるなら、閉じ込められはしないけど、なおさらあの場所だけ通れないようにする意味は不明だ。


「羽衣。今は葉月と出口を探そう。色々考えるのは後でいい。これ以上疲れても困るだろ。」


 その助言に従い、何も考えないようにしつつ、足を進める。歩き続け、どんどん先へ進み、しかし出口は見つからない。

 お腹ももう鳴らなくなり、足取りもふらふらとし始める。赤坂くんの口数もどんどん減っていく。会話で無駄に体力を減らすべきではないという考えが私に浮かぶほど、すぐに出られるとは思えなくなっていた。

 前方を照らす光の先にも変化は見えない。ただ同じような鉄格子や扉が続いているだけだ。もうどこを歩いているのかさえ分からない。


「ここ、初めて来る所だよな?」

「たぶん。」


 暗くて、見える範囲は似ていて、初めてかどうかなんて分からない。そのうち、扉を開けて確認することさえやめてしまった。

 そうして進むうち、懐中電灯が瞬き、ついに光を失った。


「赤坂くん、」

「絶対手離すなよ。」

「うん。」


 逸れれば声を頼りにするしかなく、再び手を繋ぐことは困難だろう。それは言わずとも二人とも分かり、こんな場所で一人になりたくない思いも同じだった。握った手の力を強めると、引き寄せられた。


「じっとして、迎えが来るのを待つべきだと思う。」

「そうだね。」

「葉月がここにいないなら、俺たちが見つからないって伝えてくれるだろ。」


 本当にそうだろうか。葉月くんはSA生徒連続行方不明事件の際、数日友達の行方不明を黙っていた。今回も自力で探そうとして、他の人には伝えない可能性がある。授業にも出ておらず、まず校舎に来ていないため、信頼できる先生に伝えるということも難しいだろう。

 いつになれば探してもらえるだろう。


「羽衣?」

「ねえ、葉月くんは誰に伝えられると思う?先生には難しいよね。」

「そ、れは……。いや、でも、明日も学校があるわけだから、クラスの奴らは俺たちが二人揃っていないのはおかしいって思うだろ。」


 遅ければ明日の朝、私たちは探してもらえる。探し始めるだけであるため、そこからどのくらいの時間がかかって見つかるかは考えないこととしよう。

 もはや自力で出口を探すことは諦め、ゆっくりと冷たい床に座る。心臓の音が聞こえそうなほど寄り添って過ごせば、恐怖は薄れる気がした。


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