折り紙
土曜日にしっかり休んで、日曜日に遊んで、また月曜日は学校に行く。中学までと変わらない日常を送るように、昨日の午後に寮に戻り、今日は一日授業を受けた。この後は探索に出たいけど、雲行きは怪しい。雨こそ降っていないけど、いつ降り出してもおかしくない曇天だ。
「羽衣、今日はどうする?」
傘では下から跳ね返ってくる雨は防げない。足元が滑ることにも変わりない。晴れていてさえ注意が必要なのだ。雨ならより危険だろう。だけど探索したい。
「うーん、探索したいなあ。」
「危ないし、今日はやめといたほうがいいと思うけど。天気が悪いと気分が沈みがちになるって言うし、葉月の所に行ってやろうぜ。俺は一回狼寮戻ってから行くから。」
私は直接杜鵑寮に。土日で気分を変えられたのか、赤い折り紙の警告文の恐怖も和らいでいる。この暗い空の下も一人で歩けそうだ。
それでも少しは気合が必要なため、赤坂くんと別れてから、深い呼吸を繰り返す。まだ地面は乾いているけど、一歩一歩踏みしめて、森を歩いた。耳をそばだてて、何も出現しないことを祈って。私たちは八限目を受けているため、部活動のために移動する人たちもほとんどいなくなっている。自分の足音や衣擦れの音以外はしないはずだった。それなのに、明るい女の子の声が響いた。
何を言っているのかは分からない。だけど楽しそうな声は近づき、赤坂くんや栄お兄ちゃんと比較して低い男性の声が相槌を打っている。足音が聞こえるほど近づき、話の内容が明瞭になった頃、その声の覚えもあることに気付いた。
「羽衣は、八限が終わったところか?」
「はい。これから葉月くんの所に行こうと思って。八限のこと、知ってたんですね。」
「栄も去年は受けてたからな。」
編入生は漏れなく八限を受けることになるようだ。鏡操の授業は欠かせないのだろう。これで中間試験の結果によって補習を受ける羽目になれば、八限目が補習、九限目が鏡操となるのだろうか。絶対に避けたい事態だ。
ぴょこんと零ちゃんが柊木先輩の影から顔を覗かせた。
「一緒に遊ばないの?千尋の部屋で折り紙するの。」
「赤坂くんも来る予定だから、」
「だったら羽衣がこっち来ても実は寂しくないね。」
葉月くんも一緒に遊ぼうという話にはならないようだ。なぜか柊木先輩は零ちゃんを宥めるように頭を撫でた。
「零は葉月とちょっと喧嘩しちゃったんだよな。」
「してない。だって実がちょっと俺も探索してくるとか言うんだもん。朱鷺寮の北なんて行っても何もないでしょ。つまんないよ。」
私たちと一緒に行こうとした後、葉月くんは行けていない。やはり一緒に行けるまで待ってあげるべきだっただろうか。明日、天気が良ければまた三人で一緒に行こう。その間、零ちゃんは柊木先輩と一緒にいるのだろうか。
零ちゃんとも仲良くなりたい。今日は葉月くんと約束しているわけではないため、赤坂くんを待って、零ちゃんに誘われたからと伝えてもらおうか。
「探索は好きじゃないんだね。じゃあ私も今日は零ちゃんと一緒に折り紙しようかな。柊木先輩、お邪魔してもいいですか?」
「この流れで駄目とは言えないだろう。」
良いようだ。期待に満ちた零ちゃんの目には逆らえないらしい。返答を聞いて、満面の笑みを浮かべている。
「やったぁ!ねえ、羽衣は探索好きなの?実と恭弥に付き合っただけなの?」
世界を越える鏡を見つけたい気持ちは、私が一番だ。むしろ私が付き合ってもらっていた。
「好きだよ。何があるか分からないからワクワクするの。」
「何もないよ?」
「あるかないか分からないからね。それに、探索してる間にお話しするのも好きだから。」
ふーん、とあまり楽しくなさそうな声が返って来た。期待した答えと違ったのだろう。私も探索は好きだけど、折り紙も一時期よくしていた。
「折り紙も好きだよ。上手く折れるかなってドキドキするの。綺麗にできたら嬉しいし、やっぱりお話しできるのが楽しいなって思うんだ。」
「羽衣はお話が好きなんだね。でも、馬鹿園みたいに煩くないね。きちんと聞いてくれる。」
頑張って頭を回さずともできる会話が好きだ。桃園さんのような勢いでは、聞くだけで精一杯になってしまう。自分が話すほうでも、すぐ疲れてしまうだろう。
もう私は零ちゃんから桃園さんへの呼び方に何も言うつもりはなかった。万が一桃園さんに聞かれても、私も注意したのだけど直らないの、と言い訳できる。だけど、柊木先輩は私以上に聞いているだろうに、まだ注意をするつもりのようだ。
「こら、零。そういう言い方は良くないと前にも言っただろう?」
「だって嫌いだもん。何にも知らない癖に色々言ってくるの。」
ぷぅと頬を膨らませ、そっぽを向いてしまう。私は空気を変えようと、話をすることについての話題に戻した。
「話すことだけじゃなくて、一緒にいて、のんびり話してる空気感が好きなのかも。零ちゃんも好きな人と一緒にいるのは安心するでしょ?」
「うん!くっついてるとほっこりするの。ねえ、羽衣は折り紙で何折れる?私はね、鶴も蛙も折れるんだよ。」
色々折ったことはあるけど、作り方を見ながらでなければ折れない。何度も折っていたはずのものだって多くは忘れてしまっている。鶴も頑張って覚えたのに、四角から始めたのか、三角から始めたのかさえ思い出せない。
お兄ちゃんやお姉ちゃんとよく飛ぶ紙飛行機はどれかと色々な折り方を試した覚えはある。結局、何種類試して、どの折り方が最も飛んだのかは忘れてしまった。
「すごいね。私も鶴の折り方は一回覚えたんだけど。紙飛行機とかオルガンくらいかな、今も覚えてるのは。」
「じゃあ今日は零が蛙の折り方教えたげる。ぴょこんって飛んで面白いんだよ。」
折り紙の話をしつつ歩けば、体感ではすぐに杜鵑寮に着く。私は一度荷物を自室に置き、学生証だけ持って寮の前で赤坂くんを待つ。
間もなく、校舎側から走って来た。少し息を切らせているため、急いでくれたのだろう。
「大丈夫?そんなに急がなくて良かったんだよ。」
数回深呼吸をすると、すぐ呼吸が整った。狼寮から走ってきたとすれば、私なら何の苦行だと言いたくなるような距離を走ったことになる。体力があるのだろう。
「待たせてると思って。先に葉月の所行ってなかったんだな。」
「うん。零ちゃんに誘われちゃって。わざわざ行って期待させるのも悪いなと思ってさ。葉月くんに伝えてくれる?」
「了解。夕飯の後に行くんならそんなに気にすることないと思うけどな。」
今頼んだけど、寮の五階までは一緒だ。その間に、葉月くんと零ちゃんの喧嘩の話を伝える。そして、明日の天気が良ければ、また三人で探索しようと提案した。
「もちろん。まだ全然探索できてねえもんな。けど、一人で行って怪我でもしたら大変だったな。」
「そうだね、気を付けないと。」
また夕食の後にでも聞いてみよう。何か見つけたどうかも気になる。今は目的があって探しているから見つけていてくれても嬉しいはずだけど、発見の瞬間に居合わせられないのはやはり少々残念だ。探索を楽しんでいる葉月くんや赤坂くんならなおさらだろう。今後はどちらかが怪我をしている時の探索は控えよう。
どの程度探索できたのだろうとか、一緒に探索したほうが楽しいとかそんな話をしつつ、Aクラスの階に着く。
「じゃあ、葉月くんによろしくね。」
「ああ、また後で。」
また夕食後に会うため、さらりと別れる。私も見送ることなく、呼び出し盤に柊木先輩の生徒番号を打ち込んだ。すぐに赤い光が灯り、まもなく柊木先輩が出てきた。
「意外と早かったな。」
「はい、赤坂くんが走って来てくれたみたいで。」
零ちゃんがどう教えようか考えつつ折り紙の練習をしてくれているとか、私を楽しみに待ってくれている様子を聞かせてくれる。こうやって懐いてくれている様子を他の人から聞くのも良い気分だ。私も何か折り方を教えてあげられれば良いけど、折っている間に記憶が蘇ったりしないだろうか。
柊木先輩の学生証で部屋に入る。真剣な様子の零ちゃんが折り紙を手に奮闘していて、机には数個の完成品が乗せられていた。
「お待たせ、零ちゃん。」
「あっ、羽衣!見て、これが蛙。あのね、ゆっくり順番に開いていったら、折り方分かりやすいかなって思ったの。」
真ん中に零ちゃんが来るように座れば、早速完成品を差し出してくれる。緑や黄緑の折り紙で作られていて、目でも描けば可愛らしい蛙になるだろう。いずれも幾つもの折った痕跡が付いている。作っては開き、また別の物を作ってと繰り返しているのだろう。
「可愛いね。開いちゃうのが勿体ないくらい。」
「蛙さんいっぱいにする?」
新しい緑の折り紙を渡してくれる。ただし、これも折った痕跡はあるため、元の袋に片付けていただけのようだ。
「まずはね、折りすじを付けるの。端をきちんと合わせたほうが、後で楽に折れるんだよ。」
「これはもう付いてるね。」
長方形に折って広げるという動作はするものの、すじ自体は既に付いている。
「だって最初の部分ってどんな折り方でもだいたい一緒だもん。で、次は――」
丁寧な説明に従って折っていくと、そう時間もかからず、難しい箇所もなく蛙が完成する。私も折ったり見たりした覚えのある蛙だ。折られて段になっている部分を押さえて弾くと、ぴょんと飛び跳ねる。
「もっと作ろ!一匹じゃなくてみんなでいたら楽しいよ。カラフルなほうが賑やかかな。ほら、千尋も折って。」
どの色にしようかと私も引き出された折り紙を広げ、眺める。およそ三枚ずつ入っており、金と銀だけ一枚ずつだ。緑と黄緑は既に使われた枚数分減っているけど、赤も折り跡のない一枚しかない。何かが作られたままなのだろうか。
使われた形跡のない紙を使うことは避け、よく使っているのであろう折り目のある青色を私は選んだ。そう難しい折り方ではなかったため、二回目は零ちゃんに教えてもらいつつではなく折っていく。
「一回で覚えられたの?」
「折ったこと自体はあったからね。折り方は忘れちゃってたけど、零ちゃんが分かりやすく教えてくれたから思い出せたの。」
「じゃあこれ折ったら、次、羽衣が知ってる折り方教えて。」
手が折り紙を思い出したのか、ロケットも折っていた記憶が甦る。十字架を描いて、教会と言って遊んでいたという余計なことまで思い出すけど、これは言わなくて良いだろう。
「うん。じゃあ、零ちゃんはオルガンとかロケットの折り方は知ってる?」
「ロケットは知ってる!オルガンは知らない。」
私にも教えられる折り方があって良かった。家で折っている時は黒鍵も鉛筆で描き足していたけど、今日は白鍵のみのオルガンになりそうだ。
新しい折り方を知ることが楽しみなのか、先ほどよりも零ちゃんの手は早い。
「できた!羽衣、オルガン教えて。」
「ちょっと待ってね。」
急いで私も折り上げる。折り目が元々付いていたおかげで、急いでもさほど形が崩れることなく完成させられた。
また別の折り紙を取って、動作一つ一つを説明しながらやって見せる。零ちゃんも慎重に折りつつではあるけど、話をする余裕はあるようだ。
「羽衣はオルガン弾いたことある?」
「ないなぁ。弾く系は鍵盤ハーモニカくらいだよ。」
「零も本物は見たことないの。この学校のピアノなら弾いたことあるけど。」
通ってはいなくても、入って使うことはできるようだ。しかし、音楽室は基本的に授業の前後か部活の時間しか私の通っていた中学校では開いていなかった。授業にも出ず、部活もしていないはずの零ちゃんが入り込んで、生徒に混ざって弾くことができるのか。ずっと鏡界学校にいるのなら、過去には零ちゃんを受け入れてくれるクラスもあったのかもしれない。
折り跡のおかげで、そう難しい折り方でもないオルガンはすぐに完成した。零ちゃんはそれを自立させて、自信満々に柊木先輩に見せている。
「オルガン!ねえ、千尋の知ってるオルガンもこんな感じだった?」
「ああ、よくできてるよ。黒鍵も描いてみるか?鉛筆なら後で消せるから。」
「うん!」
一回少しだけ形を崩し、本物のピアノやオルガンのように、黒鍵を二つと三つの塊に分けて描き足した。立体感も何もないただの太めの黒い線だけど、折り紙の形を元に戻せば、先ほどよりもオルガンらしさが増している。
また零ちゃんは柊木先輩に向けてそのオルガンを置いた。わくわくと効果音が聞こえてきそうな期待に満ちた表情で、感想を求めている。
「小人さんのオルガンだな。椅子と人形も作ってみるか?」
「ピアノの椅子なんてなかったよ。」
「この前作ってただろう?」
不思議そうな顔で首を傾げる零ちゃん。本人は何か別の物を作っていたつもりだったのだろう。人形を座らせる椅子なら、箱を作ればそれを代わりにできるけど、それでは不満だろうか。
「あっ、あれはレンガですぅ!椅子じゃないの!だいたい、高さが合わないよ。」
「零ちゃん、箱をお人形さんの椅子代わりにはできないかな?」
「うーん。きちんと座れるかな?作ってみるね。先にお人形さんかな。」
慣れた様子で動物の形を作り、オルガンの前に置いた。この大きさに合うように椅子を作るのだ。折り紙の本を棚から取り出して、どれが良いかを考え始める。そして幾つも作ってみて、としている間に、夕食の時間を迎えたのだった。




