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鏡の世界  作者: 現野翔子
第一章:葉月実

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Chapter1 旅立ちの炎

 今週も赤坂くんと遊ぶ約束をして、家で待っていた。そして迎えに来てくれるところまでは先週と同じ。だけど、玄関で行ってきますと言おうとした時、先週と違って栄お兄ちゃんが心配そうな表情で送り出してくれた。


「仲良くね。」

「分かってるって。羽衣のお兄ちゃんは心配性だな?自分に後ろめたいことでもあんのかも。」

「ふざけたこと言ってないで。ちゃんと友人として、健全な距離を保つこと。」

「はいはい。」


 おざなりな赤坂くんの返事には不満そうだけど、それ以上重ねることはない。私がしっかりと頷いて見せたからかもしれない。今度こそ行ってきますと手を振って、赤坂くんの家へ向かう。

 今日は手を繋いでいない。天気も良く、鏡界の中ではないからだ。ここには恐れるものが何もない。


「ご機嫌だな。」

「一緒に遊べるから。」


 ゲームは一人でしても楽しい。だけど私は家族や誰かと一緒に、見えた物について話したり、そのキャラクターが好きになれるかどうかなどを話したりしながら遊ぶのも好きだ。一人で涙を滲ませながら楽しむ時もあるけど、それは二週目でも楽しめる。先の展開を自分だけが知っていると一言ずつ気を付けるため、他の人とも楽しむなら一週目だ。

 このゲームは私も赤坂くんも一週目。だから一番一緒に楽しみやすい。どちらかだけが先の展開を知っていると、互いに気を遣うものだから。どちらも二週目以降でも、それはそれで楽しかった経験はある。


「前もよく一緒にゲームしてたのか?」

「うん。あのね、あっ。」


 鏡の向こうの話はしてはいけない。私は記憶喪失なのだから、何も覚えていない。私がゲームをしている横でお母さんがこれは何、と言ってくれていたことも、お兄ちゃんに泣き付いたことも、全て話してはいけないのだ。誰かと一緒によくゲームをしていたことだって、私の記憶にあると言ってはいけない。

 既に肯定してしまった。曖昧な記憶なら許容される。しかし、テレビすらない栄お兄ちゃんと一緒にしていたとは思われないだろう。私は栄お兄ちゃん以外の誰かと、かつて一緒に遊んでいたと思わせることになる。


「何か思い出せそうか?」

「ううん、分かんなくなっちゃった。」


 上手い誤魔化しの言葉を探している間に、赤坂くんの家に着いた。もうここまで来れば、一緒にゲームをすることで、先ほどの会話は忘れてもらえるだろう。

 先週と同じようにディスクの用意をし、ゲームを起動する。今回は先週の最後に見たオープニングが流れた後、New GameやOptionの上に、Load Gameの文字が出て来た。


「続きから、だな。よし。」


 赤坂くんが選択すれば、先週止めた鏡の前から始まった。大きな街の門がすぐ傍に見えている。読み込み時間を挟むことなく街中に入れば、「鏡源(きょうげん)を有する街リフレ」と表示された。その文字の下も角ばった波線で装飾されている。

 またキャラクターたちが会話を始める。


「奥の領主邸に向かいましょう。私の名を言えば、通してもらえるはずだわ。」


 アージュの台詞は「……」のみだ。表記はされるものの、声は入っていない。吐息さえない。自分の村が焼かれて衝撃を受けているのだろう。むしろミロワが明るすぎる気もするくらいだ。


「ミロワさん、強いな。」

「もともと村で孤立してたのかな。」


 その言動の理由を考えつつ、街の中を探索する。植木や庭先の花々など、自然豊かな街だ。住民がその周辺で立ち話をしており、一人一人に話しかけることもできる。この家の庭はいつも綺麗だとか、この街灯はラクルムに指導された技術者が点検していたとか、そんな会話まで聞くことができた。

 店の中にも入ることができた。ロールプレイングゲームらしく、武具屋や道具屋もある。まだ品揃えはあまり良くない。


「今使ってるのより一段階上くらいだな。」

「まだ買わなくていけるでしょ。二人プレイだし、オートより苦戦しにくいんじゃない?」


 一人で操作している時は、自分が操作しているキャラクター以外は自動で行動してくれる。ある程度の動きは作戦という項目から設定することもできるけど、やはり人が動かしたほうが有能だ。

 結局、体力回復のための道具も何も買わずに、その店を出た。私たちが利用しない八百屋や肉屋もこの街には存在する。それらと少し離れて、指輪の描かれた看板の店があった。


「一応見てみようよ。まだ必要ないとは思うけど。」

「大した物も売ってないだろ。」


 私のよくしていたゲームでは特殊な効果のある装備品が売られていた。少々お高く、物語が進めば宝箱から入手することも可能だった物たちだ。この『鏡争の波紋』でも似たような位置付けのようで、今は必要と思えない物が多い。「体力の上限を増加させる」や「詠唱時間を短縮させる」などの記述がされている。まだ「詠唱時間」なるものも登場しておらず、体力と表示されているものも敵の攻撃で大きく減らされる事態にはなっていない。無くなるとその前に記録した地点から始めることとなるが、その危険すらまだ感じていないのだ。

 店員に話しかけると買い物をするための画面が表示され、物の名前を選択することで購入できる。しかし、物自体はその画面を開かずとも確認でき、現実の装飾品店のように指輪や首飾り、髪飾りが展示されている。


「綺麗だね。」

「アップにできねえかな。」


 カメラの角度を調整して、近くから見ようと赤坂くんが奮闘している。調べることができないかと、便利ボタンも連打だ。それが功を奏したのか、緑の羽のような髪飾りに焦点が合わされ、キャラクターが私たちの操作ではない動きを見せた。


「おっ、サブイベントか?」

「こんな状況でもおしゃれしたいんだね。」


 アージュがその髪飾りをじっと見ているような間があり、ミロワがその髪飾りに手を伸ばした。そして、それを自分ではなくアージュの頭に着けたのだ。


「こういうの、私よりも好きだったよね。」

「……こんなこと、してる場合じゃないだろ。」


 否定はしないようだ。人の趣味に口を出すつもりはないけど、生まれ育った村が焼き払われた直後にすることではないだろう。アージュの髪も括る必要がある程度には長いため、おしゃれという観点でなくとも髪留めが必要な場面はありそうではある。

 この短い出来事でこの会話は終わったようで、画面には「羽の髪飾りを入手しました」と表示され、次の瞬間、所持品確認画面が開かれた。


「あっ、着けられるのかな。」

「カスタマイズ要素かもな!」


 説明を読んでいき、それに従って操作すると、今入手した「羽の髪飾り」をアージュにもミロワにも好きに着けられた。髪飾りという名前ではあるけど、装着する位置を任意で変えられるため、コサージュのようにもできる。色合いだって自由自在だ。なお、純粋に見た目が変わるだけのようで、戦闘時の能力が変化した様子はない。

 所持品確認画面を閉じても、その変化させた容姿は健在だ。赤坂くんが位置も色も微調整して着けたため、最初から着けていたかのように似合っている。


「この程度だったら雰囲気も損なわないしいいよね。」

「思いっきり変えて遊ぶのも楽しいけどな。」

「それは二週目で!」


 一週目は物語を楽しみたい。真面目な話をしている時に面白い格好をしていては、話の内容が入ってこなくなってしまうから。雪山で水着や、昼の砂漠で防寒着という面白さは、二週目以降のものだ。

 他の装飾品を調べても何も起きなかったため、大人しく街の中で最も大きな建物に向かう。門番に話しかけると、ミロワが話し始めた。


「ミロワ・ラクルムよ。異常事態が発生したの。領主様に取り次いでいただけるかしら。」


 門番の一人が建物の中に入ったかと思うと、すぐさま一人の女性が出て来る。街で見かけた人たちとは少し違った服装で、ミロワのものより随分動きにくそうだ。その女性に案内されて、勝手に屋敷内にミロワとアージュは入って行く。

 玄関を越えると広い空間に出る。大きな階段が途中で左右に分かれており、一階部分の端には応接室のように机と椅子が備え付けられている。三人はそこに移動していく。一瞬画面が暗転すると、机にはティーセットが乗っていた。


「そう、大変だったわね。ラクルムの技術が失われる事態は避けなければならないわ。これを持って行って頂戴。」


 女性はどこからともなく白い封筒を取り出しミロワが受け取った。画面には「帝都への紹介状を入手しました」と表示される。


「だけどここも襲撃を受けているの。悪いけれど、あなたたちに回す護衛は足りないわ。ミロワさんは戦えたと記憶しているのだけど、帝都までは行けるかしら。」

「ええ。このアージュは私以上に腕が立ちますから、心配は要りません。お気遣い、ありがとうございます。」


 二人は女性に見送られ、屋敷を出た。また私たちが操作する時間だ。


「ラクルムの技術って何だろうね。」

「ミロワの名字と同じだよな。何かの技術者なのか。この後、分かるんだろうな。」


 まだ分からないことだらけだ。帝都という場所を目指せば良いことしか分からない。その場所さえ、私たちには分からない。何も分からないまま、街に戻る。宿の看板の場所の前で、赤坂くんは操作を止めた。


「泊まってみる?」

「そうだね。サブイベントとか起きるかもしれないし。」


 宿屋の主人に話しかけ、このゲームの中の通貨を支払って宿泊する。戦闘などで入手していたため、一番初めの村でじっくり探索したこともあってか、お金には余裕もあった。

 一瞬の暗転の後、小さな寝台だけがある部屋に移る。そこにはアージュが静かに寝転んでいた。すーすーという寝息から、うわぁという悲鳴を上げ、ガバッと体を起こした。胸に手を当て、はっはっと早い呼吸を繰り返している。


「怖い夢でも見たのかな。」

「自分の村燃やされてるんだから、それだろ。あんなの見りゃ、何年だってうなされる。」


 早い足音に続き、ミロワの声で大丈夫?と聞こえた。アージュは返事をせず、ただ黙って扉を開ける。心配そうなミロワの顔が見えるだけで、アージュがどのような表情をしているのかは分からない。


「アージュ!なんて顔をしているの。手もこんなに冷たくなって、震えて。一人で寝られる?」

「もうそんなに子どもじゃない。けど、少しだけ一緒にいてほしい。」


 ミロワに掴まれた手を引いて、扉が閉められる。同時に画面は暗転した。


「怖い夢見た時って、一人で寝られないよね。私も嫌いな物食べなさいって言われる夢見た時、お兄ちゃんに一緒に寝てもらった覚えあるよ。」

「レベルが違うだろ。ってか、羽衣の怖い夢ってその程度かよ。平和だな。」


 小さな私にとっては十分怖い夢だった。好きな物から食べなさいと言われ、嫌いな物を無理して少し食べるくらいなら好きな物をその分たくさん食べなさいと言ってもらえていたのだ。私にとって嫌いな物を食べなさいと言われるのは小学校に上がってから初めての経験だった。

 癒される短い音楽が流れた後、明るくなった画面は宿泊する前の宿屋の主人の前だ。再びキャラクターたちが会話を始める。


「ありがとう、おかげで眠れた。」

「最初から一つにしておけば良かったね。そうすれば安上がり。」


 一晩一緒に寝たようだ。幼い頃から小さな村で一緒に住んでいたのなら、兄妹か姉弟のようなものだろう。他人なら抵抗があっても、それほど親しい間柄なら抵抗はない。しかし、赤坂くんの感想は違うようで、少々難しい顔をしている。


「こいつらって何歳なんだろうな。」

「私たちよりちょっと上くらいじゃない?それか同じくらいか。でも、こういう世界のキャラクターってちょっと大人っぽいことが多いよね。」


 何度も本当に同い年かと思った記憶がある。成人年齢の違いか、学校制度の違いか。主人公となるような人物は家族関係に問題を抱えていたり、そもそも親を亡くしている場合も多いため、早く大人にならざるを得ないのかもしれない。


「大人っぽいとすれば、いい年頃の男女が同じ部屋で寝るか?」

「仲良かったら寝るでしょ。」

「じゃあ羽衣は俺と寝れんのかよ。」


 それは別問題だ。アージュとミロワは同じ村の出身で、親しそうな印象を受ける。私と赤坂くんは一か月前に出会ったばかりで、比較的親しくはあるけど、この二人ほどではないだろう。


「寝ない。けど、この二人はもっと仲いいから。私もお兄ちゃんとなら」


 私のお兄ちゃんとなら、一緒に寝る日もある。だけど、ここでお兄ちゃんと言えば栄お兄ちゃんになってしまう。私も栄お兄ちゃんとは一緒に寝ない。鏡の向こうの家族について話してはいけないのだから、これはどう誤魔化そうか。

 この沈黙も不自然だ。しかし、何の言い訳も思いつかないまま、赤坂くんに追及されてしまう。


「栄先輩と寝んの?仲いいんだな。」

「え、えっと。小さい頃、そうしてた気がするだけ。分かんない。」


 ゲームをしていると気が緩んでしまう。これ以上鏡の向こうの家族の話をしないよう気を付けなければ。

 気を引き締め直しつつ、私はミロワを操作して街から出す。同じように赤坂くんも操作したところで、画面が黒い背景に変わり、「Chapter1旅立ちの炎 完」と表示された。


「これでチャプターが一つ終わんのか。全部でいくつくらいだろうな。」

「さあ。ところでさ、このチャプターって何なんだろうね。よく見るけど。」

「一章とか一節とかそんな感じだろ。ちょっと短い気もするけど。」


 区切りくらいの認識で良さそうだ。今日は戦闘ができていないけど、たまにはこういう回もあるのだろう。


「この辺で今日は止めとくか。いい時間だし。」

「うん、今日のお昼は何だろうね。」


 家にいるのが私のお母さんではないことが不思議なくらい、鏡の向こうで友達と遊んだ日のような時間だった。


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