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鏡の世界  作者: 現野翔子
第一章:葉月実

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姫野百合子の誕生日

 夕食の時間まで探索を続けたけど、結局何も見つけられないまま、一日を終えることとなった。葉月くんに報告できるようなこともなく、むしろ慰められてしまった。

 今日こそはと朝から気合を入れていたのに、五限目のホームルームの時間に事件は起きた。


「みんなー!今日、四月十八日は何の日か知ってるー?」


 姫野さんが教卓に立ち、幼稚園児か小学校低学年の子に言うかのように、声を張り上げている。その後ろでは室長の黒江さんが黒板に、姫野百合子誕生日会、と几帳面な字を綴っていた。

 周りを見ると、みんな机や鞄の中から包装紙に包まれた物を取り出している。贈り物を用意していたようだ。私は誕生日自体初めて知ったため、何も考えていない。歌が上手ければ誤魔化せたかもしれないけど、それはない物ねだりというものだ。


「全く、祝ってほしいなら当日ではなく前日に言いなさい。編入生の二人は知らなかったのではないかしら。同じ寮の人が気付けば最善なのだけれど。」


 有瀬さんの指摘はもっともで、私は誰からもこのことを聞いていなかったため、何も用意できていない。おめでとうという言葉だけで許してくれるだろうか。

 そんな不安を吹き飛ばすような勢いで、天羽くんが姫野さんの頭に何かを乗せる。


「うん、似合うよ!さっすがお姫様。やっぱりお姫様にはティアラだね!」


 折り紙で作ったと思しきティアラだ。この無邪気な誉め言葉では、ありがとうと言って受け取らざるを得ないだろう。

 しかしそれを下ろして確認した姫野さんは、あろうことか苦情を入れた。


「えー、天羽くんにとって私はこの程度の出来なの?すっごいちゃっちぃよ?」

「天羽君には珍しく的確な作品を用意したんじゃないかい?僕はとっても素敵な出来だと思うよ。姫様にはお似合いの、ね。」


 水島くんが皮肉めいた言い方で二人を褒める。その彼が渡しに行く贈り物は辞書二冊分ほどの厚さがあり、非常に重そうだ。


「えー、何これ?本当に誕生日プレゼント?」

「もちろんだよ。君にとって最も必要な、失礼、最も必要なのは脳みそだね。二番目に必要な物が入っているよ。」


 ただの悪口には反応せず、姫野さんは紙を破いて中身を見た。見た目通り、辞書が二冊入っている。私の席からでは何の辞書か分からないけど、どんな辞書でももっと勉強すべきだという思いは伝わるだろう。

 有瀬さんも同じような包装の物を姫野さんの前に置いた。


「困ったわね、被ってしまったわ。片方は違う国語辞典なのだけど、一つが同じ英和辞典なの。枕にでもして頂戴。」

「そんな嫌な夢見そうな枕は嫌だよー!というか、国語辞典っていう時点で大差ないよー。」


 枕に反応した染谷さんがクッション程度の大きさの袋を前に持って行く。


「そうだよね、姫野さんに似合うのは、お姫様のベッドみたいにふかふかの枕だもんね。ってことで私からのプレゼントは可愛い枕。美貌を保つには良い睡眠、だったっけ?」

「そうだよ、染谷さん!誕生日プレゼントってこういうものを言うんだよ!みんな、毎年やってるのに、なんで毎年外してくるの?」


 天羽くんの贈り物も心の込められた素敵な贈り物だったような気はするけど、姫野さんにとってはそうではないらしい。水島くんと有瀬さんの贈り物も勉強の苦手らしい姫野さんのことを考えて、わざわざ用意してくれたものだ。

 勢いよく背後で立ち上がる音がした。それに撃つような桃園さんの発言が続く。


「百合子ちゃん!まだ驚くのは早いよ。私も百合子ちゃんのために似合いの誕生日プレゼントらしい誕生日プレゼントをしっかり吟味してきたから!見て驚け、これが私のお祝いだー!」


 小さな箱を持って教卓に突撃する。跪き、求婚でもするように指輪を入れるには少々大きい箱を姫野さんに向けて開いた。


「まあ!なんて綺麗なアンクレット!単純にネックレスやイヤリング、ブレスレットを選ばないところが、さすがリリーちゃんだね。分かってるぅ!」


 アンクレットとは何だろう。装飾品の類であることは分かるけど、どの部位に着ける物なのかが分からない。ちょんちょんとすぐ前の席に座る水島くんの肩を叩く。


「ねえ、アンクレットって何か知ってる?」

「やはり君は不勉強なようだね。見たことはなくても名称を聞けば分かるだろう?ankle、君にも分かりやすいように発音すればアンクル、つまり足首だ。足首に着ける装飾品ということだ。着飾ることばかり考えている連中ではなくとも、英語ができればその程度推測できる。」

「へえ、そうなんだ。ありがとう。」


 水島くんは英語も苦手でないようだ。これで足首の単語は覚えられた。こういった流れがあるのなら、私でも苦なく覚えられる。ひたすら単語帳を読んでも頭に入らないだけだ。

 次々と姫野さんに贈り物が渡されていき、ついに私と赤坂くん以外の全員が渡し終わった。どう誤魔化そうか結論の出ないまま、姫野さんを見つめ返す。その姫野さんの目の前に赤坂くんが小さな缶を置いた。


「何がいいか分からなかったからとりあえず無くなる物と思って。」

「うん、ありがとう。クッキーかぁ。まあ、及第点かな。」


 人から貰っておいて、その感想は失礼だ。まして私たちは会ってから一か月も経っていないのだから、自分の印象を良くしたいなら避けるべき発言だった。

 今度こそ、姫野さんは私を真っ直ぐ見つめた。


「花房さんは?」

「え、えっと。お誕生日おめでとう。」


 拍手をして笑って誤魔化す。どんな辛辣な言葉が返ってくるかと身構えた。


「そうだよ、これだよ!みんな、物を選ぶのに必死で忘れてたんじゃない?大切なのは、たった一言なんだよ!ありがとう、花房さん、いや、フラワーちゃん。私は大切なことを忘れてたみたい。一足先に大人になるんだから、こういう言葉が大事なんだよ、ってみんなに教えてあげなきゃ!」


 三月生まれの人となら一年近く差はあるけど、数か月、人によっては数週間しか変わらないだろう。何より同じ学年として生活しているのだから誕生日の差程度、大きな違いにはならない。

 何はともあれ、祝いの言葉だけで満足してもらえたなら一安心だ。恐れていた言葉は返って来なかった。今回は何とか急場を凌げたようだ。同じように誕生日を主張してくる人がこのクラスにいないと嬉しいけど、桃園さんは私に主張してくるかもしれない。


「元々、物に拘っていたのはあなたではなくて?わたしく、そう記憶しておりましてよ。ですからわたくしも祝いの言葉は不要なのかと、控えておりましたの。」

「セナセナ〜、そんな冷たいこと言わないで〜!もちろんおめでとうも言ってほしかったよー!」


 みんなが口々におめでとうと言っているのに紛れて、トントンと後ろから肩を叩かれる。桃園さんからかと思い振り向くと、葉月くんの席に古賀さんが座っていた。


瀬名せな芹那せりなだからセナセナ。苦いことも言えるお嬢様だから、私はセロリって呼んでる。」

「へ、へぇ。自席にいなくていいの?」

「今日は騎士が姫の誕生会をしたいと先生に時間を貰ってる。細かいことは言われない。」


 無断で勝手なことを始めたわけではないようだ。だから大谷先生も教室の後ろから眺めるだけで注意していなかったのか。

 唐突に立ち上がった瀬名さんが、姫野さんの隣に並び、私を真っ直ぐに指差した。


「祝いの気持ちは、言葉だけでも物だけでも不十分ですわ。わたくしは元々、今日の部活は休む予定でしたの。そこで、物の不足していた花房様は、その分の時間を姫野様に費やすべきだと、わたくしは思いますわ。」

「あっ、いいねー、それ!私もフラワーちゃんともっといっぱい過ごしたいなー。今日は私の誕生日だから、お願い事きいてくれてもいいよね?それがフラワーちゃんから私への誕生日プレゼントってことで!」


 つまり、放課後を三人で過ごそうと。一日くらいなら構わないか。一緒に探検しようと言っていたのだから、赤坂くんも知っていたなら姫野さんの誕生日を教えてくれていれば、こうして予定が変更されることもなかったはずだ。だから、今日の赤坂くんとの約束は破ることになっても仕方ないだろう。


「鏡操の特別授業が終わってからになるけど、それでもいいかな。」

「えー、せんせー!今日はフラワーちゃんの特別授業なしにしよう?」

「駄目だ。花房君の誕生日なら考えるが、特例をいくつも作れば授業が進まないだろう?」

「ごもっともですわ。やるべきことをやった上で、楽しみは得られますのよ。」


 今日は特別授業を含めても六限にしかならないため、十分な時間が確保できる。姫野さんと二人は少し怖いけど、今までの発言を踏まえると瀬名さんもいてくれそうだ。そう大きな問題は起きないだろう。

 誰もが知っているような誕生日を祝う歌などを全員で歌い、一部練習していた子たちで別の歌も贈っていく。そんな時間も終わり、掃除の時間だ。出席番号後半の私たちは、今月は隣の空き教室の当番になっている。


「今日は誕生日だからー、掃除しなくていい?」

「いいわけないでしょう、このお馬鹿さん。このわたしくの時間を貰うに相応しい人間の振る舞いを心掛けてくださらないかしら。」


 率先して箒を手に取る瀬名さん。すぐに床を掃き始める。その隣では桃園さんも箒を持っているけど、すぐ机に腰かけてしまう。他の子たちも窓を拭いたり、机を拭いたり、廊下の掃除に回ったり、各々早く部活へ向かおうと動いている。

 私は黒板でも綺麗にしていようか。チョークの白い粉を被ってしまうけど、そんなものは後で払えば問題ない。


「えらいねー、羽衣ちゃん。黒板掃除なんて汚れるから誰もしたがらないよ?芹那ちゃんもお嬢様っぽいのに掃除も勉強もきちんとするし、真面目だよね。でも、あんなにガチガチに過ごしてたら疲れちゃいそう。みんなもっと気楽にいればいいのに。したいことをしたいって言って、したくないことはしたくないって言うの。梨々花ちゃんは今、掃除をしたくないでーす!」

「堂々とさぼりを宣言しないでくださるかしら。あなた一人でも頑張れば、早くこの嫌な時間が終わりますのよ。」


 こちらの教室はAクラスと合同で、学力に応じてクラス分けされている授業の時のみ使用される予定だそうだ。現在は学力別の授業がないため、黒板の溝にもさほど粉は溜まっていない。


「百合子もしたくなーい!」

「全く。世話の焼ける赤ん坊が二人もいるようですわ。いえ、手間のかかるペットかしら。いいえ、むしろ害獣かもしれませんわね。愛情が湧いて来ませんもの。」

「そんなこと言ってー。今日は百合子ちゃんのためにケーキを焼いてあげるんでしょ?私の誕生日の時も焼いてくれてるもんね!あーあ、休みの日だったら私も参加したのに。なんで今日は水曜日なのー!?」


 次の土日に誕生会を開催するという手法は取らないようだ。瀬名さんもそのために部活を休み、姫野さんもおそらく部活を休む。部活動の人にお祝いしてもらおうとは思わないのか。


「あっ、でも、フラワーちゃんが特別授業受けてから行くなら、私も一時間だけ部活に顔出そうかな。お祝い回りして来よーっと。フルートの人たちならお祝いの曲聞かせてくれるかも。基礎練の冊子の中にあったよね?」

「あったあった。同じパートならそうなるかもね。ペットの所にも来たら、ファンファーレでお祝いしてあげるよ!そうだ、羽衣ちゃんは知ってる?吹奏楽部ではトランペットをペット、トロンボーンをボーンとか省略して呼ぶんだよ。打楽器もパーカッションだからパーカスになるの。私も中等部で初めて聞いた時は思わず聞き直しちゃった。」

「へー、そうなんだ。」


 お祝いをしてもらうために各パートを回って行く、お祝い回り。自分がお祝いする側のように聞こえるけど、してもらう側。部活中なら練習している人たちの迷惑だろう。それとも、年に一回の特別な日だから、みんな素直にお祝いしてあげるのだろうか。

 姫野さんと桃園さんがお話している間に、掃除は終わった。掃除日誌に瀬名さんが記入し、大谷先生に渡す。何を書いたのだろう。


「気になるかしら。先生もこちらのほうを手伝ってくださるからお分かりだとは思うけれど、学校で書くことになっておりますの。誰が何をして、誰が掃除をさぼっていたのか伝えるためのものですわ。今日は姫野様と桃園様がおさぼりになって、花房様が黒板を、清水しみず様が机拭きを、水島様が窓ふきを、染谷様が廊下を、わたくしと先生が教室掃きをしたと記入しましたわ。」


 全部教えてくれた。葉月くんもいて、全員が取り組めば八人でやるはずの場所を、先生を含めて六人でやることになっている。自教室のほうはどういった状況だったのだろう。同じように掃除に参加しない人がいるのだろうか。


「花房様、特別授業が終わったら、豹寮のわたくしの部屋に来てくださいな。わたくしの出席番号は十番よ。では、わたくしはこれで。また後程、会いましょう。」

「うん、ばいばい。」


 何が待っているのだろう。気になりつつも、特別授業のため、私は教室に戻った。


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