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鏡の世界  作者: 現野翔子
第一章:葉月実

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久々のゲーム

 少し浮ついた気持ちで朝の支度を済ませる。約束の時間にはまだ早く、そわそわと何度も足を組みかえてしまう。


「そんなに楽しみ?」

「うん!だって今までは毎日くらいゲームしたりテレビ見たりしてたのに、全くできなくなっちゃったんだもん。早く来ないかなぁ。」


 昨日の夕食後、赤坂くんと話している時にうっかり口を滑らしてしまったのだ。好きなことの話の中で、ロールプレイングゲームの中で好む物があったと。この家で目覚める前のことはほとんど覚えていないという設定にも関わらず、テレビゲームをしていた記憶を話してしまった。

 おぼろげな記憶の中に、非現実的な映像があった。そんな言葉でどこまで誤魔化せたのか。不安になりつつも次の言葉を待てば、何か思い出せるかもしれないからと、最近見つけた面白そうなゲームを一緒にやろうと誘ってくれた。


「ちょっとしたブラウザゲームならこのパソコンでもできるけど。」

「そういうのじゃないの。だってストーリー性も何もないでしょ、そんなの。」


 辛い目に遭った主人公がなんだかんだ世界を救うことになったり、登場人物たちそれぞれに抱えるものがあったり。簡単にまとめると感動も何もない説明になるけど、自分で操作し、ものによっては選択してストーリーを進めていくことに魅力があるのだ。

 これからできるのはどんな物語なのだろう。わくわく待っていると、家の呼び鈴が鳴らされた。


「行ってきます。」


 駆けて行った玄関の前では赤坂くんが待ってくれていた。早く行きたい気持ちが抑えられずに先に道に出るけど、栄お兄ちゃんが何やら注意している。


「お昼には連れて戻って来ること。危ない場所には連れて行かないこと。それから、おかしな真似はしないこと。したら絞めるから。」

「おー怖い。しねえから。健全にうちで遊ぶだけ。そんなに心配なら一緒に来ればいいだろ?」

「俺はお前ほど暇じゃない。」


 私には気を付けての一言で送り出してくれる。赤坂くんも道に出てきて、住宅街の奥に向かって歩き出した。


「ねえ、赤坂くんの家はどっちにあるの?遠い?」

「すっげえ近い。数分で着くよ。庭から行ったほうが早いかも。塀でも乗り越えてみる?」


 すぐ裏なのか。近所の人に目撃されると通報される危険はあるけど、その家の持ち主と一緒に乗り越えているなら、罪にはならないだろう。


「うん、一回戻る?」

「嘘。別人の家だから。」

「ちょっと!不法侵入になっちゃうよ。」


 危ない。単純な嘘で犯罪者にされるところだった。一分も疑わなかった私が可笑しかったのか笑っているけど、久々にゲームができると私も上機嫌なのか、釣られて笑ってしまう。冷静に考えれば、私の行動が早ければ犯罪者なのだから笑い事ではない。

 そんな特に意味のない会話をしているうちに、早足であったことも相まって、すぐ赤坂の表札が見えた。


「ここ。ようこそ、俺の家へ。とは言っても借りてるだけの家だけどな。」

「お邪魔しまーす。」


 玄関や居間は私の実家や栄お兄ちゃんの家と変わらないつくりだ。雰囲気はどちらかと言えば私の家に近い物の多さ。テレビもソファもクッションも膝掛けもある。布団も畳まれて置かれている。部屋の隅にパソコン用の机が置かれている点は栄お兄ちゃんの家と同じだ。

 出されたコップは二つ違う種類。マグカップと透明なコップに、ペットボトルからお茶が入れられた。


「栄先輩の家と比べんなよ。一人で暮らしてるんだから、二階なんて使わないほうが楽だろ。」

「あ、ごめん。別にそういうつもりで見てたわけじゃないよ。」


 クッションの抱え心地は良い。ソファに凭れて、コントローラーを受け取れば準備は完了だ。

 ゲーム本体にディスクが入れられ、静かな起動音と共にタイトル画面が出現した。自然豊かな背景に、透き通ったガラスのような字で『鏡争の波紋』と記されている。


「綺麗だね。」

「ああ。じゃ、始めるからな。」


 操作の主導権は赤坂くんにあるため、New Gameの文字を選択し、決定ボタンで先へ進む。

 戦闘難易度や音量、画面の明るさなどを設定すれば、いきなり始まったムービーシーン。まだそんなに身構えていなかったのに、燃え盛る家々を見せられた。

 人々の呻き声や罵倒の声、はたまた雄叫び。しかし、そのどれもが幾重にも重なり、一つ一つの言葉を聞き分けることを困難にしている。その中で一つだけ、明瞭に響いた女性の声があった。


「逃げなさい!あなたたちだけは、せめて……!この世界を、あの者たちの手に渡してはなりません!」


 画面が暗転し、主人公の性別を選択してください、という事務的な文章が流れた。


「どっちにする?俺が選んでいい?」

「うん、任せるよ。」


 私が好んでしていたゲームは主人公の性別も決まっている物が大半だった。それでも主人公に感情移入して楽しめたため、どちらになっても私は楽しいだろう。

 赤坂くんは自分の性別に合わせたのか、男と選んだ。すると次は、友人の性別を選択してください、という文章が出る。


「これは羽衣が選ぶか?」

「うん、じゃあ女にして。」


 なんとなく私も自分の性別に合わせて選択する。確認画面の次の瞬間、3Dモデルの一組の男女が遺跡のような場所で立ち尽くしていた。眼下には燃え尽きた家々が並び、目の前を一羽の鴉が通り過ぎて行く。

 すっとカメラが引き、画面左端にキャラクターの肩から上の絵が小さく表示され、言葉と同時に台詞が発せられた。


「アージュ、行きましょう。私たちにはやらねばならないことがある。」

「……」


 悲しい弦楽器の音楽と、木々の騒めきだけが響いている。画面には変化がない。途端に男性キャラクターのほうが機敏な動きを見せ、赤坂くんが驚いたように声を上げた。


「あっ、これ、もう動かせんのか。」


 私も左スティックを回してみると、女性キャラクターが機敏にその場でくるくると動いた。先ほどの緊張感などなかったような動きだ。足音も場所に合った堅い音で、ひらひらとかすかに動く服の裾が現実的だ。カメラは赤坂くんの操作する主人公を中心に移動するようで、多少離れてくれるものの、私には移動制限が掛けられている状態だ。

 私にはカメラの操作もできない。勝手に視界の方向が切り替わる状態だ。そうして崖と反対側に向けられると、直径が人の身長以上もある大きな鏡が設置されていた。調べろと言わんばかりに黒く光り輝いている。

 そこで決定ボタンを押すと、また操作ができない時間になる。アージュと呼ばれた主人公が先ほどまで見せなかった動きで静かに鏡に近寄り、手を翳した。黒い光は消えたが、代わりに鏡が曇っていることが見て取れる。そこで私の操作していた女性キャラクターも手を翳し、詠唱のようなものを開始した。


「我ら、記憶を継承せし者なり、技術を継承せし者なり。永遠の記憶と永久の技術を背負いし証、ここに刻まん。」


 鏡は強く光り輝き、靄も消えた。カメラがそこから離れ、また操作できる状態になるが、再び調べても何も起きない。


「何だったんだ?今の。」

「分かんない。とりあえず外、出てみよ。」


 私がカメラ外に出ようと動かしても微動だにしてくれないため、言葉で赤坂くんを促す。崖沿いの階段を下り、燃え尽きた村の中に戻った。またカメラが背後から追う形ではなくなる。


「酷い有様ね。」

「くっ……」

「アージュ!残党かしら。私たちを狙っているわ。」


 黒ずくめの集団に襲撃された。画面真ん中にチュートリアルの文字が表示され、戦闘の仕方を教えてくれる。通常攻撃、回避、標的変更、などの仕方が次々と出た。それらを二人ともが実行し確認すると、戦闘の始まりだ。

 私の操作するキャラクターは帯を武器とするようで、それを振り回して攻撃しているため、非常に攻撃範囲が広い。動きも鈍くなく、非常に使いやすい性能だ。一方赤坂くんの操作するキャラクターは剣を武器とし、私の操作するキャラクターよりも機敏な斬りを繰り出しているものの、攻撃範囲は狭い。一対一で戦うことが得意なキャラクターなのかもしれない。まだ通常攻撃の使い方しか出ていないため、この後説明があるだろう。

 最初の敵だからか動きが単純だ。慣れない私たちの操作でも難なく対処でき、戦闘を終えた。


「まだ雑魚だな。」

「チュートリアルなんだから弱いに決まってるでしょ。まあ、そうじゃない場合もあるけど。」


 私の好きなゲームでは、難易度を上げた場合の最初で最大の難関が操作説明時に出て来る敵だった。

 画面の中では、弱いという私たちの感想に反して手こずった様子で呼吸を荒げている主人公が屈みこんでいる。そこで私の操作キャラクターが駆け寄った。


「大丈夫?アージュ。ああ、怪我をしたのね。治れ!」


 アージュに手を翳し、気合を一つ入れると、ふわりと光が発せられた。


「ありがとう、ミロワ。」

「急いでここを離れましょう。現状を街に伝えなくては。最寄りの街はリフレよ。」


 操作できる状態に戻った。ここからが楽しい探索の時間だ。先ほどの黒ずくめの者たちと同じ姿の者が何体もうろうろしているため、それらと戦いつつ焼け落ちた家屋の中まで探索していく。

 幾つもの家が壊れている。黒焦げになっているだけで、中を探索しても何も入手できない。その中で一か所だけ、足元が光っている家があった。


「思い出の鏡?」


 それを入手しましたという文章が出現しただけで、特段主人公たちが話すことはなく、文章は消える。意味深な名称だというのに、どんな思い出があるのかという会話さえない。


「え?これだけ?ねえ、アイテム欄で見てみようよ。何か説明書いてあるかも。」


 所持品確認画面から今入手した物を確認してもらうと、貴重品の欄にそれはあった。手鏡のようだけど、随分古びている。


「アージュにとって思い出深い一品。既に割れてしまっている。」


 短い説明文だ。鏡として使うことはないのだろう。今後の物語における重要な物ではありそうだ。

 村の中を探索しても他には何も入手できないことを確認し、草原へ出る。読み込み時間もなく、読み込み中の表示は画面端に出るものの、移動自体は村の中と同じように可能だ。


「おー、フィールドに出る時もロードがない!」

「町とフィールドの区別がないんだろ。いや、さっきのはダンジョンか。」


 少しの感動を覚えつつ、道なりに進み始めれば、カメラが空に向けて飛んでいく。曲が静かに始まり、白い鳥が青い空を飾って行った。


「オープニングだ。ここで来るんだね。いよいよ始まりかぁ。」

「あっ、さっきの敵だ!」


 鳥を追って行った先には黒ずくめとそれらを率いる性別不詳の人間。塔の上のような場所でどこかを見下ろしている。

 彼らを通り過ぎ、大きな街の中に入った。果物や野菜が並ぶ露店で、元気そうなおばさんが大きく口を開いた笑顔を見せている。その横では若い男性がうんざりした様子で箱を持ち運び、お客さんに肩を叩かれている。

 再びカメラは上空に上がり、山の中に入る。そこでは慎ましく人々が生活している様子が映し出される。狼のような生き物を壮年の男性が撃ち、幼い男の子が駆け寄った。


「これから仲間になる人たちかな。」

「ちょっと服装がモブと違うもんな。」


 様々な自然の地形の上空も飛んで、主人公たちの所に画面が戻って来たところで、最初の画面でも出た美しい『鏡争の波紋』という文字が浮かび上がった。すーっと消えて、また操作できる状態に戻る。


「はー、あっ!やべえ、もう昼だ。メニュー画面で、と。」


 システムの欄を選ぶけど、セーブの文字は灰色になっている。ゲームディスクのケースに入っている説明書を読めば、何か分かるだろう。


「セーブは世界各地に設置されている記憶鏡に触れることで可能です、だって。あれじゃない?」


 街の門のすぐ横に、門番の肩くらいまである鏡のような物体が置かれている。まだ黒いけど、さきほど遺跡にあった鏡の触れる前の状態とよく似ている。

 ひよこや植物のような敵を避け、そこまで急げば無事に記録が完了した。


「よし、栄先輩の所戻ろう。急がないと怒られんぞ。」

「そうなの?じゃあちょっと早足だね。」


 バタバタとゲームを片付け、赤坂くんの家を出る。もうそんなに時間が経っていたなんて驚きだ。


「まだオープニング見たところだったのにね。」

「最初の村でゆっくり探索したからな。敵も結構いたし。おかげで重要そうなアイテムゲットしたから、何かイベントでも後々あるかも。」


 楽しみだ。早く物語の先が知りたくなってしまう。


「ねえ、来週もしようよ。いい?」

「当たり前だろ。毎週やろう。」

「いいね。私もたくさんしたい。」


 今日の昼食は何だろう。現実に戻って来た心も、幾分疲れが取れていた。


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