第一回報告会
のんびりと歩いて古賀さんの秘密基地へと向かう。染谷さんと歩いている時も話しながらであったため、非常にゆっくりとした速度にはなっていた。ここからは少し足を速めて、足元に十分気を付けつつ進もう。
集まることを決めた金曜日を除いて、今日までの五日間。私の得た情報は、古賀さんなら既に知っているものではないのか。そんな心配もしつつ、一つ忘れたことに気付く。暗くなってからの一人歩きは、鏡界の番人に狙われかねない、と。
ガサリ、と背後の茂みが鳴る。しかし、振り向いてもそこには誰もいない。
「羽衣、こっちだよ。」
ぴょこんと足元に零が顔を覗かせる。にこっとした笑みが私の緊張感を和らげてくれた。しかし、こんな所に零ちゃんが一人でいるのも好ましくないだろう。
「一人なの?危ないよ、早くお家に帰らないと。」
「それは羽衣も一緒でしょ?それにね、羽衣。私は知ってるよ。禁域のことと、実のこと色んな人に聞いてるの。ねえ、何のつもり?」
「葉月くんのことを聞いたつもりはないんだけど。七不思議のことを聞いてると、流れでそうなっちゃうみたい。もちろん、全部本当だとは思ってないよ。」
零ちゃんは葉月くんに懐いている。七不思議の流れで葉月くんの話題になる時は、良い内容ではないことが多い。その辺りについて弁解を入れなければ、彼女たちが馬鹿と呼ぶ人たちと私も同じになってしまうだろう。そうなれば、葉月くんと親しくなって禁域について教えてもらうという作戦は成功しない。
私の弁解を聞いた零ちゃんは顎に手を当てながら歩き出す。その様子は小さな女の子には似つかわしくなく、葉月くんも一緒に三人でいた時より随分大人に見えた。
「ねえ、なんで調べてるの?」
「好奇心だよ。知らないから知りたいの。」
「ふ〜ん。」
期待外れの答えだったか。何か零ちゃんが喜ぶような答えはあるだろうか。葉月くんへの疑いを晴らす、と言えば喜びはするだろう。しかし、実際に葉月くんが一昨年の生徒行方不明事件に関係していたり、鏡界の番人に関係していたりした場合において、それを零ちゃんが知っていたら、疑いを晴らすつもりの調査も歓迎できないのではないか。
零ちゃん自身も七不思議の一つだ。一方でただの幼い少女でもある。葉月くんが犯人だとして、零ちゃんにそれを教えるだろうか。
「ねえ、七不思議を調べたいなら、私にも聞くべきだよね。だって私が謎の少女なんだから。」
目の前にいる七不思議。しかし、既に正体が明らかになっているものをこれ以上どう調べるのだろうか。
「零ちゃんは零ちゃんだから。それに禁域について調べるのは、事件の真相を調べるため、でもあるかな。零ちゃんは一昨年の事件について何か知ってる?」
「知らない。実が友達と一緒に禁域に行ったら、なぜか他の人が実を人殺しって言い始めたの。」
彼女が見聞きした状況だけでは、そのような認識になってしまう。突然、周りの人の態度が変わったことは、零ちゃんにとって疑問でしかなかっただろう。恐怖さえ覚えたかもしれない。
「そっか。大変だったね。」
「今も大変なの!全く言われなくなったわけじゃないから。羽衣はこうやって私と二人で話してても実の悪口言わないから許してあげる。気を付けて帰ってね。ばいばい。」
手を振って校舎の方向に向かって小走りで消えて行った。面と向かって罵詈雑言を投げつけられることが減ってはいても、無くなってはいないようだ。私が言わないだけで、現在味わっている辛いことを過去形で話したことも許してくれるのだから、よほどの言葉を聞いてきたのだろう。
秘密基地を勝手には教えられないと、零の歩きに合わせていたため、少々方向が当初の目的とはずれている。それを修正して、ここからは真っ直ぐ古賀さんの秘密基地を目指しつつ、一昨年の事件や葉月くんについて、染谷さんの言葉やその他の情報を整理していく。そこで、はたと気付いた。葉月くんが鏡界の番人ではない決定的な理由だ。
鏡界の番人は、禁域について調べる人に警告文を与えたり、その人を襲ったりする。しかし、葉月くんは一昨年の事件の際、一人目の犠牲者、望月茜に情報を与えている。二人目の犠牲者、淡田満に関しても、一緒に禁域に侵入した。それらは鏡界の番人による禁域を隠そうという行動と矛盾しているのではないだろうか。
得た情報を思い返し、整理していたせいで時間がかかったのか、秘密基地にはもう既に二人が来ていた。
「何かあったのか?」
「ううん。染谷さんと零ちゃんから話を聞いてただけ。ごめんね、遅くなって。」
「探偵は情報を多く持ってる。その開示も躊躇わない。だけど、決定的な証拠は彼女ですら持っていない。」
それは私も確かめた。状況証拠と推論を積み重ねて、結論を出している。その上、その推論には穴があった。
「情報の多そうな天女の話は後にしよう。レッドから話して。」
「あー、俺も一応、狼寮の連中に葉月の話とか一昨年の話とか、禁域の話とか聞いてみようとしたんだけどさ。葉月の名前出しただけで、すんげぇ睨んでくんの。迂闊に聞けない雰囲気だった。」
杜鵑寮より酷い状態のようだ。そのせいで、ほとんど何も得られておらず、赤坂くんの話はそれだけで終わった。
「染谷さんは普通に話してくれたよ。」
「朱鷺は犠牲が出てないこともあって、禁句扱いになってない。特に探偵は犠牲とか月見自身とかに興味がないから。」
他の七不思議と同じように情報という扱いなのか。純粋な好奇心だけで動いている。鏡界の番人が葉月くんと言って、それが広まった場合のことなど考えていないのだろう。
「色々聞いたんだけど、古賀さんは知ってるよね?」
「同じ話をしているかは分からない。私が聞いた時より情報が増えてる可能性はある。それに、レッドは知らない。」
先ほど聞いたばかりの話を繰り返す。関係のない七不思議に関する話は省略だ。特に気になった鏡界の番人の話は重点的に、なるべく省略せずに話した。
「やっぱり私の知らない話もあった。鏡界の番人が月見なんて推測、前は言ってなかった。前の時はタイミングが良すぎると、零の可能性を指摘するに留まってた。」
七不思議の一つである零が同じ七不思議の番人と同一人物。なぜ別の七不思議として考えられているのかという疑問が生ずるため、やはり同一人物ではないという結論に達したのだろう。
禁域についての調査を始めると、警告はなされる。つまり、禁域について知られたくない何者かが番人ということ。知られたくないという意思が存在するということは、禁域についてその何者かは知っている。禁域について知っているのは零ちゃんと葉月くん、あるいはまだ見ぬ何者か。
「ねえ、二人はさ、鏡界の番人が私たちの知ってる誰か、生徒とか先生とか、寮や学校にいる人だと思う?それとも、鏡界学校に全然関係ない人とか幽霊的な何かだと思う?」
「分かんねえよ、全然。」
「情報が足りない。レッドは運動が得意そうだから、鏡界の番人を誘き寄せて捕まえて。夜中に一人で出歩くだけで十分だから。」
危険だと言われていることを、さらりとさせようとしている。正体不明の相手なのだから、運動が得意かどうかはあまり関係ないだろう。幽霊のような存在の場合は何の意味もない人選だ。相手が凶器を持っている場合も同様だ。
赤坂くんも同じように感じたのか、非常に嫌そうな顔をしている。
「それで殺されたらシャレになんねえだろ。俺はやらないからな。」
「冗談。本気でやれとは思ってない。だけど、鏡界の番人に殺されたという話はあまり聞かない。」
禁域に侵入すれば帰って来ない。それは入れば番人によって殺されている、とも考えられる。禁域について調査している間は警告で済むけど、侵入してしまえば手を下される。
「番人は一人でいる所を狙ってくるんだよね?だったら殺されたって話は出ないんじゃない?だって目撃者がいないんだもん。」
「明らかな他殺の跡がある死体は見つかってない。朱鷺の北にある崖からの転落死とか、杜鵑の南にある海での溺死とかならあるけど。細工をすれば事故に見せかけての殺害は可能。」
推理小説などではそういった仕掛けも見るけど、それらは現実的に行われることなのだろうか。それも疑問が生じるけど、何より学校の敷地内で死体を発見してしまう可能性があることに恐怖を覚える。探索していれば見つけてしまうかもしれないのだ。行方不明となっている生徒の一部は、学内の探索中に人知れず命を落としているかもしれない。それを見つけたくはないけど、世界を越える鏡を探すためには探索も必要だ。
注意すべきは北の崖、南の海。自分が事故に遭わないようには気を付けられるけど、死体を見つけないようにはどう注意すれば良いのだろう。
「古賀さんってさりげなく残酷なことを言うよな。つか、その細工って具体的にはどういうのを考えてるんだよ。」
「景色を見ようとか言って崖際に誘き出して、突き落とす。カナヅチ限定になるけど、遊ぼうと言って海に連れ出し、浮き輪に穴を空ける。」
確かに他殺であるとは分かりにくいかもしれない。突き落としておきながら、いつの間にかいなくなっていたと報告すれば、大人たちが捜索してくれる。死体の近くに残っているのは人が落下した跡だけで、争いの痕跡はない。
一方、海のほうはとても大胆な犯行だ。海で泳ぐのだから昼日中の犯行になる。海に入るのが不自然でない季節なら、周りに他の生徒もいそうなため、溺れている人が声を上げれば、岩陰などになっていても寄ってくるだろう。一緒に遊びに行ったことも知られていれば、犯人が見つかりそうでもある。穴の空けられた浮き輪という証拠も残る。岩の破片か何かで穴が空いたと言い訳できるのだろうか。
「死体について考えても分からない。警告文も鏡界の番人によるものとは決定していない。ただ、いつも禁域や零、世界を越える鏡について調べる人に対して、その警告は行われるから、同じ存在によるものと考えられているだけ。」
鏡界の番人とまとめて呼んでいるけど、本当は何人もいるかもしれない。それこそ愉快犯のようなものだって混ざっている可能性もある。それを確認する方法はないだろうか。警告する人を確かめたい。
「番人を見た人はいないの?それか、警告文が貼られてたって言うなら、紙とかに指紋とか残ってないかな。」
「いつも暗い時に背後から襲われるから、姿は確認できてない。警告文の大半はただの悪戯扱いだから、警察に調べてもらえてない。一部傷害事件との関連を認められた物に関しては、指紋やその他犯人に繋がる情報がなかった。」
結局分からないまま、と。未解決事件の残された学校が何事もなかったかのように運営されていることも恐ろしい。私は無事にこの学校から帰り道を探し出し、鏡の向こうにある自宅に帰りつけるのだろうか。
「どのくらい犠牲者が出てるんだ?」
「一番新しい犠牲が一昨年の三人。禁域に入って行方不明のもの。その前は私の入学前だから詳しくは知らない。だけど、卒業生も含んだ先輩たちの話によると五、六年に一回はこういう事件が起きるみたい。」
結構な高頻度で起きている。それでもなお、学校は続いて、新しい生徒がどんどん入学してくる。そのような事件の存在は入学するまで伏せられているのだろうか。
「犠牲が出たことをリアルタイムで知らない学年になると、危機感が薄れる。だからまた、禁域に入ってしまう。好奇心による調査の限度を超えてしまう。そしてまた犠牲が出る。生徒が入れ替わる六年を目安に、同じことが繰り替えされている。」
先生からの指導では抑えきれないのだろう。大半の生徒が言いつけを守り、危機感を持って禁域と距離を取ったとしても、一部は好奇心を煽られてしまう。入っただけで死ぬなんて信じられないと、油断して向かってしまうのだろう。
繰り返されていることも分かっているのに、侵入できないような対策は行われていない。あるいはまだ不十分。これにも不信感を覚えるけど、今私が知りたい情報ではない。先生方は禁域について何かを知っているのだろうか。
「だから、月見を犯人扱いするのは理に適ってない。この周期を考えれば、禁域に存在する危険な動植物や場所が犯人と考えるのが自然。」
古賀さんの目的はそうだった。禁域について調べることばかりにならないようにしなければ、私は禁域に執着しすぎているように見えるだろう。ただの好奇心という言い訳も通用しなくなってしまう。
「だけど葉月やその零って子はその危険な動植物や場所に殺されてないんだろ?」
「ゼロは以前から禁域に出入りしてる。危険な場所を把握して、その危険を避けることは可能。月見に関しても、そのゼロから教えてもらえれば避けることはできる。」
他の生徒も葉月くんから教えてもらえれば避けることが可能なはずだ。それなのに、一緒に入ったはずの生徒も行方不明になっている。逸れたのならそうなる可能性もあるけれど、危険だと分かっている場所で逸れて、一人で動き回るだろうか。
「二人目の行方不明者は一緒に入ってたよね?」
「いい子ではあったけど、素直に言うことを全て聞く性格ではなかった。時々軽い悪戯をして、周りを和ませることはあった。だいたいは自分でその悪戯に引っかかったから、その時も何かあった可能性がある。」
「そっかぁ。」
その事実があったとしても、それを知っているのは葉月くんだけ。何をしてはいけないか、どこが危険なのか、それを把握しないことには何かがあるだろう禁域に入ることもできない。
中間試験までの間もなるべく葉月くんと近づいておきたい。少しでも情報を得るために。




