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鏡の世界  作者: 現野翔子
第一章:葉月実

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部活見学

 パランパランと響く弦楽器のような音色を聞きつつ、園芸部のすぐ隣、華道部の札が下げられた部屋の扉を叩く。墨で書かれたような美しい文字が、普通教室棟とこの部活棟の雰囲気の違いを伝えてくれる。この建物だけ過去にいるかのようだ。電気があるため時代を超えた気分にはならないけど、うっかり寛いでしまいそうな雰囲気ではある。

 開いた扉から覗いたのは杜鵑寮の男子の先輩だ。名前は何だったか。


「ああ、いらっしゃい。今日は部活してないから説明だけになるけど、聞く?」

「お願いします。」


 普通教室棟とよく似た机の並びだけど、二つ一組で隣とくっつけられている。黒板まであり、昔は普通教室棟と同じ使われ方をしていたのかもしれない。しかし、今は廊下側一面に棚が置かれており、そこには花器が大量に並べられている。平たい物から一輪挿しにでもするのかと思うほど細長い物まで様々だ。花器自体が抽象的な芸術作品なのかと思うほどよく分からない形状の物まである。

 教室の隅には小さな本棚がある。華道部の先輩はそこからアルバムのような物を持って来た。


「これが普段の部活の様子。毎週木曜日の光景だね。好きなだけ生けて、満足した人から帰って良い。」


 二つ並んだ机の一組ずつ使い、思い思いの花器に花を生けている。花だけでなく木や葉っぱも使い、小さな世界を創っているようですらある。

 次のページに行けば、今度は顔を顰めながら木を切っている様子が写っている。その次の写真でその人は慌てた表情でカメラに向かって手を伸ばしているため、撮られたくなかった姿なのだろう。


「すんげぇ顔で写ってるけど。よく残すこと許してもらえたな。」

「まあいっか、ってなったのかな?」

「実際を説明するには最適だからね。木って硬いから。花切り鋏で切れない物に関しては小さい鋸で切るんだ。」


 意外に重労働が待っているようだ。鋸など使ったことがない。使い方は教えてもらえるだろうけど、想像していた華道の風景にはならなさそうだ。もっと静かで、腕力の必要ない部活の風景を想像していた。


「気が向いた時に有志で備品の手入れもするね。花切り鋏を研いだり、写真の整理をしたり。」


 鋏を研ぐのか。包丁ならお父さんが研いでいたから見たことがあるけど、華道部の活動として思い浮かべられる姿ではない。聞けば聞くほど、想像が覆されている。


「年に一回、文化祭が華道部の大きな発表の場だ。他は式典や行事の時の花も華道部が生けてるね。ほとんどの生徒が花なんてちゃんと見てないけど。職員室にはもう行った?入口付近の花は華道部が生けてるんだよ。」

「そうなんですか。羽衣、後で見に行ってみようぜ。」

「うん、私も気になるから。」


 部活動として部室やその活動場所で完結せず、学校生活に影響を与える活動を行っている。これも魅力的だ。園芸部か、華道部か。迷いどころだ。


「説明はこんなものかな。華道部は兼部してる人がほとんどだから、気にせず色々見て回ると良いよ。部長も兼部してる人だし。週に一回抜ける程度なら問題ない部活とか、そもそも活動日が被らないところとか。」

「へえ。私、一つを選ばなきゃいけないと思ってました。」

「毎日しっかりやるところは、そっちが兼部禁止だったりするけどね。まあ、華道部に入るような人はそもそも運動部には入る気のない人が大半だから、吹奏楽部とかギター・マンドリン部くらいかな、問題になるのは。」


 この建物に入った時から聞こえていた音はギター・マンドリン部のものなのだろう。ずっとパラパラと小さく鳴っている。

 候補から華道部も消せないまま、部室を後にする。


「なんか意外だったな。」

「うん、お話しながらお花生けてるだけかと思ってた。」

「それもそうだけど。可愛い女の子ばっかりかと思ってた。」


 今日いた先輩も男子生徒だ。その他、写真に載っていた人は女子生徒が大半だったけど、男性も映っている。


「そんなことないね。」

「和服似合いそうな子とか。羽衣は似合いそうだよな。」

「ありがとう。」


 昇降口のような場所を通り過ぎ、さらに小さな部屋も飛ばして、将棋部の部室だ。華道部と同じように札が下げられている。扉は開けられたままで、覗くこともできる。見える範囲では将棋ではなくチェスやオセロをやっているようで、どことなく緩い雰囲気だ。一番近くの席でオセロをしているのは柊木先輩と天羽くん。背もたれに完全に体重を預けて余裕そうな柊木先輩とは対照的に、天羽くんは前のめりに盤上を睨み、唸っている。

 勝手には入れないと入口の横を叩こうとすると、柊木先輩がこちらに気付いた。


「羽衣と、編入生の、何て言ったか。」

「赤坂恭弥です。」

「ようこそ、将棋部へ。」


 悩み続ける天羽くんを放置し、私たちを出迎えてくれる。盤を見れば、もうゲームも終盤で、黒が圧倒的に多いように見える。


「見ての通り、将棋部とは名乗っているものの、ボードゲームなら何でもありだな。さすがに双六類はしないが。」

「次、ちぃちゃん先輩の番だよー!」


 その言葉に応じて、あまり迷うことなく柊木先輩は最後の一手を打つ。その結果を見届ける必要もなく、柊木先輩の圧勝だ。


「う〜、なんで〜?」

「最初から数を取ろうと欲張るからだ。ほら、その席空けろ。見学者が来てる。」


 天羽くんは見学者の数に数えられていないのか、ぞんざいな扱いだ。しかし素直に椅子を空け、魔法瓶に手を伸ばす柊木先輩の横についている。


「二人ともちょっと待ってな。今、お茶を淹れるから。チェスでも将棋でも、五目並べでも、立体四目並べでも、興味のあるやつを選んでくれたら良い。」


 指し示された棚には幾つものゲームが置かれている。五目並べはおはじきを使ってお父さんとしたことがあるけど、立体四目並べは初めて聞いた。箱を見れば、四かける四本の棒が台から突き出ており、たくさんの球をそこに差し込んでいるような写真が載っている。


「それしてみるか?」


 お茶を用意してくれた柊木先輩がオセロ盤の上にそれを出してくれる。オセロ同様、白と黒の球が転がり出て来た。


「二人は、五目並べは知ってるか?」

「はい、小さい時はよくしてました。」

「俺は馴染みがないです。」


 家でしていなかったらしい赤坂くんのために、丁寧な説明が始まる。簡単に言うと、五目並べの立体版だ。それも五つではなく四つ並べれば良いだけ。縦、横、高さと四つずつ並べられるため、その中のどれかの方向で自分の色を並べるように、相手の色の並べさせないように考えていく。当然、四つ並べられた人の勝ちだ。

 説明を一通り受けて、実際にやってみる。平面とはまた違った頭を使わなければならない。何せ、上に積み上げていくには下に駒を置かなければならないのだから、今置ければ勝ちという場面でもそうはいかない。


「こういったゲームをしていると思考力が鍛えられるんだ。一つの視点に捉われず、全体を見ることができるようになる。それが最も実感できるのが十月に控える鏡界合戦だ。戦略シミュレーションゲームのような面白さがある。その時に全体を見て、指揮する能力が試される。」


 一大学校行事のようだ。シミュレーションゲームがどういったものなのか分からないけど、似たような体験をすることになるのかもしれない。事前に説明はあるだろう。学校行事というからには私のように馴染みのない人も参加できるようになっているはずだ。


「そんなイベントがあるんですね。」

「ああ。例年、将棋部の部員が総大将もしくは副将になっている。」


 少なくとも柊木先輩はその行事が好きなのだろうと分かるほど、話す姿も楽し気だ。そこが将棋部の見せ場なのだろうか。

 話している間に、赤坂くんが駒を置いていた。それも、四つ並べる形で。


「俺の勝ちだな。」

「気付かなかった〜。立体になると見る所も多くて見落としがちになっちゃうね。」


 誇らしげな表情がより悔しさを増幅させる。今は勝ち負けより部活の様子や雰囲気を見ることが目的なのに、それを忘れてしまいそうだ。


「もう一回しよ?」

「茶道部も見に行くんじゃねえの?時間なくなるぞ。」

「確か月曜日が活動日だったな。まだやってるといいが、あんまりのんびりしてると終わってしまうかもしれないな。」


 明日には回せない。今日のところは私の負けで諦めよう。オセロくらいなら寮の談話室にもあるだろうから、そこで勝ち直しても良い。


「じゃあ、行ってきます。見てから決めたいので。」

「ああ、気を付けろよ。」


 見送られて部屋を出るけど、何に気を付けるのだろう。学校内、それも建物ばかりの中を通るだけだから、特に注意が必要なことはないように思える。ギター・マンドリン部の部室を通り過ぎ、部室棟から出るまで考えてみるけど、見当も付かない。

 茶道部の活動場所を部活紹介の冊子で確認する。特別教室棟一階の和室だ。隣に調理室があるけど、お茶菓子も自分たちで作るのだろうか。


「今のところ、羽衣はどこにしようとしてるんだ?」

「う〜ん、まだ迷い中。」


 調査を考えるなら園芸部。情報が集まると聞いたことと、新聞部が話を聞きに来るならその時に新聞部の集めた情報を得られるであろうことが理由だ。部活としての楽しさなら優劣つけがたいから、それに加えて情報のある園芸部が、現状の最有力候補だ。


「園芸部かな、って思ってるけど。また明日、温室に行ってみようかな。赤坂くんは?」

「入るつもりはねえよ。園芸部とか新聞部からの情報は羽衣が手に入れられるんだろ?だったら俺は自分の足で色々探してみるから。」


 とても協力的だけど、なぜここまでしてくれるのだろう。気にはなるけど、私も調べる理由を聞き返されれば、興味があるとしか答えられない。同じようになぜそこまで調べようとするのか疑問に感じられると困るのは私だ。

 特別教室棟の端のほう、和室の前に着く。扉を開ける前の様子は他の教室と変わらず、現代的な見た目の引き戸だ。ノックをしようと手を上げると、中でガシャンと大きな音が鳴った。


「え、何?」

「窓でも割れたか?」


 中庭でボール遊びは禁止。そうではなくてもわざわざこんな所で遊ぶより、木々の中のほうが他の人の邪魔も入りにくいだろう。それでも遊ぶ人がいてもおかしくはない。怒声は外にまで聞こえているため、今見学に入るのは遠慮したほうが良いのかもしれない。

 扉に触れることなく手を下ろす。少し落ち着くまで待っていよう。


「入らねえの?」

「静かになってからにしよう。忙しいだろうし。」


 怒り終わったら片付けをするだろうから、その手伝いでもしながら話を聞こう。窓が割られるのが日常的なことなのか、滅多にないことなのかも聞き出す。日常的なことならこんな危ない場所で部活はしたくない。

 そう待っていると、扉が開いた。


「あら〜、羽衣ちゃん、いらっしゃい。ごめんね〜、今取り込み中なの。」

「いえ、片付けなら手伝いますよ。」


 のんびりと出て来たのは小牧先輩だ。その部屋の中ではまだ怒声が続いている。それも二人で言い合っているようで、お説教のようには聞こえない。放っておいて良いのかと小牧先輩を見るけど、全く動じた様子はない。


「いいのよ〜、気にしなくて。喧嘩なんてよくあることだもの。茶器まで割ってしまうのは珍しいわ〜。」


 窓ではなく茶器の割れた音か。喧嘩の結果当たったのか、投げたのか。いずれにせよ、激しい喧嘩が珍しくない場所に飛び込む勇気はない。巻き込まれでもすれば、上手く対応できず怪我だけ負わせられる未来が見えるようだ。


「学校の備品なのにね〜。弁償ものね〜、お金に換えられる価値の物ならいいわね。」

「貴重な物なんですか?」

「昔のお偉い先生が作ってくださった物もあるそうよ〜。」


 そんな場所で日常的に喧嘩をする。いつもあるから慣れてしまっているのか。貴重な物でなくとも物を投げつけてはいけないけど、貴重な物なら投げる前に躊躇しやすくならないだろうか。

 小牧先輩はにこにこと微笑んでいる。その背後の部屋から怒声や茶器の割れる音が聞こえてくることと似つかわしくない表情だ。


「今日の見学はできそうですか?」

「今日はもう無理ね〜。一年生がいない隙に始めた喧嘩が盛り上がっちゃってるの〜。もう、お茶で心を鎮める時間を忘れてしまったのね。」

「そうですか。では、失礼します。」


 腕を引かれて足早に和室から離れる。中に入れば危険かもしれないけど、前にいる分には問題ないはずだ。それでも赤坂くんは一刻も早くその場を離れたかったのか、私が小走りになるほどの速度で中庭に出た。

 怒声などが聞こえないほど離れてからようやく、腕を離してもらえる。


「茶道部はやめたほうがいい。危なすぎるだろ、あれ。」

「うん、私もあの中に入るのは怖い。」


 部屋の隅に縮こまるか、気配を消して部屋を出るか、そのどちらかしかできなくなりそうだ。

 安全圏に着いて一息ついていると、チャイムが鳴った。


「部活終わりの合図、かな。」

「帰れっていうチャイムだな。じゃ、帰るか。将棋部寄っていったら、羽衣はさっきの先輩に送ってもらえるんじゃねえの?たしかあの人も杜鵑寮だったろ?」

「うん、そうだね。」


 雲も多く、陽も長くなってきたとはいえ、寮に着くまでの間には暗くなってしまうだろう。暗い中を一人で外を歩きたくない。その話を覚えてくれていたようで、部室棟にもついて来てくれた。


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