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鏡の世界  作者: 現野翔子
第一章:葉月実

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部活見学の前に

 無事、全ての測定や検査を終え、放課後を迎える。本日の行事はここからだ。気合を入れ、先生から配られた部活・同好会一覧を開く。私の候補に入っているのは四つ。華道、茶道、将棋、園芸だ。そのため、古賀さんや桃園さんの誘いは断り、一人で各部室を回って行こう。

 最初は最も近い園芸部にしよう。部室は部室棟にあるそうだけど、普通教室棟と特別教室棟や部室棟との間にある中庭でも活動を行っているそうだ。まずはその中庭を覗いてみよう。

 教室の中から見える範囲に花壇を触っている人はいない。


「羽衣はどの部活にするのか決めてんのか?」

「ううん、行ってみて決めようと思ってるの。」


 赤坂くんはどこに入るつもりなのだろう。運動部、サッカーや野球は似合いそうだ。


「入るつもりはあるんだな。自分の調べごとで忙しいだろうに、頑張るんだ?情報を集めやすいのは新聞部だと思うけど。」


 そんなに必死で調べるように見えているのだろうか。もちろん調べたい気持ちもある。隣の席のはずなのに詳しいという染谷さんにもまだ話が聞けていない。だけど、情報云々を置いた友達だって、私は欲しい。


「そういう赤坂くんは何部に入るつもりなの?」

「帰宅部。」

「へ?」

「部活で時間を拘束されたくない。七不思議、調べるんだろ?」


 ここまで積極的になってくれるとは思わなかった。それなら、言い出した私が部活に入るのは少々後ろめたい。いや、私は部活の時間も全て七不思議探求に当ててとお願いしたわけではない。これは赤坂くんの選択だ。それに私が何かを思う必要などないのではないか。

 私が入ろうとしている部活もそう時間を取られるものではない。華道や茶道は週一で、将棋部や園芸部は自分で週に何回行くか決められる。放課後ずっと拘束されるわけでもない。


「俺も興味があるってだけだから。今日一緒に回ってみて面白そうなら俺も入るかも。ってことで早速行こうぜ。」

「ああ、うん。」


 予定にはなかったけど、良いだろう。それぞれ目的地が決まっているのか、振り返った教室には大谷先生しかいなかった。


「鏡操の特別授業、って先週言わなかったか?編入生同士で語らうのもいいが、まずは勉強だ。」


 すぐ傍の席に鏡操の教科書が用意されている。まずい、先週渡された記憶はあるけど、放課後の話は忘れていた。教科書もノートも持って来ていない。辛うじて筆記用具は持っているけど、プリントでももらえないだろうか。

 筆記用具だけ自分の鞄から持って来て、赤坂くんの隣の席に着く。先ほどまで間隔が空いていたはずの机がぴったりと寄せられており、その隣の机にはしっかりと鏡操の教科書もノートも出されていた。


「花房君、教科書はどうした。」

「えー、えへへ。忘れました。」


 笑って誤魔化そうかと思ったけど、大谷先生の視線が意外と鋭くて諦める。天羽くんの行動は許しても、授業に関係することには厳しいようだ。

 ビリビリ、と隣から音が聞こえた。


「これ使えばいい。教科書は一緒に見ればいいし、問題ないだろ?」


 千切ったのだろうノートが一枚差し出され、思わず受け取る。そうすると教科書も間に置き直してくれた。見にくくなるだろうに、親切なことだ。


「ありがとう。明日からちゃんと持ってくるね。」

「一つ貸しだからな。」


 お礼に何をすれば良いだろう。何が好きかも知らないから、ひとまず、何か機会があったら返せるように覚えておこう。


「最初は鏡操で何ができるか、からだ。二人はどんなイメージを持っている?」


 鏡を通り抜けられる。それだけだ。それしか私は栄お兄ちゃんから聞いていない。


「ビーム出したりできる。」

「使い方次第では、そう見せかけることもできるな。花房君はどうだ?」


 夢のある回答かと思いきや、まさかの先生に肯定されている。私も似たような答えを返したほうが良いのだろうか。


「え、えっと。しょ、衝撃波を出せる、とか?」

「鍛えれば似たようなことは可能だ。このクラスなら卒業する頃にはできるようになっているかもしれないが、悪用はするなよ。俺は教え子に犯罪者になってほしくない。そういった倫理観や高い鏡操適性を持つ者の責任について学ぶのも、この鏡操の授業になる。」


 出せるのか、衝撃波が。その技術と、使い方を学ぶのがこの授業。帰り道に繋がるだろうか。


「まず、鏡操の概要から始めよう――」


 鏡を通り抜けるだけの適性ではなく、鞄を持って移動したように、物だけを通らせることもできる。それには先天的な才能が必要だけど、鍛えられる。などといった説明が続いた。鏡操適性の等級や副作用についても説明されたが、特級である私にとってはあまり重要ではなさそうだ。

 しかし、その中に一つ興味深い話はあった。幻覚などにより、未来や過去を知覚できる副作用の人もいるというのだ。もしかして、幻覚で私を見た京極先輩もこの有用副作用という症状が出る人ではないだろうか。


「ここまでは大丈夫か?」

「俺は聞いたことあるような内容ばっかりだったから。」

「はい、私も大丈夫です。軽く先輩から聞いたことのある話でした。」

「なら次だ。」


 もう既に三十分近く経過している。どのくらいやるのだろう。一限分だろうか。


「花房君、教科書を見てくれ。」

「あ、はい、すみません。」


 なかなか衝撃的な絵が描かれている。離れた二つの鏡の片方の近くでは片腕のない人が痛がっており、もう片方には腕だけが転がっている。


「これは数少ない事例だが、鏡を通り抜けている途中で自らの鏡操適性に疑問を挟んだ者の末路だ。途端に鏡操適性が失われ、腕を切り落とされている。」


 四頭身程度の可愛い絵になっているため直視できないほどではないけど、写実的に描けば思わず目を逸らしたくなる出来栄えとなることだろう。こんな物を見せられれば、恐ろしくて鏡を通れなくなる子も出てしまうのではないだろうか。

 その絵の隣には、鏡の前で衝突する自転車と人が描かれている。


「こっちは鏡を入って通過した後に、実際に起きた事故の一例だ。鏡界に来る人は全員鏡を通って来るからな。ここからは廊下を走らないなどといった規則と同じだ。大したことないようでいて安全のために、日常的に必要になるルールだ。」


 教科書にはそんなこと書いていないけど、学校生活には必要なのだろう。特に私は毎週末家に帰る予定だ。鏡を通過する頻度は他の人よりも高いだろう。


「まず、鏡を通過する際はゆっくり歩くこと。万が一ぶつかっても被害が小さくなるからな。」


 先生も前に座っているため、黒板を使ってはいない。しかし、これは書き取る必要があると判断したのか、赤坂くんはノートに先生の言葉を書き写している。私も無駄な危険を冒さないため、もらった紙に書いておく。まず、ということは注意事項が幾つもあるのだろう。


「次に人が出て来た直後の鏡には入らないこと。特に校門の所では続けて出て来ることも多いからな。少し間を置いてから入るんだ。」


 これはぶつかりにくくするための決まり事なのだろう。私や天羽くんには向こう側が見えているから人の隙間を狙って通れるけど、他の人には分からないからこういった決まり事ができたのかもしれない。


「それから、通過できる鏡の前で立ち止まらないこと。」


 道の真ん中で邪魔になることと同じだろう。鏡は通り道だ。電車の扉の前を空けることとも同じだろうか。


「不必要に行ったり来たりしないこと。」


 これも通り道、扉と同じようなものだからだろう。衝突の危険を減らすためでもあるかもしれない。


「最後に、鏡に向けて物を投げないこと。壊れても困るが、通り抜けても危険だ。」


 走って通ることすら禁止なら、当然、物を投げるのも禁止だろう。しかし、壊れる場合も通り抜ける場合もあるのか。そもそも、なぜ通り抜けられる鏡と通り抜けられない鏡があるのだろう。投げた物も通り抜けるとはどういうことだろう。私の無くしたリップクリームがこちら側にあったことが思い出された。


「先生、どうして鏡を通り抜けられる、うーん、違うな。えっと、どういった物が鏡を通り抜けるんですか?」

「鏡操適性者が通り抜けさせたいと思い、力を込めた物だ。ただし、自分が通過した時同様、副作用は生じる。例えば、鏡を割るつもりでボールを投げれば鏡は割れる。逆に鏡の向こうに届けるつもりで投げれば鏡は割れず、ボールは向こう側に届く。」


 その人の意思次第。意識していなかった場合はどちらになるのだろう。力を込めた物という説明なら、何も意識していない場合は割れそうだ。


「うっかり鏡に当ててしまった場合はどっちになるんですか?」

「力の込められた鏡に当たっても、物に力を込めていないなら割れる。」

「鏡のほうも力の込められた、とかあるんですか?」

「ああ。通り抜けられる鏡は全て力の込められた鏡だ。鏡界学校の門もそうだな。」


 私の家の鏡も力が込められていたのだろうか。しかし、鏡の向こうには鏡操適性など存在しなかった。その上、こちら側からは通過できなかった。聞いて知られる危険は冒せないため、この疑問は保留だ。

 注意事項をまとめると、通る時にぶつからないようにしよう、物をぶつけないようにしよう、というだけだ。


「今日はここまで。お疲れ。」

「はい、ありがとうございました。」


 大谷先生が教室を出て行く。きっちり一限分の授業だった。これが毎日続くなら、私たちだけ一日八限授業だ。部活をするにしても、この鏡操の授業で毎回遅刻することを考慮に入れなければならない。


「は〜、終わったな。じゃ、今度こそ部活見学行こうぜ。」

「うん。まず園芸部覗いてみようよ。あ、今なら中庭に人がいるし、園芸部の人かも。」


 軽い荷物を持って扉に向かうけど、赤坂くんは窓に足を掛けていた。


「えっ?ちょっと、それは駄目でしょ。」

「わざわざぐるっと回るのなんて面倒だろ。見えてんだから、ここから声掛ければ良い。こんにちは!園芸部の人ですか?」


 屈んでいた生徒が振り返り、近寄ってくる。私も窓に寄るけど、身を乗り出すに留めた。


「ええ、そうよ。こんにちは、一年生かな?」

「はい、興味があって。いつも一人で手入れしてるんですか?」

「まさか。今日は私の当番だからよ。水をあげたり、雑草を引いたり。たまには肥料をあげたり。詳しいことは部室でも説明できるけど、来るかしら。」

「行きます!」


 待たせてしまわないよう、早足で教室を出て、廊下を進む。足音が私の分しか聞こえないけど、赤坂くんは窓を越えたのだろうか。それは今の先輩に怒られるのではないか。気にしない人だったら特に注意もしないかもしれない。

 私たちの教室からなら回って行ってもさほど面倒ではない。教室を一つ越えるだけだ。中庭に戻れば、案の定、先ほどの先輩から赤坂くんはお小言をもらっていた。


「何も生えてないように見えても、種が埋まってることもあるの。まだ植えていなくても、土の状態も変わってしまう。だから、花壇には入らないでって看板があるのよ。」

「ご、ごめんなさい。」


 花壇に着地でもしたのだろうか。上靴にも土がついてしまうため、入ろうとして入りはしないだろう。


「お待たせしました。」

「いいえ、きちんと回ってくるのが当然よ。さあ、行きましょう。」


 バケツとジョウロを持って先導してくれる。場所は私たちも地図で把握しているけど、やはり慣れていないため案内してもらえたほうが安心だ。


「あなたたちは中等部では何部だったのかしら。」

「編入生なので、この学校ではなかったんです。うちの中学には園芸部がありませんでしたし。」

「俺のところもありませんでした。」

「あら、そうなのね。なら少し驚くかもしれないわ。園芸部は他部活と最もと言って良いくらい連携を取ってる部活なの。」


 部活棟は木の温かみを感じられる、一階建て。ギィと床が鳴るけど、弦を弾くような音色がこの建物には響いているため、さほど足音は気にならない。


「日常の活動としては花や花壇の世話だけど、肥料関連では化学部と協力しているし、庭で噂話を聞く機会も多いから新聞部に話を聞かれることも多いわ。」


 何だか忙しそうだ。のんびり花の世話だけではないのか。


「華道部に花の提供もするし、写真部にモデルを頼まれたりすることもあるの。」

「そんなことまでするんですね。」

「撮られるのは季節の花が大半だけどね。人の場合は、普段から花に触れている人がいいんだ、って言っていたわ。それでも写真に撮られたくないなら断れるわ。写るのは誰でもいいから。」


 幾つか飛ばした先の扉の鍵を開け、中に入る。


「どうぞ、入って。」

「失礼します。」


 教室の半分もない小さな部屋に、机が一つ置かれている。十人程度が入ればもう一杯になってしまいそうな狭さだ。その中にさらに道具類が置かれているため、なお人が集まる場所には見えない。

 入口付近に道具を置き、本棚を漁っている。


「あなたたちは座って。今、紹介用の」


 ノックの音で言葉は遮られた。座って待ってと言い置いて、素早く対応している。


「お疲れさん。話聞かせてほしいんですけど、いいですか?」

「ええ、でも少し待って。今一年生が来ているの。」


 特徴的な話し方に覚えがある。入って来たその人は、やはり京極先輩だ。新聞部なのだろうか。

 京極先輩も空いている席に着き、机にメモを出している。話を聞く準備が万端だ。その間に園芸部の先輩が目的の冊子を見つけて出してくれた。様々な花を撮ったアルバムのようだ。


「これは去年の様子ね。花壇をデザインして、その通りに育てていく。植える前に何人かでどんな風に花壇を設計するか考えて、それから時間をかけて完成させるのよ。」


 何も植わっていない花壇から芽が出て、大きくなり、花が咲いていく様子が記録に残されている。枯れた様子まで写真になっていた。ほんの短い期間のために毎日、世話をするのだろう。


「一瞬なんですね。」

「比較的長く咲く花もあるけれど。いずれは枯れるものよ。」


 土いじりは嫌いではない。当番制なら週に三日でも許される。そのことに罪悪感も抱かなくて良い。


「愛情持って世話してる姿も絵になるんやで。うちはよう撮らせてもろうてるわ。羽衣ちゃんの新しい魅力も見えるかもな。ってなんでうちは園芸部をお勧めしとんねん!」

「協力ありがとう、京極さん。」

「いつも協力してもろうてるんはこっちですから。」


 自分の新しい魅力は重要ではないけど、別の部活の人も思わずお勧めしてしまうほど魅力的な部活ではあるのだろう。第一候補に入れておこう。まだ他のところも見て回ってから決めたい。


「お勧めついでに言うとくと、羽衣ちゃんの興味ある七不思議についても情報は集まってくるんとちゃうかな。新聞部は情報を能動的に集めとるイメージで、園芸部は自然と情報が集まって来るイメージやな。」


 家に帰る方法を探す手掛かりも得られるかもしれない。心は園芸部に傾いているけど、まだ結論は出さない。


「興味があったら温室のほうも見に行ってみて。運動場の南西、杜鵑寮の西のほうにあるわ。」

「また後で見てみますね。お話ありがとうございます。他のところも見てから決めますね。」

「ええ、是非、園芸部に。」

「写真部と華道部もよろしくしたって。」


 京極先輩には答えず、その部室を後にした。次は隣にある華道部だ。


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