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鏡の世界  作者: 現野翔子
第一章:葉月実

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最初の週末

 今日は土曜日。授業もないけど、ひとまず様子見と決まったため、今やるべきこともない。葉月くんと親しくなって早く禁域について知りたい気持ちはありつつも、急に何度も絡むのも気が引ける。特別な要件もないのに、話したいばかりでは、何を企んでいるのかと思われてしまうかもしれない。

 呼び鈴が鳴る。入口横の画面には栄先輩が映っていた。画面下のボタンを押し、パタパタと出て行く。


「おはようございます。」

「おはよう。今日は帰るよ。家で連絡取りたい人もいるし、羽衣の話も聞きたいから。」


 今日は家に泊まって、明日の夜には寮に戻って来る。特に必要な物はないだろう。そのまま階段を下りる。


「うん。私も色々成果があったんだ。」

「詳しいことは家に着いてからね。」


 七不思議を調べる動機は誰にも内緒。だから報告も後。特にクラスのことを栄先輩に報告する必要はないはずのため、周りに人がいる状態の時は話す内容に気を付けよう。兄妹のように思われているなら、学校での出来事を話してみようか。


「昨日ね、初めてSクラスの人たちに会ったの。びっくりしちゃった。だって、教卓の上に立って自己紹介した人がいたんだよ。」

「Sクラスだからね。」


 それは理由になるのか。小学生の低学年でもそんなことはしないだろう。少なくとも、私の学校にはいなかった。いても怒られたはずだ。


「他にもね、すごく個性的な呼び方をする子もいたの。私のこと、天女って呼ぶんだよ。ちょっと恥ずかしいよね。」

羽衣はごろもだから?いいニックネームを付けてもらったね。」


 褒めてくれていたのだろうか。来週、覚えていたら会った時に呼び名についての感想を伝えてあげよう。気恥ずかしいけど、嫌な呼び名ではないから。


「赤坂くんのことはレッドって呼ぶの。ちょっと戦隊ものみたいだよね。」

「あれは事態を引っ掻き回す一般人がいいところでしょ。大人しくしててくれたほうがましなレベルだから。」


 今回は古賀さんの指示に従うことになっている。クラスで話し合うことが今の目標のようだから、特に大きな問題は起きないはずだ。赤坂くんの役割も次の一石を投じるものと明確に決まっている。

 この流れなら、少しだけ葉月くんの話もできそうだ。それとない報告が私にもできるだろうか。


「葉月くんは月見なんだって。二人でお月見してたんだってさ。葉月くんはお月見好きなんだね。秘密基地から見てるのかな。鏡界の番人に襲われる心配はしないんだね。」

「禁域に出入りしてるのにね。」


 探っているわけではないから許されているのか、葉月くんだから許されているのか。なぜ、葉月くんだけは禁域への出入りを許されているのだろう。それも全部、聞くのは親しくなってからだ。


「そうだ。葉月くん、授業受けてないんだって。授業の進み具合とかは先生に聞いてるらしいんだけど、授業中の話なんかは分からないよね。」

「誰かに聞いてるんじゃない?」

「古賀さんが教えてるのかな。そんなこと言ってなかったけど。聞きに行きやすいはずの同じ寮の木葉くんや桃園さんも教えてなさそうだし。」


 私が教えてあげれば親しくなれるだろうか。五教科なら問題なく教えられる。鏡操の授業はクラスで受けないため、誰か他の人に聞いてもらおう。


「羽衣が教えてあげれば?興味あるんでしょ、葉月って子に。」

「うん、そうする。私もそう考えてたの。」


 栄先輩が提案してくれたということは、何か伝わったのだろうか。家に着いてから、またきちんと話すつもりではあるから、その時に答え合わせをしてみよう。

 森の中を進むうち、人に聞かれても問題ない範囲の話はなくなっていく。しかし、栄先輩は楽しそうに笑ってくれている。


「何かおかしい?」

「いや。今の話だけ聞いてると、羽衣が葉月って子に一目惚れでもしちゃったのかって思っちゃうなあ。」

「え!?」


 個人的な印象や感想はあまり述べていないはずだ。いきなり人の美醜について言うなんてこともしていない。何を以てしてそう判断したのだろう。


「さっきからその子の話ばっかりだ。あんまり周りに探りをかけ過ぎると、嫌われちゃうよ?」

「そ、それは気を付ける。けど、別に好きとかそういうのじゃないから。それは栄先輩なら分かるでしょ。」


 家の帰るための、最有力手掛かりだ。嫌われれば何も教えてもらえない。ただそれだけ。話に聞いたクラスの人たちの仕打ちも好ましくないけど、一番は手掛かりという意味だ。


「そうだね。だけど、そういうことにすれば、男の子の口は軽くなるかもよ。羽衣は可愛いから。」

「私はそんな不誠実なことしない。」


 好きではないのに好きなふりをして、欲しい情報だけ奪うようなことはしない。情報が欲しくて仲良くするのも不誠実かもしれないけど、教えてもらったお返しはきちんとするつもりだ。仲良くなりたいのは本当だから、騙してはいない。

 自分の価値観と目的をすり合わせて、自分が受け入れられる方法で帰り道を探す。そう決意を固めていると、鏡の校門に辿り着いた。他の人たちも一時帰宅するのか、数人歩いている。


「おはようさん。可愛い妹さんやね。」


 節のついた挨拶をしてくれたのは見知らぬ女子生徒。栄先輩に向かって話しかけているのに、なぜか栄先輩は嫌そうな顔をして通り過ぎようとする。


「えっ。えっと、おはようございます。ねえ、無視しちゃ駄目だよ。」

「仕方ないな。おはよう、なんでこんな所にいるんだよ。」

「うちも用があるからやな。羽衣ちゃんやっけ?初めまして、京極きょうごく亜希子あきこや。よろしゅうな。これとは同じクラスやねん。羽衣ちゃんのこともこいつから聞いて、な。」


 同じクラスの人に私のことを話しているのか。どう言っているのだろう。妹と言っているのだろうか。


「はい、初めまして。花房羽衣です。」

「生で見てもめっちゃかわええな。大事に大事に隠したなる気持ちも分かるわ。まあ、栄には別の理由がありそうやけど。」


 写真や動画を撮られた記憶はない。隠し撮りだろうか。これは要相談案件だ。居間でうたたねしている時くらいならともかく、他の時間なら断固拒否しよう。


「栄先輩?」

「Aクラスは鏡を通り抜ける時に何らかの軽い症状が出る人が集まるって説明したよな。」

「人の副作用を勝手に言うんはあかんよ。うちは幻覚が見えんねんけど、その時に羽衣ちゃんが見えてな。こいつに聞いた特徴と一致しとったから、なんか知らんけど少し知ってんねん。」


 幻覚で会ったことのない人を見る。それは本当にただの幻覚なのだろうか。


「本当に私だったんですか?」

「そっくりや。同一人物としか思えんくらい。今も一発で、ああ、これが羽衣ちゃんやな、って分かったわ。」


 不思議なこともあるものだ。副作用とは表現しているけど、それ自体が何らかの超能力と言えるだろう。それはともかく、栄先輩に濡れ衣を一瞬でも着せてしまった。


「そうなんですか。栄先輩、盗撮じゃなかったんですね。ごめんなさい。」

「俺はそんなことしないから。ほら、もう行こう。」


 鏡に向かって手を引かれるけど、反対の手を京極先輩に掴まれ、引き留められる。


「ちょっと待ってーや。うちは二人に興味があんねん。それとも、ここで話してもええんか?」


 はっきりとした舌打ちが栄先輩から聞こえた。苦手な相手なのだろうか。今のところ嫌な感じはしないけど、一年の間に何かあったのかもしれない。


「なあ、全てが偽りの山吹栄さん?ちょっとその子に興味あるって言うてるだけやん。それとも、その子には教えたない何かがあるんやろか。」


 何か含みのある言葉。急に底知れない恐ろしさを感じた。彼女は何を知っているのだろう。世界を越える鏡についても何か知らないだろうか。


「京極先輩、七不思議について聞いてもいいですか。」

「もちろんええよ。とは言うてもあんま知らんねん。やけど、それに関連する面白いことなら教えたれる。栄が話す場所を提供してくれたらな。」

「後で覚えておけ。」


 言葉のわりに声に力はない。これで了承としたのか、三人で手を繋いだまま、鏡を通った。栄先輩は何度も瞬きをし、京極先輩にいたっては目を瞑っている。今、幻覚を見ているのだろうか。

 先に目が合ったのは栄先輩。私を見た後、京極先輩に目を遣り、なぜか急に私を抱き寄せ、京極先輩と繋いだ手を離させた。


「いけずやなぁ。減るもんとちゃうやろ?」

「何を企んでる?」

「こんな所で聞いてええん?別に何も企んでへんけどな。いつも言ってるやん、あんたに興味があるだけって。」


 どういった興味なのだろう。私が葉月くんに示すような興味なのか、また別種のものなのか。


「ああ、でも、羽衣ちゃんにはいいこと教えたれるわ。葉月実と禁域の関係とか。」


 知りたい。けど、先ほど探り過ぎると良くないと注意されたばかりだ。それと、栄先輩はいつまで私を抱き締めているつもりなのだろう。


「これは栄も知りたいことなんとちゃう?」

「全部帰ってからだ。行くぞ。」


 やっと離してもらえたと思ったら、京極先輩と反対隣に移動させられる。車道から一番遠い側なのは配慮だろうか。また手を繋いで歩くことにもなっている。


「男でなくてもあかんの?他の人には触れさせん、って?やー、困ったお兄ちゃんやなぁ。なあ、羽衣ちゃん。」

「え、えっと……」


 そういう意味ではないだろう。葉月くんの話題の時に、私が好きなことにすれば良いと言っていたのだから。


「京極。次余計なことを言ったら車道に突き飛ばす。」

「怖いわー。それ、犯罪やで?」


 全く怖くなさそうな棒読み。本当にそんなことをするはずはないと分かっているのだろう。栄先輩がこんなに過激なことを言うなんてと驚きはするけど、京極先輩の様子から察するに、学校では珍しくないことなのかもしれない。

 それでも苛立ちは感じたのか、京極先輩が黙ってしまった。


「あ、あの、京極先輩は栄お兄ちゃんと仲がいいんですか?」

「まあ、せやな。やから、他の人も知らんような秘密を共有してんねん。いわゆる特別な関係ってやつや。」


 そんな仲には見えなかったけど、私の前だから気を遣っているのだろうか。


「誤解を招くようなことを言うな。弱みを握り合ってるだけだから。羽衣、こんなの真に受ける必要ないよ。」


 京極先輩の言っている仲のほうが私の心は平穏だ。なんだ、弱みとは。少々不穏な仲なのか。


「照れ屋さんやなぁ?ああ、それは羽衣ちゃんもか。学校ではお兄ちゃんのこと先輩って呼ぶんやもんな。学校でもお兄ちゃんって呼んでええんやで。」

「いや、その、私がちょっと、恥ずかしいので。」


 むしろ家の近辺では兄妹ということになっているからお兄ちゃんと呼ぶように気を付けている。照れ屋さんで納得してもらえるなら安心だ。恥ずかしいのは事実だから嘘でもない。


「せやろうな。二週間前に初対面の、年齢も分からん相手をお兄ちゃんって呼ぶんやもんな。そら恥ずかしいわ。」

「それ以上は言うなよ。」


 全部教えたのだろうか。設定上、初対面であることを隠す必要はないけど、わざわざ教えることもないように思える。年齢は私の一つ上のはずだ。京極先輩の言葉を止めた栄先輩の声には、やはり苛立ちが透けている。そんなことが言える間柄と考えれば親しいのだろうけど、仲が良いのか悪いのかよく分からない。

 そんなことを考えている場合ではなかった。何か弁解しないと。


「でも、目が覚めてからずっと一緒にいてくれるし。学校では恥ずかしいけど、普段はお兄ちゃんって呼んでます。」

「目ぇ覚めてから、なあ。あんたはずっと起きてた気ぃするけどな。鏡抜けて来たんとちゃう?」


 なぜ知っているのか。鏡を抜けて来たことは絶対に秘密と言っていたことではないのか。京極先輩は特別なのだろうか。それだけ信頼できる相手なのか。


「本当に厄介な能力だ。基本、副作用なら抑えるように指導されるんだけど。羽衣も鏡操の授業を受けるようになったら分かることだけど。」

「分からんやろ。Sクラスは副作用のない人間の集まりや。」

「ああ、そうだった。」


 そのため、Sクラスだけ人数が少ない。他はみな、多かれ少なかれ副作用がある人たちの集まりだ。Aクラスの人は軽い症状しか出ないようだけど、それでも副作用を抑える術を学ぶようだ。私たちは元々副作用がないため、授業では何を習うのだろう。


「鏡操の授業、早く始まらないかな。あっ、でも、私は来週から放課後にも担任の先生に教えてもらえることになってるの。楽しみ!」

「頑張って。七不思議を理解するにも役立つことだから。」

「世界を越える鏡、見つけても使いこなせんかったら意味ないもんな。」


 校門になっている鏡も適性がなければ使えないのと同じことか。指導によって副作用を抑えられるなら、世界を越えるかどうかも練習でどうにかなるのかもしれない。もしかしたら、来た時に使った鏡から帰れるようになれたりするのだろうか。

 自宅が見える。京極先輩は何を聞かせてくれるつもりなのだろうか。


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