古賀静の目論見
先輩たちから聞いた一昨年の事件について復習しつつ、古賀さんから新たな情報を得ていく。疑念の始まり、そしてそれが深まり、事実と確定されていく過程。聞いていて心地よいものではなく、本音を言えば耳を塞いでしまいたいものであった。
「古賀さんは一昨年の事件の真相を明らかにしたいのか?」
「それは不可能。警察でもできなかったのに、私たちにできるわけがない。だけど、生徒からの印象は変えられる。そのためにはまず、月見の犯行という決定事項を改めさせる必要がある。だけど当時を知っている私が言っても庇ってるとしか思われない。だけど、二人なら変わる。」
証言を寄せ集めて、どこまでが事実か私たちが判断する。そこで葉月くんの犯行と断定できないと説明して、納得させようということか。
「なんでその葉月って奴のためにそんなに頑張るんだ?」
「このクラスは見た目以上にぐちゃぐちゃだから。今は薄氷の上。全員が見ないふりをしてる。行方知れずの二人のクラスメイトの穴を埋められずにいる。その悲しみを埋めるために、憎しみを抱いた。そんな危うい均衡の上に立ってる。」
悲しいから、一番怪しい人に八つ当たりをしている。古賀さんの話を聞いていると葉月くんに同情的になりそうだけど、私の目的を忘れてはいけない。仮に葉月くんが犯人だったとしても、私が家に帰る手掛かりはそこにある。いっそ共犯になるくらいの気持ちでも良いのかもしれない。
既に警察などによって捜査は行われている。当時生徒たちに伝えられた情報程度なら私も柊木先輩や栄先輩から聞き、今三人で互いの知る情報を共有したことでおよそ同程度の情報を得られているだろう。次にすべきは認識の改善のために何ができるかだ。
「ホームルームで話し合いの時間を取ってもらう、とかじゃ駄目なのかな。」
「中間試験の後に考えてる。天女もレッドも、試験を受けに来た月見がどんな反応をされるのか見てほしい。二人の手前、少しは行動を控えるかもしれないけど、それでも雰囲気は変わるだろうから。」
古賀さんの目的が分からない。葉月くんを助けたいなら一刻も早く解決のための時間を取ろうとするだろう。だけど、あえて一度葉月くんが好ましくない態度を取られる機会を用意しようとしている。
「中間試験までは、普通に過ごせばいいってこと?」
「そう。試験の返却にも月見は来ない。だから、試験最終日、最終科目の後に、レッドが声を上げてほしい。そこで、放課後に、居残りで話し合いを始める。そうすれば、観葉か果樹園が先生を呼びに行く。それが駄目でも朱鷺の誰かに伝言を頼む。最悪、私が行く。時間がかかりそうなら次のホームルームに持ち越し。」
計画が立てられている。行動指針を考えてくれているため、私たちはそれに従うだけで良い。無理なことを頼まれているわけでもない。ただクラスで過ごしながら、他の人の葉月くんへの態度がどういったものかを少し意識するだけ。特に試験期間は気を付けて、最終日に赤坂くんが声を上げる。私はそれに乗って、不信感とその理由を提示すれば良い。
不信感の最たるものとして挙げられそうなのは、確定されていない情報を確実なものとして扱い、葉月くんを犯人扱いしていることになるだろう。
「ま、俺としても息苦しいクラスで過ごしたくはねえし。足並み揃えるために三人で情報共有とか近況報告とかする機会はあったほうがいいと思うけど。」
「クラスの他の人には聞かれたくない。三人で定期的に集まってるってのも、朱鷺寮以外の人に知られたくない。水曜日の放課後、夜七時に、三人で集まろう。」
了承の意を返し、毎週の予定として記憶する。いや、七時は暗いのではないか。
「私、七不思議について、特に禁域について調べるつもりだから、あんまり外を出歩きたくないんだ。行くのはいいんだけど、帰りがちょっと不安かな。」
「というか、どこで集まるんだよ。」
「案内する。来て。荷物は置いたままでいい。」
手ぶらで小さな鞄を背負った古賀さんについていく。教室を出て、運動靴に履き替えると、北西に向けて歩き出す。狼寮と朱鷺寮の間の方角だ。つまり、杜鵑寮からは遠い。
「天女は鏡界の番人を心配してる。」
「うん。暗くなってから出歩くと襲われちゃうって聞いたから。」
「レッドが送ってあげて。編入生同士なら二人でいても自然。」
入学前からの知り合いであることは、既に一部に知られている。二人で歩いたことはまだないけど、同じクラスでもあるならその機会も自然と得られるものだろう。ただし、一人ではないからといって、鏡界の番人に襲われないかと言われると、そんなこともないだろう。
「赤坂くんがいても襲われたらどうにもならないと思うけど。」
「素性を隠している相手なら、複数人を襲わない。必ず一人の時を狙う。一緒にいるのは誰でもいい。心配なら杜鵑の先輩について来てもらえばいい。」
三人でいることを隠したいのではないのか。巻き込む人数を増やそうとしているのか。そうだとしても、葉月くんへ厳しい態度を取らないと分かっている人しか連れて来られない。柊木先輩なら葉月くんも味方と表現していたから、古賀さんの作戦を知られても問題ないだろう。
「柊木先輩になら頼んでみてもいいかな。」
「あの人なら問題ない。」
「別に俺が送るから、わざわざ先輩に頼まなくても。」
「天女からの信頼の差。」
「えっ、ちょっと、古賀さん。別にそういうわけじゃないんだけどね、ほら、赤坂くんは狼寮だから、一回通り過ぎて杜鵑寮まで来てもらうことになっちゃうなって思って。」
静かに困ったことを言ってくれた。ふざけたり、からかったりする様子なら腹も立つけど、冷静に分析したように指摘されると、図星を突かれたような気分になる。鏡界の番人の正体が分からない以上、赤坂くんでも柊木先輩でも同じだろう。そこに信頼の差はまだないはずだ。
私の言い訳を信じたのか分からないまま歩いていると、傾斜が急になってきた。まだ地面に手をつかなくても歩けはするけど、鞄を持って登るのは少し危なそうだ。
「本当にこの先に行くの?」
「誰も来ない、良い場所がある。」
「羽衣は大丈夫か?ここ、授業とか受けた後に来るのは少し厳しいんじゃねえの。先見る限り、傾斜がきつくなってるように見えるけど。」
「上まで行くわけじゃない。途中に秘密基地がある。」
本を読むのが好きと言っていたけど、彼女も秘密基地を作るのか。意外だ。その上、行きやすい場所ではなく、こんなに歩きにくい道とも言えない場所を通って行く所に作っている。葉月くんの件といい、行動力はある人なのかもしれない。
いよいよ手を木や地面につかなければ不安になる傾斜になってきた。まだ登るのだろうか。
「帰りは楽。滑り降りればいい。」
滑り落ちてしまうから危険だ。下りは上り以上に用心深く行かなければならない。しかし、古賀さんの足取りを見る限り、ここに来慣れていることは分かる。そろそろ聞き慣れた平坦な話し方に変化はなく、息が切れている様子もない。
「上手くいけばローラースケート、勢いをつけすぎれば安全装置のないジェットコースター、下手をすれば紐無しバンジー。」
死亡事故だ。後ろの二つは大差ない。滑らずに一歩一歩用心深く降りるべきだろう。これをよく、帰りは楽と表現できたものだ。肝も座っているのか。
そんな特に意味のない言葉を交わしていると、途端に古賀さんの姿が消えた。
「こっち。入って。」
頭を出して手招いてくれる。人が二人くらい寝転べそうな大きさ穴の中に入っていた。土がむき出しの地面も気にせず、古賀さんはお尻を付けて座った。後で払えば良いか。三人で入っても座るだけならまだ余裕がある。
「こんな所もあるんだね。」
「一昨年完成させた。」
「自分で掘ったのか!?」
赤坂くんの声に驚いてしまう。古賀さんが掘ったことにも驚くけど、秘密基地としては広い場所でも、小さな声でも十分聞こえる程度の広さしかないのだから、少し気を付けてほしい。同じことを古賀さんも思ったのか、表情を変えないまま指摘した。
「声が大きい。」
「あ、ごめん。」
「ある程度の広さになるまでは小さいスコップで。安全に座れるくらいになったら、大きなスコップで掘った。」
それでもこの急な斜面に秘密基地を作りたかったのか。そんな思い入れのある場所に案内してくれるほど、今回の作戦には気合が入っているのかもしれない。
「いつもはここで何してるの?」
「明かりも持って来て本読んでる。一人なら寝転んで読むくらいできる。」
結局、本を読むようだ。雨が降っている時はここに来るだけで危険になるはずである。相談も晴れの日に限定して行うのだろうか。
「雨の日はどうするの?」
「雨天中止。足元が危険。二人はここから寮まで帰れない。道が不安なら今日は私が送る。」
来た道を戻って校舎のすぐ横に出れば、そこから杜鵑寮には帰れる。暗い中を遠い寮まで一人で戻らなければならないなら不安だけど、そこは柊木先輩にお願いしよう。断られたらその時にまた考えよう。
「私は大丈夫。」
「狼寮は近いしな。」
「そう。なら早速、作戦会議。」
先ほど教室で結論を出したような。まだ何かあるのだろうか。
「中間試験まで観察、じゃねえの?」
「事前情報。行方不明の三人のうち、二番目に行方不明になった狼寮の子が、一番月見と親しかった。そして、状況が最も疑わしい。月見が疑われるきっかけになった事件でもある。その狼の子は個性的なSクラスの潤滑油、清涼剤だった。だから、彼がいなくなってバラバラになった。」
狼寮の人に警戒せよ、というのはこれが理由か。クラス全員が敵に回ったのも、その子が中心的存在だったから。だけど、葉月くんとも親しかったのなら、彼を行方不明にする動機が葉月くんにもないとは思わなかったのだろうか。
「狼は過激派。運動も得意な子が多い。可憐な少女を装う姫も、その実、体育の授業で上位を争う常連。その上、狼は喧嘩っ早い。現状、月見に直接手を上げたのは狼が大半。」
鏡操適性で振り分けられていると聞いている。寮ごとにこのような特徴が出ることはあるのだろうか。私たちのクラスに限定しての説明なら、それぞれ四人ずつしかいないため、特徴が被ることはあるのかもしれない。
「豹は性悪。言葉を用いて暴力を振るう。相手を蔑み、威嚇する。大声を上げることは少ないけど、本人に向かって様々な暴言を投げかけてる。」
私たちが動いたとして、葉月くんが教室に戻って来ることは可能なのだろうか。いや、本人にも戻る意思があるのだから、私は自分にできることをするだけだ。
「杜鵑は陰湿。自分たちの安全を確保した上でしか動かない。狼と豹を焚き付け、安全圏から高みの見物。それか、親切心に悪意を隠して、やっぱり安全圏から攻撃してる。」
散々な言われようだ。杜鵑寮が黒幕のようではないか。ただし、これは朱鷺寮の古賀さんから見た印象だ。私たちが見ればまた異なるかもしれない。
「朱鷺は他人事。対岸の火事とも思ってない。羽虫の喧嘩くらい。」
少し煩いくらいは思っているのだろうか。鬱陶しい程度でも感じているのなら、協力を得られる可能性が残っている。
「二人が気を付けるべきは狼と豹。月見側だと思われれば何をされるか分からない。杜鵑は、直接は何もしてこないと思う。だからレッドは特に気を付けて。だけど朱鷺には来ないで。」
赤坂くんは狼寮に所属しているのに、警戒もしないといけない。その上、何かあっても古賀さんには頼れない。狼寮の中で頼れる先輩はいるのだろうか。
「何かあったら私の所に来てよ。杜鵑寮には力になってくれる先輩がいるから。あ、それか、豹寮に行って、栄先輩を頼っても良いかも。」
「杜鵑寮の先輩とは全然話してないからな。じゃ、俺は何かあったら栄先輩の所で匿ってもらうか。羽衣はその杜鵑寮の先輩の所があるだろ?古賀さんは?」
心配のし過ぎかもしれない。だけど暴力や暴言があると聞かされれば、備えておきたくもなる。
「朱鷺では何も起きない。それに、朱鷺にも頼れるAクラスの先輩がいる。」
「一つ上の先輩?それなら栄先輩とか柊木先輩と同じクラスだよね。」
「そう。」
頼れる先輩と称するのが三人ともSクラスの先輩でないのが不思議だ。寮での関わりやすさで言えば、同じ階に部屋のある同性、同クラスの先輩になるだろうに。私や赤坂くんは入学前の繋がりがあるけど、古賀さんについては本当に謎だ。読書仲間だろうか。
「今日、共有したいのは以上。二人は先に戻って。私はゆっくりしてから行くから。」
鞄から本を取り出して読み始めた。一緒に戻らないのは三人での企みを隠す一環だろうか、それとも単にここで寛ぐつもりなのだろうか。
「じゃあ、そうするね。今日は明るいから大丈夫。ありがとう、古賀さん。」
「また来週、晴れてたらな。」
頭の中がパンパンになりそうになりながらも、教室へと戻って行った。




