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鏡の世界  作者: 現野翔子
第一章:葉月実

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もう一人の男子生徒

 葉月くんが作ってくれたおにぎりも食べ、また零も一緒に散歩をし、陽が落ちる前に三人で寮に帰る。どんな花が咲くのかとか、蜜が吸えるとか、果実が美味しいとか、零ちゃんはたくさん教えてくれた。


「今日は実の部屋でお泊りするの。前ね、千尋も一緒に三人で寝よって言ったんだけど、それは嫌って言われたの。」


 それはそうだろう。零ちゃんは一緒に寝たかったのか。だけど零ちゃんと二人なら余裕はあっても、小柄な葉月くんも一緒に寝るのは狭いだけでなく、抵抗もあるだろう。


「当たり前だろ。天羽くんですら断られたって言ってたんだから。」

「三人は狭いって言ったのに、零と二人も、実と二人も嫌って言ったんだよ。ねえ、羽衣もおかしいと思うよね。」


 葉月くんも柊木先輩と二人で寝ようとしたのか。断られて当然だと思うけど、零ちゃんにとってはそうではないらしい。狭いは口実だったのだろうけど、何か零ちゃんが傷つけないような理由を付けてあげられないだろうか。


「うーん、そうだね。もしかしたら柊木先輩は人と寝るのが好きじゃないのかも。一人のほうが落ち着くって人もいるからさ。」

「そっかー。抱っこはしてくれるのに。でも、それだと私は実にぎゅっとしてもらえるけど、実をぎゅっとしてくれる人はいないね。だって私じゃ上手くぎゅっとしてあげられないもん。」


 寂しくないようにしてあげようと考えているのか。優しい子だ。だけど、相談相手を間違えている。ここでの知り合いを作っている最中の私では、あの先輩は優しいよ、頼りになるよ、と教えてあげられない。


「一緒には寝てもらえないかもしれないけど、ぎゅっとはしてもらえるかもよ。それを聞いてくれそうな人かどうかは、私よりも二人のほうが分かるよね。」

「うん、きっとしてくれるよ。だって、千尋と実が勉強してる時、膝の上に座らせてくれるもん。」


 私も小さい時はよくしていた。お兄ちゃんの宿題なんて見ても分からないのに覗き込み、飽きたら抱き着き、邪魔ばかり。それでも邪険には扱われなかった。友達のお兄さんやお姉さんの話を聞いて驚いた覚えがある。普通だと言っていてそんなにお互いの悪口を言うのか、と。


「そうなんだ、良かったね。」

「うん、それにね――」


 零が柊木先輩の素敵な部分を教えてくれていると、Sクラスの階に上がる階段で見知らぬ男の子が荷物と格闘している場面に遭遇した。


「手伝おうか?」

「え?ああ、ありがとう。」


 振り返ったその子から手提げ鞄を一つ受け取る。膨らんでいて持ちにくいけど、重くはない。


「あ、葉月、じゃん。」

「じゃあ俺は戻るから。花房さん、またね。」

「またね。」


 零ちゃんも手を振って、先に二人は上がって行った。男の子はスーツケースを両手で持ち上げて、必死に一段ずつ上がっている。


「大丈夫?」

「うん。ねえ、君はどこの人?杜鵑寮のSクラスじゃないよね。」


 同じ寮の同じクラスの人を全員把握しているのだろうか。すれ違うことくらいはあるため、見覚え程度なら分かるのだろうか。そういえば、まだ四日目ではあるけど、私はこの子とすれ違ったことがない。


「杜鵑寮のSクラスだよ。高等部一年生。今年から編入してきたの。名前は花房羽衣。よろしくね。」

「ああ、そうなんだ。同じクラスだね。僕は木葉このはゆう。君はさっきの男子と仲良いの?」


 どうだろう。今日のお話のおかげで少しは親しくなれたと思っているけど、仲が良いとまでは言えるかどうか。葉月くんと木葉くんはあまり親しくなさそうだったけど、なぜ私と仲が良いか気にするのだろうか。

 思考が逸れた。まずは質問に答えよう。


「少しだけ。まだ入ったところだからね。仲良くなろうと思って話してるの。」


 なるべく話しやすい子でいたい。ここでの学校生活のこともあるけど、帰るために七不思議の情報を集めるなら、色々な子と親しくしておくべきだ。

 そんな打算を隠して笑顔を浮かべれば、木葉くんの表情は濁った。


「仲良くするんだったら梨々花さんのほうが良いと思うけど。少し賑やかだけど、いい子だよ。それに女の子同士でしょ?」


 なぜ初対面の子にこんなことを言われなければならないのだろう。


「それに、葉月には色々あるから。君は知らないだろうけど、あんまり関わると危ないよ。」


 SA生徒行方不明事件のことだろうか。だけど、木葉くんの言い方からは葉月くんが犯人だと決めつけている雰囲気が感じられる。私はこういったことが好きではない。


「何が危ないの?私が誰と仲良くするかは自分で決める。桃園さんと葉月くんの両方と仲良くしたって構わないでしょ。」

「それはそうなんだけど。殺されちゃうかもしれないし、葉月をあんまり庇ってると狼寮の子たちからも攻撃されちゃうかも。」


 転入生で何も知らない私に、親切心で教えてくれているつもりなのだろうけど、正直あまり気持ちの良くない行いだ。何も証拠がないのに葉月くんがやったように言うなんて。

 だけど、狼寮からの攻撃は新しい情報だ。


「攻撃されるってどういうこと?」

「葉月と仲が良かったはずの狼寮の子が、禁域で殺されちゃったんだ。だから同じ学年のSクラス、特に狼寮の子たちは葉月が嫌いだよ。」


 この木葉くんも同じクラスの子だ。だから友好的な関係を築きたい。だけど、柊木先輩や栄先輩から聞いた話と違うことを言っている木葉くんに、訂正は入れても良いだろう。


「一緒に行っただけで、それ以外は分からないはずだよね?逸れちゃったんだから。」

「そんなの何かしたに決まってるよ。禁域を好きにできるのは葉月だけなんだから。」


 私にも何もしていないと言い切れるだけの根拠はない。だけど、木葉くんが距離を置くだけではなく、私にも同じ行動を求めるのは納得いかない。

 この胸のむかつきを上手く表現できる言葉はないものかと探しているうちに、階段を上り切ってしまった。


「ありがとう、花房さん。ここからは段差もないし、一人で行けるよ。」

「うん、じゃあね。」


 扉の向こうに消える木葉くんを見送り、この後の行動を考える。まだ夕食には時間があるけど、部屋に戻ってもすることはない。

 あの木葉くんの言い分は他の人たちの多くが言っていることなのだろうか。葉月くんは自分がやったと言わないというだけで柊木先輩が一番味方と表現したのだ。あれが標準の評価なのかもしれない。

 気になることは確かめよう。階段をとんとんと下り、Aクラス男子区画の扉の前に立つ。柊木先輩の番号は、と一つ一つ確かめながら押していく。今は部屋にいるだろうか。

 そう長く待つことなく、扉は開かれた。


「何かあったか?」

「少し聞きたいことがあるんです。さっき、Sクラスの木葉悠くんにあったんですけど、なんか、あ、葉月くんと零と一緒に歩いてたんですよ、私は。」

「ああ、談話室に行こうか。長くなりそうだ。」


 もう少し話すことをまとめてから話し始めれば良かった。談話室につく短い時間でも少し考えよう。

 まず聞きたいのは、先ほどの葉月くんと木葉くんの様子。木葉くんはぎこちなく葉月くんの名を呼び、葉月くんはそれを無視して部屋に戻った。それから木葉くんが葉月くんに近寄らないように言ってきた。

 誰もいない談話室の椅子に座り、簡潔に先ほどの二人の様子を伝える。


「――ってことがあったんです。何なんですか、あれ。」

「教室での様子は俺には分からないからな。杜鵑寮と朱鷺寮の子から聞いたことしか分からない。」


 そこで言葉を区切る。聞いたことを教えてくれないだろうか。そうすれば、木葉くんの発言の意図ももっと分かるかもしれない。


「朱鷺寮の子からの話とか、聞きたいです。」


 大きく溜め息を吐かれる。話したくないのだろうか。お願い、という気持ちを込めて真っ直ぐに目を見る。


「仕方ないな。あんまり当てにはならんぞ。まず、SA生徒行方不明事件で犠牲になったのは杜鵑寮、狼寮、豹寮の子だ。で、その朱鷺寮の奴ってのはどこか他人事な子も多い。もちろん、全員じゃないけどな。」

「はい。」


 話しかけて答えてくれるなら、まだ何とかなるだろう。


「で、その他人事な奴らがぼーっと、何となくクラスの中を見た時にクラスの緩衝材的存在だった狼寮の子が、SA生徒行方不明事件の二人目の行方不明者だ。」


 緩衝材がいなくなったから、クラス内の対立が深まったのか。


「その子とは葉月も仲が良かったみたいだな。」

「それなのにどうして葉月くんが何かしたみたいな話になってるんですか?」


 仲が良かったなら、そんなことをするはずがないという思考に流れていきそうなものだ。その前に喧嘩でもしていたのだろうか。


「さあな。それは俺にも分からないが、そう思い込んでいるから、余計に葉月を憎らしく思うんだろう。仲が良かったはずなのにどうして、ってな。中等部の担任教師も手を焼いていたよ、あのクラスには。高等部では誰が担任になるんだろうな。」


 クラスのみんなと関係がないのは担任の先生も同じ。私もクラスに入ることをさほど怖がる必要はないのかもしれない。ただし、狼寮の子に襲われる可能性についての不安は解決していない。


「頼りになる先生だと嬉しいです。あの、禁域に出入りできるのって、先生たちを含めても葉月くんだけなんですか?」

「試すのも危険すぎるからな。教師を含め職員も全て、禁域には入らない。」


 全員の行動を監視することは不可能だ。知られていないだけで、葉月くんにもいるのではないだろうか。先生なら生徒に知られずに隠れて入る方法も知っていそうだ。生徒でも森の中なのだから、隠れて移動することなど容易だろう。


「そう言われているだけではありませんか?」

「その可能性もあるが、証拠はない。他に出入りしている人間を見つけないことには、な。だが、禁域とは言われているが、境界線がはっきりあるわけでも、入口があるわけでもない。どこからでも入れるんだ。見張ることは不可能だろう。」


 可能性のまま、いないともいるとも断言できない。学校が始まれば先生にも禁域について尋ねてみよう。簡単には教えてもらえないだろうけど、少しでも情報が増えれば何か手掛かりになるかもしれない。

 他に禁域について知っていそうなのは、柊木先輩が教えてくれた朱鷺寮の染谷さん。これも学校が始まってからだ。


「聞きたいことはそれだけか。」

「はい、ありがとうございます。」

「禁域に興味を持つのも良いが、くれぐれも入るなよ。それと、調べるなら暗くなる前に寮に戻って来い。」


 何度もこう言うのは余程危険なのだろう。鏡界の番人も厄介だ。これは家に帰るために必要な情報ではないけど、情報を集めるために解決できるなら解決しておきたい。


「はい、分かってますよ。お時間、ありがとうございました。」


 部屋に戻りつつ、今日聞いた情報や今後の予定を考えよう。

 私は禁域について知りたい。葉月くんと零ちゃんに接触することには成功したけど、禁域について聞き出すのはまだ難しそうだ。他は染谷真実という子や、先生に聞くつもりだけど、それは明後日以降の予定として記しておこう。

 葉月くんから聞き出すためには、その信頼を勝ち取る必要があるだろう。一昨年の三人がなぜ禁域で姿を消したのか。それは葉月くんも知っているか分からない。本当に知らないのか、知っていても言えばより疑われることになると黙っているのか。いずれにせよ、犯人だと決めつけずに対応することが効果的に思える。

 自室でノートを取り出し、禁域のページに、染谷真実、担任の先生に聞く、と書き記す。それと、葉月くんと仲良くなる、と強調線も引いた。

 問題はクラスの人たちの対応だ。今日の木葉くんや攻撃的らしい狼寮の人たちに私はどういった態度を取れば良いだろう。葉月くんと仲良くなるならそれらを聞き流さず、一つ一つ反論し、決めつけるのは良くないと正論を言うべきだろう。だけど、SA生徒行方不明事件の頃の様子を私は知らない。クラスメイトが二人も行方不明になった時、冷静に対応できるのか。かといって、同じ状況にあるはずの葉月くんに当たって良いとも思えない。私がその当時からいる生徒なら迷いなく口を挟めるけど、後から入ってきた人間であるのに口を出して良いものか。

 狼寮なら赤坂くんにも頼れる。教室で会った時に狼寮の様子や葉月くんとの関係について何か知らないか聞いてみよう。これも書き記す。


 ノートに書き出せば、やるべきことがはっきりとした。今できることはこれ以上なさそうだ。明後日に、赤坂くんから聞いて、染谷真実という子に近づいて、先生にも尋ねる、と。明後日は忙しくなりそうだ。


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