ライバル
準決勝当日
球場へ向かうバスの中は静かだった。
みんな緊張している。
ここまで来れば、誰だってそうだ。
勝てば決勝。
そして決勝に勝てば――甲子園。
俺は窓の外を眺めていた。
「工藤」
隣に阿部が座る。
「昨日、石川と買い物以外にもどこか行ったのか?」
「……」
「なんだもう忘れたのか?」
「買い物だけ」
「そう?」
「そうだけど」
「へえ」
「何だよ」
「別に」
阿部は笑った。
「お前、最近ちょっと変わったな」
「そうか?」
「ああ」
「どこが」
「前より楽しそうだ」
俺は窓の外を見る。
「……気のせいだ」
「そうかよ」
球場に到着
相手は県内でも屈指の強豪校。
そして
相手の先発投手は、県大会でも有名な右腕だった。
名前は――高津。
最速150キロ。
変化球も一級品。
今大会でまだ失点がない。
「すげえな……」
鈴木が呟く。
岡本が笑う。
「ホームラン打てばいい」
「簡単に言うなよ」
「4番だからな」
「その自信どこから来るんだよ」
俺は相手投手を見る。
マウンドに立った高瀬と目が合った。
向こうも俺を見ている。
高津が少し笑った。
俺は目を逸らさなかった。
試合開始
一回表
俺たちの攻撃。
鈴木、三振。
松井、内野ゴロ。
広瀬、センターフライ。
三者凡退。
相手投手の球は速かった。
だが
俺たちも負けるつもりはない。
一回裏
俺がマウンドへ。
一番打者。
初球
ストライク。
二球目
ボール。
三球目
ボール。
「……」
嫌な予感がする。
四球。
いきなり走者を出した。
続く二番。
バント。
岡本が処理。
一死二塁。
三番。
俺は慎重になりすぎた。
ボール。
ボール。
ストライク。
ボール。
四球。
一死一、二塁。
「工藤!」
阿部がマウンドへ来る。
「大丈夫か?」
「大丈夫」
「慎重になりすぎるな」
「分かってる」
「お前のいい球なら打たれてもいい」
「……」
「逃げるな」
俺は阿部を見る。
「分かった」
次の打者。
初球
ストライク。
二球目
ストライク。
三球目
――空振り三振。
一つ。
次の打者。
俺は真正面から勝負した。
ストレート。
打者が振る。
ファウル。
二球目
スライダー。
空振り。
三球目
ストレート。
――空振り三振
二つ。
あと一人。
ここで六番打者。
初球
ボール。
二球目
ストライク。
三球目
ボール。
四球。
二死満塁。
球場がざわめく。
まただ
俺は満塁を作ってしまった。
だけど
この状況には慣れている。
阿部を見る。
サイン。
ストレート。
俺は頷いた。
一球目
ストライク。
二球目
ストライク。
三球目
――空振り。
三振。
チェンジ。
俺はマウンドを降りた。
「ナイス!」
阿部が笑う。
「いつも通りだ」
「……ああ」
ベンチに戻ると、石川がいた。
「工藤くん!」
「ん?」
「大丈夫?」
「大丈夫だ」
「満塁だったから……」
「問題ない」
「そっか」
石川がほっとしたように笑う。
俺はその顔を見て、少しだけ力が抜けた。
「……ありがとう」
「何が?」
「心配してくれて」
「当然だよ」
石川は笑った。
その後も試合は接戦だった。
五回終了。
〇対〇。
六回表。
広瀬が二塁打。
岡本がタイムリー。
一点。
俺たちが先制した。
六回裏。
相手も一点を返す。
同点。
七回。
八回。
両チーム無得点。
そして九回表。
俺たちの攻撃。
二死二塁。
打席には岡本。
相手投手、高津。
初球
ストライク。
二球目
ファウル。
三球目
岡本が振り抜く。
打球は――。
レフトスタンドへ。
「入ったあああ!」
勝ち越し。
ベンチが爆発する。
岡本がホームを踏む。
「しゃあ!」
俺はベンチから飛び出した。
「岡本!」
「どうだ!」
「やるじゃん」
「お前に言われると腹立つな!」
笑いながらハイタッチ。
九回裏。
あと三人。
俺はマウンドへ向かった。
一人目
空振り三振。
二人目
内野ゴロ。
あと一人。
最後の打者。
俺は投げた。
ストレート。
打球はセカンド方向。
山田が捕る。
一塁送球。
「アウト!」
試合終了。
俺たちは決勝へ進出した。
ベンチが歓喜に包まれる。
みんなが抱き合っている。
俺もその輪の中にいた。
そして
少し離れたところに石川がいた。
目が合う。
石川が涙を浮かべながら笑っている。
俺は親指を立てた。
石川も同じように親指を立てた。
あと一勝。
甲子園まで、あと一勝。
その夜
宿舎へ戻る前
石川が俺を呼び止めた。
「工藤くん」
「何?」
「明日も頑張ろうね」
「ああ」
「絶対勝とう」
「……当然だ」
石川は笑った。
「うん!」
その笑顔を見ていると。
明日は絶対に負けたくない。
そう思った。
野球のためだけではなく。
石川のためにも。
そんなことを考えてしまった自分に、俺は戸惑っていた。




