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三者連続四球からの三者連続三振  作者: 和泉 きよ


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6/17

好きという言葉

 準々決勝。


 試合前のベンチ。

 俺はいつもより緊張していた。


 ここまで来ると、相手も強い。

 勝てばベスト4。

 甲子園まで、あと二つ。


 その事実が、少しだけ重く感じられた。


「工藤」


 阿部が隣に座った。


「緊張してるか?」


「してない」


「嘘つけ」


「……少しだけ」


「珍しいな」


「うるさい」


 阿部は笑った。


「大丈夫だ」


「何が」


「俺が受ける」


「……ああ」


「お前は投げろ」


「分かった」


 俺は立ち上がった。


 グラウンドを見る。

 スタンドには多くの観客。


 そして――

 石川がいた。


 スコアブックを抱えて、こちらを見ている。

 目が合う。

 石川が笑った。


 俺は小さく手を上げる。

 石川も手を振る。


 その瞬間。

 不思議と緊張が消えた。


 一回表

 俺たちの攻撃。


 鈴木が出塁。


 松井が送りバント。


 広瀬が更に進める。


 そして岡本がタイムリー。


 先制。


 その裏。

 俺がマウンドへ。


 一番打者。


 初球

 ボール。


 二球目

 ストライク。


 三球目

 ボール。


 四球。


 いつものことだ。

 俺は気にしない。


 二番打者。


 ストライク


 ストライク


 ファウル


 そして――


 空振り三振。


 一死

 三番打者。


 四球


 一死一、二塁。


 四番。

 相手の主砲。


 俺は真正面から勝負した。


 ストレート。


 打たれた。

 鋭い打球が三遊間へ飛ぶ。

 松井弟が横っ飛び。

 捕球。

 そのまま二塁へ。


 ゲッツーアウト。


「ナイス!」


 俺は叫んだ。


 松井弟が拳を握る。


「任せろ!」


 チェンジ。


 試合は進む。


 二回。


 三回。


 四回。


 俺は四球を出す。


 だが野手が守る。


 村田がジャンプする。


 山田が捕る。


 広瀬が走る。


 鈴木が声を出す。


 松井兄が送球する。


 松井弟が盛り上げる。


 岡本が止める。


 阿部が受ける。


 みんなで戦っている。


 五回終了。

 スコアは二対一。

 俺たちがリード。


 六回表。

 岡本がホームランを打った。


「入った!」


 打球はレフトスタンドへ。

 岡本が拳を突き上げる。


「しゃあ!」


 ベンチが沸く。

 俺も思わず笑った。


「工藤!」


 岡本が戻ってくる。


「見たか!」


「ああ」


「俺が打てば勝てるだろ!」


「たまたまだ」


「お前な!」


 みんなが笑う。


 六回裏。

 俺はマウンドへ戻る。


 だが

 ここから試合の空気が変わった。


 先頭打者。

 四球。


 二番打者。

 四球。


 無死一、二塁。


「工藤!」


 阿部がマウンドへ。


「落ち着け」


「分かってる」


「ちょっと力入りすぎだ」


「……そうかもな」


「なら、一回深呼吸」


 俺は息を吸う。


 ゆっくり吐く。


 阿部が戻る。


 俺は打者を見る。


 初球

 ストライク。


 二球目

 ファウル。


 三球目

 ボール。


 四球目

 ストレート。


 ――三振


 一死

 次の打者。


 初球

 ボール。


 二球目

 ストライク。


 三球目

 ボール。


 四球。


 一死満塁。


 球場がざわつく。


 ベンチから野村監督が立ち上がる。


 俺はマウンドでボールを見つめる。


 ――まただ


 また満塁。

 俺の四球で作ったピンチ。


 だけど

 俺は不思議と冷静だった。


 阿部がサインを出す。

 ストレート。


 俺は頷いた。


 投げる。


 ――ストライク


 二球目

 ――ストライク


 三球目

 ――空振り


「ストライク! バッターアウト!」


 二死


 あと一人。

 次の打者。


 俺は石川のいるベンチを見る。

 石川が祈るように両手を握っていた。


 俺は少しだけ笑った。


 大丈夫だ。

 そう伝えたかった。


 初球

 ストライク。


 二球目

 ファウル。


 三球目

 スライダー。


 ――空振り


「ストライク! バッターアウト!」


 連続三振。

 俺は拳を握った。


「よっしゃあ!」


 ベンチが沸く。


 阿部が駆け寄ってくる。


「ナイス!」


「……ああ」


 その瞬間

 ベンチの端で石川が笑っていた。


 俺も少しだけ笑った。


 試合はそのまま三対一で勝利。


 ベスト4進出。

 あと二勝。

 甲子園まで、あと二勝。




 試合後


 夕方のグラウンド。

 みんなが片付けをしている中、俺は一人でベンチに残っていた。


「工藤くん?」


 石川がやってきた。


「まだいたのか」


「うん。記録をまとめてた」


「そうか」


 石川が俺の隣に座る。


「今日もすごかったね」


「そうでもない」


「四球いっぱい出してたけど」


「……」


「でも、ちゃんと抑えた」


「……まあな」


 少しの沈黙。


 石川が笑う。


「ねえ、工藤くん」


「何?」


「甲子園、行きたい?」


 俺はグラウンドを見る。


「行きたい」


「そっか」


「……お前は?」


「私は?」


「甲子園」


 石川は少し驚いた顔をした。


「もちろん行きたいよ」


「じゃあ」


 俺は立ち上がった。


「行こう」


「うん」


 石川も立ち上がる。


 夕焼けのグラウンド。


 俺たちは並んで歩いた。


「ねえ、工藤くん」


「何だ?」


「私、工藤くんがエースでよかったと思ってる」


「……」


 胸が少しだけ熱くなった。


「だから、最後まで投げてね」


「ああ」


「約束だよ?」


「……約束する」


 俺はそう答えた。


 そのときの俺はまだ知らなかった。


 この「約束」が


 夏の最後に、俺自身の心を大きく揺さぶることになるなんて。


 そして

 石川に対するこの気持ちが

 ただの仲間への信頼ではないことも。




 まだ、俺は認めていなかった。


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