四番とエース
翌日の練習
昨日の試合で疲れが残っている。
それでも夏の大会は待ってくれない。
「もっと腰を落とせ!」
野村監督の声がグラウンドに響く。
俺たちは守備練習を続けていた。
ノックを打つのは監督。
強烈な打球が三塁線へ飛ぶ。
「村田!」
村田が飛び込む。
捕球。
一塁送球。
「アウト!」
「ナイス!」
続いてショート。
松井が打球へ入る。
捕球。
素早く送球。
「よし!」
守備練習は続く。
俺はストレッチの合間にそれを見ていた。
自分が四球を出せば、こうした守備が必要になる。
だからこそ
俺はもっとストライクを投げなければならない。
そう思っていた。
「工藤」
野村監督が俺を呼ぶ。
「はい」
「ブルペンへ行け」
「分かりました」
俺はブルペンへ向かった。
捕手は阿部。
俺は投げ始める。
一球目
ストライク。
二球目
ストライク。
三球目
ボール。
四球目
ボール。
「……」
阿部が苦笑する。
「またか」
「うるさい」
五球目
ストライク。
六球目
ボール。
七球目
ボール。
八球目
ストライク。
「惜しいな」
「何が」
「いい球なのに」
俺はボールを握り直す。
九球目
ストライク。
十球目
ストライク。
今度はいい。
低めに決まった。
「今のだ」
阿部が言う。
「今の球を試合で投げろ」
「分かってる」
ブルペンを出る。
すると、岡本が待っていた。
「工藤」
「何だ」
「ちょっと付き合え」
「何に」
「打撃練習」
「俺が?」
「俺が投げてお前が打つ」
「嫌だ」
「なんでだよ!」
「お前の球、遅い」
「うるせえ!」
岡本が笑う。
「じゃあ俺が打つから勝負しようぜ」
「……」
「おまえが投げて俺がヒット打ったら、お前の負け」
「何の勝負だ」
「知らん!」
結局、俺は岡本に球を投げることになった。
岡本が打席に立つ。
「来い!」
俺は振りかぶる。
ストレート。
岡本が振る。
――空振り。
「速っ!」
岡本が驚く。
二球目
スライダー。
――空振り。
「ちょっと待て!」
「何だ」
「練習だぞ!」
「お前が勝負しろって言った」
「そうだけど!」
三球目
ストレート。
岡本が振り抜く。
打球はセンターへ飛んだ。
広瀬が捕球。
「アウト!」
岡本が悔しそうな顔をする。
「くそ……」
俺は笑った。
「四番なのに」
「お前……」
岡本が睨んでくる。
「今笑っただろ?」
「笑ってない」
「絶対笑った!」
そこへ広瀬がやってきた。
「工藤、珍しく楽しそうじゃん」
「そうか?」
「うん」
俺は少し考えた。
確かに。
楽しい。
野球をやっていることが。
この仲間たちと一緒にいることが。
俺は好きだった。
その日の練習後。
部室へ戻ろうとしたとき、石川が声をかけてきた。
「工藤くん」
「ん?」
「これ」
石川が小さな袋を差し出す。
「何だ?」
「お守り」
「……」
「大会、これからもっと大変になるから」
俺は袋を見る。
小さな青いお守り。
「いらない」
「そっか」
石川が少し残念そうにする。
「……」
俺は袋を受け取った。
「持っとく」
「え?」
「だから持っとくって」
「いらないんじゃなかったの?」
「……気が変わった」
石川が嬉しそうに笑った。
「大事にしてね」
「分かった」
その日の夜
俺はベッドの横に置いたお守りを見ていた。
別に。
特別な意味なんてない。
ただ、石川がくれたから。
それだけだ。
そう思いながら、俺はお守りを野球バッグへ入れた。
翌朝
野村監督のミーティング。
「次の試合は準々決勝だ」
部員たちが静かになる。
「ここから先は、一つのミスが命取りになる」
監督が全員を見る。
「だが、俺たちは今まで通りだ」
そして俺を見る。
「工藤」
「はい」
「お前もな」
「……はい」
「四球を出すなとは言わん」
「え?」
思わず聞き返した。
「お前の投球スタイルは分かっている」
野村監督は続けた。
「ならば、その投球で勝てるチームを作る」
俺は黙った。
監督は野手たちを見る。
「工藤が塁を出したら、野手が守る」
「はい!」
「工藤が三振を取れば、それを喜ぶ」
「はい!」
「全員で勝つ」
その言葉に、胸が熱くなった。
俺は一人で投げているわけじゃない。
初めて
そう強く感じた。




