工藤劇場
三回戦
相手は、これまでの二試合とは明らかに違うチームだった。
県大会では毎年のように上位へ進出している強豪校。
試合前のシートノックを見ただけで、それがよく分かった。
打球への入り方。
送球の速さ。
声の出し方。
すべてが一段上だった。
「……強そうだな」
鈴木がぽつりと言った。
「ビビってんのか?」
岡本が笑う。
「ビビってねえよ!」
「なら声出せ」
「お前に言われたくねえ!」
ベンチの中に笑いが起こる。
俺はそんな二人を横目に、グラウンドを見ていた。
今日の試合は簡単にはいかない。
そう思っていた。
「工藤」
阿部が声をかけてくる。
「何だ」
「今日はいつも以上に守備を信じろ」
「……いつも信じてる」
「ならいい」
阿部は笑った。
試合開始
先攻は俺たち。
一回表。
鈴木が内野安打で出塁。
続く遊撃の松井が送りバント。
広瀬がライト前へ運び、一、三塁。
そして四番の岡本。
「任せろ!」
岡本が打席へ向かう。
相手投手の球は速かった。
初球
ストライク。
二球目
ファウル。
三球目
外角のボール。
四球。
「おい!」
岡本が振り返る。
「村田!」
「わかってる!」
四番が四球。
満塁。
村田が打席へ入った。
初球
バットを振る。
打球は三遊間。
遊撃手が飛びつく。
だが――
抜けた。
「走れ!」
鈴木がホームへ帰る。
一点。
俺たちは先制した。
ベンチが盛り上がる。
「ナイス、村田!」
「よっしゃ!」
村田は小さく拳を握った。
その裏。
俺がマウンドへ上がる。
相手の一番打者。
初球
ボール。
二球目
ボール。
「……」
俺は舌打ちした。
三球目
ストライク。
四球目
ファウル。
五球目
ボール。
六球目
――四球。
「工藤!」
阿部が叫ぶ。
「落ち着け!」
「分かってる!」
自分でも分かっている。
今日は制球が悪い。
二番打者。
初球
ストライク。
二球目
ボール。
三球目
ボール。
四球。
走者一、二塁。
ベンチから伝令が出てくる。
「工藤」
「ん」
「どうだ?」
「……少し高い」
「なら、低く投げろ」
「簡単に言うなよ」
「それが仕事だろ」
「……ん」
伝令が戻る。
俺は深く息を吐いた。
三番打者。
初球
ストライク。
二球目
ボール。
三球目
スライダー。
空振り。
四球目
ストレート。
――空振り三振。
一つ。
四番。
相手の主砲。
スタンドから大きな声援が飛んでいる。
俺は打者を見る。
そして投げた。
ストレート。
――ファウル。
二球目
スライダー。
――空振り
三球目。
外角低め。
打者が振る。
空振り。
「ストライク、バッターアウト!」
二つ。
二死一、二塁。
ここで阿部がマウンドへ来た。
「あと一人」
「分かってる」
「今日もやるか?」
「何を」
「工藤劇場」
「……そんな名前つけるな」
阿部が笑った。
「でも、お前はこういうとき強い」
俺は何も答えなかった。
次の打者。
初球
ボール。
二球目
ボール。
「またかよ!」
岡本の声が飛んでくる。
俺は無視。
三球目
ストライク。
四球目
ファウル。
五球目
スライダー
――空振り。
三振。
チェンジ。
「よっしゃ!」
ベンチが沸く。
俺はマウンドを降りる。
「工藤!」
広瀬が笑っている。
「また二つ四球出したな!」
「うるさい」
「でも三振三つ!」
「……まあな」
「出た。ツンデレ」
「誰がだ!」
ベンチが笑いに包まれる。
俺は少しだけ顔をしかめた。
だけど
このチームのこういうところが、嫌いではなかった。
試合は一進一退。
二回、三回と両チーム無得点。
四回裏。
俺はまた四球を出した。
五回裏。
また四球を出す。
それでも無失点。
六回裏。
先頭打者に四球。
「またか……」
俺自身が呟く。
走者一塁。
相手は送りバント。
村田が前へ出る。
「俺に任せろ!」
打球を素早く処理。
二塁へ送球。
アウト。
一死一塁。
続く打者。
打球はセンターへ飛んだ。
広瀬が背走する。
「広瀬!」
俺が叫ぶ。
広瀬が走る。
フェンス際。
そして――
ジャンプ。
グラブに白球が収まった。
「アウト!」
球場がどよめく。
「よっしゃあ!」
広瀬が叫んだ。
二死一塁。
次の打者。
俺は三振を奪った。
チェンジ。
ベンチへ戻る。
広瀬が俺の肩を叩く。
「今の、俺のおかげな!」
「……助かった」
「え?」
「助かったって言った」
「もう一回言って!」
「言わない」
「なんでだよ!」
笑い声が起こる。
試合はそのまま一対〇。
最終回。
二死。
最後の打者を三振に仕留めた瞬間。
「ゲームセット!」
俺たちは三回戦を突破した。
スコアは一対〇。
俺は完封。
だけど、記録を見ると――。
四球は七つ。
「……」
俺はスコアボードを見る。
「七個か」
阿部が隣に立った。
「でも零点だ」
「……そうだな」
「それでいいだろ」
俺は小さく頷いた。
そのとき、石川が走ってきた。
「工藤くん!」
「何だ?」
「お疲れさま!」
石川がタオルを渡してくれる。
「今日もすごかったね」
「……四球、七個だけどな」
「うん、ピンチをたくさんつくってたね」
「そこは否定しろよ」
「でも、無失点だったよ?」
「……まあ」
石川が笑う。
「やっぱり工藤くんって、すごいね」
「別に」
「ふふっ」
「……何だよ」
「やっぱりツンデレ」
「だから違う!」
また笑われた。
俺はそっぽを向いた。
でも
心の中では、少しだけ嬉しかった。




