ツンデレエース
「工藤!」
翌日の朝
グラウンドに到着した俺を、岡本が呼び止めた。
「なんだ」
「昨日の投球、何なんだよ」
「普通だ」
「三者連続四球が?」
「普通だ」
「満塁から三者連続三振が?」
「普通だ」
岡本は頭を抱えた。
「お前、本当におかしいぞ」
岡本は四番打者。
チームの主砲だ。
豪快な性格で、俺とは何かと衝突する。
「だいたい、お前は最初からストライク投げればいいんだよ」
「投げてる」
「投げてねえから四球になるんだろ!」
「最後は抑えた」
「そういう問題じゃねえ!」
横で広瀬が笑っている。
「まあまあ、岡本。工藤はあれでいいんじゃない?」
「広瀬、お前まで!」
「だって昨日、満塁から三振三つ取ったじゃん」
「結果だけ見ればな!」
俺は二人を無視してグラウンドへ向かった。
すると後ろから声がする。
「工藤くん!」
石川だった。
手には部員全員分のドリンク。
「今日もよろしくね!」
「……おう」
「今日はちゃんと水分取ってね」
「わかってる」
「昨日もあんまり飲んでなかったから」
「……見てたのか」
「マネージャーだからね」
石川は笑う。
俺は少しだけ視線を逸らした。
「……ありがとな」
「え?」
「だから、ドリンク」
「うん!」
石川は嬉しそうに笑った。
俺はその笑顔から逃げるようにグラウンドへ入った。
すると、背後から岡本の声。
「お前さ」
「なんだ」
「石川のこと好きだろ?」
「は?」
思わず振り返った。
「何言ってんだ」
「いや、だって」
岡本がニヤニヤする。
「顔、赤いぞ」
「赤くない」
「赤いって」
「うるさい!」
俺はボールを岡本に投げつけた。
「危ねえ!」
岡本が慌てて避ける。
その様子を見ていた阿部が笑った。
「工藤」
「なんだ」
「お前、わかりやすいな」
「……阿部まで」
「まあ、頑張れ」
「何をだ」
阿部は答えなかった。
その日も練習は厳しかった。
野村監督は、夏の県大会を勝ち抜くために徹底的に守備を鍛えていた。
「工藤が四球を出すなら、その分を守備でカバーする!」
監督がそう言うと、全員が声を上げる。
「はい!」
俺は少し複雑だった。
自分の欠点を前提にされているような気がする。
だけど――
嫌ではなかった。
俺がマウンドで投げる。
打球が飛ぶ。
鈴木がライトから走る。
広瀬がセンターを駆ける。
松井兄がレフトから滑り込む。
松井弟がショートから強く送球する。
山田がセカンドから横っ飛びする。
村田がサードへの打球を止める。
岡本が一塁で捕球する。
そして阿部が俺の前にいる。
みんなが俺のボールを守ってくれている。
だから俺も――
最後は必ず抑えたい。
練習が終わった夕方。
俺が一人でグラウンドを整備していると、石川がやってきた。
「工藤くん」
「まだ帰ってなかったのか」
「うん。記録整理してた」
「そうか」
二人だけになったグラウンド。
夕日が沈みかけている。
石川が隣でトンボを持った。
「私もやるよ」
「いい」
「でも二人でやったほうが早いよ?」
「……そうだな」
俺たちは並んでグラウンドを整備した。
しばらく無言。
でも、不思議と気まずくなかった。
「ねえ、工藤くん」
「ん?」
「昨日のことなんだけど」
「何」
「三者連続四球からの三者連続三振」
「……」
「やっぱりツンデレだよね」
「まだ言うのか」
「だって面白いんだもん」
「俺は面白くない」
「ごめんごめん」
石川が笑う。
そして少し間を置いて、
「でもね」
「何だ」
「私、工藤くんのピッチング好きだよ」
「……」
手が止まった。
「……そういうこと、簡単に言うな」
「え?」
「いや……何でもない」
俺はまたグラウンドをならし始めた。
顔が熱い。
絶対に見られたくない。
「工藤くん?」
「なんでもない!」
俺は逃げるように作業を続けた。
石川は不思議そうに俺を見ていた。




