タイブレーク
10回表
タイブレークが始まった。
無死一、二塁。
俺たちの打順は、前の回の続き。
六番、阿部。
二塁には四番の岡本。
一塁には五番の村田。
普段なら、まだ打席に立っていない選手が最初から塁にいる。
それだけで、妙な緊張感があった。
「阿部!」
ベンチから声が飛ぶ。
阿部がバットを構える。
相手投手も、簡単には打てる球を投げてこない。
一球目
ボール。
二球目
ストライク。
三球目
ファウル。
四球目
阿部が打った。
打球は三塁線へ。
岡本が三塁へ進む。
村田は二塁へ。
無死満塁。
「よし!」
ベンチが沸いた。
絶好のチャンス。
七番、左翼の松井兄が打席へ入る。
「決めろ!」
鈴木が叫ぶ。
松井兄が笑った。
「任せろ!」
初球
ストライク。
二球目
ファウル。
三球目
ボール。
四球目
松井が振る。
打球は高く上がった。
センター。
犠牲フライには十分な深さ。
村田がタッチアップ。
センターから送球。
ホームへ。
――セーフ!
勝ち越し。
二対一。
「よっしゃあ!」
ベンチが大爆発する。
松井兄は拳を握った。
しかし、まだ終わっていない。
一死一、二塁。
八番、山田。
山田はバントの構えを見せた。
相手は前進する。
だが、山田はバットを引いた。
次の瞬間。
打った。
三遊間。
ショートが捕ってセカンドに送球する。
打った山田は一塁セーフ。
その間に、岡本が三塁へ進む。
二死一、三塁。
そして九番。
俺。
打席へ向かう。
「工藤!」
ベンチから声が飛ぶ。
打席に立つ。
俺は相手投手を見る。
普段なら投手としてマウンドにいる。
今は打者として、勝負する。
初球
ストライク。
二球目
ボール。
三球目
ファウル。
四球目
内角。
俺は振った。
詰まった打球が三塁方向へ転がる。
岡本が三塁からホームへ。
相手三塁手が捕球。
ホームへ送球。
――セーフ!
追加点。
三対一。
「工藤!」
岡本が叫ぶ。
俺は拳を握った。
大きな追加点。
これで少しは楽になる。
そう思った。
だが
タイブレークは、たった二点差でも安全ではない。
続く打者の鈴木はショートライナーに倒れた。
10回裏
今度は相手の攻撃。
無死一、二塁。
俺は再びマウンドへ向かった。
相手の打順も前の回から継続している。
最初から得点圏に走者を置いた状態。
ここを抑えれば、俺たちはリードを守れる。
先頭打者。
相手の六番。
バントの構え。
俺は警戒する。
一球目
バント。
ファウル。
二球目
またバント。
今度は三塁方向へ転がった。
「村田!」
村田が前に出る。
捕球。
すぐに三塁へ。
二塁走者を三塁で封殺。
一死一、二塁。
まず一つ。
俺は小さく息を吐いた。
次の打者。
七番。
一球目
ボール。
二球目
ストライク。
三球目。
ファウル。
追い込んだ。
最後はスライダー。
打者が振る。
――空振り。
「三振!」
二死。
あと一人。
ここまで来た。
あと一人抑えれば、甲子園に行ける。
俺は阿部を見る。
阿部が頷いた。
次の打者。
八番。
相手ベンチから大きな声が飛ぶ。
打者はバットを短く持っている。
嫌な予感がした。
一球目
ボール。
二球目
ストライク。
三球目
ファウル。
追い込んだ。
阿部がミットを構える。
低め。
俺は頷いた。
投げる。
打者が振る。
――打球が一、二塁間へ抜けた。
「山田!」
山田が追う。
だが、届かない。
ライト前ヒット。
二死満塁。
球場の空気が変わった。
俺はマウンドの上でボールを握り直す。
満塁。
さっきまで「あと一人」だったのに。
今は、一打同点。
いや。
長打なら逆転まである。
打席には九番。
それでも。
この場面では関係ない。
阿部がタイムを取った。
マウンドへ来る。
「工藤」
「……ああ」
「落ち着け」
「分かってる」
「一点もやらない、じゃない」
阿部が言う。
「アウトを一つ取ろう」
俺は頷いた。
「そうだな」
阿部が戻る。
俺は打席を見る。
スタンドが静かになる。
初球。
ストライク。
いい。
二球目
ボール。
三球目
ファウル。
追い込んだ。
あと一球。
ここで決める。
阿部がサインを出す。
スライダー。
俺は頷く。
投げる。
打者が振る。
――空振り!
いや。
バットに当たっている。
ゲームセット――
……ではなかった。
ファウル。
カウントはツーストライクのまま。
俺は息を吐いた。
あと一球。
今度こそ。
俺はセットポジションに入る。
阿部のサイン。
ストレート。
頷く。
腕を振る。
打者が振った。
打球はセンター前。
広瀬が前進して捕球する。
三塁ランナーがホームに帰ってくる。
二塁ランナーも三塁を回った。
広瀬がバックホーム。
送球が伸びる。
阿部が捕る。
タッチ。
――セーフ!
三対三。
同点。
俺はマウンドの上で立ち尽くした。
まただ。
あと一人だった。
それなのに。
あと一人が取れない。
しかも。
まだ終わっていない。
ランナー二、三塁。
打席には一番。
相手はここで勝ち越しを狙ってくる。
俺は深く息を吸った。
ここで打たれたら。
逆転される。
だけど。
逃げるわけにはいかない。
初球
ストライク。
二球目
ボール。
三球目
ボール。
四球目
ファウル。
追い込んだ。
最後はスライダー。
打者が振る。
空振り。
「三振!」
ようやく三アウト。
11回へ。
俺はマウンドを降りた。
スコアボードを見る。
三対三。
振り出しに戻った。
ベンチへ戻ると、誰も俺を責めなかった。
岡本が俺の肩を叩く。
「よく抑えた」
「……同点にされたぞ」
「だから何だよ」
「また抑えられなかった」
「まだまだ負けてねえだろ」
その言葉に、俺は顔を上げた。
「そうだな」
ベンチの奥を見る。
石川が俺を見ていた。
心配そうな顔。
でも、逃げずに俺を見ている。
「工藤くん」
「何だ?」
「まだ終わってないよ」
「ああ」
「みんな一緒だから」
俺は小さく頷いた。
タイブレークは続く。
11回表。
俺たちはもう一度、無死一、二塁から攻撃を始める。
試合は
まだ終わらなかった。




