試合の行く末
二死二塁。
俺はマウンドの上から、二塁ランナーを見る。
あと一人。
それなのに、さっきまでとは何もかも違って見えた。
たった一本の長打。
それだけで、試合の空気が変わった。
スタンドは完全に相手の応援に飲み込まれている。
俺はボールを握り直した。
「工藤!」
ベンチから森の声が飛ぶ。
「あと一人だ!」
分かっている。
分かっているのに、心臓がうるさい。
打席に入ったのは四番。
今日、すでに一本長打が出ている打者だった。
阿部がサインを出す。
外角。
俺は頷いた。
一球目
ストライク。
いい。
二球目
ファウル。
追い込んだ。
あと一球。
ここまで何度も繰り返してきた場面だ。
三振を取る。
それだけでいい。
俺は大きく息を吸った。
そして――
投げた。
打者が振る。
打球は一、二塁間へ。
「山田!」
山田が横っ飛びする。
グラブに当たった。
だが、打球は完全には止まらない。
ライト方向へ転がっていく。
二塁ランナーが三塁を回った。
鈴木がボールを追う。
ホームへ送球。
だが――
「セーフ!」
同点。
一対一。
球場が揺れた。
俺はマウンドの上で動けなかった。
あと一人だった。
なのに。
あと一人が、取れなかった。
「工藤!」
阿部が駆け寄ってくる。
「まだ終わってない」
「……ああ」
「切り替えろ」
俺は頷いた。
次の打者。
初球
ボール。
二球目
ボール。
嫌な感じがした。
疲れている。
肩も重い。
それでも投げる。
三球目
ストライク。
四球目
ファウル。
追い込んだ。
最後はスライダー。
空振り。
「三振!」
ようやく三つ目のアウト。
九回裏終了。
スコアは一対一。
俺たちはベンチへ戻った。
誰も責めなかった。
岡本が俺の肩を叩く。
「よく投げた」
「……同点にされたぞ」
「だから何だよ」
「抑えれなかった」
「まだ負けてねえだろ」
その言葉に、俺は顔を上げた。
「そうだな」
野村監督がスコアボードを見る。
そして、俺たちに向かって言った。
「10回からタイブレークだ」
無死一、二塁。
前の回までの打順を継続して、そこから攻撃が始まる。
つまり。
一つの四球。
一つのエラー。
それだけで、一気に試合が動く可能性がある。
俺はグラウンドを見つめた。
甲子園まで。
まだ終わっていない。
「工藤くん」
石川の声がした。
振り向く。
彼女は少し心配そうな顔をしていた。
「大丈夫?」
「ああ」
「本当に?」
「……たぶん」
石川が小さく笑った。
「工藤くんらしいね」
「何が」
「強がるところ」
「強がってない」
「ふふ」
そして彼女は言った。
「最後まで、みんなと一緒にいようね」
その言葉が胸に残った。
俺は頷いた。
「……ああ」
タイブレークが始まる。
甲子園までの道は。
まだ終わっていなかった。




