あと三人
九回表
俺たちの攻撃。
追加点が欲しい。
それは全員が分かっていた。
先頭の村田が打席に入る。
粘る。
粘る。
だが最後はショートゴロ。
一死。
阿部が打席へ。
初球
ストライク。
二球目
ファウル。
三球目
ボール。
四球目
打った。
しかし、センターフライ。
二死。
次の打者は松井兄。
初球
ストライク。
二球目
ボール。
三球目
ファウル。
四球目
空振り三振。
チェンジ。
追加点は取れなかった。
誰も口を開かなかった。
九回裏。
相手の攻撃。
そして俺はマウンドへ向かった。
スタンドから大歓声。
俺は帽子のつばを少し下げた。
ホームを見る。
阿部が構えている。
――あと三人。
そう思った。
先頭打者。
相手の一番。
足の速い打者だ。
初球
ボール。
二球目
ボール。
嫌な感覚。
三球目
ストライク。
四球目
ファウル。
五球目
ボール。
カウント、三ボール二ストライク。
スタンドがざわつく。
俺は息を吐いた。
阿部がミットを構える。
真ん中低め。
俺は頷いた。
投げる。
スライダー。
空振り。
「ストライク! バッターアウト!」
一つ。
あと二人。
ベンチから歓声が上がる。
俺は拳を握った。
次の打者。
二番。
初球
ボール。
二球目
ストライク。
三球目
ボール。
四球目
ファウル。
追い込んだ。
最後はストレート。
俺は腕を振った。
――空振り。
「三振!」
二つ。
あと一人。
甲子園まで。
あと一人。
俺はマウンドの上で息を整えた。
ベンチを見る。
中村が拳を握っている。
大山が祈るように手を合わせている。
蔵本も、谷沢も、吉村も。
みんな俺を見ていた。
そして。
石川。
彼女も俺を見ていた。
その目には、涙が浮かんでいた。
でも、笑っていた。
口が動く。
声は聞こえない。
それでも、何を言っているのか分かった。
「頑張って」
俺は小さく頷いた。
最後の打者が打席へ入る。
相手の三番。
今日、ここまで二安打している。
油断できない。
阿部がサインを出す。
外角。
俺は頷く。
一球目
――ボール。
スタンドがどよめく。
二球目
――ボール。
俺の指から、ボールが抜けた。
三球目
――ボール。
まただ。
三球連続ボール。
あと一球で四球。
俺は唇を噛んだ。
阿部が立ち上がる。
タイム。
マウンドへ来る。
「工藤」
「……悪い」
「謝るな」
「でも――」
「まだ終わってない」
阿部は俺の肩を軽く叩いた。
「ストライクを取りに行こう」
「……ああ」
俺は頷いた。
そして打席を見る。
相手打者も、こちらを見ている。
スタンドが静まり返った。
俺はボールを握り直した。
四球を出せば、一塁。
そこから何が起こるか分からない。
でも
俺は逃げたくなかった。
阿部が構える。
外角低め。
俺はセットに入る。
そして――
投げた。
ストライク。
ようやく入った。
カウント、三ボール一ストライク。
次
ファウル。
追い込んだ。
でも、まだ終わってはいない。
俺はもう一度、息を吐いた。
阿部のサイン。
ストレート。
俺は頷く。
振りかぶる。
腕を振る。
――打者が振った。
打球が上がる。
高い。
センター方向。
広瀬が走る。
「広瀬!」
俺は叫んだ。
広瀬が背走する。
フェンスまであと少し。
そして――
ジャンプ。
グラブが伸びる。
しかし。
打球はその先へ飛んだ。
フェンスに当たる。
長打。
スタンドが一気に沸いた。
俺はマウンドの上で立ち尽くした。
ランナーは二塁へ。
二死二塁。
試合は終わっていない。
だが
俺たちの前に、まだ大きな壁が立ちはだかっていた。
甲子園まで。
あと一人。
なのに
野球は、最後の一人を簡単には取らせてくれなかった。




