003話 「入団祝いのワームシチュー」
あの後テレシアさんに呼ばれて厨房に向かった私たちは夕食の準備をして、甲板に出ていた。
昼間は太陽の光によって灼熱と化していた大地も、今は月明かりが世界を照らしていた。
樽の上に置いてあるランプや、マストの紐などから吊るされている魔球が私たちをゆっくりと照らしていく。
夕食を食べに人が集まってくると、テレシアさんが鍋の蓋をおたまで叩きながら声を上げた。
「おーい野郎ども、飯の時間だよ!」
「ふぅー!」
「流石は料理長!」
「もう腹が空きすぎて力が出ねぇよ」
辺りから口々に声が広がる。
お腹が空いていたようでよかった。
「今日はユキちゃんの入団祝い、ジャイアントワームのシチューです!」
「そりゃたまんねーな」
「最高!」
彼らの反応を見るに、もしかしたらジャイアントワームは高級食材のようなものなのかもしれない。
クレアさんがワームだと言い始めた途端、団員たちが踊りだす。
「あの、クレアさん。」
「ん? どうしたのユキちゃん。」
「ジャイアントワームって高級食材だったりするんですか? 私聞いたことなくて」
私の問いにクレアさんが『うーん』と言いながら考え始めた。
その後しばらくして、口を開く。
「そうだね。この辺りじゃ一応、高級食材かな。なんてったってBランクの魔物だからね。見た目はアレだけど、味は私が保証するよ!」
私の脳裏に浮かぶのは、昼間にルークさんと見たあの魔物。
体の表面は焦げ茶色で、全長十数メートルはあろうかという巨大なワームの姿だった。
くねくねと体を曲げるための節が幾重にも連なり、何より目を引いたのは硬そうな外殻。
一言で表すなら、巨大な虫そのものである。
「……やっぱり見た目はアレなんですね」
「あはは、否定はできないね」
否定はしないらしい。
苦笑いだった。
でも思った通り、どうやらあのワームは高級食材のようだ。
Bランク。
この世界でどれほど強いのかは分からない。
それでも皆の反応を見る限り、簡単に狩れる相手ではないのだろう。
クレアさんの見た目はアレだけど、味は保証すると言う言葉に少しだけ期待をする。
食事の配膳が終わり、アレクシアさんが手に持っている木製のジョッキを掲げた。
私もそれに合わせて、木の杯に入った果実水を少しだけ持ち上げる。
テレシアさんから果実水とかしか言われていないので詳しい味は不明だが、甘い匂いがするのは確かだった。
「団員の皆! 今日は今回の旅の目的である、龍の涙を手に入れた。今夜は盛大に飲み明かそうじゃないか! それでは、乾杯!」
「「「乾杯!!!!」」」
アレクシアさんの言葉が終わると同時に、夜空に野太い声が響き渡る。
ある者は競い合うように酒を煽り、ある者は肩を組んで踊り出し、またある者は自身の武勇伝を語り始める。
どこかで見たことがあるけど、まったく同じ訳じゃない。
そんな何とも言えない光景に、私は新鮮な気持ちになる。
するとさっきまで配膳をしていたテレシアさんが声を掛けてきた。
「私たちも食べよっか」
「はい! 楽しみです。」
今夜のご飯はワームシチューと、トト麦という麦で作ったトト麦パン。その他にも白耳兎の揚げ物やサボテンに似た植物を和えたサラダなど、現代日本に見劣りしないほどのメニューだった。
異世界では料理があまり美味しくないなんて聞いたことがあったけど、この世界の食事レベルは私の想像の何倍も高かった。
白耳兎を焼く時も、テレシアさんが臭みけしだと言って様々な香辛料を入れていた。
お腹が空いた私は、ワームシチューを見る。
じっくり煮込んだからか、野菜のうまみが溶け出していてとても美味しそうな匂いがした。
正直、美味しそうだとは思う。
だけど、今皿の中にあるやわらかそうなお肉は砂漠でくねくねとうねっていた魔物。
全然何も思わずで食べれるか、と言うと嘘になる。
でも、事実この世界でワームは食べるし、多分……もっと凄いものも食べるんだと思う。
だから私はクレアさんを信じて、スプーンで柔らかい肉をすくい、恐る恐る口へ運んだ。
「……美味しい」
思わず声が漏れた。
「でしょ? 私も最初食べた時はどうなんだろ~とか思ってたんだけどね、んー。美味しい!」
そう言いながらワームシチューを口に運ぶクレアさん。
噛んだ瞬間、ほろりとほどけるやわらかさ。
じんわりと染み出す濃厚な旨味。
牛肉とも違う。
鳥とも魚とも違う。
少しだけ羊に似た風味を持ちながら、それよりも癖が少ない。
野菜の甘みと香草が合わさり、驚くほど食べやすかった。
「温まりますね」
「そうだね、昼は暑いのに、夜は冷えるから困っちゃう」
私はそう言うと、夜空を見上げた。
目に映ったのは大小様々に散らばる、無限のように多い星々。
その星たちは群れるように空を覆っている。
そこにあったのは天の川のように広がる美しい星の帯。
私の肌に触れる空気は、少し肌寒かった。
するとアレクシアさんの声がかかる。
「お前ら、飲むのはいいが、この後もまだまだやることは残っている。飲みすぎるなよ。」
「分かってますって団長、酔い潰れたら次の日の夜は見張り番、ですよね?」
「分かっているなら結構。何度も酔い潰れているアレン、お前が言うことではないと思うがな。」
すると辺りから笑いが広がる。
今アレクシアさんと話している二十代くらいの茶髪の男はアレン、と言うらしい。
会話からするに酔い潰れる常習犯のようだ。
その後もアレンのことを眺めていると、時々首にかけているペンダントを眺めていた。
少し会話が落ち着いた頃、私は呟いた。
「なんだか、暖かいですね。」
私の声に気づいたクレアさんがこちらへ歩み寄って来る。
「そうだね。私もみんなでこうしているといつも通りって感じがして。それに、とっても美味しそうに食べてくれるから、見ていて嬉しいんだ。」
「私も、美味しそうに食べてくれるのは気持ちがいいです。」
今思えば、誰かと一緒にご飯を食べるのは一体いつぶりだろう。
前世の私は職場と家を行き来するだけで、家に帰っても一人で黙々と食事をするだけの日々。
でも——今は違う。
今日出会ったばかりの人たちなのに、不思議と心が温かくなった。
私は暖かいシチューを飲みながら、いつまでも星空と宴の喧騒を眺めていた。
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夕食を片付けを終え、私達はベッドに横たわっていたを。
思わず疑問に思っていたことを口にしてみる。
「本当に一緒に寝るんですか。」
「そうだよユキちゃん。」
そう言いながら布団の中で私を抱きしめるクレアさん。
先ほど着替えた、水色の寝巻きがよく似合っている。
「臭かったらごめんね?」
「いや、そんなことないです」
むしろいい匂いである。
何か香水でもあるのだろうか。
目を瞑ると目と鼻の先に花畑があるような感覚だ。
「それじゃあ、明日も早いからおやすみ。」
「あ、はい。おやすみなさい。」
そうして私は、睡魔に導かれるがままに眠りについた。
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「……ん、ぅーん?」
目を擦りながら起きると、既にクレアさんの姿は消えていた。
起き上がる最中にクレアさんが寝ていた場所に手を置いてみるが、シーツは冷えていた。
私は昨日渡されておいた服に急いで着替えると、真っ先に厨房に向かうことにした。
一応まだ近くの部屋で寝てる人がいるかもしれないので、ゆっくりと扉を開ける。
「……眠い」
私は無意識に口を開く。
太陽が昇ってすぐだからなのか、まだ空気がひんやりとしていて肌寒かった。
部屋から出て少しすると、お肉を焼いているいい匂いがして来る。
ベーコンの様な燻製した肉だろうか。
どうやらもう朝食を作り始めているらしい。
私は厨房に入ると思いっきり頭を下げて、口を開いた。
「遅れてすいません!」
するとそれに気づいたテレシアさんと、クレアさんがこちらを向いた。
「昨日手伝ってなんて言ってないから、まだ寝てていいのよ?」
「私はまだ子供ですし、出来る事と言ったら料理くらいなので……」
それを聞いたテレシアさんは大きく笑う。
本当に私がこの旅団の一員になってからした仕事は、昨日の夕食を手伝った事くらいだ。
今のところはほぼ無料で衣食住をもらっているようなもの。
流石に私の心が許せない。
「あの、笑う所ありましたか?」
疑問に思ったので聞いてみるとテレシアさんはすぐに口を開けた。
クレアさんは相変わらず笑っている。
「私の子供で、ユキちゃんと年が同じくらいなんだけど、リアムと来たら何もしないんだから。これくらいの男の子見たことある?」
そう言いながら、私の身長よりも少し高い辺りを手でかざしていた。
一人思いつく人物がいた。
どうやら昨日の男の子は、テレシアさんの子供らしい。
「リアムくんなら多分、昨日会いましたね。クレアさんを探してたみたいです。」
「リアムったらクレアちゃんが本当に好きねぇ、ユキちゃん。私の子供が何かしなかった?」
そう言いながら心配そうにするテレシアさん。
「いえ、一瞬あっただけなので。」
「何かしたらすぐ言ってね、私が怒っておくから。」
テレシアさんはそう言うと、大きいフライパンに似た調理器具で大量の卵を割って焼いていく。
あの量はすごく大変そうだ。
「あの、やっぱ手伝いましょうか?」
「そうね、もうそろそろ朝食は出来るから、厨房を出て突き当たりにある大部屋で寝ている馬鹿な男共を起こしてくれる?」
「はい、分かりました!」
私は勢いよく返事をすると、言われた通り突き当たりにある部屋に向かう。
部屋の前には『ルールその1 最後に起きた者、朝の甲板掃除をやるべし』と言う謎の紙が貼ってあった。
私は扉に手を掛けて、勢いよく開けた。
――そして
「皆さん、起きてください!」
「「「・・・・・・」」」
むさ苦しい男たちのいびきと、酒と汗の入り混じった空気。
どうやら一筋縄では行かなそうである。
私がもう一度声をかけようと思った時だった。
いきなり後ろから衝撃が走ると、その威力で私は倒れてしまった。
「っ! 痛っ……」
「あ、ごめん。大丈夫?」
私の後ろにいたのは、必死に謝る青年だった。
寝起きなのか、少しボサボサな茶髪である。
確かこの顔は……
「カイル、さんですよね?」
私がそう言うと、少しだけ驚いた表情になる。
カイルさんの手を借りて起き上がると、目の前にいる青年は口を開いた。
「よく覚えてるね、自分の名前はカイル・ミルヴァン。それと本当にごめんねユキちゃん、寝起きでよく見てなくて……」
「いえいえ、全然謝ってくれたので大丈夫です。」
「ああ〜、よかった。でも女性にぶつかって倒したなんて故郷にいる母さんに顔向けできない……。あ、今はそんなことより起こさないとね。」
そう言いながら寝ている人たちの中に入っていくカイルさん。
みんな私の名前を知っているが、やはり昨日団長がみんなの前で私を紹介したからだろか。
そんなことを思っていると、予想と反してカイルさんが鼓膜が破れるんじゃないかと言う程の大きい声を出した。
思わず私は両手で隙間なく耳をふさぐ。
「おい、起きろぉお!! ライトもオルトさんも起きてください! 飲み過ぎですよ!!!」
「? レイアちゃんどうしたの、僕が……」
「あぁもう、寝惚けるな!」
波瀾万丈な朝が、始まった。




