屋上にて
雲一つ無い、空気が澄み渡る冬晴れだ。風は少し寒いが、コートを羽織ってマフラーをすれば問題ない。日影が無い屋上では、遮るものの無い日の光が風が止む合間に心身を温めてくれさえする。
「気持ちいいねえ~。」と、穏やかに森雪音が微笑みながら言った。
「風が吹くと、ちょっと寒いけどね。」と、悠真も笑顔で言う。
悠真と森は、屋上から周りの景色を確かめるように、ゆっくりと一周歩き、校庭が見える側の、安全柵前あたりで歩みを止めた。このあたりが風も、日の光も、空気も、目に見える景色も、一番心地良いような気がしたのだ。
「ごめんね。佐藤君。」と、森はすぐに謝ってきた。
悠真が日誌を持って森雪音の姿を探すと、彼女は丁度帰り支度をしているところだった。
銃声の擬音語について問うと、
「え? 銃声って大体『バキューン!』じゃない?」と森。
「そうかな…、『パンッ!』とか…、長距離なら『ズギューン!』なんじゃない?」
森は納得がいっていない様子だったが、教室内にまだクラスメイトが残っている事を気にして、「ちょっと、外の空気が吸いたいから、屋上に行こうか。」と言い出し、悠真もコートとマフラーを身につけて上がって来たのだ。
「私が佐藤君の手書き文字を真似て、ピーチ・メルを銃殺するシーンを書いたから、佐藤君には迷惑をかけちゃったよね。ごめんなさい。」と真剣な顔で森は悠真に謝る。
「別にいいよ。今、クラスでは誰がビーチ・メル銃殺のシーンを書いたのかを気にする人はあまり居ないみたいだし…。」
そうなのだ。期末テストで忙しかったし、テストが終われば冬休みになる。クリスマスにお正月と、たくさんの楽しみなイベントと話題がある。宍戸と本田を除くと、リレー小説に関する謎にいつまでもこだわって探ろうとする生徒は、今は居ない。
悠真自身は自分の手書き文字に誰が似せて書いたのかは気になるところではあった。
このままわからなくても良いかなと思っていたところだったのだが、一度でも「もしかして…」と思うと、気になってしまう。
なので、カラアゲ・アゲハが復讐を果たしたシーンが書かれた日の日直担当である森雪音に、直接聞いてみようと思ったのだ。
「正直に言うと、私が書いたって、バレてもよかったというか…、いつかは私が書いたんだって話して、佐藤君には謝らなくちゃいけないなって、ずっと思ってたの。」と、清々しい笑顔をして森は話し続ける。
「でも、『私が、書きました』って言ったら、理由を言わなくちゃいけなくなるでしょ?」
「理由を、聞かれたくないの?」と悠真が控えめに聞くと、
「うん。みんなには知られたくなかった。だけど、佐藤君には正直に話すね。」と言って深呼吸をした。そして、
「私さ、瞳子ちゃんの事が好きなんだ。」と言った。
悠真は驚いたが、それを態度には現さず、深く頷いた。
「ピーチ・メルが最初にリレー小説に登場したころ、天野君や他の男子達が『桃木って、ピチピチのギャルに似てない?』という話をしているのを偶然に聞いちゃって……。」と言って、森は下を向いた。
確かに、桃木は胸が大きい。男子達から胸についてからかわれることも多く、本人はコンプレックスに思っている様子だったらしい。ピチピチのギャルも胸が大きいキャラとして男子達の妄想を都合よく盛り上げてくれてる存在だった。ピーチ・メル、もといピチピチのギャルは、たかが架空のキャラクターだ。しかし、男子達が桃木とピチピチのギャルを似ていると言って盛り上がっているのを聞いた時、森はピチピチのギャルが、男子達の妄想の中で汚されていくのが、まるで大好きな桃木を汚されているように感じて、とても嫌だったと言う。
「だからね、もうピチピチのギャルには、物語から退場してもらおうと思ったの。」と、晴れ晴れとした表情で言う。
「ストーリー展開が早くて、私の日直担当の日まで待てなかったし、佐藤君はギリギリまで日誌のリレー小説欄に何も書いてなかったから、物語の続きに困っているのかもしれないと思って……。 私、佐藤君とは中学2年の頃、同じクラスで課題研究のグループが一緒だったじゃない? だから、佐藤君の字を真似して書いてみたの。でも、まさかピーチ・メルを殺したせいで、佐藤君があそこまで男子達にからかわれるとは思ってなくて……、ごめんね。」と森はもう一度、謝る。
「いや……。謝るような事じゃないよ。」とは言ったものの、少し腑に落ちなかった。
「ピーチ・メルを殺した理由を話したくなかったのは、桃木さんへの気持ちを知られたくなかったから?」と悠真は聞く。
「それもあるけど……。私がピーチ・メルを生かしておけないと思ったのは、ピーチ・メルに瞳子ちゃんを重ねて見ていたからなの……。ピーチ・メルはたかが架空のキャラクターなのにね。だから、男の子達には理解してはもらえないと思ったし、下手したら、私や瞳子ちゃんが自意識過剰だって非難されそうで言えなかった。」と、森は話しながら校庭の端の方に視線を向け、悠真の方をわざと見ないようにしているようだった。
確かに、大田原や天野をはじめ、誰かをからかう材料を常に探し回っているような連中からしてみたら、大好きな親友に似たキャラクターが男子の卑猥な妄想に汚されるのが耐えられなかったから……、という動機は「似てねえよ」「なに悲劇のヒロインぶってるの?」「考えすぎだ」「架空キャラにリアルの友人を重ねて見るなんて頭おかしい」「そっちこそ考え方がキモイ」等々、非難囂囂、罵詈雑言が降りそうだ。
もし、自分の「嫌だ」「不快だ」「やめて欲しい」という気持ちをどんなに丁寧に説明してもわかってもらえなかったら……。きっと、絶望してしまう。
いや……、森はすでに、男子達にはきっとわかってもらえない……と、諦めているのだ。だから、悠真に迷惑をかけたことに罪悪感を抱きながら、名乗りを上げる事をしなかった。
「あとね、ちょっとだけ、ざまあみろって、思ってた。」と、森は申し訳なさそうな顔をしながら、口元だけ微笑むという複雑な表情を見せながら悠真に言った。
ざまあみろ…。
森雪音の妖精の様に可愛い顔から、そんな言葉が出てきたのを、そしてその言葉が悠真に対して吐かれた事を、信じたくなかった。
「佐藤君、中1の時に瞳子ちゃんと同じクラスだったでしょ?」と森が聞くので、悠真は「うん。」と頷く
3年も前の事だからもうあまり思い出せないけど、あの頃の悠真は、今よりもずっと自信に溢れていて、学校も部活も楽しんでいた。今みたいに卑屈な性格ではなかった。
「瞳子ちゃんは、佐藤君に酷いからかわれ方をした事があったって言ってた。『とても、傷ついた』って。」
え? そんな、オレが桃木さんをからかった事なんて、あったっけ……?
悠真は慌てた。クラスメイト達からからかわれた事は鮮明に覚えている。しかし、自分が誰かの事を酷くからかった事など、あっただろうか……。
思い出せない……。
悠真が目を泳がせながら、必死に記憶をたどっている様子を見て、森は冷ややかな声で言った。
「『痩せたらかわいいね…って、男子みんなが言ってる…。』」
思い出した。




