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昔の事 ―3年前

 今でこそ、理想的な体型の桃木瞳子(ももき とうこ)だが、中学1年生の当時は今より少し背が低く、ぽっちゃりした体系だった。しかし、目鼻立ちはくっきりしており、派手目の美人になりそうな片鱗を感じる顔立ちをしていた。

 当時、クラスのリーダー格の男子達が、女子の外見を品定めをするような会話をしているのを偶然、悠真(ゆうま)は聞いていた。その時に、女子に人気があるイケメン男子が「俺的に、桃木は痩せたら『有り』だぜ」と話していたのだ。

 桃木は自身の体形についてはコンプレックスを抱いていたようで、よく「私、太っているから…」と口にしていた。しかし、女友達から「そんなことないよ!」「全然太ってないよ。」「そのままでかわいいよ。」と、言われたがっているのが見え見えで、悠真は女子達の一連のやり取りを苛つきながら見ていた。なので、言ってやったのだ。

「この前、男子が集まっている時に話してたんだけどさ。『桃木さんは、痩せたらかわいいよね。』って、みんなが言ってたよ。」

 「男子みんな」って言うのは嘘だ。話を盛っている。でも、クラスで一番人気者の男子が「俺的に有り」って、言っていたので、男子みんなの総意であると言っても過言ではないと思った。

 桃木はその言葉を真に受けたようで、極端なダイエットに励み始めた。昼食はこんにゃくゼリー2つだけ、炭水化物を取らないように気を付けていると桃木は女友達に自慢げに話していた。桃木の「努力」は、誰の目にも明らかに効果を発揮してきていた。綺麗に痩せているというよりは、段々と頬がコケていく桃木を見て、悠真は少し心配になった。ちょうどその頃に、保健の授業で無理なダイエットによる摂食障害の恐ろしさを学んだところだった。だから、つい心配で、ダイエットをするのを止めて欲しくて言ってしまった。

「桃木さん、もしかしてこの前、オレが言った事、本気にしちゃった? あれ、嘘だよ。」

 本当は、「もし痩せたら…」など、無責任で余計なお世話な事を言ってしまった事を桃木に謝り、無理なダイエットを止めるように言うべきだったのだと思う。しかし、悠真は自分の非を誰かに指摘されるのが怖くて、「冗談」という形にしてごまかそうとしてしまったのだ。

 

 キーンッと、強い耳鳴りが頭の奥で響き、こめかみにその音が突き刺さっているかのような、強烈な痛みを感じた。

 自分は、桃木にとっては紛れもなく、嘘つきの嫌な奴だったのだ。



「汗、拭いたら?」と言って、森は悠真に清潔な白いフワフワ素材のタオルハンカチを手渡した。

屋上はこんなにも寒いのに、冷や汗が止まらなかった。

悠真は手渡されたタオルハンカチを手に持ちながら、自分の汗を拭う事をためらっていた。

「…ごめんなさい。」と、力なく悠真は謝った。

「それは、瞳子ちゃんに言ってね。」

「うん。明日…、桃木さんに会ったら謝るよ。」と、悠真は鼻をぐずつかせながら言う。

 なんで、忘れていたんだろう……。あんな酷いことを言ったのに…。

 全然、思い出しもしなかった。

 だって、桃木はその後も『普通』に振舞っていたし、特別に傷付いた様には見えなかったではないか……。いや……。でも……。

 でも、悠真も2年前に部活を辞めた時、できるだけ『普通』でいようと振舞ったのだ。みんな冗談として笑っていただけだから、抗議をしたり、怒ったりはできなかった。

だって、「冗談だよ」「なに、ムキになってんだ?」って、また笑われるだろうから……。


 森は、「そのタオルはあげるから、汗と涙と鼻水を早く吹かないと、顔が凍っちゃうよ。」と、いつもの人懐っこい笑顔に戻って言った。

悠真は慌てて自分の顔を、タオルで拭う。

まさかとは思ったが、額からだけでなく、目からも鼻からも何らかの水分が流れ出てきていて、止まらなかった。

「私は、中2の頃からしか佐藤君の事を知らなかったから、瞳子ちゃんの言っている佐藤君の印象と、私の知っている佐藤君の印象が違い過ぎてびっくりしたんだけど……。」

 そうだろう。

剣道部でのいざこざが起きる前までは、悠真は自信に溢れていたし、学校でも友達は多い方だと思っていた。調子に乗っていたのだ。相手の気持ちも考えずに、からかって笑って楽しんでいた。

「私もきっと気が付いていないだけで、色んな人に余計な事や、傷付く言い方をしてきてしまったのかもしれない…。現に、今こうして佐藤君を泣かしてしまっているしね。」と森は、ばつが悪そうに微笑みながら言った。

「いや……。オレ、忘れていたんだ、桃木に自分が言った事。オレ、ひどい奴じゃん! 嫌な奴だなって、自分で思っちゃって……、どうしてあんなこと言っちゃったんだろうって、今なら一瞬で後悔するのに……。」としゃべりながら、また鼻水と涙が出てきた。

「今の佐藤君は優しいね。」と森は微笑む。

「そんなことない。オレは、今でも狡くて、嫌な奴だよ。だから、正直に言って天野の気持ちが理解できる気がする。あいつ、狡くて自分勝手で嫌な奴で、意味不明に見えるけど、単純に自分の狡さに正直なだけなんだ。」

 好きな女の子に振り向いてもらえなかったときの苛立ちや、からかわれたときの悔しさと憎しみ、自分の罪を誰かのせいにできるとわかった時の安堵感……、全て共感できてしまうから、天野が桃木の衣装を切り刻んだ犯人だと気が付くことができた。

きっと、宍戸(ししど)高山(たかやま)みたいに正しく生きているような奴らには、わからないだろう。

「でも、佐藤君は、そういう狡い気持ちを暴力や乱暴な方法で他人にぶつけちゃいけないって知っているし、ちゃんと自制しているでしょ。私も、狡いところはたくさんあるから……。」

 少し間をおいてから、森はいたずらっぽく笑って言った。

「私は狡いから、ピーチ・メルが殺されるシーンを書いたのは私だって、みんなの前では絶対に認めないからね。今日、私が話したことは、みんなには秘密にしてね。もし、誰かが私に『誰がピーチ・メルを殺したの?』って聞いてきたら、私は『佐藤君だと思う』って、答えるよ。」

 悠真は「うん。構わないよ。」と笑って言った。

「ありがとう!」と、晴れやかに森は笑い、

「ああ~。佐藤君に借りができちゃったな……。黙っててもらうお礼に、なにか私が力になれる事、ある?」と、聞いてきた。

悠真は、少し考えてから、

こんなこと、頼んでいいんだろうか……、と戸惑いながら、

「あの……、今度、メイクの仕方を教えてください。」と小声で頼んだ。

 森が目を見開いて驚いているので、

「え。あ。やっぱり、今のは何でもない。忘れて! 変な事を言って、ごめん!」と、慌てて訂正すると、

「もちろん! 任せて!」と、森が張り切って答えた。

「女装するの、楽しかった?」

「うん! 別にオレは、女の子になりたいわけじゃないんだ。でも、普段とは違う自分になった時、自分の見ている世界もちょっと変わったような気がして……。」

「わかるよ。」と、森がうなずく。

「世界が変わって見えたからか、今度は自分の中にある思い込みや価値観もなんかちょっと変わったような気がしたんだ……。ずっと、背が伸びないのが嫌で、背が低い自分が嫌いだったけど、もう、いいや!って、思えて……。」

 あれ? オレ、何一人で語ってるんだ……、と、悠真は急に恥ずかしくなった。が、

「わかる! 私も時々、いつもはしないようなメイクをしたり、コスプレをしたりするよ。違う自分になってみたら、『これも、有りじゃん!』『こんな自分もいいじゃん!』って気がつく事、あるよ~!」と、森ははしゃぐように一気にしゃべった。

 可憐な森の豪快な笑い声と、まだ鼻水交じりの悠真の笑い声が、冬の風に乗って、校庭のすみずみにまで届きそうなくらい、空気は澄んでいた。


 明日、終業式が始まる前に、必ず桃木に謝ろう。昔の事だけれど、桃木の中ではきっと今でも大きな心の傷になってるはずだ。悠真にとっての2年前の出来事のように。許してはもらえないかもしれないけど。でも、それでも謝ろうと決めた。

 そして、冬休みになったら、高山愛良(たかやま あいら)が教えてくれた道場に見学に行ってみよう。悠真は、高山みたいに強くはなれないかもしれないけど、運動は好きだ。剣道も好きだ。今の悠真の身体で、どんな動きが出来るかは、きっと悠真自身にしかわからないから、自分の身体の限界を試してみるためにも挑戦し続けたいと、そう前向きに思えた。

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