かつてといまと
「帰りたく、ないんですか? 元の世界に」
そう、ジョルジェさまに言われた時、真っ先に浮かんだのは疑問符だった
あたまのなかに、大量のクエスチョンマークが、浮かんだ
全くの、意表をつかれた、ってやつだったからだ。
はい?
元の世界?
現代日本に? 戻る?
いや、そもそも女神に連れ去られたら戻れるんか?
確定じゃない気がするけど
そもそも女神、わたしを連れてったりする気なかっただろアレ。
なんか、すんごい大切そうにぎゅってしてくれたけどそれだけな気がする
“本当にごめんなさい” とか “悪いことをしちゃった” とかしか伝わってこなかったし
うーーーん
でも、ジョルジェさまは本気だ。
本気で、戻っちゃわないかって怖くなったんだ
バカだなぁ。
そんな、帰りたいかどうかとか聞かれたことなかったじゃん
気にしてなかったから、話してもいなかったよね。
できる限り、優しげな笑顔を、作った。
呆れてるとか、バカだなぁと思ってるとかが顔に出ないように。
「正直、覚えてないんですよ。前にも言った通り、ほぼ全く、思い出せないです」
寂しげな笑顔、よくできたと思う
このおっさんなのに、ぐちゃぐちゃになっちゃってる顔、好きなんだよなぁ
あ、目がまん丸になった。何度も言ってるじゃん、びっくりしないでよ。
「……ほんとうだったんですね」
信じてなかったんかい。
「嘘ついてどうするんですか」
「心配させないためにいってたりするのかな、って、おもって、ました」
「んなことしません、って。
ほんと、昔のこと思い出そうと思っても王太子の顔とかに邪魔されるんですもん。
その後は、アレばっかりで」
ジョルジェさまの、くすんくすんと、漫画みたいに鳴らしてる鼻の音が響くのがなんだかおかしい
なんだか申し訳なさそうに情けなく歪むその顔を見ながら、続ける
「思い出すのは、ゆだんするとほんとにアレばっかりで、
頑張れば断片的には、ってくらいにしか思い出せないんです。
かつての記憶を思い出すために観に戻りたいな、って思うこともあるけど、
もうこっちでこんなに長く生きてるから、向こうに戻って今更何するのか、
誰に会うのか、全然、思いつかないんです。
だから別に、戻りたいとかないんですよ」
これは、本当だ。
本当に、以前の世界については朧げにしか思い出せないのだ
思い出せないからには、愛着というか、駆り立てるようなもはなにもない
本当のことだったかどうかすら、ふわふわしているくらいに、現実味がもうないのだ
たまに、懐かしいな、なんて断片的に思い出すけれど、なんだか映画と区別がつかないくらい
元の世界に戻りたいと思われてるなんてちっとも思いつかなかった。
しゃくり上げながら、ジョルジェさまがいう
「あなたの世界は、命の危険もない、豊かな世界と聞いていました。
ここよりも遥かに暮らしやすそうで、そこから引き剥がされて、あんなことになって……
そんなあなたをここに縛り付けていていいのかと、この世界を憎んではいないのかと
ずっと……でも、でも、」
あーあ、でもでもだってって、いいおっさんが。
世界を憎むとかって、全く想像がつかない。
そんなでっかいもん、相手にするもんなの?
人がいて、行動範囲があって、そこが全てみたいなもんじゃん
こんなに大好きなあなたがいて、優しいみんなと、大好きなお家があって?
笑えて、ホッとできる場所があって?
ないわー
それにしても、かわいいなぁ。
こんなに、わたしのことを思ってくれてるんだってのは、わかるよ。大丈夫だよ
そんなに苦しまなくたってよかったのに、バカだなぁ
ニヤニヤしながら、彼に告げる
「こっちにもいいとこあるし、なにより、こんなに穏やかに過ごせているし?
贅沢させてもらってるし? なんにも文句はないですよ」
「ほんとうに?」
わたしの手を取りながら、涙ダバダバ流して、みつめてくるジョルジェさま。
ほんと、何をそんなに不安がってるんだか。
「いいんですよ。わたしはここにきて、ここで生きてきて、あなたといるんです」
「……うん」
「だって、あなたのことが、食べちゃったくらい好きなんですから」
あ、なんかすごく上手いこと言っちゃった。ほんとに食べちゃったもんね。
ジョルジェさまも小さく笑う。
「それを聞いた時はびっくりしましたよ」
「食べたらなんかの能力を得られる!みたいな魔物とかいるみたいですけど、
そうはならなくて残念です」
ふふふっと、二人で笑う
「わたしからもらえるものなんて、何が欲しかったんだ?」
「強い身体、ですかね。あなたたちに比べて弱いこの体が恨めしいことはあります」
「ああ、、、」
この世界の人間に比べて弱い体を持つわたしは、
ジョルジェさまと思うように交わることができないのだ。
思うままして仕舞えば確実にわたしは壊れてしまうだろうことは、確実。
おかげで今まで、子をなすことができずにいるのだ。
果たして、子を成して正常にうめるのかどうかも、わからない
小型犬に大型犬の子供を孕ませると大変なことになって、母体が死ぬって聞いたことがあるし
でも、わたしはこの人とちゃんと家族になりたいと、思っていた。
はるか昔に思える、あの世界にいたときにもなんとなくではあるけれど、大切にしていた夢
“大好きな人と穏やかな日々の中、子供を産んで育てること”
それを、叶えたいと思っていたのだ。
何度も何度も殺される中で、一番悲しく思えたのが、それだった、から




