銀河通信 その2
銀河通信 その2
「高橋さんは間違っていると思います!」
入社したての新人のクセに、僕は気づいたら、さっきから延々と説教を続けている目の前の上司に面と向かって、しかも、いやに自信満々に(?)すら見える堂々とした(ふてぶてしいとか、えらそうだとか、くそ生意気ともいえる)態度で言い放っていた。
もちろん、ものすごく怒られた。
目の前で上司はみるみるうちに真っ赤になって噴火山のごとく怒り、当然のごとく僕は、怒涛の溶岩をアメアラレに浴びながら、フロア中のみんなに聞こえる大声で怒鳴られた。
あ~あ、やっちゃった。
相手の言葉は「○○○○××××△△△△!?」と殆ど怒りのために支離滅裂になっているにもかかわらず、めちゃくちゃ怒っていることだけは、よ~くわかった。
とりあえず怒りをなだめなければ次に進めない状態だった。
あ~あ、(また)やっちゃった。
気に入らない新人や部下をねちねちと説教をするかにみせて自分のところで足止めして見せしめのようにイジメるので、僕としては、説教ならちゃんと後で聞くので、今待たせている緊急の顧客の仕事を処理するための指示がほしかっただけだったのだ。それで、つい、言ってしまった。
そんなことより、はやく指示をくれ。指示できないなら、あなたよりも上の上司につないでくれ。
そう思いながら、けっこうがまんして聞いていたんだけど。
あんまり延々とやるものだから、つい、言ってしまった。
そのときにもう僕の運命は決定していたようなものだったのだ。
クビにしたいが法律で好き放題に解雇できないために、自主退職させるために企業側がいろんなあの手この手の嫌がらせをするという、そんな【あの手この手】を現実に自分が体験することになってしまった。あんまりにも巧妙にデータを消去したり、プログラムに細工したりされていたので、初めは自分のミスなのかと思っていたが、どうやらわざとらしい、と薄々気づき始めた頃に、ああ辞めさせたいのかな、と認識するくらいに上司が自分を嫌っていようが同僚から敬遠されていようがあまり気にせず、僕は超マイペースだったので、気づくのが遅かったのだった。
けっこう大きな会社でお給料もよくて、おとなしく働いていればそれなりに安定して働けたのかもしれないけれど、そして周りからも、辞めさせようとしてきても絶対に自分から辞めると言ってはいけない、と釘を刺されていたのだが、ふと、なんでこんなにまでして、こんな居心地の悪いところにがまんしていなければならないのだろうか? と改めて考えてみたら、とりあえずもうここは辞めよう、と心を決めてしまっていたのだ。こうなったら僕はもうそのように動いているので、自分から辞めますと言っていた(そしてなんと僕が辞めたすぐ後にその会社は違法なことをしていたことが問題になってつぶれたそうだ。僕より先にその会社を辞めていた先輩と年末に会ったときに聞かされて僕はびっくりした。僕はそれどころじゃなかったのでそんな世間のニュースから全くうといまま忙しく働いて勉学に励んでいたため、ええっ、今まで知らなかったの?! と逆に驚かれた)。
そこまではよかったんだけど(世間的には全く良くないかもしれないけれど、僕にはそれはたいしたことではなかったので)、僕は勤労学生だったので生活費や学費を稼がないといけない現実が待っていた為、すぐに短期のアルバイトを見つけてつなぎながら、ようやく次の仕事を見つけて働き始めたのだが、なんとそこでもまた上司と真っ向から対立してしまった。
コンプライアンスに反する命令を部下の僕が自主的にそうした、というようにしたいらしい、という上司の意図に気づいた僕が、それを拒否したので、上司からの恫喝めいた説教やらもっともらしい説教やらあの手この手の洗脳作戦のような長々とした説教を就業後にくらうはめになり、前回の巧妙な心理作戦や技術作戦とはまた違った新手のタイプか……と僕は自分の運の悪さにもかかわらず、目の前で詐欺師のようにこちらにとりいって懐柔しようとしてみたり(いわゆるやりがい搾取のための方法らしい、感動話とか、泣かせ話とかで心を掴もうとしていた)、恫喝してみたり(こっちはヤクザみたいなわかりやすい脅し)、婉曲な嫌がらせなども取り入れたりして七変化して見せる人間の姿を間近で見る貴重な機会はなかなかないかもしれないので、物珍しさも手伝ってわりとおとなしく聞いていたのだ。ただコンプライアンスに反する命令には従わなかっただけで。
しかし、今度はクビになってしまった。
さすがに根拠のない自信にいつも満ちていた超マイペースな僕も、自分が間違っていたのだろうか? と、ふと考えてしまった。しかし、僕は間違ったことは言ったりしてはいないのだ。慣習とかその場の空気や相手の私情を交えた圧に従うことはなかったけれど、それはそんなに大事なことなんだろうか? それには僕の知らない謎の奥深い意味があったのか? それは従っておくべきものだったのか? と考えてみては、いや、それは無理! とにかくそんなの無理!! 絶対いやだ!!! ──全身から【光速却下!!!!】と拒否感がこみ上げてくるので、あまりの自分にはその選択肢はない! っぽさに自分でもくらくらするくらいだった。
ううむ、僕はどうやら、なんだか厄介なことに足を突っ込みかけているかもしれない。
自分は間違っていないのにもかかわらず、間違っていると思わないではいられないような蜘蛛の巣のような罠があちこちに張りめぐらされていて、それがさも重大な意味があることかのように、おためごかしや謎の精神論でまぶしてあって、その陰で既得権益や私情なんかを守ろうとしている人たちの様々な思惑と、どういうわけか、運悪くというか(逆にこれが宝くじならものすごい引当率なのだが)、僕はあちこちで正面衝突するようになってしまったのだ。そしてそれを分かってしまった以上、それを無視できないし、黙って従うのは無理(もう全身全霊で拒否っている)──でもそんな蜘蛛の巣トラップのない健全な人間関係自体が今では珍しいものなのに、こんなんでこの先社会の一員として、僕はやっていけるのか???
それまではもっと漠然とふわーっと気にせずに流れるようにくぐり抜けて超マイペースでやってこれていたのに、あるときどこからか、それが一切通用しなくなった。そんな感じで、どかんと壁にぶち当たってしまったような感じだった。
行けども行けども同じ壁が、さらに高く立ちはだかってくる。
妥協することもできないし、それを壊すこともできない。
ここは自分の居場所ではないと去ってみても、これでもかとまた次がある。
こ、これは、僕はここで、何かこれからの自分の生き方も含めてしっかり向き合わないといけないような、僕の根幹に関わるような課題にぶち当たってしまっているということだろうか?? ──と、ここまでおおまじめに考えたはいいけど、その先に続く果てしなさの予感とあまりの面倒くささに、親や彼女や友達の説教もくらいたくないのもあり、しばらく休養をすると宣言してぐうぐう眠り続けていたのだった。
が、いつまでもそうしているわけにもいかない、とばかりに天からコイツが降ってきた。
今僕の目の前にいる茶とらの雄の子猫は名前がまだない。
ちびとかちびっことか呼んでいる。
毎日お腹いっぱい食べて、好きな時に好きなだけ眠り、遊びたければ遊んでくれとじゃれてくる。
何故かそれを見ているだけで、僕はものすごく何かが満たされていくのを感じていた。
ちょうど色々な事情やアクシデントが積み重なってずれまくって狂っていた僕の中の何かが自然に調律されていくような、そんな感じ。ベランダにある鉢植えのハーブやなんかを見ていても同じような気分になった。人の手を入れるのは水やりくらいのもので、特に収穫もせず雑草も抜かず好きなように好きなだけ育っているのだが、なんだか、僕はそれを見ているのが好きなのだった。本当に放置しているわけではないのだが、あれこれ手を出したり何か収穫を得るのでもなく、ただそこに在って自由に生命を謳歌しているのを楽しんでいるような、そういうものをただ見ているのが、僕は昔からなぜか好きなのだ。
そのもっとぴちぴちした活きのいいエネルギーにあふれた小さなイキモノ。
それが目の前のふわふわしたこの小さな子猫。
毎日毎日、このこの世にやって来たばかりのいきのいいイキモノを見ていたら、とうとつに僕は悟ってしまった。いつの間にか自信を失いかけていて、自分の感覚を失いかけていた──というかそれを手放そう、もしくは箱詰めにして押し入れの奥にでもしまい込んでしまうべきだというような、自分で自分に課す圧とでもいうようなものに絡めとられかけていた──から、やる気自体がどんどんなくなっていたのだ。面倒くさくなっていたのだ、と。そして、これこそ、あの蜘蛛の巣トラップをコピーして自家生産して自分の内側で育てることと同じ事だと。そして、僕が辞める前に仕事を辞めていった先輩たちや仕事で関わってきた色んな人たちのことをなんとなく思い出していた。
このままいけば、心身を病んでいくか、もしくはそうならないために、自分以外の他者の生命エネルギーを吸い上げるようにこの蜘蛛の巣に取り込んで生贄にしていくかになるのだ!!
とうとつに天啓のようにひらめいた瞬間、僕は、おおこれだったのか!! と自分の課題を見つけたような気がして、即座に元気を取り戻した。我ながら単純だと思うけど。そうして、
よし、僕はこれからもこれまで以上に、誰が何と言っても自分の感覚を信じるのだ!!!
と、何故か(全くこりてない?)決意をしていた。
具体的にこれからどうするのか、全くわからないのにもかかわらず。




