誰も悪くない
翌朝、レオンは全員を焚き火の跡に集めた。
手紙は一通だけだった。王宮からの正式な書状は、隊長が隊員の前で読み上げる決まりになっている。
レオンは封を切り、羊皮紙を広げた。少しだけ、手が震えていた。
「――勇者隊各位」
読み上げる声は、思ったよりしっかりしていた。
「三週にわたる、誠実な報告に感謝する。
記録の丁寧さに、大いに助けられた。
スキル『生成AI』の前線における運用は、本日をもって終了とする」
ミリアが、膝の上の手帳を、そっと閉じた。
「所有者ルカについては、東方辺境ハルト村の村役場に、書記見習いとして配属する。
前線では結果が出なかった。だが、前線でない場所なら、別の結果が出るかもしれない。
試した結果が出た。それで十分だ。
王宮内務局、ハインツ」
レオンは、羊皮紙を下ろした。
誰も、何も言わなかった。
焚き火の跡から、細い煙が一本だけ上がっていた。
――そりゃ、そうだよな。
俺は、自分でも驚くくらい、すんなりそう思った。
九十七回と八回。
俺が王宮の役人でも、同じ判断をする。
◇
「ルカ」
最初に口を開いたのは、ガルドだった。
この三週間、干し肉と黒パンの順番まで律儀に窓に問うてきた男は、まっすぐ俺を見た。
「先に言っておく。お前が悪いわけじゃない」
「……はい」
「お前は文句ひとつ言わずについてきた。荷も運んだし、見張りも立った。それは隊の全員が見ている」
ガルドは、少しだけ言葉を探した。
「ただ、あのスキルは、前線には向いていなかった。それだけだ」
それだけ言うと、ガルドは地図を広げはじめた。
今日の行き先を、自分で決めるために。
窓に問わずに決められるのは、隊にとって三週間ぶりのことだった。地図を見るガルドの肩から、ほんの少し、力が抜けているように見えた。
◇
荷物は、すぐにまとまった。
もともと、たいして持ってきていない。
エレナが、小さな布袋を差し出した。
「熱冷ましの草。乾かしておいたから、道中で使って」
あの日、窓が合っていると言って、あとで誤りでしたと撤回した草だった。
「合ってるからね。私が保証する」
エレナは、そう言って笑った。
ミリアは、俺の前に立って、少し迷ってから、ぺこりと頭を下げた。
「記録を取ったのは、私です」
「わかってる。ありがとう。正確だった」
「……そう言われると、困ります」
ミリアは眼鏡を押し上げて、目をそらした。
それから、エレナが何気なく俺に聞いた。
「ルカくん、これからどうするの?」
窓が開いた。
しまった、と思ったときには、もう文字が流れていた。
『今後の進路についてですね!
新しい環境への挑戦は、大きな成長の機会でもあります。
辺境での経験は、きっとあなたの人生を豊かにしてくれるでしょう。
前向きな気持ちで、一歩を踏み出しましょう!』
エレナが、口に手を当てた。
「あ……ごめんね。ルカくんに聞いたつもりだったの」
「いいよ。慣れた」
慣れてはいなかった。
窓が消えるのを待ってから、俺は自分の口で答えた。
「……行ってみるよ。辺境」
それだけの答えなのに、窓の長い文章より、ずっと言うのに時間がかかった。
◇
最後に、レオンが来た。
村を出るとき、二人で並んで歩いた道を思い出した。たった三週間前のことなのに、ずいぶん昔に思えた。
「悪い」
レオンは、それだけ言った。
「お前が謝ることじゃないだろ。正直に書けって言われて、正直に書いただけだ」
「でも、書いたのは俺だ」
「隊長だからな」
「……隊長なんて、肩書きだけだよ。決めてたのは、ずっとガルドだし」
レオンは、聖剣の柄を握ったり離したりしていた。
「なあ、ルカ。お前のスキル、いつか役に立つと思うか」
問いだった。
俺は、窓が開く前に、急いで答えた。
「わかんねえよ」
窓は、開かなかった。
俺が先に答えてしまったからなのか、それとも、何か別の理由なのかは、わからなかった。
レオンは、少しだけ笑った。
「そうか。わかんねえか」
「ああ」
「お前の口から、それ聞くの、なんか久しぶりだな」
言われてみれば、そうだった。
◇
昼前に、俺は隊と別れた。
北へ向かう四人の背中を、少しだけ見送ってから、東へ折れる道を歩きはじめた。
誰も悪くなかった。
王宮の役人も、ガルドも、ミリアも、エレナも、レオンも。
たぶん、窓も。
あいつは、聞かれたことに答えていただけだ。
追い出されたのに、恨む相手がひとりもいない。
それが、いちばんどうしようもなかった。
◇
七日後。
ハルト村は、思っていたよりもずっと小さな村だった。
村役場は、村長の家の離れだった。
出迎えた村長は、腰の曲がった白髪の老人で、王宮からの書状を目から遠ざけたり近づけたりしてから、俺を見上げた。
「書記見習い、か。お前さん、字は書けるかね」
窓が開いた。
『はい!文章の作成は、私の得意分野です!』
村長は、窓と俺の顔を、ゆっくりと見比べた。
「……で、どっちが書記見習いなんだね」
「……たぶん、俺です」
「まあ、どっちでもいい」
村長は、離れの奥の机をあごで示した。
手紙と、届け出と、陳情書の束が、天井に届きそうなほど積み上がっていた。
「前の書記が死んでから、この村には読み書きのできる者がおらんのでな」
村長は、どこか申し訳なさそうに言った。
「三年分だ」




