九十七回と八回
結論から言うと、書かせた。
レオンが「じゃあ、頼む」と言った瞬間、窓は待ってましたとばかりに文字を流しはじめた。
『スキル「生成AI」活用報告書
本週、スキル「生成AI」は勇者隊の行軍において極めて重要な役割を果たしました。
特に、分かれ道における的確なルート提案は、隊の安全かつ効率的な行軍に大きく貢献しています。
また、薬草の識別においても高い精度を発揮し、隊員の健康管理を力強く支えました。
今後も、さらなる活躍が期待されます。』
レオンの肩越しに、ガルドが窓を読んだ。
「……分かれ道を決めたのは、俺だ」
低い声だった。怒っているというより、ただ事実を言っただけの声。
レオンは黙って羊皮紙を引き寄せ、ペンを取った。
その夜、焚き火が消えるまで、レオンは報告書を一から自分で書いた。
俺は横で、窓が消えるのを待っていた。
――嘘をついているつもりは、たぶんないのだと思う。
窓はただ、報告書というのはこういうものだ、と思っているだけなのだ。
◇
二週目に入ると、窓の「それっぽさ」は、もう少し具体的に隊の足を引っぱるようになった。
宿場町の宿で、エレナが何気なく俺に聞いた。
「ルカくん、一泊ひとり銅貨八十枚で、五人だといくら?」
『宿泊費の計算についてですね!
合計で、銀貨三枚と銅貨二十枚になります。
旅の予算管理は大切ですね!』
エレナが財布からその額を出しかけたところで、宿の女将が吹き出した。
「お嬢ちゃん、それじゃ四人分だよ」
ガルドが指を折って数え直し、銀貨を一枚足した。
窓は、五人目を数えていなかった。
俺は、自分の頭数を数え忘れたスキルの持ち主として、黙って宿帳に名前を書いた。
◇
三日後には、もっと危ないことがあった。
次の領地に入るにあたって、領主へ挨拶状を出すことになった。書くのはミリアだ。
冒頭に国王陛下の御名を記すのが礼儀だというので、ミリアは念のため、と俺に聞いた。
「現在の国王陛下の御名は?」
窓は、迷いなく答えた。
ミリアのペンが、紙の上で止まった。
「……それ、先代の陛下です。三年前に崩御された」
ガルドが、深く息を吐いた。
「書いていたら、不敬で首が飛ぶところだったな」
ミリアは無言で窓の答えを無視し、正しい御名を書いた。
最初から知っていたのだ。知っていて、念のために聞いたのだ。
それがいちばん、こたえた。
◇
ミリアは、それでも最後にもう一度だけ、窓を試した。
隊の目的地である、北の封印遺跡について。
『封印遺跡についてですね!
この遺跡については、『ヴァルミール写本』第七章に詳しい記述があります。
同書によれば、遺跡の封印は満月の夜にもっとも弱まるとされています。』
ミリアの目が、ほんの少しだけ光った。
その日、宿場町の小さな書庫に半日こもって、ミリアは出てきた。
「ありませんでした」
声は静かだった。
「ヴァルミール写本という本は、どの目録にも載っていません。学院の書庫にも、たぶん」
窓が開いた。ミリアの言葉が、問いに聞こえたらしい。
『ご指摘ありがとうございます!
おっしゃる通りです。大変失礼いたしました。
正しくは、『ヴァルミール写本』第八章でした。』
誰も、何も言わなかった。
エレナが、困ったように笑った。
「そういえば、この前の熱冷ましの草も、あとで聞き直したら『誤りでした』って言ってたよね。あれ、合ってたのに」
間違っていても、引かない。
合っていても、押されたら引く。
どっちに転んでも、信用できなかった。
◇
三週目の終わり。
レオンは、また焚き火のそばで報告書を書いていた。
今度は、窓には聞かなかった。
代わりに、ミリアの手帳を借りていた。
王都で俺を試したあと、何も書かれずにしまわれた、あの手帳だ。
今は、短い線がびっしりと並んでいる。窓が開くたびに一本。五本ごとに斜めの線で束ねて。役に立ったときだけ、丸で囲んで。
興味がなくなったから、数えることにしたのだという。賢者らしいと思った。
俺は横から、羊皮紙をのぞいた。
スキルに問うた回数、九十七回。
うち、判断の役に立った回数、八回。
判断に余計にかかった時間、およそ一日半。
「……正直に書けって、ガルドが」
レオンは、俺のほうを見ないで言った。
「わかってる」
本当に、わかっていた。
俺が隊長でも、そう書く。
レオンが寝床に入ったあと、俺はひとりで焚き火の前に残った。
ずっと、気になっていたことがあった。
この三週間、九十七回。
窓は、一度も「わからない」と言わなかった。
「……なあ。お前には、わからないことってないのか」
小さく、聞いてみた。
窓が開いた。
『私は、あらゆる問いにお答えできるよう努めています!
ほかに何かお手伝いできることはありますか?』
俺は、窓が消えるまで、それを見ていた。
四日後。
王都から、早馬が来た。
王宮の封蝋のついた手紙を受け取ったレオンの顔を見て、俺は中身を聞かなくてもわかった。




