五人目
翌朝、本当に通達が来た。
王宮の封蝋がついた、分厚い羊皮紙だった。
父は三回読み直してから、黙って俺の肩を叩いた。母は泣きながら、干し肉を袋に詰めた。兄二人は、なぜか俺より先に村中へ言いふらしに行った。
ちなみに窓は、夜のうちにいつの間にか消えていた。
問いが途切れてしばらくすると、勝手に閉じるらしい。
わかったのは、それくらいだ。
◇
王都の騎士団詰所で、俺は勇者隊の面々と顔を合わせた。
「剣聖のガルドだ」
最初に名乗ったのは、壁のように大きな男だった。歳は俺たちより三つ上。それでも騎士団で三年、前線に立ってきたらしく、腰の剣の柄が手の形にすり減っている。
「賢者のミリアです。王立学院から来ました」
俺たちとそう変わらない歳の、小柄な女の子が、眼鏡の奥から俺をじっと見た。いや、俺じゃない。俺の顔の少し前、窓が出るあたりを見ていた。
「聖女のエレナです。よろしくね、ルカくん」
白い法衣の少女が、やわらかく笑った。
そして、レオン。
「……よう」
「……おう」
昨日の今日で勇者になった幼なじみと、そのおまけ。
気まずくないわけがなかった。
「話は王宮から聞いている」
ガルドが、腕を組んだまま言った。
「上が決めたことだ。俺から言うことはない。路銀も五人分出ているしな」
ただ、と続ける。
「決めごとの前に、必ずお前のスキルに問え、というのは本当か」
「……はい。そう言われました」
ガルドは、少しだけ眉間にしわを寄せた。
それ以上は、何も言わなかった。
代わりに、ミリアが一歩前に出た。
「試してもいいですか」
声が、少しだけ弾んでいた。
「前例のないスキルなんて、学院でも聞いたことがありません。ずっと気になっていて」
「ど、どうぞ」
ミリアは咳払いをひとつして、俺に向き直った。
「魔力の流れは、なぜ月の満ち欠けで変わるのでしょう?」
窓が開いた。
文字が流れる。
『素晴らしいご質問ですね!
魔力の流れと月の満ち欠けの関係は、古くから多くの研究者が関心を寄せてきたテーマです。
一説には月の光が魔力に影響を与えるとも言われていますが、まだ解明されていない部分も多いようです。
今後の研究の進展が期待されますね!
いかがでしたか?』
ミリアは、まばたきをした。
「……それ、学院の一年生向けの教本の、まえがきと同じことしか言ってないですね」
「すみません」
なぜか俺が謝った。
ミリアはめげずに、もう二つ三つ質問をした。窓はそのたびに、丁寧で、明るくて、どこかで聞いたようなことを答えた。
五つ目の質問のあと、ミリアは「なるほど」とだけ言って、手帳をしまった。
手帳には、何も書かれていなかった。
◇
王都を発って三日目。
最初の分かれ道で、それは起きた。
北へ大きく回る街道と、森を突っ切る近道。
ガルドが地図を広げ、少し考えてから、俺を見た。
「……一応、聞いておく。どっちだ」
窓が開く。
『ルートの選択についてですね!
どちらの道にも、それぞれ良い点と注意点があります。
・北の街道:比較的安全な傾向がありますが、時間がかかる可能性があります。
・森の道:距離は短いですが、魔物に遭遇するリスクがあるかもしれません。
最終的には、隊の状況に合わせて判断することが大切です。
いかがでしたか?』
ガルドは窓を最後まで読み、地図に目を戻した。
「……それは、わかってる」
そして、森の道を指さした。
結局、決めたのはガルドだった。
窓に問うぶん、少しだけ出発が遅れただけだった。
そういうことが、一日に何度もあった。
野営地をどこにするか。川を渡るか、橋を探すか。干し肉と黒パン、どちらを先に食べるか。
最後のは誰も気にしていなかったのに、ガルドが律儀に俺に問うた。通達に「何かを決めるときは」と書いてあったからだ。
窓はそのたびに開いて、それっぽいことを言って、最後に「いかがでしたか?」と締めた。
ただ、ひとつだけ困ったことがあった。
たまに、合っているのだ。
四日目の昼、エレナが道端の草を摘んで、何気なく俺に聞いた。
「ルカくん、これって熱冷ましに使えるんだっけ?」
窓が開いて、草の名前と、煎じ方と、効き目を並べた。
エレナは少し目を丸くして、うなずいた。
「……うん。合ってる。治療院で習ったのと同じ」
その一回があるから、誰も窓を無視できなかった。
九回外して、一回当たる。
その一回のために、九回、律儀に読まなきゃいけない。
◇
その夜。
焚き火のそばで、レオンが羊皮紙とにらめっこしていた。
「何してんだ」
「報告書」
レオンは、ペンの尻で頭をかいた。
「週に一回、お前のスキルがどう役に立ったか書けってやつ。明後日には出さなきゃいけないんだけど」
羊皮紙には、まだ一行しか書かれていなかった。
スキル「生成AI」について。
「……何て書けばいいんだよ、これ」
俺にもわからなかった。
答えの代わりに、窓が開いた。
レオンが今、問いを口にしたからだ。
『報告書の書き方についてですね!
お任せください。報告書の作成は、私の得意分野です!』
レオンと俺は、顔を見合わせた。
焚き火が、ぱちりとはぜた。
「……これ、書かせればよくね?」




