二行のスキル
「――次。ルカ、前へ」
石造りの神殿に、神官の声が響いた。
十五歳になった年の春。
この国では、その日に誰もが神からスキルを授かる。
剣を授かれば騎士に。
炎を授かれば魔術師に。
癒しを授かれば治療院に。
授かったスキルが、そのまま人生になる。
だから授与の儀の日は、神殿の中も外も、朝から落ち着かない。
ついさっきも、俺の前に並んでいた幼なじみのレオンが「聖剣」を授かったばかりだった。
聖剣は、勇者にだけ与えられるスキルだ。
この国に、二十年ぶりに勇者が生まれた瞬間だった。神殿の天井が抜けるかと思うほどの歓声で、神官長が目頭を押さえていたくらいだ。
その熱がまだ残る中を、俺は祭壇へ歩いた。
期待はしていない。
村の鍛冶屋の三男だ。せいぜい「頑丈」か「早起き」あたりが関の山だろう。
祭壇の水晶に手を置く。
ひやりとした感触が、指先から腕を這い上がってくる。
水晶が、ぼんやりと光った。
白でも青でもない。見たことのない、灰色がかった光だった。
「……む?」
神官が眉を寄せる。
次の瞬間、俺の目の前の空中に、半透明の窓がひらいた。
――――――――――――――――――――
スキル:生成AI
※出力には誤りが含まれる可能性があります。
――――――――――――――――――――
二行。
それだけだった。
レオンのときは、もっと長かった。スキルの名前の下に、効果だの成長の見込みだのが、びっしりと並んでいた。
俺のは、二行。
「スキル……せいせい、エーアイ?」
神官が窓を読み上げ、首をかしげた。
読めはする。でも、意味がわからない。
生成、はまだいい。何かを生み出すということだろう。
問題はその後ろだ。
エーアイ。
神官長まで呼ばれてきて、二人で首をひねった。古今のスキルを記した分厚い目録をめくっても、そんな名前はどこにもない。
神殿のあちこちから、ひそひそ声が聞こえはじめる。
「……エーアイって、何だよ」
俺が、思わずつぶやいた。
そのときだった。
窓の中を、文字が流れはじめた。
俺は何もしていない。指一本、動かしていない。
それなのに、すらすらと、まるで誰かが向こう側で書いているみたいに。
『ご質問ありがとうございます!
エーアイとは、「あらゆる問いに、いつでも答える者」を意味する言葉です。
古くから賢者たちのあいだで使われてきた、由緒ある呼び名なんですよ。
ほかに何かお手伝いできることはありますか?』
神殿が、しんと静まり返った。
「……古くから?」
神官長が、ゆっくりと俺を見た。
「わしは五十年この神殿にいるが、そんな言葉は聞いたこともないぞ。目録にも載っておらん」
俺も聞いたことがない。
俺が書いた文章じゃない。勝手に流れてきた。
でも、神殿中の目が、俺を見ていた。
「ふむ」
神官長が、白い髭をしごいた。
「問いに答えるスキル、か。ならば試してみよう。――この神殿が建てられたのは、いつだ?」
また、文字が流れる。
『この神殿の建立についてですね!
結論から言うと、この神殿は今からおよそ三百年前、初代国王の命によって建てられました。
信心深かった初代国王は、国の永い繁栄を願い、国中から腕利きの石工を集めたと言われています。
歴史ある建物には、それだけの物語が宿っているものですね。
いかがでしたか?』
自信たっぷりの文章だった。
神官長は、しばらく黙っていた。
「……八十年前だ」
ぽつりと言った。
「わしの祖父の代に、商人ギルドの寄付で建てた。石工も、近辺の街から二十人ばかり呼んだだけだ」
一拍。
それから、神殿が爆発した。
「三百年!」
「初代国王って誰の話だよ!」
「いかがでしたかって、どうもこうもないだろ!」
誰かが窓を指さして、腹を抱えた。
「おい見ろ、下の行。誤りが含まれる可能性がありますって書いてあるぞ」
「最初から自分で言ってるじゃないか」
「正直なスキルだなあ」
笑い声が、天井に跳ね返って降ってくる。
顔が熱かった。
鍛冶場の炉の前に立ったときより、ずっと熱かった。
窓はまだ、目の前に開いたままだった。
二行目が、律儀に光っていた。
――閉じ方がわからない。
儀式が終わって神殿を出るまで、俺はずっとうつむいていた。
出口のところで、レオンが待っていた。腰にはもう、神殿から下賜された剣が下がっている。
「その……あれだ」
レオンは頭をかいて、目をそらした。
「スキルなんて、使い方次第だろ。たぶん」
「たぶんってなんだよ」
「いや、俺もよくわかんねえし」
それきり、二人とも黙った。
レオンは悪いやつじゃない。ただ、慰めるのが下手なだけだ。
そのとき、背後から声をかけられた。
「君たち。少しいいかね」
振り返ると、仕立てのいい紺の外套を着た男が立っていた。胸元に、王宮の紋章。
儀式の間、神殿のいちばん後ろで、ひとりだけ笑っていなかった男だ。何かを手帳に書きつけていたのを、俺は覚えていた。
男はまず、レオンに向かって軽く頭を下げた。
「勇者殿。このたびはおめでとうございます」
それから、俺のほうを向いた。
「君のスキルも、もう一度見せてもらえるかな」
「は、はい。……あの、実は、まだ閉じられなくて」
俺は、目の前に浮いたままの窓を、おそるおそる男のほうへ向けた。
閉じ方がわからないまま、ここまで来てしまったのだ。
男は窓をのぞき込み、二行を、ゆっくりと読んだ。
笑わなかった。
手帳に何かを書きつけ、小さくうなずく。
「ありがとう。実は、勇者殿の隊をこれから編成するところでね。剣聖、賢者、聖女。顔ぶれはもう決まっている」
「そう、なんですね」
「そこに、君にも加わってもらいたい」
「……え?」
「前例のないスキルだ。前例がないということは、可能性が未知数ということだよ。駄目なら駄目で、それもひとつの結果だ」
男は穏やかに続けた。
「路銀と装備は、五人分で手配し直しておこう。それと、二つお願いがある」
男は指を二本立てた。
「ひとつ。隊が何かを決めるときは、必ず先に、君のスキルに問うこと」
「……はい」
「ふたつ。君のスキルがどう役に立ったか、週に一度、報告を上げてほしい。試すからには、結果を見なければ意味がないからね」
男は手帳を閉じた。
「明日、王宮から正式に通達を出そう。荷物をまとめておきなさい」
それだけ言うと、男は外套をひるがえして去っていった。
レオンが、自分の隊の話なのに、口を半分あけたまま俺を見た。
俺も、同じ顔をしていたと思う。
こうして俺は、神殿中に笑われたその日のうちに、勇者隊への配属が決まった。
俺がどうしたいかは、誰も聞かなかった。
その日、聞かれたのは。
俺のスキルだけだった。




