第5話「コントローラーが見つからない」
午後六時。今夜は友達とのオンライン対戦の約束がある。気合を入れて準備しようとした矢先、肝心のコントローラーが見当たらないことに気づいた。
「……あれ、どこいった」
ベッドの下、ゲーム機の裏、脱ぎ散らかした服の山。心当たりのある場所を片っ端から漁ってみるが、出てくるのはとっくに空になったお菓子の袋とホコリだけだ。
この部屋のどこかにあるのは間違いない。だが、その「どこか」があまりに広すぎる。
「昨日までここにあった気がするんだけどな……」
記憶をたどっても、はっきりしたことは何一つ思い出せない。片付けを後回しにし続けてきたツケが、こういうときにまとめて回ってくる。
約束の時間が刻一刻と迫ってくる中、俺の苛立ちは徐々に膨らんでいった。
『コントローラー見つからない。この部屋のどこかにあるはずなのに絶対出てこない』
思わずSNSにそう投げてしまった。
いつもの「Z」の既読がすぐについた。
「……お前、本当に暇なんだな」
俺はそれ以上気にせず、諦めてゴミ袋の中身をひっくり返し始めた。
地下、統括室。
「――《啓示》を受信しました」
スクリーンに映し出された一行に、コードネーム「ゼータ」は目を細めた。
『コントローラー見つからない。この部屋のどこかにあるはずなのに絶対出てこない』
「……『見つからない』、か。単なる私物の紛失に見えるが、本質は違う」
ゼータは椅子の背もたれに深く体を預ける。
「これは、この世界における『所有』と『所在』の秩序そのものへの問いかけだ。ボスは、大切なものが正しくあるべき場所にない不条理を、身をもって示しておられる」
技術班の誰かが小さく頷いた。
「今回の適任は――エクリプスだ」
その名を口にした瞬間、統括室の空気がわずかに変わった。世界中の美術品専門の怪盗団を束ねるリーダー。物を隠すことにも、見つけ出すことにも、この世界の誰よりも精通している女だった。
回線が繋がる。
「――エクリプス、聞いているな」
「……ゼータ、珍しいわね。あなたから直接だなんて」
涼しげな声が返ってきた。
「ボスより神託が下った。『所在の是正』だ。行方不明になっている私物を、本日中に必ず見つけ出せ。あるいは、寸分違わぬ代替品を用意しろ」
「たかが一つのコントローラーに、私を使うの? 手に余る仕事じゃないけれど」
「できない、とは言わせない」
短い沈黙のあと、エクリプスはくすりと笑ったようだった。
「――上等ね。やってあげる」
通信を切った瞬間、エクリプスの脳裏に蘇るのはあの夜のことだった。
盗み出した名画を隠すため、とっさに佐伯家のベランダに紛れ込ませたあの夜。翌朝になって戻ってみると、絵は跡形もなく消えていた。代わりに残されていたメモには、こう書かれていた。「光って邪魔だったから、ゴミ箱に捨てておいた」。
血眼になって近隣のゴミ集積所を回った結果、絵は既に清掃局の手を経て警察に届けられていた。完全犯罪のはずが、たった一言の迷惑によって呆気なく瓦解した瞬間だった。
あれ以来、エクリプスは確信している。この世界で本当に物を消し、そして見つけ出す力を持っているのは、他でもないボスなのだと。
「――高度な罠、か。あの夜から、私の技術など児戯に等しい」
エクリプスは端末を開き、世界中に散らばる自分の配下たち――闇の鑑定士、密輸ルートの元締め、盗品専門の情報屋たちに、同時に指令を飛ばした。
「本日中に、佐伯家周辺で流通したあらゆる中古ゲーム用品の記録を洗い出せ。該当機種の在庫も、世界中から掻き集めろ」
「世界中の在庫を一晩で? 正規のルートだけでも間に合わない規模ですよ」
とある大手中古販売チェーンの仕入れ担当者が、震える声で抵抗しかけた。だが返ってきたのは、その担当者が横流ししていた在庫の詳細な記録データだけだった。
それだけで、抵抗の声はぴたりと止んだ。
深夜のうちに、世界中の倉庫から同型のコントローラーが静かにかき集められ、真贋を見極める鑑定士の目を経て、もっとも状態の良い一台が選び抜かれていく。
同時に、佐伯家の周辺一帯では、清掃業者の記録や不用品回収の履歴までもが、まるで最初からそうだったかのように精査されていった。誰も、その理由を説明できないままに。
ゼータは画面の端に映る佐伯家の間取りデータを、そっと見つめる。
「ついでに、佐伯家の部屋の隅、ベッドと壁の隙間も確認しておけ」
「……了解した」
「いつものやつだ」
翌朝。
「お兄ちゃん、探し物見つかった?」
制服姿の妹・葵が、リビングのソファで寝転がる俺の顔を覗き込みながら言った。
「いや、それが昨日、部屋のあらゆるところ探したのに全然」
「へえ。……あ、そういえばニュースで、世界中の中古品業界が急にざわついてるって話、見た?」
「は? コントローラー一個の話と、世界の中古品業界に何の関係があるんだよ」
「知らないよそんなの。なんか一晩で大量の在庫確認が同時多発的に行われたとかで、業界内で大騒ぎになってるらしいよ」
半信半疑のまま自室に戻ると、探していたはずのベッドと壁の隙間に、見覚えのあるコントローラーがすっぽりと収まっているのを見つけた。
「……あ、あった」
拍子抜けするくらいあっさりと、探し物は見つかった。
「ほら見て。ちゃんとあったじゃん」
キッチンから母さんが顔を出した。
「そういえば、ニュースでもやってたわよ。世界中の中古販売業界で、在庫の一斉点検が行われたって」
テレビをつけると、コメンテーターが困惑気味に「流通業界の常識を覆す一夜」だと語っている。
「なぜこのような大規模な点検が世界同時に行われたのか、業界関係者も口を揃えて『前例がない』と話しています」
神妙な顔をした専門家が「未知の内部統制システムの導入」だと真顔でコメントしていたが、俺には正直どうでもいい話だった。
「へえ。世の中、いろいろ大変だなあ」
「お兄ちゃんは何にも興味ないもんね。……でもまあ、見つかってよかったじゃん」
俺はソファに寝転がったまま、スマホを開いた。「Z」から今日もスタンプが一つ届いている。
『おはよう』
俺はそれに「おは」とだけ返し、見つけたばかりのコントローラーを握りしめてソシャゲを起動した。今夜の対戦には、なんとか間に合いそうだ。
窓の外では、世界中の美術品と中古品の裏市場が一夜にして揺れ動いたこと――ある女が一枚の名画とゴミ箱に懸けた因縁を胸に、配下たちを叩き起こして回っていたことなど、俺は知る由もなかった。




