第3話「検索しても出てこない」
午後三時。攻略中のソシャゲで詰まったボスの倒し方が、どうしても見つからない。
俺はスマホの検索窓に、思いつく限りのワードを打ち込んでは消してを繰り返していた。
『(ゲーム名) ボス 倒し方』
『(ゲーム名) 攻略 裏技』
出てくるのは半年前の情報や、ぜんぜん関係ないまとめサイトばかりだ。肝心の最新攻略記事は、なぜか一向にヒットしない。
「……なんだよこれ、絶対どっかにあるだろ」
何度もページを送っても、同じような広告まみれのサイトが繰り返し出てくるだけだった。検索エンジンの気まぐれに苛立ちながら、俺はソファに沈み込む。
こういうとき、俺の中の理不尽センサーが勝手に働く。誰も悪くないのは分かっているが、それでも誰かのせいにしたくなる。
『検索しても全然出てこない。絶対どっかで情報操作されてるだろこれ』
思わずSNSにそう投げてしまった。
いつもの「Z」の既読がすぐについた。
「……お前、暇なのか。それとも俺より早起きなのか」
俺はそれ以上気にせず、諦めて別のワードで検索し直すことにした。
地下、統括室。
「――《啓示》を受信しました」
スクリーンに映し出された一行に、コードネーム「ゼータ」は目を細めた。
『検索しても全然出てこない。絶対どっかで情報操作されてるだろこれ』
「……『情報操作』、か。単なる検索エンジンへの愚痴に見えるが、本質は違う」
ゼータは椅子の背もたれに深く体を預ける。
「これは、この世界の情報流通そのものへの不信の表明だ。ボスは、ノイズにまみれた情報空間の不健全さを、身をもって指摘しておられる」
技術班の誰かが小さく息を呑んだ。
「今回の適任は――クロノスだ」
その名を口にした瞬間、統括室の空気がわずかに変わった。世界中のメディアとSNSのアルゴリズムを裏で牛耳る、情報統制組織のトップ。皮肉にも、まさに今回の愚痴の対象そのものを支配している男だった。
回線が繋がる。
「――クロノス、聞いているな」
「……ゼータか。珍しいな、お前から直接とは」
静かで平坦な声が返ってきた。
「ボスより神託が下った。『情報操作の是正』だ。世界中の検索アルゴリズムを本日中に再構築し、正しい情報が正しく上位に表示されるようにしろ」
「検索結果の是正? 対象は無数にある。どの分野を優先すべきかも分からんぞ」
「できない、とは言わせない」
短い沈黙のあと、クロノスは小さく笑ったようだった。
「――上等だ。やってやる」
通信を切った瞬間、クロノスの脳裏に蘇るのはあの日のことだった。
かつて、世界中の情報統制システムの構築に行き詰まり、あらゆる予測モデルが崩壊しかけていた時期があった。答えを求めて、ふと目にした主人公の検索履歴。そこに残されていたのは、キーボードの上に突っ伏して寝落ちした拍子に打ち込まれたであろう、意味を成さない文字列だった。
『あああああ』
誰もが無視するはずのそのノイズを、クロノスだけは解析にかけた。すると不思議なことに、その乱雑な並びが、当時難航していた予測モデルの欠けていたピースと、奇跡的に符合したのだ。
あれ以来、クロノスは確信している。この世界の真の秩序は、あの無意味に見える一文字一文字の中にこそ隠されているのだと。
「――未来予測の暗号、か。あの日から、俺の目は曇っていない」
クロノスは端末を開き、世界中に散らばる自分の配下たち――検索エンジン各社の中枢に潜り込んだエンジニア、SNSプラットフォームの内部関係者、報道機関のデスクたちに、同時に指令を飛ばした。
「本日中に、検索結果の順位づけロジックをすべて洗い直せ。広告優先の表示は排除しろ」
「順位づけを丸ごと変えるなんて、そんなことをすれば広告主から莫大な違約金が……」
とある検索大手の幹部が、震える声で抵抗しかけた。だが返ってきたのは、その幹部が数年前に隠蔽した社内不正の詳細な記録データだけだった。
それだけで、抵抗の声はぴたりと止んだ。
深夜のうちに、世界中の検索アルゴリズムが静かに書き換えられていく。まとめサイトや無意味な広告記事が軒並み検索結果の下層へと沈められ、代わりに実際に役立つ一次情報や専門的な記事が、上位へと押し上げられていった。
同時に、いくつかの国では長年放置されていた誤情報の拡散も、まるで潮が引くように収まっていった。誰も、その理由を説明できないままに。
ゼータは画面の端に映る俺のスマホの検索履歴データを、そっと見つめる。
「ついでに、佐伯家の端末で検索した内容には、常に最適な答えが一番上に来るよう調整しておけ」
「……了解した」
「いつものやつだ」
翌朝。
「お兄ちゃん、ニュースで見たんだけど、なんか世界中の検索エンジンが急に変わったって話題になってるよ」
制服姿の妹・葵が、リビングのソファでスマホを弄る俺の顔を覗き込みながら言った。
「は? 検索エンジンなんて、いつも同じだろ」
「それがそうでもないみたいで、今まで出てこなかった情報がめちゃくちゃ出てくるようになったって、ネットで大騒ぎになってるの」
半信半疑のまま、俺は昨日と同じワードでもう一度検索してみた。
すると、探していた最新の攻略記事が、検索結果の一番上に堂々と表示されていた。
「……あ、出た」
「ほら見て。すごいね」
キッチンから母さんが顔を出した。
「そういえば、ニュースでもやってたわよ。世界中の検索サイトが一夜にして仕組みを変えたって」
テレビをつけると、コメンテーターが困惑気味に「情報産業の常識を覆す一夜」だと語っている。
「なぜこのようなことが同時多発的に起きたのか、専門家の間でも見解が分かれています」
神妙な顔をした専門家が「従来の広告モデルの崩壊」だと真顔でコメントしていたが、俺には正直どうでもいい話だった。
「へえ。世の中、いろいろ大変だなあ」
「お兄ちゃんは何にも興味ないもんね。……でもまあ、欲しい情報がすぐ出てくるのは助かるじゃん」
俺はソファに寝転がったまま、スマホを開いた。「Z」から今日もスタンプが一つ届いている。
『おはよう』
俺はそれに「おは」とだけ返し、ようやく見つけた攻略記事を読み込みながらソシャゲを起動した。今日こそあのボスを倒せそうな気がする。
窓の外では、世界中の検索エンジンとメディアの秩序が一夜にして塗り替わりつつあること――ある男が無意味な文字列に人生を懸け続けていたことなど、俺は知る由もなかった。




