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いつのまにか世界を手に入れてる  作者: K4


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22/25

第22話「停電で真っ暗になった」

午後八時。ちょうどボス戦の佳境に差し掛かったところで、部屋の照明が唐突に消えた。


「……は?」


画面も真っ暗になり、保存していなかった進行状況が、一瞬で水の泡になった。慌てて周囲を見渡すが、何も見えない。完全な停電らしい。


階下から、母さんの声が聞こえてくる。


「停電みたい! ブレーカー見てくるから、動かないでね!」


分かっていても、真っ暗な部屋の中で立ち上がる気にはなれない。下手に動けば、何かにぶつかって転ぶのは目に見えていた。


仕方なく、スマホの画面を灯りにしながら、部屋の中を慎重に歩く。普段は何も気にせず歩いていたはずの道が、こうも心細く感じられるものかと、改めて実感させられた。


机の端に足をぶつけ、小さく悲鳴を上げる。暗闇というのは、こんなにも人を無力にするものだったのかと、今更ながら痛感した。


懐中電灯を探してみようと思ったが、どこにしまったかも思い出せない。そもそも、こんな事態を想定して備えていたことなど、これまで一度もなかった。


スマホのライトだけでは心もとなく、俺はベッドに座り込んだまま、復旧を待つことにした。


「なんだよこれ、いつ直るんだよ」


近所一帯が停電しているのか、窓の外に見える街灯も、ことごとく消えている。真っ暗な住宅街というのは、思っていたよりもずっと不気味なものだった。


待つこと自体がもう苦痛だった。暗闇の中でただじっとしているというのは、普段の生活ではまず経験しない種類の退屈さだ。時間の感覚すら曖昧になり、数分が、まるで何十分にも感じられた。


俺はスマホの画面だけを頼りに、SNSを開いた。


『停電で真っ暗。ボス戦の途中だったのに保存できなかった』


いつもの「Z」の既読がすぐについた。


「……お前、停電中でも呟く気力あるんだな」


俺はそれ以上気にせず、既読だけを確認して画面を暗くし、電池を節約することにした。


地下、統括室。


「――《啓示》を受信しました」


無機質な声のアナウンスと同時に、スクリーンに映し出された一行に、コードネーム「ゼータ」は目を細めた。


『停電で真っ暗。ボス戦の途中だったのに保存できなかった』


「……『真っ暗』、か。単なる電力トラブルに見えるが、本質は違う」


ゼータは椅子の背もたれに深く体を預ける。


「これは、この世界における闇に対する人類の無力さそのものへの警鐘だ。ボスは、光を失った瞬間に訪れる不安を、身をもって示しておられる」


技術班の面々は、無言のまま頷いた。


「今回の適任は――ヴォイドだ」


その名を口にした瞬間、統括室の空気がわずかに変わった。存在しないはずの「消えた殺人鬼」。完全な隠密と闇への適応能力において、他の誰にも追随を許さない男だった。各国の捜査機関が存在そのものを疑い続けているほど、その足跡は徹底的に闇に消えている。


回線が繋がる。


「――ヴォイド、聞いているな」


「……ゼータか。何用だ」


闇の中から響くような、低い声が返ってきた。


「ボスより神託が下った。『闇の排除』だ。佐伯家周辺の電力供給を、本日中に完全に復旧させ、二度と同様の事態が起きないよう対処しろ」


「闇を扱う俺に、闇を払えと? 妙な依頼だな」


「できない、とは言わせない」


短い沈黙のあと、ヴォイドは静かに笑ったようだった。


「――いいだろう。闇の中でこそ、俺の力は真に発揮される」


ヴォイドはそう答えると、暗闇に紛れたまま小さく頷いた。長年、闇そのものと一体化することに人生を捧げてきた自分にとって、光を取り戻すという依頼は、ある種の矛盾を抱えたものだった。だが、その矛盾こそが、今の自分らしい忠誠の形なのだと感じていた。


通信を切った瞬間、ヴォイドの脳裏に蘇るのはあの夜のことだった。


標的の屋敷に完全な闇に紛れて潜伏していたあの夜。どれほど鍛え上げた暗殺者でも、決して見破れないはずの完璧な隠密状態にあったはずだった。


だがその時、主人公が何気なく持ち出した懐中電灯の光が、偶然にも彼の潜む場所を正確に照らし出した。何の訓練も、何の意図もない、ただの偶然の一撃。それがヴォイドの誇る隠密を、一瞬で貫いたのだ。


長年、国家機関の暗視装置すら欺いてきた自分の隠密術が、ただの懐中電灯一本によって打ち破られた。その事実は屈辱であるはずなのに、ヴォイドの心には不思議な敬意だけが残った。


「――視線一発で貫かれた隠密、か。あの夜から、俺は闇の番人としてこの男に仕えている」


ヴォイドは端末を開き、世界各地に潜む自らの協力者――電力網のエンジニア、発電所の技術者、停電対策の専門家たちに、同時に指令を飛ばした。


「本日中に、佐伯家周辺の電力供給網の脆弱性をすべて洗い出し、根本的に強化しろ。二度と闇に沈めるな」


「地域全体の電力網の強化を、たった一夜で? 通常なら数年がかりの大規模工事ですが」


とある電力会社のエンジニアが、思わず疑問を口にしかけた。長年、限られた予算の中で優先順位をつけながら設備更新を進めてきた彼にとって、一夜での全面強化という要求は、現実離れした話にしか聞こえなかった。だが返ってきたのは、そのエンジニアが過去に見逃していた設備の老朽化報告の隠蔽記録だけだった。


それだけで、疑問の声はぴたりと止んだ。


同じ頃、発電所の技術者も、届いた指令に困惑を隠せずにいた。


「発電設備のバックアップ体制を丸ごと見直せというんですか。予算の確保すら一晩では無理です」


だが、その技術者のもとにもすぐに、彼が過去に関わった設備投資費用の不正流用の記録が届けられた。それだけで、技術者は黙々と作業に取り掛かることになった。深夜にもかかわらず、各地の発電所で緊急のバックアップ体制構築が次々と進められていった。


深夜のうちに、佐伯家周辺の電力網で、老朽化した設備が静かに交換されていく。落雷や過負荷に弱かった配電設備も、これまで放置されてきた脆弱性を一つ残らず潰すように、強化されていった。


同時に、いくつかの電力会社では、長年先送りされてきたインフラ更新計画が、示し合わせたように同じ夜に一斉に前倒しで実行されていた。誰も、その理由を説明できないままに。


とある電力会社の運営責任者は、深夜に届いた大量の工事完了報告を前に、頭を抱えていた。


「一晩でこれだけの規模の工事が完了するなんて、普通の人員体制じゃ絶対に無理な話だぞ。一体どこの誰がこんなことを……」


部下に確認させても、追加の作業員派遣や外部委託の記録はどこにも見当たらない。まるで最初から、この規模の作業能力が備わっていたかのような不気味さだった。


その疑問への答えは、結局誰にも用意されないまま、報告書だけが静かに業務記録の中に組み込まれていくことになった。


ゼータは画面の端に映る佐伯家周辺の電力網データを、そっと見つめる。


「ついでに、佐伯家については、今後いかなる状況でも電力供給が途切れぬよう、独立した予備電源も確保しておけ」


「……了解した」


「二度と、ボスを闇の中に取り残すな」


ヴォイドのその一言には、単なる業務連絡以上の重みがこもっていた。


「いつものやつだ」


小さくそう呟いて、ゼータは通信を切った。統括室には、また静寂が戻る。


翌朝。


俺は、昨夜の停電がようやく復旧した安堵の中で目を覚ました。


実際には、停電は深夜のうちに直っていたらしい。目を覚ましたときには、すでに部屋の時計も正常に動いていた。


リビングに降りると、妹の葵が朝食を食べながらニュースを眺めていた。


「お兄ちゃん、なんかニュースで、昨日の停電の原因を調べてたら、電力会社が一斉に大規模な設備更新を始めたって話やってたよ」


「更新?」


「なんか、複数の電力会社が示し合わせたみたいに、同じ夜に老朽化した設備を一気に交換したんだって。業界団体も原因が分からないって驚いてた。しかも一社だけじゃなくて、世界中で同時にって言うから、余計に不気味だよね」


俺には、それが昨日の自分の呟きと関係あるなんて、想像もつかなかった。ただ、驚くほど早く復旧した電力のことだけが、妙に現実離れしていた。


キッチンから母さんが顔を出した。


「そういえば、朝のニュースでもやってたわね。全国の電力インフラで、似たような更新が同時に進んだって」


母さんは首をかしげながら、朝食の準備を続けていた。


父さんも新聞を畳みながら会話に加わってきた。


「うちの取引先にも電力関係の会社があるんだが、朝から問い合わせが殺到してるらしいぞ。何が起きてるんだか」


「へえ、そうなんだ」


「それだけじゃないぞ。海外の電力業界でも、似たような更新情報が同じ夜に一斉に出回ったらしい。前代未聞の話だと、業界紙が特集を組むほどの騒ぎになってるんだと」


俺が興味なさそうに相槌を打つと、父さんは苦笑いを浮かべた。


「お前は本当に、世の中のことに興味がないな。まあ、それも一つの生き方か」


「別にいいだろ、それで」


俺はそう言い返しながらも、内心では少しだけ気恥ずかしさを感じていた。


テレビをつけると、コメンテーターが困惑気味に「電力業界の常識を覆す一夜」だと語っている。


「複数の独立した電力会社が、示し合わせたかのように同時多発的な設備更新を実行しました。業界関係者も、この偶然の一致に驚きを隠せない様子です」


画面には、困惑気味の別の専門家も映し出されていた。


「通常、この規模のインフラ更新には、数年単位の計画と予算審議が必要です。それが一夜にして、しかも複数の独立した企業から同時に処理されるというのは、業界の常識では説明がつきません」


司会者が神妙に頷きながら、話を締めくくった。


「引き続き、この謎めいた同時多発的な設備更新について、続報が入り次第お伝えします」


神妙な顔をした専門家が「インフラ更新技術の飛躍的進歩」だと真顔でコメントしていたが、俺には正直どうでもいい話だった。


「へえ。世の中、いろいろ大変だなあ」


「お兄ちゃんは何にも興味ないもんね。……でもまあ、電気戻ってよかったじゃん」


俺はソファに寝転がったまま、スマホを開いた。「Z」から今日もスタンプが一つ届いている。


『おはよう』


俺はそれに「おは」とだけ返し、昨日中断したボス戦に再挑戦するべく、ソシャゲを起動した。幸い、セーブデータ自体は直前の状態から復元されていた。


あの暗闇の中で感じた無力さが、今になって妙に遠い記憶のように感じられる。二度とあんな思いはしたくないという気持ちだけが、はっきりと胸に残っていた。もっとも、その裏にどれほど大掛かりな出来事があったかなど、俺には知る由もなかったのだが。


窓の外では、世界中の電力インフラが一夜にして強化されていたこと――ある男がたった一度の光に貫かれた隠密への敗北感を胸に、協力者を叩き起こして回っていたことなど、俺は知る由もなかった。

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