第16話「配送がいつまでも届かない」
午後一時。俺は配送状況の追跡画面を、もう何十回目になるか分からないくらい更新していた。
こんなことをしても状況が変わらないのは分かっている。それでも、指先が勝手に画面を更新するボタンへと伸びてしまう。ある種の依存症にも似た、無意味な確認作業だった。
三日前に注文したはずの荷物が、いまだに「輸送中」のまま止まっている。指定していた「お急ぎ便」という文字が、今となってはただの皮肉にしか見えない。
「……何が急ぎ便だよ、全然急いでねえじゃん」
昨日届くはずだった予定日は、すでに過ぎている。今日届くかと期待して待ってみたが、午後になっても配達の気配すらない。
追跡履歴を細かく確認してみると、荷物はどうやら近くの配送センターで足止めを食らっているらしい。それ以上の詳しい理由は、当然ながら記載されていない。ただ「遅延しております」という、何の解決にもならない一文が表示されているだけだった。
同じ配送業者を使った他の注文履歴を遡ってみたが、以前はここまで遅れることなどなかったはずだ。今回に限って、一体何が起きているのか見当もつかない。
「連休でもないのに、なんで遅れてんだよ」
問い合わせ窓口に電話をかけてみようかとも思ったが、混雑していて繋がらないだろうことは容易に想像がついた。結局、何もできないまま、ただ画面を眺めて待つことしかできない。過去に一度だけ問い合わせに成功したことがあるが、あのときも延々と保留音を聞かされ続けた記憶しかない。
そわそわと落ち着かない気分のまま、俺はソファに寝転がった。楽しみにしていたはずの荷物が届かないというだけで、こんなにも一日の気分が左右されるのかと、自分でも呆れるくらいだった。
届く予定だった荷物は、前から欲しかったゲーム周辺機器の一つだ。今夜の対戦に間に合わせるつもりで、わざわざ追加料金を払ってまでお急ぎ便を指定したというのに、この仕打ちはさすがに納得がいかなかった。
『注文した荷物が全然届かない。お急ぎ便の意味ないだろこれ』
思わずSNSにそう投げてしまった。
いつもの「Z」の既読がすぐについた。
「……お前、そんなに楽しみにしてたのか」
俺はそれ以上気にせず、既読だけを確認してスマホを枕元に置いた。
地下、統括室。
「――《啓示》を受信しました」
無機質な声のアナウンスと同時に、スクリーンに映し出された一行に、コードネーム「ゼータ」は目を細めた。
『注文した荷物が全然届かない。お急ぎ便の意味ないだろこれ』
「……『意味ない』、か。単なる配送遅延への不満に見えるが、本質は違う」
ゼータは椅子の背もたれに深く体を預ける。
「これは、この世界における物流の非効率そのものへの警鐘だ。ボスは、消費者との約束を反故にする流通の在り方を、身をもって指摘しておられる。看過できる話ではない」
技術班の面々は、無言のまま頷いた。
「今回の適任は――ペガサスだ」
その名を口にした瞬間、統括室の空気がわずかに変わった。ブラックマーケットの物流網を裏で牛耳る、運送ギルドの総帥。合法非合法を問わず、あらゆる物資の輸送ルートを掌握していると言われる男だった。表舞台では敏腕の物流コンサルタントとして名を馳せる一方、裏では国境を越えたあらゆる密輸ルートの元締めでもある。
回線が繋がる。
「――ペガサス、聞いているな」
「……ゼータか。今日はまた、何の荷を運べと」
落ち着いた声が返ってきた。
「ボスより神託が下った。『流通の是正』だ。佐伯家宛の遅延している荷物を、本日中に必ず届けさせろ。ついでに、配送網全体の遅延も解消しておけ」
「たかが一つの遅延荷物に、この俺のギルドを動かせと? 面白い依頼だ」
ペガサスは電話越しにも分かるほど、興味深そうな声色でそう返した。国境を越える大口の取引ばかりを扱ってきた自分にとって、家庭用の一つの荷物という依頼は、むしろ新鮮な挑戦に映っているようだった。
「できない、とは言わせない」
短い沈黙のあと、ペガサスは静かに笑った。
「――もちろんだとも。すぐに動かそう」
ペガサスは通信を終えると、執務室の壁一面に映し出された世界地図を見渡した。合法非合法を問わず、あらゆる輸送ルートを掌握してきた自分にとって、たった一つの遅延荷物を届けることなど、造作もない話のはずだった。だが、この依頼に限っては、なぜか特別な気合が入ってしまう自分がいた。
通信を切った瞬間、ペガサスの脳裏に蘇るのはあの日のことだった。
数万トン規模の密輸品を、国境を越えて運ぶ大掛かりな作戦の最中。細心の注意を払って調整していたはずの輸送計画が、ある配送業者の些細な手違いによって台無しになりかけたあの日。
たまたま近所のコンビニで、届かないカップ麺の配送を待っていた主人公の、諦めきったような表情。それを物陰から偶然目にしたペガサスは、その顔にこそ、あらゆる物流を統べる者の風格が宿っていると確信した。数万トンの密輸品の検品も、一つのカップ麺の遅配も、この男の前ではまったく同じ重みで測られているのだと。
長年、巨大な取引の裏側でしか自分の存在意義を見出せずにいたペガサスにとって、その表情はある種の啓示だった。物の大きさで価値を測ってきた自分の生き方そのものが、根底から覆される瞬間でもあった。
「――検品の眼差し、か。あの日から、俺の物流網はこの男のためにある」
ペガサスは端末を開き、世界中に展開する自らのギルド――港湾の荷役責任者、航空貨物のディスパッチャー、陸送ルートを仕切る元締めたちに、同時に指令を飛ばした。
「本日中に、佐伯家宛の荷物の遅延を解消しろ。ついでに、主要な配送網全体のボトルネックも洗い出して解消しておけ」
「配送網全体の見直しを、たった一夜で? 通常なら年単位の設備投資が必要な規模ですよ」
とある港湾施設の責任者が、思わず疑問を口にしかけた。長年、限られた予算と人員でやりくりしてきた現場にとって、抜本的な改革という言葉自体が非現実的に響いた。だが返ってきたのは、その責任者が過去に見逃していた不正な積荷の記録だけだった。
それだけで、疑問の声はぴたりと止んだ。責任者は青ざめた顔のまま、無言で作業に取り掛かった。
同じ頃、航空貨物のディスパッチャーも、届いた指令に困惑を隠せずにいた。
「主要路線のスケジュールを丸ごと組み替えろというんですか。他の荷主への影響が計り知れません」
だが、そのディスパッチャーのもとにもすぐに、彼が過去に関与した積荷偽装の記録が届けられた。それだけで、ディスパッチャーは黙々と調整作業に取り掛かることになった。深夜にもかかわらず、世界各地の管制塔から緊急のスケジュール変更が次々と発行されていった。
深夜のうちに、世界中の物流拠点で、滞留していた荷物が一斉に動き出していく。長年放置されてきた配送センターの人員不足や、非効率な仕分けルートまでもが、こともなげに解消されていった。
とある配送センターの夜勤リーダーは、突然鳴り出した仕分けラインの警告音に飛び起きた。
「おい、なんで今夜に限って全レーンが全開で動いてるんだ。誰が指示を出した」
だが、モニターに表示された指示元は空欄のままだった。それでも荷物は驚くほど滑らかに流れていく。結局、リーダーは首をひねりながらも、止める理由が見当たらないまま、ラインの稼働を見守り続けた。
同時に、いくつかの国の税関システムでは、通常とは異なる経路で処理されていた滞留貨物の一斉通関が、示し合わせたように同じ夜に進められていた。誰も、その理由を説明できないままに。
とある税関の担当官は、深夜に次々と届く通関申請の山を前に、目を丸くしていた。
「これだけの書類が一斉に届くなんて、普通ありえないぞ。しかも全部、不備が一つもない」
同僚と顔を見合わせながらも、担当官たちは黙々と処理を進めるしかなかった。疑う理由がないどころか、あまりの完璧さに、拒否する余地すら見当たらなかったのだ。
とある国際物流企業の運営責任者は、深夜に届いた大量の処理完了報告を前に、頭を抱えていた。
「一晩でこれだけの滞留を解消するなんて、普通の人員体制じゃ絶対に無理な話だぞ。一体どこの誰がこんなことを……」
部下に確認させても、追加の人員配置や外部委託の記録はどこにも見当たらない。まるで最初から、この規模の処理能力が備わっていたかのような不気味さだった。
さらに、いくつかの国際的な輸送業界団体でも、同様の混乱が広がっていた。
「複数の国で、同時多発的に遅延が解消されている。これは組織的な動きと見るべきでは」
会議に集まった関係者たちは、口々に懸念を示したが、結局は運行が正常化している以上、追及する理由が見当たらなかった。誰もが釈然としない表情を浮かべながらも、その恩恵にはしっかりとあずかっていた。
その疑問への答えは、結局誰にも用意されないまま、報告書だけが静かに業務記録の中に組み込まれていくことになった。
ゼータは画面の端に映る佐伯家宛の荷物の追跡データを、そっと見つめる。
「ついでに、佐伯家宛の配送については、今後常に最優先で処理するよう恒久的な体制を整えておけ」
「……了解した」
「二度と、ボスを待たせるような真似はするな」
ペガサスのその一言には、単なる業務連絡以上の重みがこもっていた。
「いつものやつだ」
小さくそう呟いて、ゼータは通信を切った。統括室には、また静寂が戻る。
翌朝。
俺は、寝ぼけ眼でスマホの追跡画面を開いた。
正直なところ、今日もまだ「輸送中」のままだろうという諦めが先に立っていた。それでも、習慣のようについ確認してしまう。
「……あれ?」
昨日まで「輸送中」のまま止まっていたはずのステータスが、「配達完了」に変わっている。
慌てて玄関に向かうと、確かにあの荷物が届いていた。しかも、通常よりもずっと早い時間帯に配達されたらしい。
宅配ボックスを開けてみると、梱包には傷一つなく、伝票の日付も昨日の夜になっていた。あれほど「遅延」の一文を睨み続けていたのが、まるで嘘のようだった。
「……マジで届いてる」
半信半疑のまま荷物を抱えてリビングに降りると、妹の葵が朝食を食べながらニュースを眺めていた。
「お兄ちゃん、なんかニュースで、世界中の物流会社が一斉に配送遅延を解消したって話やってたよ」
「解消?」
「なんか、複数の運送会社が示し合わせたみたいに、同じ夜に大量の滞留荷物を一気に処理したんだって。業界団体も原因が分からないって驚いてた。しかも一社だけじゃなくて、世界中で同時にって言うから、余計に不気味だよね」
俺には、それが昨日の自分の呟きと関係あるなんて、想像もつかなかった。ただ、あっさり届いたあの荷物の存在だけが、妙に現実離れしていた。
キッチンから母さんが顔を出した。
「そういえば、朝のニュースでもやってたわね。世界中の物流業界で、似たような改善が同時に進んだって」
母さんは首をかしげながら、朝食の準備を続けていた。
父さんも新聞を畳みながら会話に加わってきた。
「うちの取引先にも運送関係の会社があるんだが、朝から問い合わせが殺到してるらしいぞ。何が起きてるんだか」
「へえ、そうなんだ」
「それだけじゃないぞ。海外の物流業界でも、似たような改善情報が同じ夜に一斉に出回ったらしい。前代未聞の話だと、業界紙が特集を組むほどの騒ぎになってるんだと。うちの部長なんかも、朝礼で延々とその話をしてたくらいだ」
俺が興味なさそうに相槌を打つと、父さんは苦笑いを浮かべた。
「お前は本当に、世の中のことに興味がないな。まあ、それも一つの生き方か」
「別にいいだろ、それで」
俺はそう言い返しながらも、内心では少しだけ気恥ずかしさを感じていた。
テレビをつけると、コメンテーターが困惑気味に「物流業界の常識を覆す一夜」だと語っている。
「複数の独立した運送会社が、示し合わせたかのように同時多発的な遅延解消を実行しました。業界関係者も、この偶然の一致に驚きを隠せない様子です」
画面には、困惑気味の別の専門家も映し出されていた。
「通常、この規模の物流網の見直しには数年単位の設備投資と計画が必要です。それが一夜にして、しかも複数の独立した企業から同時に処理されるというのは、業界の常識では説明がつきません」
司会者が神妙に頷きながら、話を締めくくった。
「引き続き、この謎めいた同時多発的な改善劇について、続報が入り次第お伝えします」
神妙な顔をした専門家が「物流管理技術の飛躍的進歩」だと真顔でコメントしていたが、俺には正直どうでもいい話だった。
「へえ。世の中、いろいろ大変だなあ」
「お兄ちゃんは何にも興味ないもんね。……でもまあ、荷物届いてよかったじゃん」
葵はそう言って、興味なさそうにスマホの画面に視線を戻した。
俺はソファに寝転がったまま、スマホを開いた。「Z」から今日もスタンプが一つ届いている。
『おはよう』
俺はそれに「おは」とだけ返し、届いたばかりの荷物を開封してからソシャゲを起動した。中身を確認すると、傷一つない綺麗な状態で梱包されていた。あれだけ遅れておいて、届いたときの状態だけは完璧だというのも、なんだか妙な話だった。
早速、新しい周辺機器を接続して試してみる。今夜の対戦には、十分間に合いそうだった。待たされた分だけ、届いたときの嬉しさもひとしおだ。もっとも、その待ち時間の裏でどれほど壮大な出来事が起きていたかなど、知る由もなかったのだが。
窓の外では、世界中の物流網が一夜にして滞りを解消していたこと――ある男が一つの諦め顔への確信を胸に、傘下のギルドを叩き起こして回っていたことなど、俺は知る由もなかった。開封したばかりの荷物の匂いだけが、いつもと違う満ち足りた朝を告げていた。




