君の名前はーー
「ねえ? 君、どうしたの?」
僕は、反射的に彼女に話しかけてしまったのだ。
その子は痩せ細っていた。
そして、何の希望も宿っていない目をしていた。
同族の人間だから、というだけじゃない。
その姿を見た瞬間、僕は放っておけなくなった。
「大丈夫?」
彼女は、ピクリともせずにただ同じところを見つめている。
「お腹空いてるの?」
やはり、反応がない。
これは、魔王様の元へ連れて行くべきだな。
そうして、僕は彼女をおんぶして玉座へと向かう。
軽い。
力が強くなったからじゃない。
単純に、この子の体重が軽すぎるんだ。
まるで、なにも入ってない空っぽの瓶のように。
そして、玉座の門番二人を無視して通り過ぎる。
「魔王様!!大変です」
「どうした、チビスケ……ってその子は!?」
「この子は、Z部隊の門の前に倒れ込んでいたんです。治療、お願いします!」
「わかったよ!」
そうして、彼女を魔王様に受け渡し、治癒の魔法をかけてもらう。
「これは、だいぶ弱ってるね……知らないうちに人族が連れ込まれていたなんて」
魔王様は、彼女のおでこに申し訳なさそうに触れた。
「魔王様が気を負うことじゃないです」
「いや……実際に、部下が人族を連れ去っていたんだ。Z部隊には、そういう連中が集まってるのかもしれない」
「……」
「ひとまずは、出来る限りの治癒魔法をかけたから安静にしてれば大丈夫だと思うよ」
魔王様は、その子を自室のベッドへと連れて行き布団を体に被せた。
良かった、これであの子は助かる。
そして、魔王様はこちらに近づいてくる。
「よくやったね、チビスケのおかげでこの子は助かったんだよ」
と、僕の頭を優しく撫でてくれた――と思った。
だが、
「いきなりZ部隊で問題を起こすだなんて、それは叱らないとね」
魔王様は作り笑いをしながら、僕の頬を引っ張って引き伸ばすようにしてくる。
「イタタタ!痛いですよ!魔王様……ッ!」
「今日は、魔王城ランニングは一周追加ね」
「そんなあぁぁぁぁ!!」
そして、その後僕は夜遅くまで走らされた。
ーーー
僕は、助けた彼女の面倒を見るために、魔王様の寝室で一日中看病していた。
付きっきりで看病していたせいか、僕は本を手にしたまま、うとうとしていた。
「ふああーー!眠いな……」
伸びをしながら彼女を見ると、いつの間にか起き上がり、窓の外の朝日を見つめていた。
その少女の長い薄い緑色の髪の毛が光で繊細に見えている。
「起きてたの!?」
「うん」
僕は驚いた勢いで、机の角に膝をぶつけた。
あれ……さっきまで、びくともしなかったのに。
「大丈夫?元気?」
「うん、元気」
なら、良かったのだけれども。
「君、名前は?」
「……それがわからないの。自分が誰なのか、ここはどこなのかも」
「まさか、記憶ーー」
「でもね、これだけは言えるの。あなたは、私に差し込んだ一本の光。助けてくれた恩人だってこと」
彼女は、辛そうな様子を一つ見せず、満面の笑みでこちらを見た。
一本の光か……嬉しいことを言ってくれるな。
助け甲斐があったってもんだ。
「じゃあ、僕は魔王様を呼んでくるから」
と部屋を出て行こうとすると彼女の小さい手が僕の小さい手を握る。
「ちょっと待って。一つだけ言わせて!助けてくれて、ありがとう」
その彼女の手で、精一杯の力で握りしめてくれた。
ーーー
「うーん、残念ながら完全に記憶喪失だね」
魔王様は、彼女の頭に触れてそう告げた。
記憶喪失か……
「君は、どこまで覚えてるの?」
「あなたに助けられる前」
「じゃあ、ほぼ覚えてないってことになるね」
魔王様は、辛そうにもそう言った。
こんなまだ小さいのに……
同じ五歳児くらいでしょ?
一体、どうして。
「とりあえず、記憶のことは後にして自己紹介でもしよう!」
魔王様ったら、相変わらずですな。
「まず私から!私の名前は、魔王ちゃんです!年齢は言えないです!好きな食べ物は酒と肉!」
「魔王ちゃん……!」
彼女はなぜか、しっくりきたのかその名前を呼ぶ。
「魔王様、余計なことを教えるのはやめてください」
「いや、最初からこう教えればチビスケみたいにならないはず!」
「人を失敗作みたいに呼ばないでくださいよ」
じゃあ、次は僕が自己紹介の番か。
「僕の名前はアシュ。年齢は多分五歳、好きな食べ物は卵料理です」
「はーい、パチパチ!」
魔王様は、合コンの仕立て役のようにパチパチと手を叩き彼女にも叩かせた。
ほら、彼女も嫌がってるし、縮こまってるじゃん。
だが、その瞬間に彼女の目の色が変わる。
「私は、アシュと一緒がいい!」
彼女が言ったのは、一見すると子供のわがままに聞こえるかもしれない。
でも、目の色で本当にそうなりたいと願うようなことが感じられる。
「いやー、それは照れるけどな……魔王様、どうーー」
「許可しよう!アシュと一緒でいいよ」
魔王様は、僕が話してるところを遮って言ってくる。
「はい!魔王ちゃん、ありがとう」
その姿を可愛がるように、魔王様は彼女を撫でている。
「よし、よーし。じゃあ、チビスケこの子の名前を決めて」
小さい瞳で魔王様と彼女は僕を見つめてくる。
えー、そんな無茶な。
名前なんて……
僕の名前はアシュ。
だったら、この子の名前は―ー
「リーシュだ!」
その名前を聞いた途端にリーシュはピンときたのか、
「リーシュ!」
と喜んでる様子だ。
「チビスケもなかなかやるな。いい名前だね」
喜んでくれたなら、なによりだな。
そうして僕たち、三人が楽しそうに話しているとき一人の男が扉に寄っかかりながら大人の雑誌を読んでいる。
その男の目は、これまで見てきた魔人たちとは少し違った。
なんというか……妙に気の抜けた目をしている。
「おい、お前ら楽しそうに話してんなあ。俺も混ぜてくれや」
「来たのね」
「久しぶりだな、魔王さんよー!」




