契約書(拒否権なし)
「高菜くん、これにサインをすれば生徒会の一員よ。今、生徒会は私一人になっちゃったから」
橘は、契約書的なものを机に置く。
「いや、無理ですって……」
「早く、名前書くだけだよ?」
橘は、にっこりと笑いながら呼びかけてくる。
なぜ僕がこんなにも生徒会に入るのを拒むのか。その理由は二つある。
一つ目、めんどくさいから。
これは、シンプルにこの主役級のポジションの橘と関わりたくないし、周りに悪目立ちするだけだし。
二つ目、生徒会によくない噂があるから。
まあ、これは前世で聞いた話だが、この生徒会に入って生きて帰ってきた者はいないという噂がある。
実際のところは、死ぬのではなく疲れ果てて結局生徒会を辞めてしまうらしい。
この二つを踏まえて僕は断固拒否しているのだ。
「あっ、いっけない。ペン忘れちゃったね」
橘は、生徒会長の席に戻り引き出しを漁る。
チャンスだ!今しかない!
僕は、契約書を手に持ち少し浮かせる。
そして橘が瞬きをした一瞬の隙を突き、魔法で紙に火をつけた。
「あった!」
彼女がそう言って、こちらを振り向く。
残念、僕の勝ちだね。
そこにあったはずの契約書は、綺麗に燃やされて床に灰だけが残る。
「あれ、契約書はどうしたの?」
「わかりません……」
僕は、白々しくも嘘をつく。
「チッ!そう、大丈夫まだ紙ならいくらでもあるから」
橘は、優しそうな笑顔で言いながら、契約書の山を机にドンと置いた。
今、舌打ちをしたような気がしないでもないけど、なんだってこんな量の紙があるんだよ……
「書いて高菜くん」
橘の笑顔は、だんだん圧のようなものがかかってくる。
「……」
「さあ、早く」
結局、僕はその紙に名前を書いてしまいこの生徒会に入ることになった。
あっ、言い忘れたことがあった。この生徒会に入りたくない理由の三つ目。
それは、素の橘というものがあるからだ。
いつも橘は、成績優秀でいつも満点。その上、なんでもできてしまうというスーパーエリートお嬢様なのだ。
そんな彼女がいつも優しく正しい性格だというのは、あくまで仮面だ。
こいつの本当の性格というのは、信頼ができるという人に晒すらしい。
僕は、その本当の性格を知っていて、正直言ってクソだ。
わがままだし、パシってくるし、すぐキレるし。
だから、橘は今の高菜翔平という人間には仮面の橘絢香でいてほしい。
「はあ、疲れたー。やっといい、サンドバッグが見つかったし」
どうやら、もう本性を現したらしい。
橘は、まず足を組んで机に乗せる。
そして、ポテチをボリボリと食べ始め雑誌を読む。
「あの……」
「ん?ああ、気にすんな。この姿のことは、言ったら殺すからなマジで」
橘は、雑誌を読みながらこちらを睨みつけてくる。
こうなってからは、こいつのペースになってしまう。
どうせ後片付けをさせられて愚痴に付き合わせられるだけだ。
もう、正直自分でもよくわかってない。
……なんで僕は、こんなやつを好きになったんだろう。
この本性は、前世でもだいぶ前から僕に見せていた。
だから、慣れてる。
「なあ、高菜。こういう姿の私見てどう思う?」
橘が言う。
「驚きました(棒)」
「なんだよその反応。久しぶりにこうやって本当の姿になれたー」
橘は、伸びをしながらそう言った。
「前はいつですか?」
「えっとね、洸平が死ぬ前だ。高菜の事情は知ってるから、洸平のこともわかるだろ?」
「一応、親友でしたから」
「あいつは、サンドバッグ一号だったが死んだからな……だが、お前のその冴えない顔を見てこいつはパシれそうだなって思ったわけよ」
橘は、一瞬ふっとした笑みを浮かべた。
「パシるってどういうことですか?」
冴えない顔か……そりゃあ伊達に十数年も雑兵Aやってませんよ。
「ん?だからお前は私のパシリにしたんだよ」
「あの、生徒会辞めていい?」
「無理!」
橘は、手に持っていた雑誌をこちらへと投げてくる。
だが僕は軽く避ける。
本当に暴君って感じだな……表と裏がここまで違うところは、下石の二重人格にちょっと似てるや。
「辞めないから落ち着いてください」
あれ?おかしいな。
僕と洸平にだけ本性を見せてるって言うなら生徒会がどんどん辞めてくっていう噂は別の理由か?
「生徒会のメンバーがみんな辞めるっていう噂は、なんでなんですか?」
「それは、私が陰ながらパシッているからさ。誰から見ても仕事をしているように見えるけど、本当は擦りつけてるだけっていうね。これ、今までで身につけてきたスキル!」
橘は、自慢げに言う。
「僕は結局、パシられる運命ってことなんですね……」
「そういうことだから、私は帰りまーす。後片付けとそこにある資料まとめといて」
橘は、身支度をし始めてポテチを口の中に詰め込む。
「はいはい、わかりましたよ……」
なんだろうか。
このパシられているというのに、なぜか安心感がある。
……
じゃないわ!
「なに考えてるんだ、僕は!ちょっと生徒会長後片付けくらい自分で!」
橘は、僕が言う前に準備を済ませドアから帰ろうとする。
そしたら、ドンと大きな音を立てスライド式のドアはものすごい速さで開いた。
「二人でなに楽しそうに話してるんですか」
そう言って三奈は、橘と真正面で鉢合わせる。
橘は、急いで口に入れたポテチを飲み込み身だしなみを整えて笑顔を作る。
うわ、めんどくさいやつとめんどくさいやつが同時に出会ってしまったってわけだ。
二人は、なにも言わずに終始無言で見つめ合う。
沈黙と橘の笑顔の圧に負けたのか三奈が口を開く。
「翔平を生徒会室に連れ込んで、どういうつもりですか?」
「違いますよ。生徒会に彼を勧誘してたんです。それで彼は一発OKです」
『一発OK』なんかではないが、橘のこの仮面の切り替えっぷりには前世の時から驚かされるというものだ。
「一発OK!?生徒会に入るの翔平?」
三奈は、驚いた顔をしながらこちらを向いてくる。
「えっ……うん、まあ一応だよ」
「騙されちゃダメだよ、美少女ならここにいるじゃない」
三奈は、必死で可愛い子ぶる。
「高菜くんは、本当に生徒会に貢献したいと言ってるんですよ」
橘も、三奈と張り合うように言い出す。
これは、修羅場というやつなのだろうか。
いや、違うな。
三奈の場合、新しくできた『おもちゃ』。橘の場合、新しくできた『サンドバッグ』。
どちらともそれを取られてたくないんだ。
だから、どちらかというと彼女らから僕は『物』でしかない気がする。
ーーー
二人はその後、数十分もの間、口論を続けた。
「……」
流石に長い、シルヴァに教えて貰った座禅をするのもいいがうるさくてできないし。
もう、いっそのこと逃げようかな。
うん、そうだ逃げよう!
僕は、彼女たちが口論している隙に、窓から飛び降りることにした。
伊達に修行しただけあるからな。空中浮遊だってできるんだ。ここからジャンプなんて、お茶の子さいさいだぜ。
これこそ、異世界から帰還して来て無双的なテンプレに沿ってるよね。
窓を開けて、彼女たちに
「僕は先に帰りまーす」
煽りながら言う。
残念だけど、二人はこっから追いかけることもできないし追いつくこともできない。
「「!?」」
二人は、驚いた顔をしてこちらを見ていた。
ふっ、窓から降りて帰るとか最高にかっこいいじゃん。
「待って!」
三奈が、呼びかけながら窓のほうへと走ってくる。
「残念!」
僕は、そう言って窓の外から勢いをつけて降りる。
「ん?」
窓から飛び降りたその瞬間に、なぜか足がすぐ地面に着いていた。
地面に着くと同時に、水たまりに入ったようで制服のズボンが濡れる。
「だから言ったのに……そこ水たまりがあるから気をつけてって」
三奈が窓からこちらを覗き込みながらそう言う。
「え?」
どうやらとんだ勘違いをしていたらしい。
生徒会室は……一階にあるってこと忘れてました。
僕は、後悔と格好つけて飛び降りたところを歩いている人に見られた恥ずかしさで死にそうになった。
そして見て見ぬふりをするように全力で走って。走って。走って。
とにかく逃げた。
あの後、三奈に勘違いしていたことを話すとすぐにクラスでも学校でも広まり、『水たまりの高菜』なんていうあだ名までつけられた。




