第9話(前):「君は良い友達を持ったね」
ヒースクリフとともに結成した"神授七冠研究クラン"。
週の終わりを活動日として、放課後にリュシク達四人は庭園の東屋へ集まった。
秋の初め、まだ快適に外で過ごせる季節。明るい陽射しは程よく東屋内に差し込んでいる。
庭園で育まれる様々な植物の、混然としながらも調和のある芳香が辺りに満ちている。
テーブルには、淹れたての熱い紅茶と各自の筆記用具が広げられていた。
__集まってからというもの、四人は最小限の言葉しか交わしていなかった。
ヒースクリフが、ごほんと咳払いする。
「あ、その、では、活動初日は研究計画書の素案を出していくところから……」
「それよりもあたしに提案がある」
歯切れの悪いヒースクリフに、ジェミットが即座に待ったをかけた。
「ねぇ、三人ともさ。今日は"クラン"活動初日とかじゃなくて、もっとメンバー間で話し合わない?
こうやって顔を突き合わせて気まずいなら、ぱぁっと何かで気晴らしをしながらでも良いと思う」
「……活動に何か異議でもあるのか?」
「違う。そうじゃないぜ。
あのさ、三人ともすっごく空気が重い、そんなのでまともに活動が出来る?
今週からだけど、リュシクとサフィールは拗れてる、ヒースクリフはずっと気落ちしているよね?
三人とも隠してるけれど、あたしにはバレバレだぜ。活動始める前に、ちゃんと正直な気持ちを吐き出してすっきりさせろ!」
ジェミットは、テーブルを掌で叩いては捲し立てた。
彼女の射るような厳しい視線に、リュシクとヒースクリフは動揺を飲み込んで唇をきゅっと引き締める。サフィールは黙って成り行きを見守っている。
誰もが、表面上は普通に振る舞っているつもりであった。
しかし、ジェミットには見抜かれていたのだ。
リュシクはサフィールを徹底的に避けていた。サフィールは平静を装っていても、全くもって覇気を感じられない。ヒースクリフは__。
ヒースクリフが気落ちしていることなど、リュシクは気づきもしなかった。サフィールの、真意が分からない師匠の言動に苛立ったまま一週間を過ごしていたとはいえ、なんとも視野が狭くなっていた。彼女は気づかれないよう、そっと肩を落とした。
「まずは、リュシク原告さんとサフィール・オデロ被告から!」
「は、はいっ!」
「……」
ジェミット裁判長による即時開廷宣言にリュシクは背筋をぴっと正した。
「君達二人は、週初めの実技演習からぎっすぎすのどろどろです。ですが、そこまで拗れる必要はありますでしょうか。
……というか、リュシクだよ。君はサフィールと関わりたくないの?
それなら正直に言おうぜ。今のまま態度で示すばかりじゃ、そのうち周りにも知られる。周りからはリュシクのほうが陰険な態度を取ってるように映ってしまうのは分かるよね。
そうなる前に、はっきりと言葉にして伝えようぜ」
「ジェミット、少し言い方がきついのではないか?
彼らに何かしら問題があっても、こうも唐突に話し合えと強要するのは」
「"クラン"で活動していくためにも必要な話なの。
二人の話が終わったら次はヒースクリフだぜ、覚悟しろ!」
ぴしゃりと告げて、ジェミットはヒースクリフを黙らせる。
「リュシク。あのね、どんな理由だろうとね。
気持ちの問題なら、あたしはリュシクの味方をしてあげる。
リュシクは自分からサフィールに話しかけられなかったんでしょ?
なら今こそ、お互いが冷静になって話し合う機会だぜ。
……あたしはそう思ったから提案したけれど、まだ無理そうかな?」
最後の問いかけは、勢いを失って尻すぼみになっていた。
ジェミットが気遣わしげにリュシクを覗き込んでいる。彼女は何よりも一番にリュシクを気に掛けていてくれているのが分かった。
「……ジェミット、ありがとう。
ヒースクリフ君。申し訳ないけれど今後の活動のためにも、少しだけ話し合う時間を貰っていいかな?」
「あ、ああ。私は構わない」
隣に座っているジェミットが、安心させるように手を握ってくれた。じんわりと温かい手の感触が心地よい。リュシクは指を絡めて握り返した。
この一週間。三人の動向を観察し続けたジェミットは、今日この場しかないと判断したのだろう。多少強引な言動を取ってでも、リュシクのためにサフィールと話し合う機会を作ってくれたのだ。
第三者が立ち会う場面であれば、リュシクも冷静でいられる。
リュシクはサフィールを伺う。視線に気づいて、サフィールが顔を上げる。 カウチに座っていても、お互いにさほど変わらない目線の高さ。二人は真っすぐに見つめ合った。サフィールの顔色が心なしか悪いので、ちゃんと寝ていないのではないかと疑ってしまう。彼女はふと、これまでのことを思い返した。師匠とともに暮らして十年間、喧嘩らしい喧嘩は思えば数えるほどもなかった。いつだって、師匠は大人の態度で感情の一線を保っていた。拗ねたり拗ねて見せたりしても、こんな風に何日も拗れることなどなかった。サフィールとしての師匠は、姿通りに十五歳の少年の心となっているのかもしれない。そんな考えが、ふとリュシクの頭によぎる。
「……あのね、サフィール君。
私は君に関わりたくないわけじゃない。
ただ、実技演習での君の言動みたいな、……あまりにも強引だったり、周りへの態度が悪かったりするのは。……すごく、私の気分が良くないし、君を許せなくなってしまう。
そういうの、今後はやめてほしい」
「……済まなかった。君の気分を害すことは、もう、しない」
「私も嫌な態度を取り続けて、ごめんなさい。
実技演習も、やり過ぎたことをしちゃっていた。ずっと、きちんと謝れてなくて本当にごめんなさい」
「いや、謝るほどじゃない。実技、悪くない動きだったよ」
「また今度にでも、あの時のサフィール君の動き方とか私に教えてほしい。
怪我をするほど激しく転ばせないよう、力加減を調節してくれていたのを参考にしたい……」
「もちろん、いつでも教える」
「ありがとう……」
まだ少しぎこちないながらも、リュシクはサフィールへ微笑んだ。彼はその笑顔を眩しそうに見つめた。
サフィールは三人に向かってやおら頭を下げる。
「ジェミット、ヒースクリフ。
全て、俺が悪かったんだ。彼女は悪くない。俺の言動と君らへの態度が悪かったせいで、彼女の気分を害してしまった。
……話し合いをさせてくれて、ありがとう。三人とも、色々と済まなかった」
「ちゃんと、和解したならよろしい!
……あたしの友達にまた意地悪をしたら、今度はサフィールがあたしと決闘だぜ?」
「…………リュシク、君は良い友達を持ったね」
リュシクとジェミットは握り合った手を持ち上げて、にっこりとした表情でサフィールに見せつけてみせた。
にこにことした表情のままでジェミットは、「はい、次!」といった仕草で片方の空いてる掌をヒースクリフに差し向ける。
「それで、ヒースクリフが元気ないのはどうして?」
「えっ、ここで私の話もするのか!?
二人が和解したらしいのだから、私の話などいらないだろう?」
感心したように三人を眺めていたヒースクリフだが、宣言通りにジェミットから話題を振られたので分かりやすく慌てる。
「ジェミットさんは逃がさないし、誤魔化されないぜ。
最初の週は他の同級生とかとそれなりに会話してたはずだけど、今週は全然そんな感じじゃない。
ヒースクリフってば、最近は周りを避けてる。実技演習の時、一匹狼同士でサフィールと組むぐらいじゃん?」
殆どの他人に関心を示さず関わろうとしないサフィールと、帝国公爵家嫡男であることが周知されているヒースクリフは、いまだ友人らしい存在はいない。
飛び抜けた実力を持つ者同士。講義や実技で二人一組を作るように指示された際は、彼らは暗黙の了解でペアを組んでいた。
「……」
ヒースクリフは押し黙った。どう説明しようか、あるいは駄目元で誤魔化してみせるかを悩んでいる様子であった。
「ヒースクリフは、派遣部隊の監視が気になっているんだよ」
サフィールがテーブルに頬杖を突きながら、何の気なしといった物言いで口を挟んだ。
リュシクとの和解のおかげか、サフィールの表情は今までになく柔らかくなっていた。
「な、何故それをっ」
「周囲に悟られないようにはしているが、"連盟"の派遣部隊は確実にヒースクリフを監視している。
今ですら、距離は取っているが庭園内に監視が配置されているよ」
「えっ、どういうことなの?」
「まさかヒースクリフってば、犯人扱いされてるとか!?」
「それは違う! 私は犯人などではない!」
「彼の出自がフィロソラス帝国ウェストコット公爵家だからだよ」
「……っ」
「不審者侵入事件に政治的な意図がある可能性。だから派遣部隊が出張ってきた。
ヒースクリフと結びつけて考えれば、自ずと辻褄が合う」
「……、サフィールの言うとおりだ」
ヒースクリフは観念したかのように、カウチの背に深くもたれ掛かった。
彼は深い溜息を吐いた。曇った表情で、撫でつけられている空色の髪をくしゃりと掻き上げた。
「私は以前、テウルギアに政治的な摩擦を持ち込むつもりはないと言った。
それは私個人が強く思っていることだ。
しかし、帝国公爵家の立場として言えば、私という存在がこの学院にいること自体が政治的な意味を持つ。私に何かあれば、それだけで両国間の摩擦を生みかねない。
……君らも、学院入学前から帝国公爵家嫡男の私が入学することを知っていたのだろう?
世界的にもすでに私の存在は注目されている」
__極限の田舎者なので全然知らなかったです。とは言えずに、リュシクは黙ったまま水を差さずにいた。
「私は、帝国穏健派の政治宣伝的な存在だ。
テウルギアと帝国の不可侵条約が健在であり、両国が和平状態にあることを示す一環で、公爵家嫡男の私が学院へ入学した。
……私はただ純粋に、テウルギアで学びたかっただけなのだがな」
「そんな彼の入学早々に学院で事件が起きた。ヒースクリフに何かあればと、テウルギアどころか"連盟"も静観していられなかった」
学院の不審者侵入事件はいまだ解決していない。
いたずらに時間が過ぎていくなかで、派遣部隊の軍人達が事件調査や警護の名目で学院内へ留まり続けていた。
いつまでこの状態が続くのかと、学院の誰もが不安を膨らませている事態である。
その不安と緊張にもっとも晒されていたのが、ヒースクリフだったのだ。
「私に直接の危害はないのに、こんな事態となっている」
「犯人は管理室に侵入した。派遣部隊と学院が、学生証の情報を狙ったのではないかと疑うのが自然だよ」
「私の情報を盗みたかったと? 確か学生証は装着した学生の位置情報を大元の魔法道具に送る。いや、だからこそ私の情報だけを抜き取るような真似は、外部の存在ではおおよそ実現不可能と思うが」
「…………」
サフィールが黙したので、会話が途切れる。
リュシク達もしばしの間、思いに耽る。彼らの会話で、事件が予想以上に深刻なものを孕んでいたことに気づかされた。帝国、テウルギア、そして"連盟"。邪龍戦争終結後、世界魔法規範が制定された時代より、三者は複雑で根深い問題を抱えた関係性であった。"神授七冠"の魔導師達も関わる、非常に複雑な歴史問題__。
「納得した。そんな事態なら、ヒースクリフだって気落ちする、か。
ごめん、あたしじゃ何の力にもなれそうにない。さすがにちょっと、その悩みの解決はあたしには荷が重いぜ。
聞き出しておいてって、あたしを責めてもいいよ?」
「……責めるどころか、逆に感謝する。
無理にでも聞き出してくれたおかげで、幾分か心持ちが軽くなった」
ヒースクリフの言葉は本物のようで、少し肩の力が抜けた様子を見て取れる。ジェミットもほっと息を吐いて、「なら、良かった」と頷いた。
「ねぇ、私も提案していい?」
リュシクが発言して、皆の視線を集める。
「監視されたり、会話を聞かれたりするかもと思って、ヒースクリフ君の気が休まらないなら。
学院内でじゃなく、学院の外で活動するのはどう?
どこか落ち着きそうなカフェとか。……あ、"神授七冠"のことを調べにテウルギアの図書館に行くのは?
私ね、図書館へまだ行ってないの。世界最古で最大の図書館って、すごいね。生活が落ち着いたら行こうと思ってたのだけど、皆が良ければ一緒に行きたいな?」
励ますように、ことさら無邪気な口調で提案してみせた。しかし、ヒースクリフはゆるく首を横に振った。
「いや、私は行けない。学院外で行動するなら、私は護衛を付けないといけない。
そうなると、君らに気を遣わせる。今のように事件が発生している状況下で、下手に自由な行動を取るのは憚られるのだ」
「あ、そっか、そうだよね……、ごめんなさい」と、リュシクは己の軽率さと考えの至らなさに肩をすぼめれば、何故か三人の口から同時に「提案は素晴らしい」だの「ヒースクリフ抜きで行こうよ」だの「は、サフィール?」とか飛び交ったのだった。
「ねぇ聞きたい、ヒースクリフってば今どういう生活なの? 学生寮内でも護衛をつけてるってこと?」
「そもそも、私は学生寮には入っていない。
入学にあたって、万事を整えた家を用意されている。今日も活動時間の終わりに合わせて護衛が迎えに来る」
「う、厳重。あたしだったら、そんな毎日なのに学院内で派遣部隊に監視されてちゃ、息が詰まってすぐに怒って暴れてるぜ」
「そうだな、派遣部隊の監視が今後も続いて目に余るようであれば。
……君らが良ければ、家に招待するのも……」
「おっ、公爵家が用意した豪華なお屋敷へご招待的な展開っ!?」
「いや、私一人が使う質素な家だ。住み込みの使用人も最小限しか連れてきていない。庭も馬車一台を置いておくくらいの狭さしかない」
「……普通の家はぁ、使用人はいないし、馬車なんて置いていないっ」
ジェミットのきらきらと輝いた目が、即座にどんよりと濁ったのだった。
お読み頂きありがとうございます。
第9話(前)です、長いので前後に分けます……。
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また次話でお会いできましたら嬉しいです。




