第5話:「あんな喧嘩腰だったくせに!?」
放課後、学院の庭園。
魔法で管理された多種多様な花と樹木。石畳の道なりにあるベンチや芝生の広場では、学生達が陽を浴びながら思い思いに寛いでいる。開放的な空気に満たされた憩いの園。その奥まった場所に東屋があった。
「レマ様さぁ、これは餌付け作戦ってことですか?」
東屋に設えられたテーブルとカウチを新入生四人で陣取っていた。ジェミットが出し抜けに問いかける。
「餌付けではない。
うちの領内はこの時期、栗がよく採れて。母が焼き菓子にして贈ってくれたのだ」
一抱えもある木箱に詰め合わされた、高級な素材をふんだんに使った目にも鮮やかな焼き菓子。栗を使った菓子以外にも旬の果実を練りこんだものもある。
日持ちのする焼き菓子とはいえ、遠く離れた帝国の領内から食べ物の仕送りがくるのは、やはり大貴族の財力を感じる。
全員でありがたくお裾分けを頂くことにする。
「……ジェミット・ニーノだけではなく全員に言うが。その、家名呼びや敬語は止めてくれ。
出自を笠に着た振る舞いなど、テウルギアの流儀ではない。
学院では、私はただのヒースクリフ。誰にも何も、気を遣わせるつもりはない」
「だったら、お互い遠慮なく、あたしのこともジェミットって呼んでね。
リュシクも食べなよ、めちゃくちゃ高級菓子の味わいがする!」
「……ヒースクリフ、君。ありがとう、お菓子を頂きます。
うん、すごく美味しい」
今まで食べたことのない、とても贅沢な風味が口の中でじゅわりと広がって溶けていく。
サフィールが流れるような所作でティーポットを扱い紅茶を淹れてくれた。芳醇な薔薇の香りが東屋に立ち昇る。テーブルには焼き菓子と秋薔薇の紅茶。放課後の洒落たお茶会である。感謝してカップを受け取りつつ、ティーセットはどこから用意したのかと聞けば、学院の売店で貸し出し可能なのだと教えてもらう。リュシクとジェミットは顔を見合わせる。今後の生活は庭園に入り浸るだろうと決まった。
__入学式の日から、一週間後。
憧れていた学院での生活は充実し過ぎていて、あっという間に時が経った。
十年間、師匠だけから学んできたリュシクにとって、新入生総数四十人に交じって座学を受けるだけでも神経を使った。
基礎課程の授業は、さすが世界最高峰の学府に相応しい内容であった。
偉大で優秀な師匠から今まで付きっ切りで学べたことは、本当に幸運だった。
授業内容自体は、かなり知識量のアドバンテージを持っていたおかげで、周りについていけないということはなさそうだ。
学院生活に慣れながら、復習感覚で授業を受ける。
最初の一週間は座学ばかりだったから、本当に大変だったとジェミットが言っていた。でも、来週から実技も始まるから楽しみなのだと。
そう慌ただしく過ごしていれば、ヒースクリフからの"クラン"結成勧誘に対して返事をする日がやってきたのだった。
「それで、決心してくれたか?」
「決心って、言われても。
正直、あたしは勉強についていくのに手一杯で、何も考えられてないぜ」
ジェミットが頬杖をついては、一週間の疲れを溜息に乗せて吐いた。
リュシクはバター風味がこっくりと濃厚な菓子を飲み込む。
「私もまだ決心がつかない。
だからこそ、ヒースクリフ君が"神授七冠"を何故研究したいのか、どんなふうに研究のアプローチを掛けていくのか。
研究の意義と展開に関して、貴方の主張をもう一押し聞きたいな」
「同じく、俺も聞きたい。
ただ"神授七冠"を研究したいだと具体性が欠けている。
"神授七冠"の成り立ちと切り離せない邪龍戦争の歴史から始めるなら、学院生活中では到底時間が足りないな」
足を組んで座るサフィールは焼き菓子には手を付けていない。
二人の問いかけに「確かにっ」と真っ先に反応したのはジェミットだ。
「三百年前の戦争、そこから七人分の軌跡を辿るって、研究分量が半端ないぜ!
……って言いながら、あたし、実はあんまり"神授七冠"の魔導師を知らないんだよね。
今の時代に活躍してるのは、テウルギアのレイ・モンモール総帥閣下と"連盟"の軍事顧問イスカンダリーヤ様くらいでしょ?
あっ、イスカンダリーヤ様が、女子魔法士の憧れ存在で超格好良い女性って噂は知ってる!」
ヒースクリフが呆れたような半眼でジェミットを見ている。あはは、と彼女は半笑いで頬を掻いた。
「…………ジェミットの質問から先に答えよう」
ごほん、と一つ咳をする。
ヒースクリフは"神授七冠"の成り立ちをおもむろに語り始めた。
__三百年前、世界を滅ぼすために降臨した"厄災の邪龍"。
邪龍、そして邪龍が召喚する眷属を相手に人類存亡を賭けた戦争が始まる。
人類は戦争に勝つため数多の強力な攻撃魔法を開発しては、実戦で行使した。
"神授七冠"の魔導師となる七人は、究極の戦闘能力を誇る魔導兵士。
人類初、その七人が邪龍の元へ到達して、言語に絶する戦いの果てに邪龍を打ち倒した。
「そして、七人は世界を救った功績によって、不老不死の祝福を神から賜った。
ここまでは、初等教育の教科書にも出てくるような事柄だが」
「んもーっ、おさらいになっていいじゃん。
それで? その後、最強で不老不死の七人はどうなったの?」
ジェミットが続きを強請る。
リュシクは二人の話を黙って聞いている。__解っていたことだ、この話がどこに流れていくかなど。カップを満たす紅茶、紅い表面に映った自分自身は、感情を押し殺した平坦な眼差しをしていた。
「…………現在、公式的に所在が判明している"神授七冠"の魔導師は、先に挙げられたレイ・モンモール総帥閣下、イスカンダリーヤ様、他はイド教のナラカ・ザクムシドラ祭司長の三人と、南方大陸にある何処かの秘境でお籠りになっているロドス・ハシェ様だ」
「えっ? じゃあさ、残りの三人は?」
「消えた」
感情を交えない、温度のない一言。
サフィールの声。ヒースクリフの説明に対して、後を継ぐように告げる。
「"神授七冠"の一人、ディマーゴ。
祝福から二十年も経たずに狂乱して新たな厄災の魔王となり、他の六人により封印される。
"神授七冠"の一人、オリピパ・アグリ。
禁忌魔法の使い手。邪龍を倒した後の世界に禁忌魔法が存続することを許さず、地上から禁忌魔法の知識を消したのち、自ら深海に沈んだ。
"神授七冠"の一人、アトキア・ダーウィド・ティオンヴィットセル。
百二十年前、帝国内の一都市をそこに住む住民ごと灰燼へ帰して特級戦犯となった。その後は消息不明。
……今現在も、帝国は彼を追っている」
サフィールの濡羽色をした瞳は湖面のように澄んでいるのに、何の感情も浮かんでいなかった。
静かに持ち上げられた紅茶のカップ。ふぅと漏れる吐息で微かに湯気が揺らめく。
彼は語り終えたと言わんばかりに、紅茶へ口を付けた。
その所作に、リュシクは既視感を覚える。心がじくりと疼いて、思わず息を止めた。
「はぁ!? 七分の三がもう闇深い顛末じゃん!」と、ジェミットが頭を抱えて、すぐにリュシクの異変に気付いた。
「どうしたの? リュシク、顔色が良くないけれど」
ジェミットが心配そうに顔を覗き込んでくるので、リュシクは取り繕うように笑みを浮かべてゆるゆると首を振る。
「ううん、何でもないの。
ただ、……世界を救った人達へ、不老不死なんて重いものを背負わす神様のことは理解できないなぁって」
続く、「赦せないよね」という言葉は、気づけばからからに乾いていた喉奥へと飲み込んだ。
「確かに。
研究家の間では、不老不死は祝福ではなく、呪いだという見解を持つ者もいる。
それもまた"神授七冠"に纏わりつく謎の一つだ。
……禍福の捻じれた七人の顛末であった事実は変わらない。
だが、私は"神授七冠"という存在が、今に続くまで世界と魔法を扱う者たちに影響を与え続けていることを肯定的に捉えたい。
研究の意義というならば、"神授七冠"と人類が寄り添い合うことこそ魔法社会の発展に寄与できると考えて。
研究の展開はやはり、」
「帝国出身の貴族が、"神授七冠"を肯定的な解釈で研究していいのか?」
彼の言葉に被せるように、サフィールが疑問を呈した。
首のわずかな傾きで、繊細な絹糸如き黒髪がさらりと頬に掛かる。
「……私が、研究したいのだ」
ヒースクリフがサフィールを正面から見据える。彼の強く挑むような視線をあしらうように、サフィールは微かに唇の端を歪ませた。
少女二人は、彼らの雰囲気が硬く張りつめているのを察して黙りこんだ。
「フィロソラス帝国は今現在、いや遙か昔からリスト大陸全土統一の構想を抱いている派閥がある。
不可侵条約を破棄し戦争してでも、テウルギアを飲み込んで大陸全土統一するべきだと。強硬手段を主張する派閥は、水面下で増え続けている。
そういう黒い噂は、周辺諸外国に把握されているよ」
「私の父は、公爵家は、そのような愚かな派閥とは一線を引いている!」
「帝国は、元より"神授七冠"の魔導師が世界情勢に幅を利かすのを受容していなかった。
百十年前の事件で決定的な溝が出来て、"神授七冠"は世界に悪影響を及ぼす存在であるという意見が根強い。
なのに、帝国の公爵家嫡男がテウルギアで"神授七冠"を研究したいと言う。
……君にとって大貴族であるという出自は、粗雑に放り出していいものなのか?」
ガタリと音を立てて、ヒースクリフが勢いよく立ち上がる。早鐘を打つ心臓を抑えつけるように、片手は胸元に爪を立てていた。
激情を抑えるように、深く深く息を吸って吐いて。彼は言葉を絞り出した。
「私は、テウルギアに政治的な摩擦を持ち込むつもりはない。
ただ、魔法を極めようとする一人の人間として、自らの探究心に自由でいたい。
……せめて、学院生活の中では!」
「あの、"クラン"結成の返事をします」
リュシクが手を挙げれば、三人が彼女を注視した。
「私、ヒースクリフ君の"クラン"メンバーになりたいです」
告げれば、全員が驚いたような反応をする。
「……本当か」
「えっ、リュシクってば、本当に良いの?」
「………………」
リュシクは挙げていた手を下ろして、胸元に添える。
「私、……私も"神授七冠"の魔導師の偉業を知りたい。
それで、研究の展開について意見を述べるならば」
涼し気な初秋の風が、樹木を揺らしてさざめかせている。陽が傾き、庭園は薄っすらと茜色に染まり始めていた。
憧れていた学院での生活。それも僅かずつ慣れては日常生活になっていくのだろう。離れたはずの師匠が、傍にいることの変わらないまま。
一週間、サフィールとは特段会話や交流などしていなかったが、今日の言動で強く確信を深めていった。
「やはり、自治魔法都市テウルギア総帥レイ・モンモール閣下でしょう!」
ヒースクリフが目を輝かせる。
「お、おぉっ、やはり総帥閣下かっ!」
「レイ・モンモール閣下は邪龍戦争後の復興事業、テウルギアの運営、世界魔法規範の制定、様々な偉業に携わってきました。自らの特異性を強権として振りかざす気は無いと、ずっと裏方仕事に徹されてきたのを、漸く五十年前にテウルギア総帥の地位に就かれた人です。魔導師の鑑! 魔法を扱う全ての者が模範すべき生ける伝説!」
「うんうんうんっ! 君は話が分かるな、リュシク・リアン!!」
ヒースクリフとリュシクが熱く頷きあう。固く握手しかねない勢いである。
「えぇ~っ、もしかしてこの二人って意外に相性が良い?」とジェミットが呟いた。
「……………………………………俺も、メンバーに入る」
サフィールが、ぽつりと呟いた。全くの無表情で、いつの間にか庭園のほうを見遣っていた。
彼の発言に、三人ともきつく眉根を上げた。
「あんな喧嘩腰だったくせに!?」
ジェミットが叫べば、リュシクが彼女と同意見だと言わんばかりに高速で首を縦に振った。
ヒースクリフが疑い深そうにサフィールを睨みつける。
「先ほどまでは断る心積もりだったと見受けるが?」
「どうせ、学院生活中で何かしらの"クラン"結成に誘われる気がする。
だったら、さっさと入って煩わしい勧誘から逃れたいな。
この四人なら、誰にも何も気を遣わなくて良いだろ?」
サフィールの返事に意欲が感じられないことは、元より承知していたことだったので、ヒースクリフはならばと頷いた。
「ねぇ、ヒースクリフってさ、なんでこんな気難しい相手を誘ったの?」
ジェミットが隠しもしない声音でヒースクリフに問いかける。
「そ、それは、私の成績を追い抜かした実力はもちろん、性格的に合わなそうな存在と関わるのもまた学びだと思ってだ。
ちなみに、ジェミット。君に対しては、勉強はともかく快活ながら実は冷静客観的で視座が広いところを評価している」
必死な様子で勉強についていこうとしている姿を一週間で観察していたのだと、事も無げに答えた。
「勉強はともかくぅ!? 実技は得意なんだから、来週にでも決闘だぜ!」
ジェミットが息巻いたが、ヒースクリフは聞き流して問いかけを投げる。
「それで二人はこうだが、君はどうする?」
「あっ、あたしも入る。
あんた達くせつよ男子二人の子守りなんて、リュシク一人に苦労を掛けさせられないぜ」
「ジェ、ジェミット~~~~っ」
女子二人が手を取り合って熱く視線を交わしているのを、男子二人は少し気まずそうに眺めた。
お読み頂きありがとうございます。
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また次話でお会いできましたら嬉しいです。




