第4話:「必ず、この先でお前を追い落としてみせる」
主任教師に先導されて、新入生達が学院を案内されたその後。
遅い昼食会を兼ねた新入生歓迎パーティーの参加となった。
開放的な硝子張りの大食堂には、立食形式にテーブルの上でごちそうが並んでいた。
大海に面したテウルギアらしい、豊富な種類の海鮮料理がメインとして。
それ以外の料理も、学生達の胃を十分に満足させる内容であった。
新入生と在学生が入り混じって、思い思いに昼食を堪能していた。
「しっかし、リュシクの試験成績二位ってすごい。
試験の時、いいやっ、普段からも頼りにさせてもらおっと!」
プリンにケーキ、たくさんの果実、たっぷりの生クリーム。
山盛りのデザートを幸せそうに頬張りながら、ジェミットは言った。
「頼って貰えるのは、嬉しいな。
……その、成績順位。私、知らなかったな」
リュシクは、真っ青な色の飲み物をちびちびちと飲んでいた。
今まで味わったことのない。しゅわしゅわ、と口の中で泡が弾ける感触は癖になる。
「あれっ、学院の掲示板は見てない?
学院のホールに、掲示板があってね。
試験の時とか含めて、成績順位が出るときは提示されるらしいから、要チェックだぜ」
入学試験の合格通知では知らされない成績順位。
それが入学式の朝に掲示されたのだと、ジェミットが説明してくれる。
学院のホールは通ったはずだが、入学式への気分の高まりで、視界に全く映せてなかった気がする。
ああ、ジェミットのほうが、絶対頼りになって賢い女の子だよ。
リュシク一人だけだったら、歓迎パーティーも食堂の片隅でぽつんと孤独に立ち尽くしていたかもしれない。
しかし。リュシクには、ジェミットという素敵な友達が隣に並んでくれる。
二人であれこれと料理に舌鼓を打っていれば、他の学生に声を掛けられ、言葉を交わしたりもした。
人見知りして碌な受け答えもすぐ浮かばないリュシクに、ジェミットが自然体で間を取り持ってくれた。
物怖じしないで気取りなく人に接することが出来る、なんて頼もしい人。きっと私の学生生活は、ジェミットにべったりだ。
「……首席の人には、事前の連絡がいくのかな」
リュシクは思わず、ぽつりと漏らした。
「そりゃ、挨拶の用意があるから」
ジェミットは答えながら、すぅっと流れるような動作で周囲を見渡した。
標的の居場所を探し当てた彼女は、次にリュシクを覗き込んだ。
瞳をきらきらと輝かして、にんまりと笑っている。
「首席代表サフィール・オデロは、あちらで抜け目のない少女達に囲まれておられる。
リュシク・リアンよ。汝が声を掛けに行かなくてどうする?
成績二位の者として、風格の違いを見せつけておやり」
「えぇっ、大丈夫だから。
あのね、彼に声を掛ける気は、私はなくって」
ジェミットの言葉に、リュシクは慌てて首を振って否定した。本当にそんなつもりはなかった。
「あんなに熱心に見てたのに?」
「見てたけど、もう見てないって。
私、ジェミットと今の時間を楽しみたいな?」
「たはーーっ、あたし、首席に勝ったよ!」
ジェミットが顔を赤らめながら、照れくささを誤魔化すようにケーキを掻き込んだのだった。
__そう。今は、サフィールが師匠かそうでないかを考える気になれない。
サフィールの正体。学生証の装着儀礼で何かしらの干渉をしていたこと。
それは、ものすごく気になるけれど。
師匠が正体を隠して事を起こしているなら、簡単に暴かせてくれそうにないだろう。
今日一日、色々あった。
蓄積した疲労感と普段以上の満腹感は、リュシクの思考能力を摩耗させた。
ならば現状においては優先的な対処事項でないと、リュシクは判断する。
まずは、学院の空気に慣れなければならない。
他の同級生達とも、少しずつ人間関係の構築に励んでいく。
そして何より、ジェミットという初めての友達との時間を満喫したい。
そんなことをぼんやりと考えながら。
リュシクは、ジェミットの美味しそうに食べる姿を微笑ましく眺めていた。
「んむっ!」
ジェミットが、ぴたりと食べる手を止めた。
「面白そうな展開の予感」
「どうしたの?」
「リュシク、首席代表を囲む人だかりを見て」
「? ……気にするのは、人だかりに割って入ろうとしてる人のほう?」
「良い勘してる。そう、超大物の登場だよ」
ジェミットがサフィールを中心とした人だかりに割って入る少年を見て言った。
「……私は、屈辱を感じているのではない。
お前のような、まったく意欲の感じられない男に試験で負けた。
ただ、己の未熟さが情けないのだ」
人だかりを掻き分けて、サフィールに正面から対峙した少年は出し抜けに言い放った。
人だかりの学生達は眉を顰めたが、少年が誰かをすぐに理解して、息を呑んで成り行きを見守り始めた。
リュシク達の耳にも、少年のきりりとした良く通る声が届いた。
「おぉう、噂通りにプライド高そうな!?」
ジェミットが、畏れ入ったように唸った。相手が誰かを知っているような口振りである。
「ねぇ、彼って何者?」と、リュシクは彼女に問いかけた。
「ヒースクリフ・レマ。
あのフィロソラス帝国公爵家のご長男で、すでに一級魔法士相当の天才少年。
学院へ入学するのも世界的に知られるほど。そぉ~んな超有名人が試験成績三位ってんだから、ね」
なるほど。リュシクのような極限の田舎者と違って、きちんとした文明社会で生活して学院を目指している子供ならば、知っていてもおかしくない名前なのだろう。
「なんだか凄い人と同級生なんだね」
「凄いで片づけられるリュシクも、負けずに大物って感じするよ」
リュシクが呑気に感心してみせると、ジェミットが気の抜けた笑いを返した。
「私は、ヒースクリフ・レマ。
しかと覚えておけ。
必ず、この先でお前を追い落としてみせる」
威風堂々とした公爵令息の宣戦布告を、歓迎パーティー参加者達の誰もが注目していた。固唾を呑む。面白そうにぴゅうと口笛を吹く。黄色い声を上げる。周りの反応は様々だった。
「……へぇ、がんばりなよ」
人だかりが出来るほど少年少女達から話しかけられていても。
ヒースクリフの宣戦布告にも。それによって歓迎パーティーでさらに注目を浴びても。
サフィールは興味なさげに反応が薄かった。
グラス片手に佇んで、ヒースクリフの鋭い視線を受け流している。
「その何事もどうでもいいと言わんばかりの態度が気にくわない。
……まあ、構わない。私についてこい」
「……、分かった」
挨拶は済ませたとばかりに、ヒースクリフはサフィールを連れ出した。
世界一の国土を誇る帝国の大貴族。彼の強引な行動に対して、人だかりの学生達が異を唱えたり、着いてくることもしなかった。
サフィールは促されるまま、彼の後に着いていく。人に囲まれていたことに飽き飽きしていた、と言わんばかりに周りを一顧だにしない。
「……、えっ!?」
なんと二人の少年は、リュシク達の元にやってきた。
とうとう、リュシクとサフィールが至近距離で対峙する。
リュシクは目を見開いて固まった。推定師匠である少年の顔をまじまじと見つめる。師匠に負けず劣らず美しい顔。師匠が若返った姿と言われたら納得してしまいそうだが、微妙な造形の違いも感じられる。
サフィールは少し眉を上げただけで、感情が窺い知れない。
彼よりやや前に立つヒースクリフは、その曇りない紫色の瞳で、真っすぐにリュシクを射抜いていた。
空色の髪を丁寧に撫でつけてきっちりと隙なく制服を着こなして、佇まいから高貴な雰囲気を纏っている。
サフィールと並べば、ヒースクリフのほうがよく鍛えられたしっかりとした体格をしていた。
「リュシク・リアン。
君に対すると、私は情けなさを覚えない。正々堂々やり切った末の試験結果だと納得ができる。
一目見ただけで分かる。君は実直勤勉、知識欲にひたむきな者である。
私はヒースクリフ・レマだ。
君の良きライバルとして、ぜひとも見知り置いてほしい」
ヒースクリフは、ぱっと人好きのする笑みを浮かべてリュシクに握手を求めた。
サフィールに対する態度と違う。相手を認める和やかな態度に、リュシクは意外に思って面食らう。
「は、は、はい。よろしくお願いします」
差し出された手を握らなければ、と彼女が手を上げようとすれば。
「俺は、サフィール・オデロ。
君とぜひとも友達になれたら嬉しいな」
サフィールが、ヒースクリフの視線の前に立って、リュシクに微笑みかけてくる。
彼の言動に、ただひたすらに困惑する。おふざけが過ぎますよ師匠!? と、怒ったように言ってやりたくなる感情をなんとか抑える。
「は、い、え、と、リュシクです。と、もだちは考えておきます」
「…………」
感情の読めないサフィールの瞳は揺れることなく、リュシクをずっと見つめ続けている。彼の圧力に負けて、彼女の視線が下がっていく。
「なんだいなんだい、隣にいるあたしとはよろしくしてくれないの!?
男二人で女の子囲っちゃ、破廉恥ってやつだぜ!」
ジェミットは強気な袖を捲る仕草で少年二人に食って掛かった。最強の助け舟にリュシクは顔を上げ両手を握りしめて彼女を崇めた。
リュシクと握手し損ねた片手を顎に当てて、ヒースクリフはジェミットをじっと眺めた。
「君の名前は?」
「あたしは、ジェミット・ニーノ。
学院の中じゃ成績も冴えないけれど、地元じゃ一番優秀だったし。
リュシクを困らすなら、男二人まとめて、あたしが蹴散らしてやるぜっ!」
「了解した。なるほど、リュシク・リアンとすでに交友関係を結んでるのだな。
良い緩衝材になりそうな人柄、と見受ける。
ふむ、……四人だと均衡が取れて丁度良いか」
「何が、丁度良いって?」
きっと睨みつけるジェミットの視線にも動じず、ヒースクリフはこの場にいる四人を見渡した。
「サフィール・オデロ。リュシク・リアン。ジェミット・ニーノ。
君達は私と"クラン"を結成しないか?」
ヒースクリフは両手を広げ、そして力強く拳を握りしめた。
サフィールを目を細め、リュシクは首を傾げ、ジェミットはあんぐりと口を開けた。
「あの、"クラン"って、学院生活全期間を通しての自主的研究活動の集まり、ですよね?」
学生証の装着儀礼と同じようなテウルギアにおける伝統の一つであると、新入生達も知るところだ。
「そんなん、入学初日にいきなり結成するもんじゃないでしょ普通は!
もっと、こう、課程が進んで。進む分野が固まってからとか。人間関係の腹の探り合いとか!
なんかもー、いろいろと段階を踏んでからじゃないですかね、天才貴族様?」
少女二人の疑問に、ヒースクリフは目を閉じて頷いてみせた。
しばし沈黙が流れる。なぜか、彼の拳はぐっと強く握りしめられたままだった。
「……私が結成する"クラン"の研究分野は、もう決まっている」
ヒースクリフは、カッと目を見開いた。
「"神授七冠"を研究するのだ!
彼ら生ける伝説の七人。この世界における魔導師の頂点。至高の存在。
禁忌とされた魔法も含めて、あらゆる高等魔法を極めて邪龍を打ち倒し神に認められた存在。彼らを研究することこそ、魔法の極みを知ること。
そう、テウルギアには七人のうちレイ・モンモール総帥閣下もいらっしゃる! 我々の"クラン"がテウルギアで評価されれば、すなわち閣下と謁見の機会を得る可能性もあるのではないか!? そのためには今のうちから相応しい人材を揃えて"クラン"を結成すべきであろう!」
「あ、この天才貴族。もしかして"神授七冠"オタク?」
たまにいるよねー、と呆れたようにジェミットがヒースクリフを見つめた。
リュシクは奇しくも、サフィールと同じように、どんな反応を示したらいいか分からないといった薄い苦笑いを浮かべていた。




