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第3話:「はい! 学生証の装着儀礼であります!」

「ようこそ、高等魔法学院テウルギアへ」

 初老の男性教師がにこやかな面持ちで新入生となった少年少女を見渡した。

「私は基礎過程の主任教師、ハルトマ・ペリ」

 主任教師は踵を鳴らして広い教室内を歩き回る。

 大仰に手を振って、新入生を歓迎していた。

「君達は世界各地より集った金の卵達。

 まさしく君達はまだ分厚い殻に覆われた存在であり、私達教師は君達をほどよく叩いて転がして殻にひびを入れる存在だ」

 と、一息で続けてから、足を止めた。

「これ、毎年言ってるんだけど。

 今年の新入生代表の挨拶。表現が石だったから、ちょっと私の格好がつかないよね。

 卵じゃなくて石を叩いて転がすなんて。なかなか今年の生徒は、硬くて厄介そう」

 パン、と手を叩いて主任教師は戯けるように笑った。

「さぁさぁ、これから探究の坂を転がりに転がって、石なり殻なり、ぱかんと割れたまえ。

 学ぶことは変化すること、変化し続けること。一瞬先すら同じ自分じゃいられない」

「…………」

 主任教師の上機嫌に続けられる言葉。

 リュシクはもちろん、真面目に聞き入っているつもりである。

 しかしやはり、彼女の視線は無意識のうちに窓際へと吸い寄せられてしまう。

 リュシクの席から斜め前方。

 今年度入学試験の首席。白皙の美少年、サフィール・オデロは窓際の席に座っていた。

 後ろ姿のみ、表情は見えない。

 主任教師が彼の挨拶について言及した時も、軽く肩をすくめた程度である。

 この場にいて何を考えているかは、後ろ姿からは全く読み取れない。

「さてさて、本日は入学式だけじゃ終わらない。

 ここからが長い、君たち居眠り厳禁だ。

 基礎過程の講義についての説明。学院の案内。

 なによりもまずは、学生証の装着儀礼!」

「……」

 気づかれないように密やかに。

 リュシクはサフィールをじぃっと見つめて観察する。

「きゃっ、窓辺に座る姿がとっても絵になっちゃう。

 耽美な美少年って、す・て・き~~っ」

「ッ!?」

 耳元で、吐息交じりに囁かれるて、リュシクは肩をビクビクと跳ねさせた。

 勢いよく隣を向けば、唇に人差し指を当てた少女。

 ぱちんと片目を瞬かせて、リュシクへにっこりと微笑みかけている。

「君以外の女の子達も。みんな、彼のことちらちら見てるから。

 自由時間になったら、すぐ声を掛けに行かないと。

 群れができるとアピール難しいぜ」

 軽妙な口調から快活な性格が滲み出ている。

 飴色の柔らかそうな髪と新緑色に輝く瞳も相まって。

 まるで好奇心旺盛な猫のような雰囲気の少女である。

「ち、違うよ・・・・・・、誤解です」

 リュシクの頬が真っ赤に染まる。

 見ていたことを見られていたことが、この上なく恥ずかしい。

 慌てて、しかし騒がしくないように。そして教師に見咎められないように。

 少女から教室の前へと顔を向き直して。

「し、知り合いに似てるなって思ったら、気になっちゃって」

 リュシクは、少女に弁明を試みた。

「お、顔見知りだった?」

「ち、違うと思う。

 年齢も違うし。ただ、似てる気がして……。

 いけないよね、集中します」

「ううん、あたしこそ話しかけちゃってごめん。

 入学式の時からね。

 君の表情がころころ変わってるのが見えてて。

 可愛いなぁって思ってたから、つい話しかけちゃった」

「うぅ……」

 こそこそと会話は続く。言葉を重ねる毎に、リュシクは顔が俯いていく。

 気持ちとしてはこのまま机に突っ伏したかった。

 可愛い、と言われたことだって、身悶えしそうなほど嬉し恥ずかしかった。

「あ、そうだ。

 あたし、ジェミット。

 ジェミット・ニーノだよ」

 明るい調子で名乗る声。

 リュシクは顔を上げて、隣のジェミットを見た。

「わ、私はリュシク・リアン。……よろしく、お願いします」

「わぁい、友達一人目ね」

 友達一人目!

 その言葉ひとつで。

 先ほどまでの困惑と動揺。

 すなわち師匠の存在疑惑など、もうどうでもいい。

 リュシクの頭から綺麗さっぱり、星の彼方へと吹き飛んでいった。

「あたし達、きっとすっごく仲良くなれるぜ。

 今朝の占いで、運命的な出会いがあるって出てましたもん」

「…………、ぜ、ぜひともっ」

 ジェミットの言葉に、歓喜が爆発しそうになる。

 運命の友達。

 だって、こんな猫みたいな可愛くて明るい女の子が私の友達になってくれるって。こんなこそこそと周りに気を遣いながらじゃなくて、今すぐたくさんお喋りしたい。あぁ、占いが好きなのかな。聞きかじりの数秘術を披露したら喜んでくれるかな。

 リュシクの脳内が薔薇色に染まっていく。

 ジェミットの笑顔がきらきらと輝いて眩しかった。目が灼けても眺めていたい。

「そこ、君。

 あぁ、入学試験成績二位のリュシク・リアン君か」

 主任教師ハルトマが、リュシクを指さした。

 ぐぅ、と唇を硬く引き結びながら彼女は主任教師を見た。

「……はい」 

「君、最初ね。

 その次はお隣ジェミット・ニーノ君。

 おしゃべりさん達から捌いていきましょう。

 ほら、立って立って!」

「あっちゃぁ、はーいっ」

 主任教師の手招きに少女二人は立ち上がった。並んで教卓へ近づく。

 初日から教師に目をつけられて、と呆れたような周りの視線に晒される。

 リュシクはガチガチに固まって重い足取りを進ませた。

「おしゃべりさん達。今から君たちにして貰うこと、ちゃんと聞いてたよね?」

「はい! 学生証の装着儀礼であります!」

 ジェミットがびしりと敬礼しながら答えた。

 君を女神と崇めても良いでしょうか、とリュシクは内心思った。

 ジェミットとの素晴らしい会話で全てを聞き逃していたのだった。

 ただ、装着儀礼が何なのかは、テウルギアの伝統の一つとしてすでに世に知られていることである。

 リュシクも状況をすぐに把握した。

「よろしい。

 それではリアン君から、教卓の魔法陣に右手を掲げたまえ」

「は、はいっ」

 教卓には銀色に輝く魔法陣の盤が乗っていた。

 かなり年代物であろう魔法道具。

 管理が行き届いているのか、瑕疵ひとつも見当たらない。

 リュシクは、陣に刻まれた紋様と呪文にさっと目を走らせる。

 素晴らしく緻密で多層的な陣であった。

 主任教師に言われたとおり、魔法陣へ右手を掲げてみせる。

 それだけで、それは発動した。

 魔法陣がぱぁっ、と輝きを放つ。

 輝きの中からしゅるしゅる、と無数の銀色の糸が顕れる。

 銀糸は右手の中指付け根に絡まって、ひとつの指輪を形成した。

 厚みのある銀の指輪。

 真円に絡まる蛇の紋章。

 テウルギアの紋章が、小さくも刻まれていた。

「わぁーぉ、本物の銀とは太っ腹」

 横からジェミットの暢気な感想。

 しかし、ただの銀の指輪、ただの学生証ではないことは、少女達二人は理解している。

「この通り、すぐに装着されるからね。

 どんどん、儀礼を進めていってくれたまえ」

 新入生全員、指輪を装着するのだ。

 一度嵌った指輪は、卒業まで自らの意志で勝手に抜けないのであろう。

 ジェミットも装着を済ませた。

 彼女は指輪を興味深そうに眺めては、ぴゅう、と口笛と吹いた。

 その場に止まっていれば邪魔になるので、二人は席に戻ろうとする。

 リュシクは指輪の機能を目視で解析する。

 装着者の生命状態、存在位置、使用魔法の記録を収集する魔法具。

 収集される情報は、大元の魔法具に常時送られて蓄積される。

 無理やり指輪を引き抜けば、警報も大元に飛ぶ。

 すなわち、学生を監視管理するための機能であった。

「最後は入学試験首席、サフィール・オデロ君か」

 主任教師の声に、リュシクは指輪から目を離す。

 装着儀礼の最後の番となった、サフィールの後ろ姿を見遣る。

 彼の手を掲げられる。魔法陣は輝きを放った。

 何の滞りもなく、彼の指に銀色が絡まった。

「……っ」

 リュシクはたまらず息を呑んだ。

 目を細めて、サフィールの後ろ姿を凝視する。

 白皙の美少年と、新入生の少女達がちらちらと熱っぽく視線を向けている。

 首席と呼ばれた彼は、同じ少年達にその賢さは如何ばかりかと値踏みされている。

 その誰もが気づいていない。

 主任教師も気づいている素振りがない。

 __彼は魔法陣が指輪を形成する瞬間、何らかの干渉をしていた。

 リュシクだけが、僅かなノイズの如き揺らぎを感じ取っていた。

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