第3章 第47話 「村の外へ続く跡」
翌朝、ヴェスパーが目を覚ますと、焚き火はすでに新しい薪へ替わっていた。
薄い煙が村跡の上へ真っ直ぐ昇っている。夜中より風が弱いらしい。崩れた石垣や家々の基礎には朝露が残り、昨日までただ灰色に見えていた草にも、小さな水滴が光っていた。
火のそばではアルドが地図を広げ、昨夜のうちに描いた地下施設の見取り図へ何かを書き足している。
ガルムの姿はなかった。
「おはようございます」
鍋を見ていたセレスが顔を上げた。
「おはよう。ガルムは?」
「起きてすぐ地下の入口を見に行きました」
「一人で?」
「中には入っていません。アルドに止められました」
少し離れた場所からアルドが口を挟む。
「三回言った」
「聞かないよな、あの人」
「ヴェスパーも人のこと言えない」
「最近は聞いてるだろ」
「最近は」
微妙な評価だった。
隣ではレイラが昨夜濡れた靴を火へ近付けている。
「もう履けるかな」
「近付けすぎると革が傷むよ」
イリスが言うと、レイラは慌てて靴を引いた。
「昨日は乾かせって言っただろ」
「乾かすのと焼くのは違うから」
「難しいな、靴」
「斧より?」
「斧は裏切らない」
「昨日橋の前で置いていったけど」
「あれは橋が信用できなかっただけだ」
朝からいつも通りだった。
ヴェスパーは鍋から温め直したスープを受け取り、家だった場所へ目を向けた。
昨夜と何も変わっていない。
壁はない。屋根もない。
それでも、昨日ここへ着いた時より、少しだけ場所の輪郭が見えるようになっていた。
あそこが共同井戸。
少し向こうが自分の家。
東側に集会所跡。
その地下に、研究組織が広げた施設。
そして、炉があった空の台座。
知らないことは増えた。
けれど、何も分からなかった昨日の朝よりは、確かに自分の目で見たものがある。
「今日、崩れたところを見るんだよね」
レイラが朝食を食べながら尋ねた。
「見る。ただし、掘り抜くとは言ってない」
アルドの返答に、レイラは不満そうな顔をした。
「昨日からそればっかりだな」
「崩落箇所を力任せに動かしたら、こっちまで潰れる」
「丁寧にやる」
「丁寧なレイラを見てから決める」
「あるよ、丁寧な時くらい!」
ヴェスパーが笑いながらパンを齧る。
「例えば?」
レイラが考え込んだ。
「……肉切る時」
「細かく?」
「大きく」
「丁寧じゃないな」
「何でだよ!」
笑い声が村跡へ広がった。
ヴェスパーは、その音を聞きながらスープを飲んだ。
ここで笑っていいのかと、一瞬だけ思う。
すぐに、その考えをやめた。
昨日もここで食事をした。
今日も朝が来た。
過去を確かめに来たからといって、今を小さくする必要はない。
◇
地下へ入る前に、ガルムは戻ってきた。
「何してた?」
ヴェスパーが尋ねると、ガルムは外套に付いた土を払った。
「周り見てた」
「何かあった?」
「今んとこ何も」
「一人で中入ろうとしたって聞いたけど」
「入ってねえだろ」
「アルドが止めたからだろ」
「結果は同じだ」
「セレス」
ヴェスパーが振り返る。
「任せます」
「おい」
セレスは真顔でガルムへ近付いた。
「昨夜きちんと眠りましたか?」
「寝た」
「何時間?」
「知らん」
「朝食は?」
「今食う」
「先に食べてください」
「地下――」
「先に食べてください」
ガルムが黙る。
レイラがヴェスパーの耳元で小さく言った。
「やっぱり強いな」
「聞こえてますよ」
「何で!?」
「近いからです」
ガルムまで小さく笑った。
◇
昨日見つけた入口は、夜のうちに変化していなかった。
仮に積んでおいた石もそのまま。アルドが封鎖を外し、内部の空気をもう一度確認してから、六人は順番に地下へ降りた。
ヴェスパーの胸にある黒い熱は、階段を下りるにつれて少し強くなった。
「昨日と同じくらい」
聞かれる前にセレスへ伝える。
「分かりました。変わったらまた教えてください」
「今日は信用ある?」
「今ので少し上がりました」
「何割?」
「数字にしません」
「昨日七割って言ったのに」
「数字を付けると競う人がいるので」
最後尾からレイラの声がする。
「私のこと?」
「他に誰がいます?」
「今日の私はかなり慎重だぞ!」
「階段でそれを叫ばないで」
アルドに言われ、レイラは今度こそ静かになった。
炉室へ入る。
昨日と同じ空の台座が中央に残っている。
朝の外とは違い、地下では時間が止まっているようだった。金属と湿った石の匂い。足音の反響。床に残った煤と、その上を横切る長い引きずり跡。
ヴェスパーは改めてその傷を見る。
炉が爆発したのではない。
火災のあと、誰かが固定具を外し、ここから運び出した。
昨日自分たちが確認した事実だ。
「崩れた通路はあっち」
アルドが灯りを向けた。
炉室の奥にある通路は、十歩ほど先で大量の土砂と石に塞がれている。
レイラが腕を組んだ。
「見れば見るほど掘れそうなんだけどな」
「見れば見るほど掘りたくない」
アルドは崩落部分の手前へしゃがみ込んだ。
「どうして?」
イリスも隣へ行く。
「上の石が支えてる。下を抜いたら落ちる」
「上からなら?」
「地上の位置を割り出してから考える」
アルドは崩落した石そのものではなく、通路の壁や床を確認し始めた。
イリスも今度は勝手に触らず、少し離れた場所から灯りを当てる。
「昨日言ってた引きずり跡、ここまで続いてるね」
「ああ」
床の煤を削るように、二本の平行した傷が伸びている。
炉の台座から。
この崩落の下へ。
「台車?」
ヴェスパーが尋ねた。
「可能性はある。ただ、車輪の跡にしては幅が広い」
アルドは傷の間隔を測った。
「橇みたいに滑らせたのかもしれない」
「こんな重いものを?」
「人数と道具があれば」
レイラが胸を張る。
「私なら一人で――」
「当時いない」
「例えだよ!」
ガルムは会話へ入らず、崩落した通路を見ていた。
やがて、アルドが壁際へ手を伸ばす。
「これ」
指の先に、腐った木材が残っている。
一見すると崩落で折れた支柱だった。
だが、断面だけが妙に平らだった。
「切れてる?」
イリスが近付く。
「切ってる」
アルドは灯りを横から当てた。
刃の跡が何度も重なっている。
「崩れた時に折れたんじゃない?」
ヴェスパーが聞く。
「折れたなら繊維がもっと裂ける。これは工具で落としてる」
「つまり」
イリスの声が少し低くなる。
「支柱を外して、わざと崩した?」
「可能性が高い」
アルドは断定し過ぎない。
しかし、もう一本。
さらにもう一本。
同じように切断された支柱が見つかった。
どれも崩落の奥側に倒れている。
「炉を通したあと」
ヴェスパーが床の傷と支柱を見比べる。
「後ろを潰した?」
「順番としてはそう見える」
アルドが答えた。
ガルムが小さく舌打ちした。
「回収して、道まで消したってことか」
「まだ回収した主体は分からないよ」
イリスが言う。
「ああ、分かってる」
ガルムはそう答えたが、視線は崩落から離れなかった。
◇
崩落そのものを掘らない代わりに、アルドは通路の向きを地上へ写すことにした。
炉室から入口までの距離。
通路が曲がった角度。
地下へ降りた深さ。
一つずつ測り、簡単な図へ落とす。
「これで地上のどの辺に出るか分かる?」
ヴェスパーが聞く。
「大体」
「正確には?」
「地面の高さが違うから無理。でも、崩落の真上に近い場所は絞れる」
「じゃあ掘る?」
レイラが期待する。
「まず地面を見る」
「今日ずっとそれ言ってない?」
「大事だから」
「アルド、名前のない奴より短くなってきたな」
アルドが初めて少し困った顔をした。
「それ、悪い意味?」
「分からない」
「便利だな、その言葉」
イリスが笑った。
ヴェスパーも笑いながら、ガルムを見る。
まだ表情が硬い。
地下を出てから話した方がいいだろう。
今は。
進めるところまで進む。
◇
地上へ戻ったのは昼前だった。
村跡から東へ向かう。
アルドの計算では、崩れた通路は村の外れを越え、そのまま低い丘の下へ伸びている。
「集会所の地下だけじゃなかったんだな」
ヴェスパーが歩きながら言う。
「少なくとも通路は」
イリスが答える。
「ガルム、本当に知らなかった?」
「知らん」
「責めてないよ」
「分かってる」
少し間を置いて、ガルム自身が続ける。
「俺が見たのは襲撃の夜だけだ。地上は燃えてたし、下じゃ炉が暴れてた。施設の構造を調べる余裕なんざなかった」
「うん」
「それでも」
ガルムは自分で言葉を止めた。
「それでも?」
「もっと見ときゃよかったって思うだけだ」
ヴェスパーは前を向いたまま答える。
「無理だろ」
「分かってる」
「俺を連れ出したんだろ」
「ああ」
「だったら、その時はそれでよかった」
ガルムは返事をしなかった。
ただ、少しだけ歩調が変わった。
◇
村の東端を越えると、地面は緩やかな下り斜面になっていた。
森が濃くなる。
道らしいものはない。
けれどアルドは時々立ち止まり、地面に残る不自然な平坦さを見つけた。
「ここ、人が通ってた」
「二十四年前の道が残る?」
レイラが尋ねる。
「道そのものじゃない。斜面を削った形が残ってる」
確かに、自然の地形ならもっと傾いているはずの場所が、帯状に平らになっている。
そこを辿ると、木々の間に低い石積みが見えた。
「壁?」
イリスが言う。
近付く。
石積みは斜面へ沿って続き、途中で不自然に切れていた。
その切れ目。
土と木の根に半分埋もれた場所。
金属。
錆びた輪。
「これ、扉の金具じゃない?」
ヴェスパーがしゃがむ。
アルドが周囲を確認してから、土を少し取り除いた。
金属の輪だけではなかった。
斜面そのものが。
埋められている。
「入口だ」
アルドが言う。
ガルムが目を細めた。
「外から地下へ?」
「多分」
イリスが村側を振り返る。
「崩れた通路の先?」
「位置は合う」
ヴェスパーの胸の黒い熱が、ほんの少し強くなった。
今度は自分からセレスを見る。
「熱、上がった」
「痛みは?」
「ない」
「なら記録しておきます。無理に近付かなくても」
「大丈夫。今は」
セレスは少し考えたが、頷いた。
「変わったら止めてください」
「分かった」
◇
外側の入口は、地下の扉よりさらに念入りに塞がれていた。
石。
土。
その上から木まで植わっている。
もちろん二十四年の間に自然に生えた木もあるだろう。
けれど、奥の石積みだけは明らかに人の手で組まれている。
「全部外す?」
レイラが聞く。
「一部だけ」
アルドが答えた。
「中へ入れる幅が出来ればいい」
「一個ずつ?」
「一個ずつ」
「もう慣れた」
レイラは本当に一個ずつ運び始めた。
イリスが少し驚く。
「丁寧じゃん」
「昨日からずっと言われてるからな」
「成長――」
「それ禁止ってお前が言ってただろ!」
「そうだった」
作業には時間が掛かった。
途中で昼食を挟み、再開。
午後になってようやく、人一人が横向きで通れる程度の隙間が出来た。
中から冷たい空気が流れ出す。
腐敗臭はない。
ただし、地下施設と同じ古い油の匂いがした。
「繋がってる」
ガルムが低く言う。
アルドが先に灯りを差し込む。
「通路は残ってる。奥で崩れてるけど、ここから十数歩はいける」
「炉は?」
ヴェスパーが聞く。
「ない」
当然。
それでも聞かずにはいられなかった。
一人ずつ入る。
内部は狭かった。
村の地下にあった研究区画とは違い、壁は粗い岩を削ったまま。設備もほとんどない。
ただ。
床だけが。
異様に平らだった。
そして中央には、二本の浅い溝が伸びている。
「これ」
ヴェスパーがしゃがむ。
アルドが炉室で見つけた傷と幅を比べる。
「合う」
「じゃあ炉をここから」
「通した可能性が高い」
通路の床。
二本の溝。
村の地下から。
外へ。
伸びていた。
「こんなの」
ガルムが壁へ手を置く。
「誰が作った」
「研究組織じゃない?」
レイラが言う。
「多分な」
「村人は?」
「知らなかったと思う」
「母さんは?」
ヴェスパーが聞く。
ガルムはまた答えに詰まる。
「分からん」
「うん」
ヴェスパーは、それ以上追わなかった。
◇
通路の出口近くには、小さな横穴が一つあった。
倉庫だったらしい。
木箱は腐って形を失っている。
金属部品。
太い縄の留め具。
滑車の残骸。
運搬用の道具が多い。
「ここで載せ替えた?」
イリスが尋ねる。
アルドは床を調べた。
「可能性はある」
「何に?」
「外へ出してから台車か荷車」
「外に道ないよ」
レイラが言う。
「今は」
アルドの答えに、全員が入口の外を見る。
二十四年前。
木がもっと少なかったなら。
ここに道があった可能性はある。
倉庫の奥。
イリスが朽ちた木片を避けた。
「これ、見ていい?」
「触るなら手袋」
アルド。
「分かってる」
イリスは布越しに、小さな金属板を拾い上げた。
錆びている。
半分は文字が潰れていた。
「何か書いてある?」
ヴェスパーが尋ねる。
「数字……じゃない。記号かな」
ガルムが近付く。
「組織の印は?」
「ある」
金属板の隅。
昨日見つけたものと同じ。
古い研究組織の印。
中央部分には、かろうじて二つの文字が読めた。
「搬出」
イリスが声にする。
部屋が静かになった。
「運び出す?」
レイラが言う。
「そういう意味」
イリスは続きを読もうとしたが、その先は錆で失われている。
「炉のこと?」
ヴェスパーが聞く。
「分からない。この札だけじゃ対象まで特定出来ない」
イリスは金属板を裏返す。
「でも、ここが物を外へ運び出すための区画だった可能性はかなり高くなった」
ガルムが小さく息を吐いた。
「最初から逃がす道を作ってたのか」
「人?」
レイラ。
「物かも」
イリス。
「研究資料、設備、誰か。そこはまだ分からない」
ヴェスパーは、床に残る二本の溝を見る。
巨大な炉。
火災。
自分が連れ出されたあと。
誰かが地下へ戻る。
炉を固定具から外す。
この通路を通す。
外へ出す。
その後。
支柱を切り。
通路を崩す。
村の家々に手を入れ。
道標の名前まで削る。
ひとつの流れとしては。
繋がる。
でも。
だからといって。
同じ人間が。
全部をやったとは限らない。
「ヴェスパー」
イリスが声を掛ける。
「今、何考えてる?」
「話作りそうになった」
「どんな?」
「研究組織が全部回収して、村を消したって」
ガルムがこちらを見る。
「でも」
ヴェスパーは金属板を見る。
「分からない」
「うん」
イリスが頷く。
「今あるのは、研究組織の搬出区画と、炉がここを通ったらしい痕跡。それから、通路が意図的に潰された形跡」
「それだけ?」
「今は」
ヴェスパーは少し笑った。
「十分多いな」
「そう思う」
◇
外へ戻ると、アルドはすぐに周囲の地形を調べ始めた。
斜面の下。
木々の間。
土の色。
不自然に平らな場所。
しばらくして、彼は谷側へ二十歩ほど進んだ場所で止まった。
「ここ」
草を掻き分ける。
地面は広く平らだった。
馬車一台。
いや。
二台。
並べられる程度の広さがある。
レイラが周囲を見回す。
「今は森だけどな」
「昔は積み込み場だったかもしれない」
アルドは斜面を見る。
「ここから南東へ抜けられる」
ガルムが眉を寄せた。
「街道じゃないぞ」
「今はね」
「昔もこの辺に道は――」
言いかけて。
止まる。
「なかった?」
ヴェスパーが聞く。
「俺は知らん」
「村の人は?」
「少なくとも普通の道としては使ってなかった」
アルドが、平地の端にある土を靴先で払う。
石。
一直線。
古い。
道の縁。
「道はあった」
ガルムが。
何も言わなくなる。
「隠してた?」
レイラが聞く。
「村側から見えにくい位置にはある」
アルドが答える。
「谷へ下りて、そのまま森を回れば、集落を通らず南東へ抜けられる」
ヴェスパーは振り返った。
木々の向こう。
村跡。
そこからは。
この場所が。
ほとんど見えない。
研究組織は。
村の地下に設備を作った。
そして。
村人が普段使う道とは。
別の搬出路まで。
持っていた。
「最初から」
ヴェスパーが言う。
「村の外へ持ち出せるようにしてた」
イリスが頷く。
「少なくとも、この施設は村の中だけで完結してなかった」
ガルムが。
遠く。
南東の森を見る。
「俺は何も知らなかった」
それは。
誰かへの言葉ではなかった。
◇
ヴェスパーは少し離れたところへいるガルムの隣へ行った。
「またそれ考えてる?」
「何を」
「もっと知ってれば、って」
「悪いか」
「悪くない」
ヴェスパーは谷の向こうを見る。
「俺も考えるから」
「何を」
「もっと覚えてたらって」
ガルムが。
少しだけ。
目を細める。
「でも」
ヴェスパーは続けた。
「知らなかった道が本当にあったんだから、知らなかったのは仕方ないだろ」
「簡単に言うな」
「簡単じゃない」
「じゃあ何だ」
「今日見つけた」
ヴェスパーは足元を指した。
「昨日まで知らなかった。でも今日からは知ってる」
ガルムは。
しばらく。
返事をしなかった。
「お前」
「何?」
「最近、たまに腹立つくらいまともなこと言うな」
「褒めてる?」
「半分」
「便利だな、それ」
ガルムが。
少し笑った。
◇
今日の調査は、そこで終えることにした。
道の先を追うには、現在の地図との照合が必要だった。南東へ続く古道がどこへ繋がっていたのか、今の地形だけで追えば日没までに戻れなくなる可能性がある。
レイラは少し不満そうだったが、昨日ほど強くは言わなかった。
「明日?」
「明日、もう少しだけ確認する」
アルドが答える。
「村へ戻るの?」
「一度野営地へ戻る。地図を見たい」
「なら飯?」
「そこが先なの?」
「歩いたから腹減った」
「それは分かる」
セレスまで頷いた。
「ほら」
「勝ち誇らないでください」
一行は村跡へ戻った。
途中、ヴェスパーは一度だけ振り返る。
森の中。
隠された搬出口。
その先。
南東へ続く。
古い道。
二十四年前。
自分はそこを通っていない。
ガルムも知らない。
それでも。
炉は。
その方向へ。
運ばれた可能性が高い。
故郷へ戻れば。
過去の答えが。
そこに置かれている。
そんなふうに。
どこかで思っていた。
でも。
実際は違った。
村へ戻って。
見つかったのは。
村の外へ続く跡だった。
◇
夕食のあと。
アルドは焚き火のそばで現在の地図と古地図を並べていた。
ヴェスパー。
ガルム。
イリスも。
覗き込む。
「南東」
アルドが指で線を引く。
「この谷を抜けると、今の地図では何もない」
「昔は?」
ヴェスパーが尋ねる。
ガルムが古地図を見る。
「俺が持ってるやつにも道は載ってねえ」
「研究組織専用?」
イリスが言う。
「可能性はある」
「どこへ行くと思う?」
ヴェスパーが。
ガルムを見る。
「知らん」
「予想でも」
「……昔、この先に採石場があった」
「村の?」
「違う。もっと古い。俺が若い頃にはもう使われてなかった」
「距離は」
「半日から一日」
アルドが地図へ印を付ける。
「地形的には辿れる」
「明日行く?」
イリスが聞く。
全員の視線が。
ヴェスパーへ集まる。
少し前なら。
その場で。
行くと答えていた。
ヴェスパーは。
一度。
考えた。
目的。
元々は。
故郷を見ることだった。
今。
炉の行方。
研究組織。
搬出路。
新しい手掛かり。
追えば。
さらに先がある。
「明日は」
ヴェスパーが言う。
「まず村をもう一度見る」
イリスが少し意外そうな顔をした。
「道、追わない?」
「追うかもしれない。でも」
自分の家跡。
共同井戸。
消された基礎。
まだ。
ちゃんと見切れていない。
「手掛かり見つけるたびに次へ走ってたら、何のために戻ってきたのか分からなくなりそうだから」
ガルムが。
ヴェスパーを見る。
「一日使う?」
「全部じゃない。午前だけでも」
アルドが頷く。
「古道は逃げない」
レイラも。
珍しくすぐに。
「いいんじゃないか」
と言った。
「本当に?」
ヴェスパーが聞く。
「何で疑う」
「早く先行きたそうだったから」
「行きたいよ。でも」
レイラは鍋の残りを自分の椀へ入れる。
「腹減ってる時に走るとろくなことないだろ」
「今ご飯の話?」
「同じだよ」
「たぶん違う」
「でも待つんだろ?」
「待つ」
「なら一緒」
よく分からない。
でも。
レイラなりに。
納得しているらしい。
「そうだな」
ヴェスパーは笑った。
◇
夜が深くなる。
皆が眠り始めたあと。
ヴェスパーは。
焚き火のそばへ。
少しだけ。
残った。
火。
小さい。
赤い。
村を焼いた。
炎とは。
違う。
地下の黒い熱とも。
違う。
ただ。
暖かい。
今日分かったことを。
頭の中で。
一つずつ。
並べる。
炉は火災のあと。
外された。
搬出用の通路があった。
通路は。
物を外へ運んだあと。
意図的に崩された可能性が高い。
外には。
積み込み場らしい平地。
そして。
村の外へ。
南東へ続く。
古い道。
誰が炉を運んだのか。
分からない。
なぜ村の痕跡まで。
消したのか。
分からない。
母親が。
そこに関わったのか。
それも。
分からない。
でも。
以前のように。
その空白を。
一つの答えで。
埋めたいとは。
思わなかった。
「まだ先があるんだな」
小さく。
呟く。
故郷へ。
戻った。
そこで終わると。
どこかで。
思っていた。
実際には。
村の地下から。
一本の道が。
外へ。
伸びていた。
過去も。
同じなのかもしれない。
一つの場所へ。
戻れば。
全部が。
分かるわけではない。
それでも。
明日の朝。
まず。
この村を。
もう一度。
歩く。
自分が。
ここにいた。
場所を。
手掛かりではなく。
故郷として。
見るために。




