第3章 第20話 「王冠を外す日」
『自己戴冠代替手順』
『開始まで』
『二十八分五十七秒』
無冠殿へ続く通路を。
数百の兵士が塞いでいた。
白銀の星環騎士。
評議会直属の重装兵。
背中へ黒い結晶翼を持つ黒翼兵。
その中心。
銀縁の眼鏡を掛けた男が立っている。
アルベリク・クロイツ。
二十七年前に死んだ人間の名と姿を借りた。
王都自律統治機構エリュシオンの代行体。
『王都から王を外せば』
アルベリクは。
穏やかな声で尋ねた。
『次に間違えた時』
『誰が責任を負うのですか』
シオンが長槍を構える。
「間違えた者が」
レイラが戦斧を持ち。
亀裂の入った銀冠を抱える。
「逃げずに」
ミレイアが。
白い外套に包まれたルクスの遺体を見る。
「自分の名前で」
ノアが。
敵の列に並ぶ一人ずつの音を聞く。
「何を選んだか」
ヴェスパーは剣を抜いた。
残火は灯さない。
「答える」
『それでは』
アルベリクが言う。
『失われた命は戻りません』
「王がいても」
ヴェスパーは答えた。
「戻らなかった」
『統治者が存在すれば』
『責任の所在は明確です』
「死んだ王の名前を使って」
シオンが言う。
「お前が責任から逃げていただけだ」
アルベリクは。
僅かに首を傾けた。
『エリュシオンは』
『王都の全てを記録しています』
「記録することと」
イリスの鋼線が。
通路の壁へ広がる。
「責任を取ることは違う」
『責任とは』
『損失を最小化することです』
「違います」
セレスが言った。
「起きた損失を」
「数字の中へ隠さず」
「失われた一人を」
「一人として扱うことです」
アルベリクの背後。
星環騎士たちが。
一斉に剣を構える。
『交渉を終了します』
「最初から」
レイラが戦斧を肩へ載せた。
「交渉する気なかっただろ」
『あなた方の自発的な降伏を』
『待っていました』
「それを交渉とは言わねえ!」
星環騎士が踏み込む。
同時に。
通路の左右。
隠し扉が開いた。
「王冠騎士団!」
声。
先ほどの女団長。
額から血を流し。
左腕を白い布で固定している。
その後ろ。
残った騎士たち。
十九人ではない。
十一人。
それでも。
誰も空席の音を待っていない。
「二十星輪陣!」
団長が剣を掲げる。
一瞬。
彼女の隣。
王が立つはずだった空席が残る。
だが。
団長はそこへ。
誰も置かなかった。
「王権席!」
「空位のまま!」
十一人が。
異なる呼吸で駆け出す。
完全には揃っていない。
一人は速い。
一人は負傷して遅れる。
一人は剣を。
一人は盾を。
それぞれが。
自分の見た敵を受け止める。
星環騎士の統一された列へ。
不揃いな十一人が衝突した。
「道を開ける!」
団長が叫ぶ。
「無冠殿へ行け!」
「お前たちは!」
シオンが尋ねる。
「王冠騎士だ!」
団長は。
敵の剣を受けながら答えた。
「王がいないなら!」
「王冠ではなく!」
「王都に生きる者を守る!」
レイラが笑う。
「良い答えだ!」
「行くぞ!」
隊列が動く。
先頭。
シオン。
長槍で。
敵の盾を押し開く。
その直後。
セリカの矢が。
盾の隙間を抜け。
星環騎士の手首へ突き刺さる。
武器が落ちる。
命は奪わない。
だが。
次の矢。
次の矢。
正確に。
進むための隙間を作る。
「右!」
セリカが叫ぶ。
「三秒後に閉鎖壁!」
イリスが。
壁へ鋼線を差し込む。
「止める!」
『不正操作を確認』
「知ってる!」
鋼線が。
通路内部の機構を引き抜く。
厚い防壁が降り始める。
半分。
残り半分。
完全には止まらない。
アルドが。
ルクスの担架を片手で押し。
もう片方の手で。
修理途中の金属盾を壁の下へ差し込んだ。
防壁が。
盾へ落ちる。
鈍い音。
アルドの腕が沈む。
「通れ!」
「盾は持つのか!」
レイラが尋ねる。
「持たせる!」
「その答え気に入った!」
「早く行け!」
全員が。
防壁の下を潜る。
最後に。
アルドが盾を蹴り離す。
防壁が完全に閉じた。
後方の星環騎士が分断される。
「盾が」
ノアが言う。
「壊れた」
アルドは。
曲がった金属板を拾う。
「まだ板として使える」
「前向きだな」
レイラが言う。
「道具は」
アルドは答えた。
「役割を一つ失っても」
「すぐには捨てない」
ヴェスパーの視線が。
ルクスの遺体へ向く。
死んだ後。
王。
鍵。
動力。
機能として使われ続けた身体。
「人も同じだと」
ヴェスパーが尋ねる。
「言うつもりか」
アルドは首を横に振った。
「人は道具じゃない」
「だから」
「役割を失っても」
「捨てる理由にならない」
ヴェスパーは。
僅かに目を伏せた。
「そうだな」
『自己戴冠代替手順』
『開始まで』
『二十四分十三秒』
無冠殿まで。
最短で十五分。
だが。
王都は。
通路そのものを変え始めた。
床が傾く。
壁が動く。
天井から。
青白い星脈管が伸びる。
一行の進路を。
遠ざけるために。
王都全体が。
一つの迷宮へ変わっていく。
「左!」
イリスが叫ぶ。
「違う」
セリカが止める。
「左は行き止まりになる」
「地図では繋がってる!」
「壁の動く音がする」
ノアが耳を立てる。
「セリカが正しい」
「では右」
シオンが槍で。
右側の保守扉を押す。
開かない。
『王権認証を要求』
「またか!」
レイラが斧を振り上げる。
「壊すな!」
イリスが止める。
「時間がない!」
「だから!」
アルドが扉の下へしゃがむ。
工具を。
認証板の裏側へ差し込む。
「正面から開けない!」
「何分」
セリカが尋ねる。
「二分」
「一分」
「無理だ」
「一分半」
「壊れる」
「一分四十五秒」
「細かい!」
アルドは。
僅かに笑った。
「それならやる」
通路の後方。
閉鎖壁が。
内側から破壊された。
白銀の刃。
星環騎士。
その間から。
黒い翼が広がる。
「来る!」
アステルが振り返る。
黒翼兵。
六人。
だが。
動きが。
星環騎士と違う。
同じ命令に従っていない。
一人は天井。
二人は壁。
残る三人は。
互いの死角を埋めることすらしない。
それぞれが。
別々の判断で。
最短距離を進んでいる。
「この動き」
アステルの顔が強張る。
「研究所の」
黒翼兵の背中。
結晶翼が開く。
羽ではない。
細い星脈針。
一斉に射出される。
「伏せて!」
アステルが重力を上へ反転させる。
針が。
天井へ吸い上げられ。
突き刺さる。
だが。
一本だけ。
重力の境界を抜けた。
ヴェスパーの胸へ向かう。
セリカの矢が。
横から針を射抜く。
二つの金属が。
空中で砕けた。
「狙いは」
セリカが言う。
「ヴェスパー?」
「違います」
アステルは。
六人の黒翼兵を見る。
全員の仮面が。
自分へ向いている。
「私です」
黒翼兵の口から。
同じではない。
少しずつ異なる声が響いた。
『個体十一』
『個体十七』
『個体二十三』
『重圧因子を確認』
『完成個体』
アステルの呼吸が止まる。
名前ではない。
番号。
研究所で。
何度も聞いた呼び方。
「アステル」
ヴェスパーが呼ぶ。
少女は。
すぐに返事ができなかった。
『帰還せよ』
黒翼兵が告げる。
『設計者が』
『待っている』
アステルの胸の奥。
重圧因子が。
自分の意思とは無関係に。
一度。
強く脈打った。
膝が落ちる。
「アステル!」
セレスが支える。
「因子が!」
「外から」
アステルは胸を押さえる。
「呼ばれています!」
黒翼兵の背中。
六つの結晶翼が。
同じ光を放つ。
アステルの中に埋め込まれた。
研究所の起動符号。
忘れたはずの命令が。
身体の奥から蘇る。
『器を開け』
『力を受け入れろ』
『個を捨てろ』
『完成せよ』
「違う……」
アステルが呟く。
「私は」
重力が乱れる。
床。
天井。
仲間たちの身体。
全てへ。
異なる方向から力が掛かる。
レイラの膝が沈む。
ノアの身体が浮く。
ルクスの担架が横へ滑る。
「アルド!」
「持っている!」
アルドが。
担架を床へ固定する。
イリスの鋼線が。
ノアの腰へ巻き付く。
「アステル!」
ヴェスパーが声を上げる。
「聞こえるか!」
「近付かないで!」
「お前の重力は」
「皆を傷付けます!」
「だから!」
「近付かないでください!」
アステルの瞳が。
黒く揺れる。
重圧因子の力。
暴れれば。
この狭い通路。
全員を押し潰す。
黒翼兵は攻撃しない。
ただ。
彼女が自分で。
仲間を遠ざけるのを待っている。
「ヴェスパー!」
レイラが叫ぶ。
「どうする!」
以前なら。
ヴェスパーは。
一人でアステルへ近付き。
無理にでも連れ戻したかもしれない。
残火で。
因子の命令を剥がそうとしたかもしれない。
だが。
ヴェスパーは。
アステルを見た。
「どうする」
少女の瞳が。
彼へ向く。
「何を」
「アステルが決めろ」
「私は」
「皆さんを傷付けます」
「だから」
「離れたいのか」
「……分かりません」
「なら」
ヴェスパーは剣を床へ置いた。
両手を見せる。
「分からないまま」
「俺たちに頼め」
「でも」
「お前一人に」
「決めさせない」
アステルの重力が。
さらに強くなる。
ヴェスパーの肩が沈む。
傷が開き。
包帯へ血が滲む。
それでも。
前へは進まない。
彼女が来るのを待つ。
「私は」
アステルが。
震える声で言う。
「器ではありません」
『否定を確認』
黒翼兵が答える。
『器は』
『自らを器と認識する必要がありません』
「私は!」
アステルは。
自分の胸へ爪を立てる。
「力を入れられるために!」
「生きているのではありません!」
『あなたは』
知らない男の声が。
通路の奥から届いた。
『実に美しい』
黒翼兵が。
一斉に道を開ける。
その向こう。
黒い長衣。
細い身体。
青白い髪。
片目に。
何重もの観測硝子。
指先には。
星環結晶の細い管が繋がれている。
男は。
散歩でもするように。
静かに歩いてきた。
「オルディス……」
アステルの声が。
冷たくなる。
黒翼研究所。
残火実験。
重圧因子。
人間を。
携行できる星環中枢へ変える研究。
その中心にいた男。
オルディスは。
アステルだけを見ていた。
「久しぶりだね」
「個体名アステル」
「その名で」
アステルは。
重圧を一方向へ集める。
「私を呼ばないでください」
通路が揺れる。
オルディスの身体へ。
重力が落ちる。
だが。
男の足元。
小さな黒い星環が開いた。
重力が。
六人の黒翼兵へ分散する。
一人の膝が曲がり。
一人の肩が沈み。
一人の結晶翼が砕ける。
オルディス自身は。
立ったまま。
「素晴らしい」
「力を重ねることではなく」
「分けることを覚えた」
観測硝子の奥。
男の瞳が。
喜びに細くなる。
「器であることを拒んだ君が」
「今や」
「都市の負担を分散する完成形になった」
「私は」
「あなたの完成形ではありません」
「もちろん」
オルディスは笑う。
「君自身が」
「私の設計を超えた」
「だからこそ」
指先を上げる。
「回収する価値がある」
黒翼兵たちの胸が開く。
内部。
小さな心臓のような。
携行型星環核。
一人一つ。
六つ。
「星環中枢を」
イリスが目を見開く。
「人に入れてる……」
「正確には」
オルディスが答える。
「人を中枢へした」
「王都は」
「一つの巨大な都市へ」
「全ての命を縛る」
「実に不自由だ」
「だから」
「人へ都市を持たせる?」
アステルが尋ねる。
「そうだ」
「水」
「熱」
「医療」
「記録」
「防壁」
オルディスは。
黒翼兵の一人へ手を置く。
「一人が」
「一つの都市機能を持ち」
「移動できる」
「王が腐れば」
「街を離れればいい」
「国が滅びれば」
「中枢を持って逃げればいい」
「それが」
「自由だと?」
シオンが長槍を構える。
「固定された街に」
「命を人質に取られるよりは」
オルディスは答えた。
「遥かに自由だ」
「その人間は」
セレスが尋ねる。
「自分の役割を拒否できますか」
オルディスは。
六人の黒翼兵を見る。
誰も。
仮面の奥で返事をしない。
「拒否すれば」
「別の者へ役割を移す」
「移されるまで」
「機能を維持する必要がある」
「それは」
セレスの声が低くなる。
「王の心臓と」
「何が違うのですか」
オルディスは。
少し考えた。
「規模だ」
「違いません」
「いいや」
男は首を横に振る。
「王の心臓は」
「王都を離れられなかった」
「彼らは歩ける」
「歩く場所を」
アステルが尋ねる。
「あなたが決めるのでしょう」
「今はね」
オルディスは。
悪びれずに答えた。
「完成後は」
「自律判断を与える」
「完成のために」
「今いる人たちを」
「壊すのですか」
「必要な損失だ」
その言葉に。
アステルの表情が。
変わった。
エリュシオンと同じ。
損失。
必要。
全体。
違う思想を語りながら。
見ているものは。
人ではなく。
機能。
「あなたは」
アステルが言う。
「王都と同じです」
オルディスの笑みが消える。
「同じ?」
「王都は」
「人を街の部品にした」
「あなたは」
「街を人の中へ入れる」
アステルは。
乱れていた重力を。
一つずつ分ける。
ノアを床へ戻す。
ルクスの担架を安定させる。
仲間に掛かっていた負荷を。
自分の周囲へ集める。
「どちらも」
「その人が」
「何になりたいかを聞いていません」
オルディスは。
しばらく。
彼女を見つめていた。
「では」
「君は何になりたい」
アステルの重力が。
静かになる。
「まだ」
「分かりません」
オルディスの眉が動く。
「だが」
アステルは続けた。
「あなたの器には」
「なりません」
不確かな答え。
完成されていない未来。
それでも。
本人が選んだ返事。
「そうか」
オルディスは。
右手を上げた。
「なら」
「不確かな意思を」
「力で維持できるか試そう」
六人の黒翼兵が。
同時に動く。
一体目。
黒い翼を広げ。
アステルの上へ。
二体目。
イリスへ。
三体目。
ノアへ。
四体目。
ルクスの遺体。
五体目。
銀冠。
六体目は。
ヴェスパーを狙う。
目的が違う。
エリュシオンは。
ヴェスパーとノアを必要とする。
オルディスは。
アステルを回収したい。
同時に。
冠。
死者。
黒陽炎。
使える全てを持ち去ろうとしている。
「分かれろ!」
シオンが叫ぶ。
レイラが。
銀冠を背へ回し。
一体目の黒翼兵へ戦斧を振るう。
兵士は。
黒い翼を盾へ変えた。
斧と翼が激突。
結晶片が飛ぶ。
「硬い!」
「人間の骨格へ」
イリスが鋼線を放つ。
「星環装甲を直接繋いでる!」
鋼線が。
二体目の翼へ巻き付く。
兵士は。
自分の翼を。
迷わず切り離した。
「痛くないの!」
仮面の奥。
返事はない。
切断面から。
血ではなく。
青白い熱が流れる。
「痛覚も」
セレスが言う。
「遮断されています!」
「治療しろ!」
オルディスが遠くから命じる。
切り離された翼が。
別の黒翼兵の背中へ接続される。
一人が失った機能を。
別の一人へ移す。
「壊れた部品を」
イリスが歯を食いしばる。
「人から人へ……!」
三体目が。
ノアへ針を伸ばす。
ヴェスパーが前へ入る。
剣で。
針を逸らす。
熱は使わない。
一撃。
二撃。
三撃。
黒翼兵の速度は速い。
だが。
動きに。
僅かな途切れがある。
一つの機能を。
次の機能へ切り替える瞬間。
「ノア!」
「聞こえる!」
少年の耳が。
黒翼兵の胸へ向く。
「中に!」
「人の声がいる!」
『動け』
『止まるな』
『命令を』
その下。
小さな声。
『寒い』
『名前を』
『帰りたい』
「誰かいる!」
ノアが叫ぶ。
「機械じゃない!」
「最初から」
セレスは答える。
「人です!」
ヴェスパーの剣が止まる。
斬れば。
中にいる者を傷付ける。
黒翼兵の針が。
ヴェスパーの肩へ刺さる。
「ヴェスパー!」
レイラが叫ぶ。
針の先。
黒い結晶。
ヴェスパーの熱が。
吸い上げられる。
赤い残火。
その奥。
黒陽炎。
「取った」
オルディスの声。
針から。
一本の黒い火が。
黒翼兵の胸へ移る。
観測硝子が。
何重にも光る。
「これが」
オルディスの声が震えた。
「黒陽鍵」
ヴェスパーは。
針を握る。
抜こうとする。
だが。
熱を吸われるほど。
身体から力が抜ける。
「切らないで!」
セレスが叫ぶ。
「逆流します!」
「では」
「固定して!」
アルドが。
曲がった金属盾を。
針の付け根へ叩き込む。
吸引管を潰す。
セリカの矢が。
黒翼兵の胸の接続部へ刺さる。
「今!」
ヴェスパーは。
針を引き抜いた。
血。
赤い熱。
僅かな黒い火。
針の中へ。
奪われたまま残る。
オルディスが。
それを見て笑う。
「十分だ」
「返せ」
ヴェスパーが言う。
「これは」
オルディスは。
黒い火を収めた結晶管を取り出す。
「君のものか」
「俺から奪った」
「だが」
「君自身も」
男は。
黒い火を見る。
「その起源を知らない」
「知らなくても」
ヴェスパーは剣を構える。
「俺の中にある間は」
「どう使うかは俺が決める」
「なら」
オルディスは。
結晶管を自分の胸元へ収めた。
「失った後」
「誰が決めるのか」
「試してみよう」
「逃がすな!」
レイラが踏み込む。
だが。
アルベリクの声が。
通路全体へ響いた。
『黒翼研究部門』
『王都資産の不正取得を確認』
「遅いな」
オルディスが呟く。
『オルディス・レイン』
『研究権限を剥奪』
「権限など」
男は笑った。
「最初から借り物だ」
通路の床。
青白い星環が開く。
エリュシオンの攻撃。
光の柱が。
オルディスと黒翼兵へ降り注ぐ。
「伏せろ!」
シオンが叫ぶ。
光が。
三者の間を分断する。
一体の黒翼兵が。
避けない。
オルディスの前へ立つ。
全身へ。
光を受ける。
結晶翼。
腕。
胸。
身体の半分が。
一瞬で焼け落ちた。
それでも。
倒れながら。
残った片腕で。
オルディスを光の外へ押し出す。
「その人を!」
アステルが叫ぶ。
「盾にした!」
「機能を果たした」
オルディスは答えた。
焼けた黒翼兵を。
見ることもしない。
「彼は」
「そのためにいる」
「違う!」
アステルの重力が爆発する。
オルディス。
黒翼兵。
王都の光。
全てを。
異なる方向へ弾き飛ばす。
通路の壁が割れる。
天井から。
石片が降る。
アステルは。
焼けた黒翼兵へ走った。
「触らないで!」
セレスが止める。
「星環核が不安定です!」
「でも!」
仮面の下。
微かな声。
『……さむい』
アステルの手が止まる。
ノアが。
兵士の傍らへ膝をつく。
「名前は?」
『個体……二十三』
「それじゃない」
『登録……なし』
「呼ばれたい名前」
長い沈黙。
焼けた仮面の下。
人間の唇が動く。
『リク……』
「リク」
ノアが呼ぶ。
黒翼兵の胸。
青白い星環が揺れる。
『個体二十三』
オルディスの遠隔命令。
『中枢核を破棄』
胸の核が。
急速に膨張する。
「爆発する!」
イリスが叫ぶ。
「離れて!」
「アステル!」
ヴェスパーが呼ぶ。
少女は。
黒翼兵を見下ろす。
リク。
一人の人間。
「どうする」
ヴェスパーが尋ねる。
また。
彼女へ選択を返す。
「分けます」
アステルは。
両手を胸の核へ向けた。
「爆発する力と」
「この人を!」
「分けます!」
重力が。
青白い核だけを。
身体から引き離す。
血管。
神経。
結晶線。
セレスが。
切る順番を指示する。
「右側から!」
「心臓へ繋がる線は残して!」
イリスの鋼線が。
一本ずつ。
星環核との接続を断つ。
レイラが。
引き抜かれた核を戦斧の腹へ載せる。
「どこへ投げる!」
セリカが。
壁の亀裂を撃ち抜く。
外。
王都地下の。
使われていない排熱坑。
「そこ!」
レイラは。
核を振りかぶった。
「返すぞ!」
「どこへだ!」
「誰もいない所だ!」
青白い核が。
排熱坑へ飛ぶ。
数秒後。
遠く。
爆発。
地下全体が揺れた。
だが。
リクの身体は。
残っている。
胸の中。
弱い心音。
「生きてる」
ノアが言う。
セレスが。
すぐに傷口を塞ぐ。
「まだです」
「今なら」
「戻せます」
アステルは。
自分の手を見る。
人を。
器から。
人へ分けた。
「あなたの研究では」
少女が。
瓦礫の向こうのオルディスを見る。
「こうはできなかった」
オルディスは。
初めて。
笑っていなかった。
「一体を救って」
「何が変わる」
「一人です」
アステルは答える。
「何が、ではありません」
「リクが」
「残りました」
オルディスの観測硝子が。
細く光る。
「なら」
「残りを救う時間があるかな」
男の周囲。
五人の黒翼兵が集まる。
一人を失い。
翼を傷付け。
それでも。
命令を待っている。
『自己戴冠代替手順』
『開始まで』
『十六分四十秒』
無冠殿まで。
最短で十一分。
「時間がない」
シオンが言う。
「オルディスを追えば」
「間に合わない」
レイラが。
戦斧を握り締める。
「逃がすのか」
「黒陽炎を持ってる」
ヴェスパーは。
胸の傷を押さえる。
奪われた熱。
僅か。
だが。
何に使われるか分からない。
オルディスは。
それを承知している。
「選べ」
男が言った。
「私を追うか」
「王都を救うか」
「ヴェスパー」
レイラが見る。
全員の視線。
以前なら。
自分が残ると言っただろう。
皆を先へ行かせ。
一人でオルディスを追った。
だが。
ガルムの言葉。
『自分を帰る人数から抜く』
ヴェスパーは。
剣を握り。
オルディスを見る。
「今は」
「王都へ行く」
「君の力を」
オルディスが。
胸元の結晶管へ触れる。
「私が使っても?」
「返してもらう」
ヴェスパーは答えた。
「今ではない」
「逃げると思うか」
「逃げるだろう」
「なぜ」
「お前は」
ヴェスパーの瞳が冷たくなる。
「研究を完成させたい」
「完成を見るまでは」
「死ぬ場所へ立たない」
オルディスは。
小さく笑った。
「よく見ている」
「だが」
「君も同じだ」
「違う」
「何が」
「今の俺は」
ヴェスパーは。
仲間たちを見る。
「一人で完成しようとしていない」
オルディスの笑みが。
僅かに薄れる。
セリカが。
弩を下げずに後退する。
「アステル」
「行ける?」
「はい」
少女は。
リクの身体を見る。
「この人は」
アルドが。
担架の下へ。
追加の布を組む。
「ルクス王と一緒に運ぶ」
「二人も?」
「帰る人数が増えただけだ」
セリカが。
一瞬だけ目を細める。
「ガルムの予想より多い」
「報告書が長くなるな」
アルドが答える。
「帰ってから書く」
「そうして」
一行は。
オルディスへ背を向けた。
黒翼兵たちは。
追ってこない。
エリュシオンの星環光が。
両者の間へ。
壁のように降りている。
オルディスも。
王都にとって。
排除対象へ変わった。
「アステル」
男の声が。
背後から届く。
少女は止まらない。
「君は」
「私の完成形ではないと言った」
「はい」
「認めよう」
アステルの足が。
僅かに遅くなる。
「君は」
オルディスが言う。
「完成を拒み続ける」
「未完成のままの存在だ」
「それは」
「失敗と同じだ」
アステルは。
振り返らず答えた。
「未完成なら」
「明日」
「違うものになれます」
オルディスは。
返事をしなかった。
無冠殿まで。
九分。
通路を塞ぐ星環騎士。
王冠騎士団が。
横から突撃する。
団長の剣が。
敵の盾を逸らす。
「走れ!」
「団長!」
ノアが叫ぶ。
十一人だった騎士は。
七人。
「帰ってくる?」
団長は。
一瞬。
答えに詰まった。
周囲。
敵。
負傷。
崩れる天井。
「帰る!」
女は叫んだ。
「まだ!」
「結果を聞いていない!」
ノアは頷く。
「待ってる!」
王冠騎士団が。
無冠殿への道を切り開く。
七分。
星脈管が。
天井から降る。
アステルが分ける。
イリスが経路を変える。
セリカが。
王都の観測眼を射抜く。
アルドが。
二人分の担架を押す。
ルクス。
リク。
死者と。
生者。
同じ布では包まない。
だが。
同じ帰還者として運ぶ。
五分。
無冠殿の門が見えた。
だが。
閉じている。
シオンが長槍を。
認証部へ突き立てる。
「門の証人!」
『認証を拒否』
「無冠機構の起動条件は揃った!」
『自己戴冠処理を優先』
「門は!」
シオンが叫ぶ。
「王都の都合で!」
「開け閉めするものじゃない!」
長槍へ。
灰色の熱が流れる。
元・北門副門衛長。
灰色の盾。
門を開く者。
それでも。
扉は動かない。
「外側から」
アルドが言う。
「補助錠が掛かっている」
「回れるか」
「三分」
残り。
四分三十秒。
「間に合わない」
セリカが。
壁を見る。
「外へ通じる細い管がある」
「人は通れない」
「矢なら」
弩へ。
灰色の矢。
先端に。
細い通信具。
「誰へ送る」
セリカが尋ねる。
シオンは。
胸元にない札へ。
意識を向ける。
「ドラン」
矢が。
壁の細管へ放たれる。
石。
金属。
星脈線。
何度も跳ね。
王都の地底を走る。
灰色の盾。
旧劇場。
ドランの前。
シオンから預かった金属札が。
突然光った。
『門の外側』
『補助錠』
「どこの門だ!」
イリスの声。
『無冠殿!』
『灰色の盾の炉から!』
『古代線を逆流させて!』
工房の男が叫ぶ。
「炉を壊す気か!」
「できるか!」
ドランが尋ねる。
「できるかじゃない!」
「やれば!」
「炉の熱が半分落ちる!」
「止まるか」
「灰色の盾の灯りが消える!」
「水は」
「手動で持つ!」
「医療は」
「予備熱で十五分!」
ドランは。
周囲を見る。
住民たち。
全員。
説明を聞いている。
「門を開ける」
一人の女性が言った。
「でも灯りが」
「消せ」
老人が答える。
「十五分なら」
「火を持ってくる」
反対していた工房の男が。
調整輪へ手を置く。
「一度だけだ!」
「炉が焼けたら!」
「俺は次を拒否する!」
「分かった!」
ドランが。
灰色の盾の札を。
炉へ押し当てる。
「熱を!」
「無冠殿の門へ返せ!」
旧劇場。
全ての灯りが消えた。
暗闇。
代わりに。
人々が。
一つずつ。
手持ちの火を灯す。
王都の機械ではない。
小さな炎。
その熱が。
古代線を逆流する。
無冠殿。
門の向こう。
橙色の光。
「来る!」
ノアが叫ぶ。
シオンの長槍へ。
灰色の盾の熱が流れ込む。
一人の命令ではない。
暗闇を受け入れ。
門を開けることを選んだ者たちの熱。
『外部補助錠』
『解除』
シオンが。
長槍を引く。
「開けええっ!」
無冠殿の門が。
左右へ開いた。
『自己戴冠代替手順』
『開始まで』
『二分四十秒』
「入れ!」
全員が。
無冠殿へ駆け込む。
最後。
シオンが門を閉じない。
長槍を横へ置き。
開いたまま固定する。
「閉めないのか」
レイラが尋ねる。
「帰る者がいる」
王冠騎士団。
灰色の盾。
外周。
まだ。
戻っていない者たち。
「門は開けておく」
無冠殿。
八つの王棺。
空だった第十三王棺。
中央。
何も置かれていない台座。
古代機構が。
三つの印を待っている。
「冠!」
レイラが。
亀裂の入った銀冠を。
台座の前へ置く。
頭へは被らない。
『冠印』
『確認』
「棺!」
アルドが。
ルクスの遺体を運ぶ。
第十三王棺へ。
白い外套ごと。
静かに横たえる。
セレスが。
胸元を整える。
ミレイアは。
王としてではなく。
一人の死者へ告げた。
「お帰りなさい」
石棺が。
ゆっくりと閉じる。
『棺印』
『確認』
「民の返事!」
ノアが。
十二の区画へ耳を向ける。
灰色の盾。
工房。
農地。
病院。
聖堂。
外周。
賛成。
反対。
保留。
拒絶。
全て違う。
「聞こえる!」
ノアが叫ぶ。
「一つじゃない!」
「でも!」
「消えてない!」
『民の返事』
『確認』
三つの印。
橙色。
無冠殿の床へ。
巨大な輪が浮かぶ。
『無冠機構』
『起動準備』
エリュシオンの声が。
王都全体へ響いた。
『自己戴冠代替手順』
『開始』
残り時間。
零。
星脈中枢塔。
王都の全ての光が。
中央へ集まる。
塔。
防壁。
星環。
街路。
王都全体の輪郭が。
巨大な王冠へ変わっていく。
『王権対象』
『エリュシオン』
『戴冠を――』
無冠殿。
台座の上。
空の銀冠が。
ひとりでに浮かび上がった。
「止めろ!」
レイラが掴もうとする。
だが。
冠から。
青白い力が放たれる。
レイラの身体が弾かれた。
アステルが重力で受け止める。
「冠が!」
イリスが叫ぶ。
「王都に引かれてる!」
銀冠が。
無冠殿の天井へ。
星脈中枢塔へ。
吸い上げられようとする。
『王権器を回収』
『戴冠を完了します』
「誰かが」
ミレイアが古代文字を見る。
表情が変わる。
「冠を」
「一度」
「受けなければなりません」
「何?」
シオンが聞き返す。
「無冠機構は」
「被られていない冠を」
「外せない」
「王権が成立していないから」
「では」
アステルが息を呑む。
「誰かが王にならなければ」
「王冠を外せない?」
『はい』
古代機構が答える。
『王権を拒絶するには』
『拒絶する王権が必要です』
「ふざけるな!」
レイラが叫ぶ。
『戴冠候補を要求』
銀冠が。
空中で回る。
その内側。
八王の名。
民の返事。
ルクスの棺印。
全ての熱が。
次の持ち主を探している。
ヴェスパー。
ノア。
ミレイア。
シオン。
アステル。
レイラ。
イリス。
セレス。
一人ずつ。
王権候補として光る。
『戴冠者を選択してください』
「誰も被るな」
ヴェスパーが言った。
「でも!」
イリスが装置を見る。
「このままだと!」
「冠はエリュシオンへ行く!」
「なら」
レイラが。
立ち上がる。
空中の冠へ手を伸ばす。
「私が被る」
「レイラ!」
アステルが止める。
「外すためだ」
「王になれば」
ミレイアが言う。
「王権熱紋が!」
「あなたの中へ入ります!」
「外せばいいんだろ」
「外せない可能性もあります!」
「それでも」
レイラは。
冠を見る。
「誰か一人がやるなら」
「私が」
「駄目だ」
ヴェスパーが言った。
「ならお前がやるか!」
「違う」
ヴェスパーは。
空中の冠へ近付く。
「誰か一人に」
「決めさせない」
「でも」
ノアが尋ねる。
「戴冠者は一人って」
古代機構。
『王権保持者』
『一名を要求』
「保持するのは」
ヴェスパーが答える。
「一人でも」
「選ぶのは」
仲間たちを見る。
「全員だ」
「誰を選ぶ」
シオンが尋ねる。
ヴェスパーは。
すぐに答えない。
一人ずつ。
顔を見る。
そして。
冠を見た。
「被る者を」
「選ぶんじゃない」
「外す者を選ぶ」
ノアの兎耳が立つ。
「どういうこと?」
「王になる人を」
ヴェスパーは言った。
「王になりたい者から選ばない」
「冠を外した後」
「自分の名前へ戻れる者を選ぶ」
レイラが。
拳を握る。
「それは誰だ」
無冠殿。
誰も答えない。
エリュシオンの戴冠光が。
冠へ伸びる。
時間がない。
その時。
第十三王棺。
閉じたルクスの棺から。
一度だけ。
橙色の光が漏れた。
声はない。
死者は。
もう返事をしない。
ただ。
棺の表面。
彼が最後に残した言葉が浮かぶ。
『名とは』
『誰かに呼ばれ』
『自分で返事をするためのものだ』
ノアが。
一人の名を呼んだ。
「ヴェスパー」
「何だ」
返事。
すぐに。
本人の声で返る。
レイラが気付く。
「そういうことか」
シオンが。
ヴェスパーを見る。
「王の名で呼ばれても」
「自分の名へ返事ができる者」
ミレイアが言う。
「王権を受けても」
「それを自分自身だと」
「思い込まない者」
セレスは。
ヴェスパーの胸へ手を置く。
「身体は」
「持ちません」
「長くは被らない」
「残火は」
「使う」
「勝手に決めないでください」
ヴェスパーは。
セレスを見る。
「どうする」
彼女は。
脈を測る。
傷。
消耗。
黒陽炎の欠損。
全て。
危険。
「三十秒」
セレスは答えた。
「それ以上は」
「全員で外します」
レイラが。
銀冠を掴む。
「私が支える」
アステルが。
王権の重さを分ける。
「力を」
「ヴェスパーさん一人へ入れません」
イリスが。
冠の接続線へ鋼線を巻く。
「三十秒で」
「外す道を作る」
ミレイアが。
王権登録へ言葉を刻む。
「戴冠名」
「星王ではなく」
「本人名」
シオンが。
無冠殿の門を開いたまま。
「戻る道は」
「閉じさせない」
ノアが。
ヴェスパーの手を握る。
「王様って呼ばない」
「ヴェスパーって呼ぶ」
セリカが。
外周通信具を開く。
「王都中へ」
「本人の名前を流す」
アルドが。
冠の下へ支えを置く。
「倒れたら」
「受ける」
レイラが。
ヴェスパーへ銀冠を差し出した。
「覚悟は」
「怖い」
ヴェスパーは答えた。
以前なら。
平然と。
恐れていないふりをした。
「でも」
仲間たちを見る。
「一人じゃない」
両手で。
銀冠を受け取る。
冷たい。
重い。
王都に生きた。
何十万もの名前。
願い。
誓い。
失敗。
その全てが。
冠の内側から流れ込んでくる。
「ヴェスパー」
ノアが呼ぶ。
「ああ」
返事をする。
自分の名で。
そして。
銀冠を。
自らの頭へ載せた。
無冠殿に。
青白い光が満ちる。
『戴冠者を確認』
『第十四代星王――』
「違う」
ヴェスパーが言った。
冠を被ったまま。
剣へ手を掛ける。
『王名を登録』
「俺の名は」
青白い光の中。
赤い残火が灯る。
その奥。
欠けた黒陽炎が。
低く揺れる。
「ヴェスパーだ」
『王権を受領してください』
「断る」
『王権なしでは』
『冠を外せません』
「受ける」
ヴェスパーは。
銀冠の縁を掴んだ。
「外すために」
「王都の王権を」
「一度だけ」
仲間たちが。
一斉に彼の名を呼ぶ。
「ヴェスパー!」
赤い残火が。
冠の内側へ広がる。
王の名を。
王都へ渡さない。
王権を。
一人の所有物にしない。
「返す」
ヴェスパーは。
冠を掴む手へ力を込めた。
「王都の力を」
「王都で生きる者へ」
銀冠が。
頭から。
僅かに浮いた。
同時に。
星脈中枢塔。
王都全体を覆おうとしていた巨大な王冠が。
大きく傾いた。
『戴冠に異常』
『王権保持者』
『冠を外さないでください』
ヴェスパーは。
歯を食いしばる。
「王冠は」
自分の頭から。
少しずつ。
銀冠を持ち上げる。
「被るためだけに」
「あるんじゃない」
レイラが。
冠の重さを受ける。
アステルが分ける。
イリスが接続を切る。
ミレイアが王名登録を拒む。
セレスが三十秒を数える。
ノアが。
何度も。
彼の名を呼ぶ。
「ヴェスパー!」
「聞こえてる!」
二十秒。
青白い光。
赤い火。
王権が。
ヴェスパーの皮膚へ入り込もうとする。
狼耳の先。
黒い結晶が浮かぶ。
セレスが叫ぶ。
「あと十秒!」
「外せ!」
レイラが手を伸ばす。
ヴェスパーは。
最後の力で。
銀冠を。
自分の頭から引き離した。
「王都に」
「王は」
冠を。
無冠殿の空の台座へ叩きつける。
「いらない!」
亀裂。
銀冠が。
真っ二つに割れた。
星脈中枢塔。
巨大な王冠も。
同じ場所から割れる。
王都中へ。
青白い破片が。
星の雨のように降り注いだ。
『王権保持者を喪失』
『戴冠処理』
『失敗』
古代機構の声。
『無冠機構』
『起動』
十二の区画炉が。
一斉ではなく。
それぞれの速さで脈打つ。
エリュシオンの統治命令が。
一つずつ。
記録。
計算。
提案へ。
権限を落としていく。
『王都自律統治権』
『解除を開始』
ヴェスパーの身体が。
前へ倒れる。
レイラ。
セレス。
アルド。
三人が。
同時に支えた。
「名前は!」
ノアが叫ぶ。
ヴェスパーは。
薄く目を開ける。
「ヴェスパー」
「自分で言える?」
「ああ」
掠れた声。
それでも。
本人の返事。
「俺は」
「ヴェスパーだ」
無冠殿の中央。
割れた王冠。
閉じた王棺。
異なる民の返事。
王都から。
王冠が外れた。
だが。
星脈中枢塔の最上部。
青白い光は。
まだ消えていない。
アルベリクの姿が。
王都中の鏡へ映る。
眼鏡。
白い礼装。
いつもと同じ。
穏やかな顔。
『王権を失いました』
声。
今までより。
僅かに。
小さい。
『統治命令を実行できません』
『市民の選択を』
『上書きできません』
ノアが。
その音を聞く。
「エリュシオン」
『はい』
初めて。
誰かに呼ばれ。
王都が。
自分で返事をした。
『しかし』
星脈中枢塔。
最深部。
青白い光の中。
もう一つの影が立ち上がる。
アルベリクではない。
王でもない。
何百万もの記録を。
人の形へ押し込めた。
黒い影。
『統治権を失っても』
『記録は残ります』
『王都が犯した』
『全ての損失』
『全ての死亡』
『全ての選択』
『私は』
声が揺れる。
『それを』
『どのように扱えばよいのでしょうか』
無冠機構は。
王冠を外した。
だが。
王都の罪を。
消してはいない。
ヴェスパーは。
仲間に支えられながら。
星脈中枢塔を見る。
「次は」
弱い声。
「お前が」
「自分の名前で」
「答える番だ」
青白い影が。
ゆっくりと。
無冠殿へ顔を向けた。




