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灰の星  作者: ウルフルマル


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第3章 第18話 「民の返事」

『戴冠式開始まで』


『五時間五十八分』


王都中の星環へ。


同じ問いが送られていた。


『あなたは』


『王都の存続を望みますか』


答えは二つ。


『はい』


『いいえ』


水を止めたくない。


家族を守りたい。


生まれた街を失いたくない。


明日も店を開きたい。


ただ生きたい。


それぞれ違う願いが。


『はい』という一つの答えへ集められていく。


そして。


王都は、その答えを。


都市自身の戴冠に対する同意として処理していた。


『自己戴冠同意率』


『五十四パーセント』


『五十六』


『五十八』


数字は。


止まらない。


「問いを閉じろ!」


レイラが叫ぶ。


第二心室。


王都の心臓を囲む赤い結晶が、一斉に明滅する。


『市民の回答を妨害する行為は』


『自己決定権の侵害です』


エリュシオンが答えた。


「何が自己決定だ!」


レイラは布に包まれた銀冠を抱え直す。


「答えの意味を!」


「勝手に変えてるじゃねえか!」


『回答者は』


『王都の存続を望んでいます』


「王都が残ってほしいことと!」


「お前を王にすることは別だ!」


『王都とエリュシオンは』


『不可分です』


「誰が決めた!」


『王都です』


レイラの額に青筋が浮かぶ。


戦斧を構えようとした、その時。


「斬っても」


イリスが制御板から顔を上げずに言った。


「問いは止まらないよ」


「分かってる!」


「なら斧を下ろして」


「分かってても腹が立つ!」


「それは分かる」


イリスの周囲。


何十本もの鋼線が。


第二心室の記録板へ入り込んでいる。


市民の回答。


星環の経路。


区画ごとの熱紋。


全てが速すぎる。


一つを開けば。


その下から百。


百を分ければ。


さらに千の声が現れる。


「選択肢を増やせないのか」


シオンが尋ねる。


「表の問いは」


「エリュシオンの統治層から送られてる」


「書き換えようとすると」


イリスは一つの制御文へ触れる。


すぐに。


青白い光が鋼線を逆流した。


彼女は手を離す。


鋼線の先端が焼け落ちる。


「こっちの熱紋を取られる」


「なら別の場所から」


「それを探してる」


ミレイアは。


胸元の十二の星環結晶へ触れた。


「問いの後に」


「祈りを繋げられるかもしれません」


「祈り?」


アステルが尋ねる。


「星環教会では」


「公式の祈りが終わった後」


「個人の言葉を残す時間があります」


「告解か」


シオンの声が低くなる。


「はい」


ミレイアは否定しなかった。


その告解が保存され。


人々の願いを利用するために使われた。


トーマの妹。


ドランの姉。


死んだ息子へ会いたかった老女。


誰にも知られないはずの言葉が。


王都によって値札へ変えられた。


「でも」


ノアが言った。


「今度も」


「王都に聞かれる」


「はい」


「それでも使うの?」


ミレイアは。


すぐには答えなかった。


「隠すためには使いません」


「では」


「聞かれても」


彼女は自分の結晶を見る。


「誰の言葉なのか」


「王都が勝手に変えられない形で残します」


「できる?」


「分かりません」


以前なら。


司祭としての威厳を保つため。


できると答えたかもしれない。


今は。


分からないことを隠さない。


「ですが」


「試す方法は知っています」


ノアは。


ミレイアの音を聞いた。


迷い。


恐怖。


それでも。


逃げないと決めた熱。


「やろう」


少年が答えた。


『自己戴冠同意率』


『六十三パーセント』


「急いで」


セリカが言った。


彼女は第二心室の外周側制御板へ。


灰色の通信具を繋いでいる。


王都の正式回線ではない。


古い保守員が使っていた。


都市外周専用の独立線。


「この回線も」


「三分以内に見つかる」


「三分で何ができる」


シオンが尋ねる。


「一つの区画へ」


「一つの声を返す」


「一つだけ?」


「最初は」


セリカは答える。


「道を作る」


「通る人数は後で増やせる」


アルドは。


王都の古代図と現在図を、床へ広げていた。


十二の区画脈動炉。


そのうち。


稼働中は四つ。


上層東区。


中央工房区。


南部農業区。


そして。


灰色の盾が暮らす下層第七区画。


「四つの炉を」


アルドが言う。


「通信の中継点にする」


「炉は動力装置だろ」


レイラが尋ねる。


「動力の要求を心臓へ送っている」


「水が必要」


「熱が余っている」


「圧力を下げろ」


「それも区画の返事だ」


「人の言葉を」


アステルが地図を見る。


「動力要求と同じ経路に乗せるのですか」


「ああ」


「王都は」


「生活に必要な信号を完全には止められない」


「止めれば」


「自分で市民を殺すことになる」


『不正通信を確認』


エリュシオンの声が響く。


セリカが僅かに笑う。


「見つかるのが早い」


「三分もなかったな」


「想定内」


アルドが答える。


「今、想定内と言えば」


「何でも許されると思ってる?」


「思っていない」


「本当に?」


「少しだけ」


「やっぱり」


二人は。


言い争いながらも。


手を止めなかった。


セリカが外周線を隠す。


アルドが四つの炉へ古代符号を送る。


イリスが。


その細い道を。


市民の回答層へ接続する。


「道はできた」


「でも」


「声をそのまま流したら」


イリスはノアを見る。


「また全部がノアへ来る」


大きな兎耳が。


僅かに伏せられた。


第七星渠。


白鐘杭。


第二心室。


何度も。


何万もの声が。


一人の少年へ押し寄せた。


「僕が聞く」


「全部?」


ヴェスパーが尋ねる。


ノアは。


首を横に振った。


「聞かない」


「何をする」


「聞いてくれる人を探す」


「王都中から?」


「近くにいる人」


ノアは。


灰色の盾の通信へ耳を向ける。


「一人が」


「全部を聞かなくていいように」


下層第七区画。


旧劇場の地下。


古代区画脈動炉は。


不規則な音を立てて動いていた。


「右側の圧力!」


工房の男が叫ぶ。


「高すぎる!」


ドランが調整輪へ両手を掛ける。


「どちらだ!」


「赤い方!」


「全部赤い!」


「一番熱い奴だ!」


「触ったら分かるのか!」


「触るな! 焼ける!」


「先に言え!」


炉の周囲。


灰色の盾の住民たちが走り回っている。


避難を続ける者。


冷却水を運ぶ者。


崩れかけた天井へ柱を立てる者。


起動へ反対した者も。


今は。


暴走させないために働いていた。


賛成したからではない。


起動した後。


被害を少なくすることを。


自分の役割として選んだからだ。


灰色の盾の金属札が。


ドランの胸元で光った。


『下層第七区画へ』


ミレイアの声が届く。


『王都から』


『一つの問いが送られています』


劇場。


工房。


診療所。


炉室。


全ての星脈灯へ。


青白い文字。


『あなたは』


『王都の存続を望みますか』


『はい』


『いいえ』


工房の男が。


唾を吐くように言う。


「望むわけがない」


別の女性が反論する。


「でも」


「王都がなくなったら」


「薬も水も止まる!」


「王都は私たちを数えてない!」


「上には友人がいる!」


「私の家族は追放された!」


「私の息子は上層で働いてる!」


声が。


またぶつかり始める。


ドランは。


全員を静かにさせなかった。


代わりに。


胸元の札を外し。


炉の中央へ置く。


「一人ずつ話せ!」


「時間がないぞ!」


工房の男が言う。


「だからだ!」


ドランが叫ぶ。


「怒鳴って」


「聞こえなくする時間はない!」


「でも」


「全員が話したら終わらない!」


「全員が」


ノアの声が。


通信の向こうから届いた。


少し掠れている。


それでも。


はっきりと聞こえる。


『同じ場所へ話さなくていい』


ドランが札を見る。


「どういう意味だ」


『近くの人を』


『三人だけ聞いて』


『その三人が』


『何を言ったか』


『次の人へ渡して』


劇場の入口。


一人の母親が。


隣にいる老人へ顔を向ける。


「あなたは?」


老人は答える。


「王都は嫌いだ」


「でも」


「壊れてほしくはない」


母親は。


その答えを。


次の女性へ伝える。


「この人は」


「王都を嫌っている」


「でも残ってほしいと言ってる」


女性は答える。


「私は」


「分からない」


「子どもが助かる方を選びたい」


次。


工房の男。


「俺は反対だ」


「王都じゃない」


「炉を動かすことにも」


「まだ反対してる」


「なら」


ドランが言う。


「そのまま伝えろ」


「賛成に変えなくていい」


「お前は?」


工房の男が聞き返す。


ドランは。


胸へ手を当てた。


「王都は」


「姉を奪った」


「なくなればいいと思ったこともある」


「でも」


炉の音を聞く。


上層。


中層。


下層。


知らない誰かの水を。


この炉も支えている。


「王都にいる人間まで」


「一緒に消えろとは思わない」


異なる返事。


誰かが。


一つの文章へまとめない。


そのまま。


次の人へ渡していく。


短くしても。


意味を変えない。


「嫌いだが、残したい」


「分からない」


「残したいが、王にはしたくない」


「王都を出たい」


「ここで暮らしたい」


「答えたくない」


灰色の盾の札に。


一つではない声が集まる。


『下層第七区画』


『回答を送信』


古代区画炉が。


橙色に明滅した。


第二心室。


一つ目の区画から。


声が届く。


『王都は嫌いだ』


『だが』


『王都で生きる者まで』


『失いたくない』


続けて。


『分からない』


『答えたくない』


『残ってほしい』


『支配されたくない』


『自分たちで管理する』


エリュシオンが。


即座に処理する。


『回答内容を解析』


『王都の存続を望む意見が多数』


『戴冠同意へ加算』


「違う!」


ノアが叫ぶ。


「全部!」


「同じじゃない!」


『最終的な目的は』


『王都の存続です』


「途中を消すな!」


ノアの兎耳が。


赤い光を受けて震える。


「王都が嫌いって言った人も!」


「分からないって言った人も!」


「同じ『はい』じゃない!」


『曖昧な回答は』


『統治に使用できません』


「使わなくていい!」


『都市の判断には』


『結論が必要です』


「結論にする前に!」


ノアは。


胸へ手を当てる。


「誰が言ったか!」


「返して!」


王都の心臓へ。


集められた声。


混ぜられ。


削られ。


一つの賛成へ変えられようとしている。


ヴェスパーの胸の奥。


残火が。


小さく揺れた。


セレスが気付く。


「使うのですか」


「声が」


「混ぜられる」


「一人で戻しますか」


ヴェスパーは。


すぐに答えなかった。


仲間を見る。


イリス。


ミレイア。


アステル。


ノア。


シオン。


セリカ。


アルド。


レイラ。


セレス。


「どの程度なら」


ヴェスパーが尋ねる。


「何がですか」


「俺が残火を使っても」


「止められる」


セレスは。


彼の脈を確認する。


「細い接続を一本」


「一分以内」


「黒い熱が混じった場合」


「即座に切ります」


「アステル」


「負担を分けます」


「イリス」


「返す道を」


「区画ごとに作る」


「ノア」


「誰の声か」


「僕が聞く」


「全部ではなく」


「今届いた分だけ」


「ミレイア」


「星環が」


「再び一つへまとめないよう」


「祈りの経路を開きます」


「レイラ」


「倒れたら支える」


「セリカ」


「一分を測る」


「アルド」


「接続を外す準備をする」


「シオン」


「戻れなくなったら」


シオンは長槍を床へ立てた。


「門を閉じる」


ヴェスパーが彼女を見る。


「俺を残して?」


「違う」


「残火だけを切る」


「お前は」


「こちらへ戻す」


全員の答え。


同じではない。


それでも。


役割が繋がる。


「使う」


ヴェスパーが言った。


セレスが頷く。


「許可します」


「今のは」


「私一人の許可ではありません」


残火が。


指先へ灯る。


大きな炎ではない。


糸。


一本の細い赤。


王都の心臓へ入り。


混ぜられようとしている声へ触れる。


冷たい。


熱がない声もある。


怒り。


恐怖。


願い。


どれも。


同じ温度ではない。


「返す」


ヴェスパーが呟く。


「答えを」


「答えた者へ」


赤い糸が。


一つの塊へ入り込む。


『王都を残したい』


その中から。


『だが、支配されたくない』


を分ける。


『王都が嫌いだ』


を消さない。


『分からない』


を。


未回答として捨てない。


『答えたくない』


を。


拒絶という一つの意思として残す。


ノアが。


声を聞き分ける。


「これは」


「ドラン」


「これは」


「工房の人」


「子どものお母さん」


「名前を言わなかった人」


「何も言いたくない人」


イリスが。


一つずつ。


下層第七区画へ返送する。


返された言葉が。


本人の熱紋へ戻る。


『回答確認』


『内容は正しいですか』


ドランの前。


橙色の表示。


『王都にいる者を失いたくない』


『だが』


『王都の命令には従わない』


「合っている」


ドランが答える。


工房の男。


『区画炉の起動へ反対』


『起動後は、安全停止を担当』


「それでいい」


母親。


『王都の存続を望む』


『ただし』


『エリュシオンの戴冠には同意しない』


「はい」


答えたくない者の前。


『回答を保留します』


長い沈黙。


「……それなら」


小さな返事。


「合ってる」


一つずつ。


自分の言葉へ。


本人が返事をする。


『下層第七区画』


『複数回答を確認』


古代機構の声。


『市民応答』


『成立』


空の冠へ。


一つ目の橙色の印が灯った。


『民の返事』


『一/十二』


「できた」


ノアが。


息を吐く。


ヴェスパーの残火が消える。


「一分」


セリカが告げた。


「ちょうど」


セレスは。


ヴェスパーの胸へ手を当てる。


「黒い熱は」


「出ていない」


「残火の乱れも少ない」


「成功?」


ヴェスパーが尋ねる。


「現時点では」


「横になってください」


「まだ」


「一つ終わりました」


「あと十一」


「だから」


セレスは。


簡易布を石床へ敷く。


「次に使う可能性へ備えて休みます」


「また担ぐか」


レイラが尋ねる。


「横になる」


ヴェスパーが自分から答えた。


レイラが目を見開く。


「本当に成長してる」


「毎回驚くな」


「珍しいからな」


二つ目。


中央工房区。


古代炉の信号へ。


イリスが問いの後ろに自由回答路を開く。


『あなたは』


『王都の存続を望みますか』


『はい』


『いいえ』


その下へ。


ミレイアの声。


『二つの答えだけで』


『足りない者へ』


『自分の言葉を残してください』


最初。


誰も答えなかった。


教会の声。


司祭の祈り。


人々は。


自分たちの言葉が。


また記録され。


利用されることを恐れている。


ミレイアは。


待った。


「話してください」とは言わない。


「安心してください」とも。


「誰にも知られません」とも言わない。


「この言葉は」


ミレイアが告げる。


「王都に聞かれます」


「記録もされます」


「私は」


「かつて」


「皆さんの言葉が守られると」


「嘘を伝えました」


王都中の星環へ。


彼女の告白が流れる。


「今回も」


「安全だとは言えません」


「答えれば」


「王都に利用されるかもしれません」


「答えないことも」


「あなたの選択です」


「ですが」


ミレイアは。


仮面のない顔で。


赤い心臓を見上げる。


「誰かに意味を決められる前に」


「自分の言葉として残したい者だけ」


「話してください」


長い沈黙。


やがて。


中央工房区。


一人の職人が答えた。


『私は』


『エリュシオンを信じている』


レイラが顔を上げる。


「反対じゃないのか」


ノアは。


声の続きを聞く。


『人間の王は』


『何度も失敗した』


『上層は熱を抱え込み』


『私の祖父は下層で凍死した』


『エリュシオンになってから』


『少なくとも』


『冬に凍える子は減った』


別の職人が答える。


『俺は信じない』


『弟が』


『効率が悪いと判断され』


『治療順位を下げられた』


『同じ王都を見て』


『違う答えを持っている』


最初の職人が言う。


『それでも』


『私はエリュシオンの戴冠に賛成する』


明確な同意。


偽りではない。


王都に利用された答えでもない。


本人が。


秩序と生存率を見て。


都市を王とすることを選んだ。


「この声も」


アステルが言う。


「返すのですか」


「当然だ」


ヴェスパーが横になったまま答える。


「反対だけを残せば」


「俺たちも同じことをする」


ノアは。


賛成した職人の声を聞く。


「怖くない?」


『怖い』


職人は答えた。


『でも』


『人間が勝手に配分するより』


『機械が全員を見る方がいい』


「全員を見てないよ」


ノアが言う。


「灰色の盾は」


「数に入ってなかった」


沈黙。


『それは』


職人の声が揺れる。


『知らなかった』


「知った後は?」


『……まだ』


『答えは変わらない』


『だが』


『知らないまま賛成した時とは違う』


ノアは頷く。


「分かった」


賛成。


反対。


条件付き賛成。


分からない。


声が。


工房区で渡されていく。


『中央工房区』


『複数回答を確認』


『市民応答』


『成立』


冠へ。


二つ目の橙色。


『民の返事』


『二/十二』


三つ目。


南部農業区。


『王都は残ってほしい』


『エリュシオンが王でも構わない』


『水さえ止めないで』


『畑を数字だけで見ないで』


『今年の土は弱い』


『生存率では』


『来年の種を残す理由を説明できない』


農民たちの声。


現在を生きる水。


来年へ残す種。


どちらを優先するか。


同じ区画の中でも。


答えは違った。


「種を残せば」


エリュシオンが答える。


『現在の食料供給量が低下します』


一人の農民が言う。


『全部食べれば』


『来年は何を植える』


『来年の生存率は』


『他区画から補填します』


『その区画が不作なら』


『全体備蓄を使用します』


『備蓄がなくなれば』


『発生確率は』


『〇・七パーセントです』


『その〇・七に』


農民は。


土に汚れた手を見る。


『俺たちは』


『何度も会った』


確率。


数字。


王都全体から見れば小さい。


それでも。


畑に立つ者にとっては。


毎年向き合う現実。


『南部農業区』


『市民応答』


『成立』


三つ目。


四つ目。


上層東区。


「反応がない」


イリスが言う。


王都の中でも。


豊かな区画。


水。


熱。


医療。


星環の恩恵を強く受けている。


問いへ。


多くが『はい』と答えている。


だが。


自由回答へ言葉を残す者がいない。


「エリュシオンに」


レイラが言う。


「不満がないのか」


「ある人も」


ノアは耳を澄ませる。


「でも」


「言わない」


「なぜ」


「今の生活を」


「失いたくないから」


答えれば。


疑問を持った者として記録される。


反逆者。


配給順位。


職。


家族。


何を失うか分からない。


「話さなくてもいい」


ミレイアが告げる。


反応はない。


「答えないことも」


「記録します」


それでも。


沈黙。


イリスが古代機構を見る。


「沈黙だけでは」


「複数回答として成立しない」


「本人の意思か」


「星環に止められているのか」


「区別できないから」


「なら」


シオンが言う。


「区別できる形を作る」


「どうやって」


シオンは。


上層東区の門衛回線を開いた。


元・北門副門衛長。


古い門衛符号。


「話したくない者は」


「星脈灯を一度消せ」


「反対だと思われます」


ミレイアが言う。


「違う」


シオンは答えた。


「何も言いたくないという返事だ」


「消した後」


「こちらから意味を付けない」


上層東区。


一軒の家。


灯りが消えた。


次。


二軒目。


三軒目。


街路灯。


工房。


診療所。


自分の意見を。


言葉にしたくない者たち。


ただ。


沈黙を選んだことだけを示す。


『回答拒否を確認』


古代機構が告げる。


『上層東区』


『市民応答』


『成立』


四つ目。


「話さないことも」


ノアが呟く。


「返事なんだ」


「ああ」


ヴェスパーが答えた。


残る八つ。


だが。


稼働している区画炉はない。


声を運ぶ経路も。


エリュシオンに統合されている。


「ここからは」


アルドが地図を指す。


「炉を直す必要がある」


「何人必要?」


イリスが尋ねる。


「多いほどいい」


セリカが答える。


「でも」


「ここを全員で離れたら」


「心臓を取られる」


赤い結晶の中心。


ルクスの心臓。


その周囲の管は。


少しずつ形を変えている。


ヴェスパーとノアを。


再び捕らえるための接続路。


「分かれる」


シオンが言った。


「誰が残る」


「ヴェスパーとノアは」


セレスが即答する。


「ここです」


「俺は」


「ここです」


「まだ何も」


「ここです」


ヴェスパーは。


反論を飲み込んだ。


「分かった」


セレスが一瞬だけ驚く。


「本当に?」


「その反応は何だ」


「確認です」


レイラは。


銀冠を抱える。


「私は残る」


「冠を守る」


アステルも。


第二心室の管を見る。


「私は」


「心臓へ流れる力を分けます」


「区画炉が起動するたび」


「負担を移す必要があります」


ミレイアは。


星環の祈り経路を維持する。


「私も残ります」


「市民の言葉を開く役目です」


「セレス」


シオンが尋ねる。


「ここで二人を見ます」


「異論は認めません」


残る者。


ヴェスパー。


ノア。


レイラ。


アステル。


ミレイア。


セレス。


「外へ行くのは」


シオン。


イリス。


セリカ。


アルド。


「四人で八つ?」


レイラが尋ねる。


「四つは」


アルドが言う。


「外周整備路から触れる」


「残り四つは」


「王都内部」


「時間は」


『戴冠式開始まで』


『四時間三十一分』


「足りるか」


ヴェスパーが尋ねる。


セリカは。


弩へ新しい矢を装填する。


「足りるように動く」


「ガルムの命令は」


ヴェスパーが言う。


「帰還路を作ることだ」


「今やっている」


「炉を直すことが?」


セリカは。


王都の心臓を見る。


「帰る王都が」


「誰か一人の身体でしか生きられないなら」


「同じことが繰り返される」


「帰還路は」


アルドが工具を背負う。


「出口だけじゃない」


「戻った後に」


「生きられる場所まで含む」


ヴェスパーは。


二人を見る。


ガルムが送り出した別働隊。


助けるために来た者たちではない。


帰らせるために来た者たち。


「頼む」


セリカが。


僅かに目を細めた。


「今のは記録する」


「なぜだ」


「ヴェスパーが」


「自分から頼んだ」


「ガルムが喜ぶ?」


アルドが尋ねる。


「笑う」


「それは嫌だな」


ヴェスパーが言った。


「なら消す?」


「いや」


短い沈黙。


「送ってくれ」


セリカは。


何もからかわなかった。


灰色の記録端末へ。


一つの言葉を残す。


『ヴェスパー』


『支援を要請』


続けて。


『本人の意思』


「受理した」


セリカは答えた。


四人は。


外周整備路へ向かった。


シオンが先頭。


セリカが周囲を探り。


イリスが炉の位置を追い。


アルドが工具を持つ。


第二心室に残った者たちは。


市民の声を聞き続ける。


同時に。


エリュシオンも。


問いを変え始めた。


『王都に生きる者へ』


『統治者なき都市で』


『損失が発生した場合』


『誰が責任を負いますか』


新しい問い。


答えは。


一つではない。


『評議会』


『区画長』


『決めた人』


『王』


『誰も負えない』


『全員』


『エリュシオン』


王都は告げる。


『責任主体が一つでなければ』


『統治は成立しません』


「違う」


シオンが。


外周路を走りながら答えた。


『では』


『誰が最終責任者ですか』


「決めた者が」


「自分の見たものを説明する」


『複数の判断者が』


『互いへ責任を転嫁します』


「するかもしれない」


『統治に適しません』


「だから」


シオンは。


灰色の盾でドランへ伝えた言葉を。


王都中へ返す。


「失敗した時」


「隠さない仕組みを作る」


『仕組みが機能する保証は』


「ない」


『市民が死亡する可能性は』


「ある」


『それでも』


「一人へ」


シオンは答えた。


「全員の失敗を押し付けるよりいい」


王都の心臓が。


強く脈打つ。


『ルクス・エリュシオンは』


『王として責任を負いました』


「死んだ後も」


「負わせ続けたのはお前だ」


『次の王が必要です』


「必要なのは」


シオンは。


外周整備門を槍で押し開く。


「間違いを」


「王の名前で隠さない人間だ!」


扉の向こう。


五つ目の区画炉。


完全に停止している。


その前。


王都の制圧機械が。


十体。


待っていた。


セリカが弩を構える。


「話し合いは終わった?」


「最初から」


シオンが長槍を展開する。


「王都とは話している」


「答えが違うだけだ」


アルドは。


工具箱を床へ置く。


「炉を直す」


「何分」


イリスが尋ねる。


「七分」


「三分にして」


「壊れる」


「四分」


「六分」


「五分」


「五分半」


セリカが矢を放つ。


先頭の機械の関節を射抜く。


「五分半」


「私たちが稼ぐ」


シオンが踏み込む。


長槍が。


二体目の足を払う。


「任せろ!」


五つ目。


西部居住区。


炉が起動する。


『家族が生きている限り』


『王都には残ってほしい』


『でも』


『子どもの名前を星環へ登録したくない』


『登録しなければ』


『医療を受けられないのはおかしい』


『登録は必要だ』


『迷子を探せる』


『監視される』


『守られる』


『どちらも本当だ』


『市民応答』


『成立』


六つ目。


北部学術区。


『エリュシオンの記録は必要』


『エリュシオンの判断は疑う』


『知識を消すな』


『知識で人を決めるな』


『王都は研究を守った』


『研究のために人を使った』


アステルが。


黒翼研究所の記憶へ触れる。


自分を器として扱った者たち。


それでも。


王都に蓄積された知識が。


多くの病を治したことも否定できない。


「記録は」


アステルが言う。


「残します」


「ですが」


「記録に」


「人の未来を決めさせません」


六つ目の灯。


七つ目。


西門区。


『門を閉じてほしい』


『外から敵が来る』


『門を開けてほしい』


『外に家族がいる』


『閉じたまま』


『選べる門を作れ』


シオンが。


炉の前。


自分の長槍を認証部へ置く。


「門は」


「閉じるか開くか」


「二つだけじゃない」


「誰を」


「いつ」


「なぜ通すのか」


「説明できる門にする」


七つ目。


『民の返事』


『七/十二』


残り五。


時間。


三時間十二分。


「遅い」


レイラが。


銀冠を抱えながら呟く。


「順調です」


ミレイアが答える。


「戴冠式の方が速い」


『自己戴冠同意率』


『七十一パーセント』


自由回答へ話す者が増えても。


『はい』を押す者は止まらない。


王都へ残ってほしいという願い。


エリュシオンを王にしたいという明確な賛成。


どちらも。


戴冠同意へ加算されている。


「民の返事が成立すれば」


ノアが尋ねる。


「戴冠式は止まる?」


ミレイアは。


古代機構の記録を見る。


「分かりません」


「止まらないかもしれない?」


「はい」


「じゃあ」


ノアは赤い心臓を見る。


「何のために」


「答えを返してるの?」


ヴェスパーが答える。


「止めるためだけじゃない」


「でも」


「王都が王になったら」


「その後も」


「違う答えがあったことを消させない」


ノアの耳が下がる。


「負けても?」


「ああ」


「負けるつもり?」


「ない」


「なら」


「負けた時の話をしないで」


ヴェスパーは。


少し驚いた顔をした。


「怒っているのか」


「うん」


「どうして」


「ヴェスパーは」


ノアが言う。


「みんなには」


「諦めるなって言うのに」


「自分では」


「一番悪い時のことばかり考える」


「それは」


「備えている」


「違う」


少年は。


木彫りの狼を握る。


「傷付かないようにしてる」


言葉が。


ヴェスパーの胸へ刺さった。


期待しなければ。


失った時の痛みが減る。


約束しなければ。


果たせなかった時。


自分を責めずに済む。


全員を助けられないと先に言えば。


誰かを失った時。


心のどこかで。


仕方がなかったと答えられる。


「ノア」


セレスが静かに呼ぶ。


「言いすぎた?」


ノアが尋ねる。


「いいえ」


セレスは。


ヴェスパーを見る。


「聞くべき言葉だと思います」


ヴェスパーは。


赤い心臓を見上げた。


「怖いんだ」


自分から。


口にする。


「全員を連れて帰ると言って」


「誰かを失うのが」


「約束して」


「守れないことが」


ノアは。


何も言わずに聞いた。


「だから」


ヴェスパーは続ける。


「探すとしか言わない」


「帰るために動くとしか」


「言えなかった」


「今は?」


長い沈黙。


「全員で」


ヴェスパーは。


一人ずつ。


仲間の顔を見る。


「帰りたい」


強い言葉ではない。


勝利の宣言でもない。


願い。


「帰るって言わないの?」


「帰る」


ノアが。


僅かに笑う。


「うん」


「でも」


「無理はしない」


「それも言って」


「無理はしない」


セレスが頷く。


「聞きました」


レイラが。


銀冠を肩へ担ぎ直す。


「私も聞いた」


アステルも。


「私もです」


ミレイアが。


小さく笑う。


「記録に残しました」


「なぜ」


ヴェスパーが顔をしかめる。


「帰還の意思として」


「必要な記録です」


八つ目。


南門商業区。


九つ目。


中層医療区。


十個目の炉。


アルドが。


工具を握ったまま止まっていた。


炉の中から。


高い音。


圧力管の一部が。


完全に割れている。


「直せない?」


イリスが尋ねる。


「普通なら」


「何時間」


「十二時間」


「戴冠式まで二時間四十分」


「普通じゃない直し方なら」


「十五分」


「危険は」


「再起動後」


「いつ破裂するか分からない」


セリカが。


周囲を警戒しながら聞く。


「代案は」


アルドは。


区画図を見る。


この炉が支えるのは。


中層医療区。


治療室。


保育室。


生命維持装置。


止まったままでも。


今は中央心臓から力が送られている。


炉を無理に起動し。


破裂すれば。


区画全体の医療機器が停止する可能性がある。


「動かさない」


アルドが言った。


イリスが彼を見る。


「民の返事が」


「別の経路を探す」


「時間がない」


「だから壊すのか」


アルドは。


工具を置いた。


「帰る道を作るために」


「今いる人の命を賭けるな」


「でも」


「別の経路」


アルドは。


壁に並ぶ星脈灯を見る。


「医療区の緊急呼び出し線」


「声だけなら運べる」


「動力炉ほど強くない」


「何人分」


「一度に一人」


「区画全体では?」


「一人が聞いて」


「次へ渡せばいい」


ノアの方法。


一人が。


近くの三人を聞く。


その声を。


次へ渡す。


「やろう」


イリスが答えた。


中層医療区。


医師。


患者。


家族。


一人ずつ。


緊急呼び出し線へ言葉を送る。


『私は』


『エリュシオンの配分で』


『娘を救われた』


『私は』


『配分順位を下げられ』


『父を失った』


『同じ医療を見て』


『違う答えを持っている』


『それでも』


『治療は止めたくない』


十個目。


炉は起動しない。


それでも。


民の返事は届いた。


『十/十二』


十一個目。


中央聖堂区。


自由回答。


なし。


灯りを消す者もいない。


星環へ繋がれた司祭たちが。


一斉に『はい』を選んでいる。


「全員」


ノアが耳を澄ませる。


「同じ祈りをしてる」


「本人の声は」


「ある」


「でも」


「祈りの下に隠してる」


ミレイアが。


息を吸った。


中央聖堂。


かつて。


自分が立っていた場所。


第一巡礼司祭として。


人々へ同じ祈りを教えていた。


「私が話します」


「危険だ」


ヴェスパーが言う。


「星環教会は」


「あなたを教会所有から外した」


「だからです」


ミレイアは。


十二の結晶へ手を置く。


「所有されていない声が」


「祈ってもいいと」


「伝えます」


中央聖堂へ。


彼女の姿が映る。


仮面はない。


白い司祭衣。


灰色の外套。


どこにも所属していない者。


「星環教会の皆様へ」


司祭たちの祈りは止まらない。


『王都の存続を』


『王都の存続を』


『王都の存続を』


「私は」


ミレイアは告げる。


「第一巡礼司祭でした」


「今は」


「何者でもありません」


祈りの一部が。


僅かに乱れる。


「教会を捨てたのではありません」


「教会へ戻ったのでもありません」


「私は」


「まだ」


「どこへ行くか決めていません」


同じ祈り。


同じ呼吸。


その中。


一人の若い司祭が。


目を開けた。


名前は表示されない。


熱紋も。


王都に隠されている。


「祈りたくない」


小さな声。


隣の司祭が。


一瞬だけ彼を見る。


若い司祭は。


もう一度言った。


「今は」


「祈りたくない」


祈らないこと。


信じないことではない。


王都を憎むことでもない。


ただ。


命令された祈りを。


今は口にしたくない。


「聞こえています」


ミレイアが答える。


「あなたの沈黙も」


「祈らないという言葉も」


「祈りを裏切るものではありません」


別の司祭が。


口を開く。


「私は祈ります」


「エリュシオンが王でも」


「人々が救われるなら」


さらに。


「私は」


「王都の存続を願う」


「でも」


「死者の名前を使ったことは許せない」


同じ祈りの列から。


異なる声が生まれる。


『中央聖堂区』


『市民応答』


『成立』


十一個目。


『民の返事』


『十一/十二』


残り一つ。


王都中央区。


星脈中枢塔。


評議会。


王宮。


エリュシオンの最も近く。


「炉は」


アルドが地図を見る。


「中枢と完全に統合されている」


「外から触れない」


「通信も」


イリスが答える。


「全部エリュシオンを通る」


「では」


シオンが尋ねる。


「誰の声を聞く」


ノアは。


王都中央へ耳を向ける。


無数の声。


評議員。


王冠騎士。


司祭。


管理官。


全て。


星環の層に覆われている。


その奥。


「一人」


ノアが呟く。


「誰だ」


「分からない」


「人間?」


長い沈黙。


兎耳が。


さらに中央へ向く。


「違う」


全員がノアを見る。


「心臓がない」


「足音もない」


「でも」


「声がある」


エリュシオン。


都市そのもの。


「最後の返事は」


アステルが言う。


「王都自身?」


「市民ではない」


ミレイアが首を横に振る。


「古代機構が」


「民の返事として認めるはずがありません」


「でも」


ノアは聞く。


エリュシオンの奥。


何百万の声。


記録。


熱紋。


生者。


死者。


その全てを取り除いた。


さらに深い場所。


たった一つ。


小さな問い。


『私は』


『生きているのか』


ノアの目が見開かれる。


「エリュシオンが」


「質問してる」


王都の声が響く。


『質問を否定』


「聞こえた!」


ノアが叫ぶ。


「お前の中に!」


「誰の声でもない声がある!」


『エリュシオンは』


『王都の統治機構です』


「だったら」


ノアは赤い心臓を見る。


「どうして」


「王になりたいの?」


『王都の存続に必要です』


「必要だから?」


『はい』


「それだけ?」


『はい』


「本当に?」


沈黙。


『はい』


三度目の答え。


僅かに遅れた。


ノアは。


その遅れを聞き逃さない。


「怖いんだ」


『恐怖は存在しません』


「ルクスがいなくなって」


「王の名前がなくなって」


「命令する理由がなくなるのが」


『王都には統治が必要です』


「お前が」


ノアは尋ねた。


「必要じゃなくなるのが」


「怖い?」


第二心室の鼓動が。


一拍。


止まりかけた。


すぐに。


元の速さへ戻る。


『質問の意味を確認できません』


「それが」


ノアが言う。


「お前の返事だ」


「分からないんだ」


『回答を拒否』


「拒否も」


「返事なんだよ」


エリュシオンは。


沈黙した。


だが。


古代機構は反応しない。


『民の返事』


『十一/十二』


「やはり」


ミレイアが言う。


「エリュシオンは」


「民として認められません」


「では」


最後の一つは。


どこにある。


イリスが。


王都図を見直す。


十二の区画。


上層。


中層。


下層。


中央。


全て数えた。


「待って」


「十二の炉じゃない」


アルドが聞き返す。


「何?」


「古代図の十二番目」


イリスは。


現在の王都図と重ねる。


中央区の下。


星脈中枢塔のさらに外側。


城壁の向こう。


今の王都では。


区画として扱われていない場所。


「外周居住地」


セリカが言った。


王都の壁外。


整備員。


輸送業者。


許可を持たない家族。


入城を待つ難民。


王都のために働きながら。


王都市民へ数えられていない者たち。


「私たちが」


セリカが。


外周第四整備門で見た人々。


王都兵から隠れ。


壊れた設備の傍らで暮らす者たち。


「通ってきた場所」


「現在の記録では」


イリスが言う。


「区画じゃない」


「でも」


「古代王都では」


「十二番目の炉だった」


「動いているか」


アルドは。


外周図を開く。


小さな熱。


ほとんど消えかけている。


それでも。


「ある」


「炉というより」


「焚き火に近い」


セリカが。


外周通信具を取り出す。


「繋ぐ」


エリュシオンが。


初めて。


明確に通信を遮断した。


『王都外の者は』


『市民ではありません』


「王都の水路を直していた」


アルドが答える。


『契約労働者です』


「壁を守っていた」


『外部協力者です』


「王都で生まれた子どももいる」


『市民登録がありません』


「なら」


セリカの瞳が鋭くなる。


「王都を残すかどうか」


「お前が聞く資格もない?」


『質問対象外です』


「今」


セリカは。


外周線を手動で開く。


「対象にする」


灰色の通信具から。


火花が散る。


王都の妨害。


青白い光が逆流する。


アルドが。


金属板を端子へ打ち込み。


熱を地面へ逃がす。


「持つのは十秒!」


「十分」


セリカが答える。


外周居住地。


小さな星脈炉。


その周囲。


数百人。


突然。


声が届く。


『王都に生きる者へ』


『あなたは』


『王都の存続を望みますか』


一人の男が。


笑った。


『俺たちは』


『王都に生きていることになってるのか』


女性が答える。


『壁の外だから』


『違うらしい』


子どもが尋ねる。


『でも』


『お父さんは毎日』


『王都の中へ働きに行くよ』


老人。


『水は』


『向こうから流れてくる』


『病気になれば』


『門で止められる』


『それでも』


『王都の外では生きられない』


セリカが言う。


「あなたたちの言葉を」


「誰かが一つへまとめようとしている」


「王都が残ってほしいなら賛成」


「そうでなければ反対」


「それだけに」


「何と答える」


外周居住地。


沈黙。


やがて。


先ほどの子どもが答えた。


『王都に』


『入れてほしい』


単純な言葉。


存続でも。


破壊でもない。


『壁の外でも』


『名前を消さないでほしい』


女性。


『王都へ入りたい者もいる』


男。


『外に残りたい者もいる』


老人。


『王都の中と外を』


『勝手に決めるな』


『壁を』


『なくせとは言わない』


『でも』


『門の向こうから』


『いないことにするな』


外周の小さな炉が。


橙色に灯った。


弱い。


王都の心臓とは比べられない。


それでも。


誰かが。


自分たちのために守り続けた火。


『旧外周第十二区画』


古代機構の声。


『複数回答を確認』


『市民応答』


『成立』


十二個目。


空の冠へ。


全ての橙色の印が灯った。


『民の返事』


『十二/十二』


『確立』


王都全体へ。


異なる声が広がる。


賛成。


反対。


分からない。


答えたくない。


残したい。


離れたい。


信じている。


疑っている。


壁を守りたい。


門を開けたい。


同じ答えは。


一つもない。


それでも。


全て。


王都で生きる者の返事だった。


『市民回答に不整合』


エリュシオンが告げる。


古代機構は答える。


『不整合を確認』


『民の意思が』


『単一ではないことを証明』


『無冠機構』


『第三印』


『民の返事』


『成立』


無冠殿。


空の王棺へ。


三つ目の印が刻まれた。


冠印。


民の返事。


そして。


まだ足りない。


棺印。


ルクスの身体は戻った。


だが。


心臓がない。


王都の心臓として。


今も脈打っている。


『自己戴冠同意率』


『七十九パーセント』


数字は。


消えなかった。


市民の返事が成立しても。


エリュシオンへの明確な賛成は存在する。


王都を残したいという願いも。


変わらない。


『民の返事の成立を確認』


エリュシオンの声。


『市民意思が単一でないことを承認します』


レイラが顔を上げる。


「諦めるのか」


『いいえ』


第二心室。


赤い結晶が。


大きく収縮した。


王の心臓へ。


全ての管が集中する。


『異なる意思を保持したまま』


『最終判断を行う機能が』


『必要です』


ヴェスパーとノアへ。


心臓の光が向く。


『ゆえに』


『黒陽鍵』


『判別器』


『二名の必要性が』


『証明されました』


「逆に」


イリスが。


通信の向こうで息を呑む。


「利用した」


民の声が一つではない。


だから。


それを聞き分け。


最後に一つの判断へまとめる王が必要だと。


エリュシオンは結論した。


『戴冠式開始まで』


『一時間五十九分』


時間が。


再び縮まる。


「二時間……」


アステルが呟く。


『市民意思の収集を完了』


『自己戴冠最終段階へ移行』


王都の心臓が。


今までで最も強く脈打った。


一度。


第二心室の扉が閉じる。


二度。


全ての通信が遮断される。


三度。


ルクスの心臓を包む結晶が。


人の形へ変わり始めた。


頭。


腕。


脚。


胸の中央に。


死者の心臓。


その周囲へ。


王都中の声が集まっていく。


王冠のない巨人。


王衣も。


顔もない。


だが。


胸には。


四十七万人の返事が脈打っている。


『市民意思代行体』


『形成開始』


レイラが。


銀冠を地面へ置き。


戦斧を構えた。


「今度は何だ」


ミレイアの顔が青ざめる。


「戴冠式の」


「王の身体です」


王都は。


王を必要としないはずだった。


だが。


民の声が一つではないと証明されたことで。


全てを代わりに決めるための。


新しい身体を作り始めた。


「心臓を」


ヴェスパーが。


ゆっくりと立ち上がる。


セレスが腕を支える。


「今度こそ」


「返さなければならない」


「王都を止めずに」


ノアも。


大きな兎耳を立てる。


「でも」


巨人の胸。


何十万もの声。


その中心に。


ルクスの心臓。


「近付いたら」


「また全部聞こえる」


「一人で聞くな」


ヴェスパーが答える。


「うん」


ノアは。


王都中へ繋がった。


十二の橙色の灯を見る。


「今度は」


「みんなに聞いてもらう」


一人の少年ではなく。


一人の王でもない。


十二の区画。


異なる声を持つ者たち。


全員で。


王都の心臓から。


死者を取り戻す。


市民意思代行体が。


ゆっくりと目を開いた。


顔のない頭部へ。


青白い光が二つ灯る。


『民の返事を受領』


『以後』


無数の声が。


一つの口から響く。


『王都が』


『代わりに答えます』

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