表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰の星  作者: ウルフルマル


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

51/62

第3章 第6話 「白銀の城壁」

夜明けから半日。


灰都を出発した一行は、王都街道を南へ進んでいた。


砂漠は終わりを迎えつつある。


乾いた大地は、少しずつ灰色の草原へ姿を変え、古い街道の両脇には崩れた石柱が並んでいた。


その一本一本に、星の紋章が刻まれている。


「昔の街道標識か?」


レイラが馬車の上から見上げる。


ハルトから借りた地図を広げたイリスが首を振った。


「違う。」


「これは旧文明時代の星脈観測塔。」


「地下を流れる星脈の位置を測ってた施設だね。」


ヴェスパーは石柱へ手を触れる。


冷たい。


だが、その奥には微かな熱が流れている。


まるで地面そのものが呼吸しているようだった。


「まだ生きてる。」


「え?」


ノアが顔を上げる。


ヴェスパーは石柱を見つめたまま言う。


「地下で何かが動いてる。」


ノアも耳を澄ませる。


「……聞こえる。」


「川みたい。」


「でも水じゃない。」


「もっと……歌みたい。」


アステルが静かに呟いた。


「星脈。」


誰も返事をしなかった。


それが正解だと分かっていたからだ。


ミレイアは先頭を歩いている。


十九人の騎士。


銀装車。


すべてが昨日と同じ隊列。


昨日と違うのは——


誰一人、話をしていないことだった。


歩幅。


呼吸。


視線。


完全に一致している。


エドだけがいない。


その空いた場所だけが、不自然に残されていた。


レイラが小声で言う。


「やっぱり気味悪いな。」


イリスも頷く。


「エドが抜けても誰も気にしない。」


「いや。」


ノアが首を振る。


「違う。」


「え?」


「みんな気付いてる。」


「でも。」


「気付かないようにされてる。」


その言葉に、全員がノアを見る。


ノアは少し俯いた。


「昨日より音が小さい。」


「みんな。」


「自分の名前を忘れないようにしてる。」


誰も何も言えなかった。


昼。


一行は旧休憩所で馬を休ませる。


石造りの建物は半壊していたが、屋根だけは残っていた。


セレスが水を配る。


「無理は禁物です。」


「今日は長距離になります。」


レイラが一気に飲み干す。


「王都まであと何日?」


イリスが地図を見る。


「予定通りなら六日。」


「でも巡礼者門へ回るなら七日かな。」


ヴェスパーは空を見上げた。


雲一つない。


静かすぎる。


戦場へ向かう前のような静けさだった。


その時だった。


ノアの耳が大きく震えた。


「……来る。」


全員が武器へ手を伸ばす。


「敵か?」


レイラが戦斧を握る。


ノアは首を振る。


「違う。」


「馬。」


「一頭。」


「すごく速い。」


数秒後。


地平線の向こうから一頭の黒馬が現れた。


乗っているのは少女だった。


十六、七歳ほど。


白い短髪。


薄茶色の外套。


腰には二本の短剣。


王都騎士ではない。


巡礼者でもない。


少女は一行の前で急停止すると、大きく息を切らせた。


「ミレイア司祭!」


王都騎士たちが一斉に少女を見る。


少女はヴェスパーたちには目も向けない。


「第三区画が封鎖されました!」


「下層区で暴動です!」


ミレイアの仮面が僅かに動く。


「原因は?」


「星環拒絶者です!」


空気が変わった。


イリスが小さく呟く。


「拒絶者?」


少女は続ける。


「巡礼者が一人。」


「門で名前を呼ばれ。」


「返事を拒否しました。」


ヴェスパーたち全員が顔を見合わせる。


昨夜。


ミレイアは言った。


『名前を呼ばれても返事をしないで』


つまり。


返事を拒否すること自体は正しい。


なのに。


王都では——


それだけで暴動扱いになる。


ミレイアは数秒沈黙した。


やがて静かに答える。


「予定通り進みます。」


少女が驚く。


「しかし!」


「評議会命令です!」


「承知しています。」


「ですが迎賓対象を優先します。」


少女は何か言おうとした。


しかし。


騎士たち十九人が同時に少女を見る。


その瞬間。


少女は言葉を飲み込んだ。


「……失礼しました。」


黒馬は再び走り去っていく。


ノアはその背中を見送った。


「泣いてた。」


「え?」


レイラが聞く。


「聞こえた。」


「心の音。」


「助けてって。」


休憩が終わる。


再び街道を歩く。


今度はヴェスパーがミレイアの隣へ並んだ。


「一つ聞く。」


「どうぞ。」


「星環拒絶者って何だ。」


ミレイアは前を向いたまま答える。


「星環との接続を拒否した者です。」


「罪なのか。」


「違います。」


「なら。」


「危険です。」


「何が。」


「孤独になります。」


ヴェスパーは眉をひそめた。


「意味が分からない。」


ミレイアは静かに続ける。


「星環へ繋がれば。」


「誰も独りではありません。」


「恐怖も。」


「苦しみも。」


「悲しみも。」


「皆で分かち合えます。」


ヴェスパーは立ち止まりそうになった。


「……悲しみを。」


「分かち合う?」


「はい。」


「だから戦争も起きません。」


「争いもありません。」


「誰も裏切りません。」


その理屈は。


あまりにも美しかった。


だからこそ。


恐ろしい。


ヴェスパーは静かに言う。


「その代わり。」


「自分じゃなくなる。」


ミレイアは返事をしない。


「違うか。」


「……。」


「答えてくれ。」


長い沈黙。


風だけが吹く。


やがて。


誰にも聞こえないほど小さな声で。


「……少しだけ。」


ミレイアが呟いた。


「少しだけ。」


「自分を手放します。」


ヴェスパーは彼女を見る。


仮面。


銀色。


感情の見えない顔。


だが。


その拳だけが。


強く震えていた。


夕方。


一行は高台へ到着した。


レイラが思わず息を呑む。


「……嘘だろ。」


その先には。


世界最大の都市があった。


地平線を埋め尽くす白い城壁。


何重にも重なる外壁。


無数の塔。


巨大な水路。


空へ伸びる純白の尖塔。


夕日に照らされ、街全体が黄金色に輝いている。


その中心。


雲を突き抜ける一本の巨大な塔。


天へ届くほど高い。


頂上では。


青白い光が空へ伸びていた。


まるで世界を支える柱。


アステルが震える声で言う。


「……星脈中枢。」


イリスも言葉を失っていた。


「こんなの……都市じゃない。」


「文明そのものだ。」


ノアは耳を押さえた。


「うるさい……!」


セレスが駆け寄る。


「ノア!」


「人が……。」


ノアは涙を浮かべる。


「多すぎる。」


「何万人も。」


「何十万人も。」


「全部聞こえる……!」


ヴェスパーが肩を抱く。


「落ち着け。」


「できない……!」


ノアは震えていた。


「みんな。」


「名前を呼ばれてる。」


「ずっと。」


「ずっと。」


「ずっと。」


レイラの背筋に寒気が走る。


夕焼けの王都。


美しい。


誰もが憧れる理想都市。


しかし。


ノアにだけは。


違うものが見えていた。


巨大な鐘。


都市全体を覆う見えない輪。


数え切れない人々の名前を。


絶えず呼び続ける。


終わらない祈り。


終わらない命令。


終わらない支配。


ヴェスパーは王都を見つめた。


「綺麗だ。」


誰も否定しない。


「だけど。」


その目は細くなる。


「何かがおかしい。」


風が吹く。


王都エリュシオン。


世界中の人々が憧れる希望の都。


その白銀の城壁は。


人々を守るために築かれたのか。


それとも。


誰も逃がさないために築かれたのか。


まだ。


誰にも分からなかった。


だが、その巨大な城壁の上から。


一人の男がヴェスパーたちを見下ろしていた。


白い礼装。


黒い手袋。


銀縁の眼鏡。


柔らかな笑み。


その男は静かに呟く。


「ようこそ。」


「星の檻へ。」


彼の背後で。


青白い光が脈打つ。


王都評議会直属監察長。


アルベリク・クロイツ。


彼こそが、ローデン・ヴァイスの失踪後、その任を引き継いだ新たな監察官だった。


その笑顔の裏に何を隠しているのか。


それを知る者は、まだ誰もいない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ