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灰の星  作者: ウルフルマル


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第3章 第4話 「師の残した傷」

ガルムの大剣が、ヴェスパーの喉元で止まった。


刃先と皮膚の間は、指一本にも満たない。


ヴェスパーの剣は、ガルムへ届いていない。


残火も。


蜃気楼も。


すべて見切られていた。


「遅い」


ガルムが言った。


「……昨日よりは速い」


「敵は昨日のお前を待ってくれない」


大剣が引かれる。


ヴェスパーは後方へ跳び、荒れた呼吸を整えた。


灰都の東側にある古い訓練場。


朝日が昇って間もない時刻だというのに、二人の周囲だけは熱を帯びていた。


地面には無数の斬撃痕。


ヴェスパーの外套には細かな裂け目が増え、額から汗が流れている。


対するガルムも無傷ではなかった。


上半身の包帯には、うっすらと血が滲んでいる。


それでも、大剣を握る腕は揺れていない。


「もう一度だ」


ガルムが構え直す。


訓練場の外から、セレスの冷たい声が飛んだ。


「次で終わりです」


ガルムは聞こえなかったように振る舞った。


セレスはさらに続ける。


「ガルムさん」


「……聞こえている」


「聞こえていて無視したのですね」


「あと一度だ」


「先ほどから三度、同じことを言っています」


レイラが壁際で大きく笑った。


「先生に見張られながら修行する師匠ってのも珍しいな」


「黙って見ていろ」


「私は見てるだけだぞ」


レイラは干し肉を噛みながら答えた。


その隣では、イリスが端末へ二人の熱反応を記録している。


アステルは日陰で術式の流れを観察し、ノアは大きな兎耳を立てて剣と足音の違いを聞いていた。


白砂診療所で眠っている王都騎士エドを除けば、一行の全員が訓練場へ来ていた。


三日後。


彼らは王都へ向かう。


その前に、ガルムはヴェスパーの残火を確かめると言った。


だが今のところ。


ヴェスパーの剣は、一度も師へ届いていない。


「残火の牙を使え」


ガルムが言った。


ヴェスパーは剣を下段に構える。


「最初から使っている」


「俺が言っているのは、海底観測炉で使った技だ」


「これがそうだ」


ヴェスパーの周囲へ、薄い熱が広がる。


地面。


壁。


空気。


散らばった砂粒。


あらゆる場所に、ごく小さな熱を残す。


一つひとつは炎と呼べないほど弱い。


だが、絶えず位置を変えることで敵の感知を乱し、最後に一点へ集まって牙となる。


ドラグニルの竜熱にも喰われにくい。


黒陽炎の幻影にも埋もれない。


ヴェスパーが見つけた新たな力。


残火。


「行くぞ」


ヴェスパーが地面を蹴る。


姿が揺れた。


一人。


二人。


三人。


薄い残像が左右へ広がる。


それぞれから微かな熱が発せられ、本体の位置を曖昧にする。


ガルムの金色の瞳が、僅かに動く。


正面の残像を無視。


右側も無視。


振り返らずに、大剣を後方へ振るった。


ヴェスパーは剣で受ける。


金属音が訓練場へ響いた。


「読まれた……!」


「お前の熱じゃない」


ガルムの蹴りが腹へ入る。


ヴェスパーの身体が地面を滑った。


すぐに起き上がり、再び距離を詰める。


残火が地面を走る。


今度は複数の熱を別々の方向へ動かし、ガルムの感知を分散させる。


その隙に上段から剣を振り下ろす。


しかしガルムは見上げもしない。


大剣の柄で、ヴェスパーの手首を打った。


剣が僅かに逸れる。


次の瞬間には、大剣の刃が胸元へ突きつけられていた。


「まただ」


ガルムが言う。


ヴェスパーは眉をひそめる。


「何が」


「残火の起点が、お前の外にある」


ヴェスパーは答えなかった。


ガルムは大剣を引く。


「海底観測炉で、お前は仲間の位置を熱で繋いだ」


「それが悪いのか」


「悪くない」


「なら――」


「だが今のお前は、誰かを守ろうとしなければ残火を動かせない」


ヴェスパーの表情が僅かに変わった。


イリスが端末の記録を止める。


アステルも顔を上げた。


ガルムの声が低くなる。


「お前の残火は、レイラの位置を探し、イリスの指示を拾い、セレスの声を頼りに、アステルの術式とノアの耳へ道を繋いだ」


「ああ」


「それで観測炉を止めた」


「そうだ」


「なら、今ここに誰がいる」


ヴェスパーは周囲を見る。


全員いる。


仲間たちが。


「全員だ」


「違う」


ガルムは自分の胸を指した。


「お前が今、守ろうとしているのは俺だ」


ヴェスパーの指が僅かに動く。


「傷が治っていないからか」


レイラが小さく呟いた。


ガルムは聞こえていた。


「剣を振るうたびに、お前は俺の傷を避けている」


「訓練で殺す必要はない」


「だから届かない」


「……」


「相手を傷つけないことと、相手を見ないことは違う」


ガルムは包帯の巻かれた左脇を指で叩いた。


「お前は俺の傷を見ている」


次に、自分の目を指す。


「だが、俺を見ていない」


ヴェスパーの中で、何かが軋んだ。


目の前にいるのは師。


幼い自分を救った者。


戦い方を教えた者。


生きる方法を与えた者。


そして今は。


傷ついた患者でもある。


失いたくない。


もう二度と。


「次だ」


ガルムは大剣を構えた。


「今度は俺を斬るつもりで来い」


セレスが一歩前へ出た。


「許可できません」


「実際に当てさせるつもりはない」


「当たった場合は?」


「避ける」


「今のあなたの身体で?」


「問題ない」


「問題しかありません」


ガルムは答えず、ヴェスパーを見た。


「どうする」


ヴェスパーは剣を握る。


残火が、彼の周囲で揺れる。


だが、一歩を踏み出せなかった。


ガルムの傷が見える。


包帯の下から漏れる熱。


正常ではない。


黒い。


弱く。


不規則に脈打っている。


「……その傷」


ヴェスパーが呟く。


ガルムの目が僅かに細くなった。


「何だ」


「さっきより熱が上がっている」


セレスがすぐに熱診を広げる。


彼女の角の周囲に、淡い光が灯った。


ガルムの胸元。


脇腹。


背中。


身体の奥を通る熱の流れが、セレスの感覚へ映し出される。


その瞬間。


彼女の表情が変わった。


「ガルムさん」


「何だ」


「剣を下ろしてください」


「訓練中だ」


「今すぐです」


声に、いつもの穏やかさがなかった。


ガルムは数秒だけ彼女を見る。


そして大剣を下ろした。


セレスが近付く。


胸元の包帯へ手を触れた瞬間。


ガルムの身体が大きく揺れた。


「……っ」


黒い熱が傷口から噴き出す。


黒陽炎。


それは以前のような濃く鋭い炎ではない。


薄い煙のように揺れ、輪郭を作れずに消えていく。


同時に、包帯の下から青白い光が漏れた。


イリスの端末が警告音を鳴らす。


「星脈反応!?」


アステルが立ち上がる。


「ガルムさんの中からです!」


ガルムの胸元で。


黒い熱と、青白い光が反発する。


身体の内側で、二つの力が互いを喰い合っている。


「離れてください!」


セレスが叫ぶ。


だがガルムは膝をついた。


大剣が地面へ落ちる。


ヴェスパーが身体を支える。


「ガルム!」


「触るな……!」


黒陽炎がヴェスパーの腕へ巻きつく。


焼く熱ではない。


触れた者の感覚を狂わせる、冷たい炎。


ヴェスパーの視界が一瞬揺れた。


灰都の訓練場が消える。


代わりに見えたのは。


暗い研究室。


壁に並ぶ硝子管。


身体を拘束されたガルム。


白い服を着た研究者たち。


そして。


胸元へ青白い結晶を埋め込むオルディスの姿。


『黒陽炎因子の抽出を継続』


『星脈との反発を確認』


『空白部位への接続実験へ移行します』


ガルムが叫んでいる。


だが声は聞こえない。


口だけが動いている。


その視線の先にいるのは――


幼いヴェスパーだった。


幻が砕ける。


訓練場へ戻る。


ヴェスパーはガルムの肩を掴んだまま、息を呑んだ。


「今のは……」


ガルムは顔を伏せている。


セレスが包帯を切り、傷口を露出させた。


全員が言葉を失った。


胸の左側。


黒陽炎を抽出された痕跡を囲むように、青白い結晶が皮膚の下へ広がっている。


七つの細い線。


星環教会の騎士エドに埋め込まれていた環と、よく似た形だった。


ただし。


ガルムのものは、さらに深い。


心臓へ向かって根を伸ばしている。


「いつからです」


セレスが尋ねた。


ガルムは答えない。


「いつから気付いていたのですか」


「海底へ向かう前だ」


レイラが目を見開く。


「その時から?」


「正確には、灰都へ戻った後だ」


イリスが端末を傷へ近付ける。


「黒い翼に捕まってた時、埋め込まれたの?」


「ああ」


「なぜ言わなかった」


ヴェスパーの声は低かった。


ガルムは顔を上げる。


「言えば、お前は海都へ行かなかった」


「当たり前だ」


「だから言わなかった」


「それで済むと思ってるのか」


ヴェスパーの熱が上がる。


残火ではない。


怒り。


幼い頃の村が燃えた時と同じような、制御しきれない熱。


レイラが横からヴェスパーの肩を掴んだ。


「落ち着け」


「離せ」


「今のお前が熱を上げたら、こいつの傷が反応するかもしれない」


その言葉で、ヴェスパーは止まった。


ガルムの胸元では、青白い結晶が彼の熱に応じるように光っている。


イリスが画面を確認する。


「間違いない。ヴェスパーの熱へ反応してる」


「俺の?」


「正確には、残火の波形」


イリスの指が画面上の線を追う。


「黒陽炎の抽出跡に、星脈接続用の結晶を埋め込んでる。そこへヴェスパーの残火が触れたことで、 dormant……眠ってた回路が起きた」


レイラが眉をひそめる。


「何のための回路だ」


「通信。追跡。共鳴……」


イリスは言葉を止めた。


一つの可能性に気付く。


「鍵かもしれない」


「鍵?」


ノアが尋ねる。


「王都の星脈中枢へ入るための」


アステルの顔が青ざめる。


「ガルムさんを、入口として使うのですか」


「あるいは、黒陽炎因子を星脈へ流し込むための中継器」


ガルムは自分の胸元を見下ろす。


驚いてはいない。


「やはりな」


ヴェスパーが睨む。


「知っていたのか」


「予想していた」


「それを言わなかった?」


「確証がなかった」


「今はある」


「だから話す」


「倒れてからか」


ガルムは黙った。


ヴェスパーは拳を握る。


師はいつもそうだった。


自分の傷を隠す。


自分の過去を隠す。


必要なことだけを教え。


危険は一人で背負う。


仲間を捨てるなと教えた本人が。


誰よりも自分自身を切り捨てている。


「俺には仲間を頼れと言った」


ヴェスパーが言う。


「そうだ」


「なのに、自分は頼らないのか」


「俺とお前は違う」


「何が」


「俺は――」


ガルムの言葉が止まる。


ヴェスパーは続ける。


「俺より強いからか」


「……」


「師匠だからか」


「……」


「死んでもいいと思ってるからか」


ガルムの目が僅かに揺れた。


その反応だけで。


答えは十分だった。


セレスの治療により、星脈結晶の反応は一度収まった。


ガルムは診療所へ戻され、寝台へ横になっている。


本人は歩けると言い張ったが、レイラとヴェスパーに両脇を抱えられた。


「自分で歩ける」


「患者は黙って運ばれろ」


レイラが言った。


「お前に言われたくない」


「元気じゃねえか」


診療所の奥。


セレスとイリスが、傷の状態を調べている。


アステルは結晶の術式構造を書き写し、ノアは離れた場所から心音の変化を聞いていた。


「結晶を取り出せますか」


ヴェスパーが尋ねた。


セレスはすぐには答えなかった。


「現状では危険です」


「どれくらい」


「心臓に近すぎます。黒陽炎因子を抜かれた跡へ結晶が根を張り、血管と熱路の一部を代用しています」


「壊せば?」


「出血だけではありません。ガルムさんの体内の熱が、正常に循環しなくなる可能性があります」


イリスも画面を見ながら頷く。


「黒い翼は、簡単に外せないように作ってる」


「王都へ行けば、外せるのか」


「星脈中枢の記録があれば方法は見つかるかもしれない」


ガルムが寝台の上から言った。


「だから俺も行く」


セレスが振り返る。


「行きません」


「俺の身体だ」


「今は私の患者です」


「勝手に決めるな」


「あなたが勝手に隠した結果です」


ガルムが言葉を失う。


レイラが小声で呟く。


「強いな」


「当然だ」


ノアも頷いた。


ガルムは天井を見上げ、大きく息を吐く。


「王都に入るには、俺の傷が必要かもしれない」


イリスは否定しなかった。


「可能性はある」


「なら――」


「だからこそ行けない」


ヴェスパーが言った。


ガルムの目が向く。


「王都はあんたを待っている」


「ああ」


「黒い翼も、星環教会も」


「ああ」


「その状態で行けば、利用される」


「利用される前に斬る」


「誰を」


「必要な相手を」


「自分も含めてか」


部屋が静かになる。


ガルムの目が細くなった。


「もし俺が星脈に呑まれたら」


ヴェスパーは黙って聞く。


「もし黒陽炎が暴走し、お前たちを襲ったら」


ガルムは低く言った。


「迷わず俺を斬れ」


ノアが息を呑む。


アステルが顔を伏せる。


レイラの表情から、いつもの軽さが消えた。


ヴェスパーだけが、ガルムをまっすぐ見ていた。


「断る」


ガルムの眉が動く。


「何?」


「斬らない」


「甘えるな」


「甘えてない」


「敵になった俺を前にしても、同じことが言えるか」


「言える」


ヴェスパーは即答した。


「俺はあんたを止める」


「同じことだ」


「違う」


「何が違う」


「あんたを殺して終わらせない」


ガルムの表情が険しくなる。


「できなければどうする」


「できる方法を探す」


「なければ」


「作る」


「全員を救えると思うな」


「思ってない」


ヴェスパーの声は静かだった。


もう「必ず全員を救える」と無邪気に信じてはいない。


救えなかった命を知っている。


届かなかった声も知っている。


選択を間違えれば、仲間も街も失うと分かっている。


それでも。


「救えないかもしれないことと、最初から捨てることは違う」


ヴェスパーは言った。


「俺は最後まで、あんたを連れ戻す方法を探す」


ガルムは何も答えなかった。


長い沈黙。


やがて。


「馬鹿弟子が」


低い声が落ちる。


だがその言葉に、怒りはなかった。


夕方。


ガルムは診療所の裏庭へ出ていた。


セレスから外出を禁じられているため、正確には裏口から数歩出ただけだった。


ヴェスパーも隣にいる。


二人の間には、朝の訓練で使った剣が置かれていた。


「残火の話だ」


ガルムが言う。


「続けるのか」


「寝ているよりましだ」


「セレスに見つかるぞ」


「その時は戻る」


「成長したな」


「うるさい」


ガルムはヴェスパーの右手を見る。


「お前は、残火を仲間へ伸ばしている」


「ああ」


「それ自体は間違っていない」


「だが、俺自身に戻ってこない」


「そうだ」


ガルムは自分の胸元へ手を置く。


「誰かを守ることだけを起点にすれば、その相手を失った時、お前の火も消える」


ヴェスパーは黙っている。


村を失った時。


幼い彼の中には、何も残らなかった。


ガルムに拾われなければ。


きっとあのまま、自分まで消えていた。


「自分のために燃えろ」


ガルムが言った。


「それは利己的じゃないのか」


「自分を残せない奴が、誰かを連れて帰れるか」


ヴェスパーの指先に、小さな熱が灯る。


残火。


薄く揺れながら、ガルムへ向かって伸びる。


「違う」


ガルムが言う。


「戻せ」


「どこへ」


「お前へだ」


ヴェスパーは指先の火を見る。


仲間を探すため。


道を繋ぐため。


敵を欺くため。


これまで残火は、いつも外へ向かっていた。


自分自身へ使うという発想がなかった。


「目を閉じろ」


ガルムが言う。


ヴェスパーは目を閉じた。


灰都の音。


風。


遠くの市場。


診療所の中を歩くセレス。


端末を操作するイリス。


食料庫を探るレイラ。


本を読むアステル。


エドの呼吸を聞いているノア。


そして隣にいるガルム。


すべての熱が見える。


「それを消せ」


「仲間の熱を?」


「一度だけだ」


ヴェスパーは呼吸を整える。


一つずつ。


周囲の熱を意識の外へ置いていく。


レイラ。


イリス。


セレス。


アステル。


ノア。


ガルム。


すべてが遠ざかる。


最後に残ったのは。


自分の熱だけだった。


小さい。


思っていたよりも弱い。


脇腹の傷。


疲労。


恐怖。


怒り。


迷い。


それらを抱えながら、それでも消えずにいる熱。


「見えるか」


「ああ」


「何が」


ヴェスパーは答える。


「俺がいる」


指先から伸びていた残火が、胸元へ戻る。


小さな火が。


心臓の鼓動へ重なった。


大きくはならない。


爆発もしない。


ただ。


外へ伸びても、必ず戻ってくる。


消えかけても。


自分の中に、火種が残る。


ヴェスパーは目を開けた。


ガルムが彼を見ている。


「それを忘れるな」


「ああ」


「仲間を守れ」


「ああ」


「だが、守るために自分を捨てるな」


ヴェスパーはガルムの胸元を見た。


「それは、あんたにも言ってるのか」


ガルムは顔を逸らす。


「お前の修行だ」


「そうか」


「何だ」


「師匠は弟子の手本になるものだと思っていた」


「減らず口を覚えたな」


「誰かの影響だ」


ガルムの口元が、ほんの少しだけ上がった。


診療所の中。


眠っていたエドの指が動いた。


ノアがすぐに気付く。


「エド?」


騎士の目が、ゆっくりと開く。


まだ焦点は定まっていない。


だが、昨日よりも確かに自分の意思が残っている。


「ここは……」


「灰都の診療所」


ノアが答える。


「あなたは倒れたんだ」


エドは胸元へ手を伸ばす。


星環の銀環は、セレスの処置によって一時的に覆われている。


鐘の音は弱い。


「司祭……」


「ミレイア?」


その名を聞き、エドの顔に恐怖が浮かんだ。


「違う……」


「何が?」


エドは息を乱しながら、ノアの腕を掴む。


「司祭を……責めるな」


「え?」


「彼女も……繋がれてる」


ノアの兎耳が立つ。


「ミレイアも?」


エドは頷こうとした。


だが身体が震え、うまく動かない。


「王都へ……行くなら……」


声が掠れる。


「白銀門に……入るな」


ノアの目が大きくなる。


ローデンと同じ警告。


「なぜ?」


エドの呼吸が速くなる。


診療所の奥から、セレスが駆けてきた。


「無理に話さないでください!」


だがエドは必死に言葉を続ける。


「門の下に……星環がある」


「通った者の……熱と名前を……」


「全部……王都へ――」


胸元の銀環が、青白く光った。


エドの背中が跳ねる。


「エド!」


ノアが手を握る。


騎士の口から。


本人のものではない声が漏れた。


低い。


何人もの声が重なっている。


『黒陽炎の鍵を確認』


『帰還を待つ』


『残火を王都へ』


セレスが銀環へ治療術式を流す。


アステルも重圧で結晶の動きを抑える。


光が弱まり。


エドの身体から力が抜けた。


再び意識を失う直前。


彼は、たった一言だけ呟いた。


「ガルム……逃げて……」


診療所の外。


裏庭にいたガルムの胸元で。


青白い結晶が、同じ瞬間に脈打った。


遠く離れた王都から。


誰かが彼を呼んでいる。


ガルムは胸を押さえ、東の空を見た。


ヴェスパーも残火を通して、その振動を感じていた。


それは鐘の音に似ていた。


一度。


二度。


三度。


王都への道が。


彼らを迎えるためではなく。


捕らえるために、ゆっくりと口を開いていた。

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