表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰の星  作者: ウルフルマル


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

39/65

第2章 第21話 「海底観測炉」

五人の器が、同時に地面を蹴った。


濡れた石畳が砕ける。


最初に迫ったのは、胸に青い核を持つ男だった。


拳の周囲に青白い熱が集まり、海底都市の冷たい空気を一瞬で焼く。


竜熱。


不完全ではある。


だが、ヴェスパーの熱を喰らう性質は、ドラグニルのものと同じだった。


「ヴェスパー、正面!」


イリスが叫ぶ。


ヴェスパーは剣を構えず、横へ跳んだ。


青い拳が通り過ぎた瞬間、周囲の熱が吸い寄せられる。


彼が残していた薄い蜃気楼も、一瞬で消えた。


石畳に拳が叩きつけられる。


轟音。


青い炎が地面を走った。


レイラが戦斧を振りかぶる。


「動きだけ止める!」


斧の柄が男の脇腹へ向かう。


だが、紫の核を持つ女が手を上げた。


レイラの身体へ、重圧が落ちる。


「ぐっ……!」


膝が沈む。


斧の軌道が下がる。


そこへ白い核を持つ小柄な器が走り込み、結晶化した腕を刃へ変えた。


ヴェスパーはその間へ剣を差し込む。


結晶刃と鋼が衝突した。


「レイラ、下がれ!」


「まだだ!」


レイラは重圧に耐えながら、斧の石突きを地面へ突き立てた。


それを支えに身体を起こし、白い核の器を肩で弾き飛ばす。


「潰すんじゃなくて、転がすだけだ!」


「十分乱暴だよ!」


イリスが銃を撃つ。


弾丸は紫の核を持つ女ではなく、その首元にある黒い制御装置へ飛んだ。


命中。


火花。


だが装置は壊れない。


黒い膜が一瞬だけ広がり、弾丸を逸らした。


「防護術式付き!」


イリスが舌打ちする。


オルディスの声が、街路の拡声器から流れた。


『素晴らしい。殺傷を避けながら、制御装置だけを狙う。ですが、その程度では解除できません』


「なら、黙って見てろ!」


レイラが叫ぶ。


『観測することが、私の役目です』


五人目。


胸に灰色の核を持つ器が、ゆっくりと顔を上げた。


他の四人とは違い、すぐには攻撃してこない。


ただ、口を開いた。


音はなかった。


それでも次の瞬間、ヴェスパーの感覚が消えた。


「……!」


熱が読めない。


仲間の位置が分からない。


海水の冷たさも、自分の体温も感じない。


視界はある。


だが、世界から熱だけが抜け落ちていた。


「ヴェスパー?」


セレスの声が遠く聞こえる。


灰色の核。


感覚遮断。


それが、この器に入れられた能力だった。


黒い核を持つ男が動く。


ガルムに似た構え。


大剣は持っていない。


だが、片腕に黒い陽炎をまとい、ヴェスパーへ迫った。


見えている。


しかし、距離が読めない。


黒陽炎の揺らぎによって、実際より近くも遠くも見える。


さらに熱感知を封じられている。


黒い拳がヴェスパーの胸へ迫る。


「右だ!」


レイラの声。


ヴェスパーは考えず、右へ跳んだ。


拳が外套を掠める。


黒い陽炎が布を焦がした。


「助かった」


「こっちは見えてる!」


レイラが叫ぶ。


「お前が読めないなら、私たちが言う!」


イリスも続ける。


「青が正面! 紫が後ろ! 白は右!」


セレスが熱診で敵を見ながら声を上げる。


「灰色の核は、能力使用中に体温が急激に下がっています! 長くは使えません!」


ヴェスパーは目を閉じた。


熱が読めない。


なら、今は仲間の声を読む。


レイラの声。


イリスの指示。


セレスの診断。


一人で戦っているわけではない。


「灰色を止める」


ヴェスパーは前へ出た。


「左へ二歩!」


イリスの声に従う。


「今、伏せて!」


セレスの声。


青い拳が頭上を通過する。


「そのまま正面だ!」


レイラが紫の器を斧の柄で押し返しながら叫ぶ。


ヴェスパーは霧のような薄い揺らぎを前方へ残す。


熱を使った蜃気楼ではない。


濡れた石畳を蹴り、水滴を舞わせ、影だけを揺らす。


灰色の器が一瞬、そちらへ顔を向けた。


その隙に懐へ入る。


斬らない。


剣の柄を首元の制御装置へ当てる。


「眠れ」


衝撃。


灰色の器の身体が揺れる。


だが、倒れない。


制御装置が青黒く光り、身体を無理やり起こす。


「意識がなくても動かしてる!」


イリスが言う。


「首だけじゃない! 装置が胸の核へ命令を流してる!」


セレスの目が鋭くなる。


「首元の装置と核の間に、細い術式管があります。そこを一時的に遮断できれば、生命維持を止めずに制御だけ切れるかもしれません!」


「場所は」


「鎖骨の下です!」


ヴェスパーは灰色の器の胸元を見る。


皮膚の下に、青黒い線が走っている。


切れば出血する。


深く斬れば命に関わる。


だが、完全に切る必要はない。


熱で流れを乱す。


ガルムが教えた残火。


大きく燃やさない。


一点だけを、短く揺らす。


ヴェスパーは指先を器の鎖骨へ当てた。


「少し熱いぞ」


反応はない。


それでも、声をかける。


小さな熱を流す。


術式管の金属粒子がわずかに膨張する。


制御信号が乱れた。


灰色の器の身体から力が抜ける。


ヴェスパーは倒れる身体を受け止めた。


セレスがすぐに駆け寄る。


「呼吸あり。核も安定しています!」


イリスの目が輝く。


「それだ! 全員、首と核の間を遮断すれば止められる!」


レイラが青い核の男の拳を斧で受け止める。


「説明は分かった! でもこいつら大人しく触らせてくれないぞ!」


「大人しくさせるのが、あなたの仕事です!」


セレスが返す。


レイラはにやりと笑った。


「了解!」



作戦は単純だった。


レイラが動きを止める。


イリスが制御装置の防護を乱す。


セレスが術式管の位置を読む。


ヴェスパーが残火で信号を遮断する。


だが、五人の器はそれぞれ異なる能力を持っている。


一人を止めたことで、残る四人の反応が強くなった。


紫の器が両手を広げる。


街路全体に重圧が落ちる。


床が軋み、古い建物の窓が割れた。


イリスが膝をつく。


「広すぎる……!」


セレスも医療バッグを抱えたまま動けなくなる。


ヴェスパーは剣を地面へ突き立て、身体を支えた。


その中で、レイラだけが一歩前へ出た。


「重いな」


さらに一歩。


「でも――」


彼女の脚が震える。


筋肉が悲鳴を上げる。


それでも止まらない。


「北の坑道よりは、軽い!」


レイラは戦斧を地面へ滑らせるように振った。


紫の器の足元を払う。


身体が傾く。


直接殴れば大きな傷を負わせる。


だから、足場だけを崩す。


紫の器が倒れた瞬間、イリスが銃を撃つ。


首元の防護装置に三発。


一発目で膜を揺らし。


二発目で亀裂を入れ。


三発目で術式防護を一瞬だけ止める。


「今!」


セレスが叫ぶ。


「左鎖骨の下、指二本分!」


ヴェスパーが重圧の中を走る。


紫の器の肩へ手を伸ばす。


小さな熱。


細い残火。


術式管が乱れる。


重圧が消えた。


紫の器は静かに倒れた。


「二人目!」


イリスが叫ぶ。


だが、青い核を持つ男がヴェスパーへ迫る。


竜熱の拳。


ヴェスパーが残火を使おうとした瞬間、その熱が吸われた。


「やはり喰うか」


青い器の核が強く輝く。


吸収した熱を、自分の拳へ戻している。


ヴェスパーは剣で受ける。


衝撃。


刀身が赤く焼ける。


腕が痺れた。


レイラが横から斧を振るうが、白い核の器が結晶の壁を作って遮る。


その背後から、黒い核の男が黒陽炎を広げた。


距離が歪む。


街路が何倍にも伸びたように見える。


「面倒なのが残ったね!」


イリスが周囲を見回す。


ヴェスパーは焼けた剣を下げた。


青の竜熱。


白の結晶化。


黒の黒陽炎。


それぞれが他を支えるように動いている。


オルディスが作った連携。


仲間ではない。


互いの名も知らない。


それでも、装置によって完璧に動かされている。


その姿が、ヴェスパーには許せなかった。


「レイラ」


「何だ!」


「黒い器を頼む」


「黒陽炎を?」


「あれは本物じゃない。視界を歪ませるだけだ」


「お前には分かるのか」


「ガルムのものより、冷たい」


レイラは戦斧を握り直した。


「なら本物より楽だな」


「楽とは言ってない」


「同じだ!」


レイラが黒陽炎の中へ飛び込む。


目に頼らず、戦斧を広く振るう。


黒い器が後退する。


だが、レイラは追わない。


床へ斧を叩きつける。


水飛沫。


黒陽炎の中に、器の足元の位置が浮かぶ。


「そこだ!」


戦斧の柄が足を払う。


黒い器が崩れた。


「イリス!」


「見えない!」


「水の音を撃て!」


「雑な指示!」


それでもイリスは、レイラが起こした水音へ銃口を向ける。


弾丸が首元の装置へ当たった。


ヴェスパーは黒陽炎の揺らぎを読む。


偽物でも、熱の流れはある。


その中心へ手を伸ばし、術式管を遮断した。


黒い陽炎が消える。


三人目。


「残り二人!」


セレスが声を上げる。


青と白。


竜熱と結晶。


白い器が両腕を地面へ突き刺した。


街路から無数の結晶柱が生える。


ヴェスパーたちを囲む檻。


さらに青い器が熱を放ち、結晶を高温で変質させる。


透明だった柱が、青黒く硬化していく。


イリスが触れかけて手を引く。


「熱っ!」


レイラが斧を振るう。


だが、柱は砕けない。


「硬すぎる!」


セレスが青い器を見た。


「竜熱の核が、白い器の結晶を補強しています!」


「なら青から止める」


ヴェスパーは青い器を見る。


こちらの熱は喰われる。


残火も吸収される。


直接触れて術式管を乱すには、竜熱を止めなければならない。


ガルムの言葉。


――勝とうとするな。まず喰われない熱を作れ。


喰われない熱。


大きく燃やさない。


小さく動かす。


だが、それでも熱は熱だ。


近付けば吸われる。


ヴェスパーは周囲を見る。


海底都市。


冷たい水。


濡れた石。


青黒く熱せられた結晶柱。


自分の熱を使う必要はない。


相手が放った熱を使えばいい。


「イリス。結晶柱を撃て」


「壊れないよ!」


「壊さなくていい。青い器の近くを狙え」


イリスは一瞬だけ考え、意図を理解した。


「反射させる気?」


「やってみる」


「了解!」


イリスの銃弾が結晶柱へ当たる。


硬い柱は砕けない。


だが、表面に小さな亀裂が入り、青い熱の流れが変わる。


ヴェスパーは柱の熱を薄く揺らした。


自分の熱ではない。


青い器自身が放った竜熱。


柱の中を流れていた熱を、別の方向へ返す。


青い器の核が反応する。


自分の熱を、自分で喰おうとして一瞬だけ混乱した。


「今だ!」


レイラが結晶柱を踏み台に跳ぶ。


空中から青い器へ迫り、戦斧の柄で肩を打つ。


青い器が倒れる。


イリスが首元の装置を撃つ。


防護が揺らぐ。


セレスが叫ぶ。


「右鎖骨! 核へ向かう管は一本です!」


ヴェスパーは竜熱が戻る前に手を当てた。


小さな残火。


一瞬だけ術式管を詰まらせる。


青い核の光が消えた。


四人目。


竜熱による補強がなくなり、結晶柱に亀裂が走る。


レイラが笑った。


「最後!」


白い器は逃げなかった。


両腕を結晶の大槍へ変え、セレスへ向ける。


医療担当を狙う。


セレスは後退しない。


熱診を使い、器の身体を見つめていた。


「この人は……」


「セレス!」


ヴェスパーが走る。


白い槍が迫る。


レイラの斧では間に合わない。


イリスが銃を撃つが、結晶に弾かれる。


セレスは最後まで器を見ていた。


そして、叫ぶ。


「核が壊れかけています! 強い衝撃を与えないで!」


ヴェスパーは剣を投げた。


刃を向けるのではなく、横向きに。


剣の腹が結晶槍へ当たり、軌道をわずかに逸らす。


槍はセレスの肩を掠め、背後の壁へ突き刺さった。


ヴェスパーは素手のまま懐へ入る。


白い器がもう片方の腕を振るう。


レイラが後ろから腕を掴んだ。


「動くな!」


「首の装置は壊さないでください!」


セレスが肩の傷を押さえながら叫ぶ。


「核が弱っています。制御を切った瞬間、生命維持が落ちる可能性があります!」


「どうする!」


レイラが問い返す。


セレスは医療バッグから一本の注射器を取り出す。


「私が核を安定させます。同時に切ってください!」


「合図を」


ヴェスパーは白い器の鎖骨へ手を当てる。


セレスは核のすぐ横に注射針を入れる。


青白い薬液。


結晶化抑制剤と熱安定剤。


「今です!」


ヴェスパーが残火を流す。


制御信号が遮断される。


同時にセレスが薬を押し込む。


白い核が激しく点滅した。


器の身体が痙攣する。


レイラが支える。


「止まれ……!」


セレスは熱診を続ける。


「まだです。核が下がりすぎています」


白い器の唇が、わずかに動いた。


声。


かすかな声。


「……さむい」


セレスの目が揺れた。


空っぽではない。


まだ感覚が残っている。


「聞こえます」


セレスは器の手を握った。


「今、温めます。あなたは一人ではありません」


ヴェスパーは自分の熱を、ほんの少しだけ流した。


術式ではない。


人を温める程度の熱。


竜熱に喰われることもない。


黒陽炎に利用されることもない。


ただの体温。


白い核の点滅が、少しずつ安定する。


器の身体から力が抜けた。


レイラがゆっくりと床へ寝かせる。


セレスは脈を確認し、大きく息を吐いた。


「生きています」


五人全員。


殺さずに止めた。


オルディスが用意した選択を、また壊した。



街路に静けさが戻った。


五人の器は並べて寝かされ、セレスが状態を確認している。


イリスは首元の制御装置を一つ外し、解析を始めた。


レイラは戦斧を肩に担ぎ、疲れたように座り込む。


「壊さないように戦う方が疲れるな」


ヴェスパーは剣を拾った。


「よくやった」


「珍しく素直だな」


「事実だからな」


レイラは少し笑った。


「なら覚えておく」


セレスは白い核の器の傷を処置しながら言う。


「全員、生命反応があります。ただ、長くここへ置いてはおけません」


イリスが端末を見た。


「首の装置を外したことで、観測炉からの制御は切れた。でも、胸の核そのものが生命維持を担ってる。持ち運びは危険」


「避難室へ運べるか」


ヴェスパーが聞く。


「一度に五人は無理です」


レイラが腕を組む。


「往復するか?」


「その前に、観測炉の制御を止める必要がある」


イリスは巨大扉を見た。


「この人たちの核へ力を送ってたのも、たぶん観測炉。炉を止めれば、安定する可能性もある」


オルディスの声が再び響いた。


今度は、先ほどよりも少し低かった。


『見事です』


ヴェスパーは扉を睨む。


「不満そうだな」


『いいえ。予想を超える結果は、研究者にとって喜びです』


レイラが立ち上がる。


「こっちはお前を喜ばせるために戦ってない」


『理解しています』


イリスが制御装置を掲げる。


「これ、あんたの装置だよね。かなり良い証拠になる」


『持ち帰れれば、ですが』


その瞬間、巨大扉の上に赤い警告灯が灯った。


古代文字が流れる。


【海底観測炉


再起動工程 第二段階


環境再現率 四十一パーセント】


地面が震えた。


青い膜の向こうで、海水が大きく渦を巻く。


海底都市の奥から、巨大な機械が動く音が響く。


セレスが顔を上げた。


「何を始めたのですか」


オルディスは穏やかに答える。


『灰の大災厄時の環境再現です』


アステルが感じた重さ。


竜熱。


結晶化。


黒陽炎。


灰色の感覚遮断。


それらは単に器へ移植する能力ではない。


大災厄の環境を再現し、その中で生きられる身体を作ろうとしている。


イリスの端末に、旧施設の記録が流れ込んだ。


「待って……観測炉は環境を観測する装置じゃない」


「何だ」


ヴェスパーが聞く。


イリスの顔が強張る。


「環境を再現する装置。海の温度、大気、重力、灰の濃度、熱量……大災厄を小規模に作り直せる」


レイラが扉を見る。


「そんなもの動かしたら、この街はどうなる」


「壊れる」


イリスは短く答えた。


「術式膜がもたない。海底旧区画ごと潰れるかもしれない」


避難室には、アステルとノア。


リナ、フィン、ルカ。


目の前には五人の器。


全員が、まだ旧区画にいる。


オルディスの声が響く。


『観測炉へ到達できれば停止できるかもしれません。ただし、時間は限られています』


また、選択を用意したつもりなのだろう。


五人を避難させれば時間がない。


炉へ向かえば、彼らを置いていくことになる。


ヴェスパーは五人を見た。


名前を奪われた者たち。


まだ生きている。


そして巨大扉を見る。


奥では観測炉が動き始めている。


「レイラ」


「何だ」


「この五人を避難室へ運べるか」


レイラは五人を見回した。


「一人ずつならな。往復は必要だ」


「セレスも行ってくれ」


セレスがヴェスパーを見る。


「あなたとイリスだけで観測炉へ?」


「ああ」


「危険です」


「分かっている」


「分かっているなら――」


「避難室の子どもたちと、この五人を頼めるのはお前たちだ」


セレスは言葉を止めた。


ヴェスパーは続ける。


「炉を止めるのは、俺とイリスがやる」


レイラが眉をひそめる。


「また分かれるのか」


「全員で炉へ行けば、この人たちを置いていくことになる」


「だからって、お前だけで――」


「一人じゃない」


ヴェスパーはイリスを見る。


イリスは端末を掲げた。


「まあ、機械を止めるなら私が必要だね」


レイラは納得していない顔をした。


「戻ってくるんだろうな」


「ああ」


「絶対か」


ヴェスパーは少しだけ黙った。


レイラの目が鋭くなる。


「そこは即答しろ」


ヴェスパーは頷いた。


「絶対に戻る」


レイラは戦斧を背負い、一人目の器を抱え上げた。


「よし。なら、こっちは任せろ」


セレスも白い核の器を慎重に担架へ乗せる。


「炉を止めたら、すぐに戻ってください。怪我をしても隠さないこと」


「分かった」


「本当に?」


「たぶん」


セレスは無言でヴェスパーを見た。


「……分かった。必ず言う」


「よろしいです」


巨大扉の警告灯がさらに赤くなる。


【環境再現率 四十八パーセント】


イリスが扉の制御盤へ端末を接続する。


「解除するよ」


レイラとセレスは五人を運び、避難室へ戻る道へ向かった。


別れる直前、レイラが振り返る。


「ヴェスパー!」


「何だ」


「無茶はするなとは言わない」


レイラは笑った。


「帰ってこられる無茶だけにしろ」


ヴェスパーは短く頷く。


「ああ」


扉の封印が外れる。


重い音を立て、巨大な防水扉がゆっくりと開いた。


その向こうには、円形の広大な空間が広がっていた。


中心にそびえる巨大な観測炉。


海底から空へ伸びるような、青白い光の柱。


周囲を巡る黒い翼の装置。


そして、光の柱の中に浮かぶ一つの人影。


細い身体。


黒と青の結晶に覆われた腕。


胸元には、複数の色が混ざった核。


イリスの端末が激しく警告を鳴らした。


「複合因子反応……さっきの五人とは違う」


ヴェスパーは剣を構える。


光の中の人影が、ゆっくりと目を開く。


片方は黒。


もう片方は青。


オルディスの声が、観測炉全体へ響いた。


『紹介しましょう』


人影の胸で、黒陽炎と竜熱が同時に揺れる。


『海底観測炉が生み出した、最初の統合候補』


光の柱が砕けた。


人影が床へ降り立つ。


『潮底の器です』


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ