第1章 第1話 「灼熱の砂海」
太陽は容赦なく大地を焼いていた。
見渡す限り続く黄金色の砂丘。
吹きつける乾いた風が砂を巻き上げ、遠くに見える景色を陽炎で揺らしている。
かつて文明が栄えていた証なのか、砂に半ば埋もれた石造りの塔や朽ち果てた橋が、まるで墓標のように点在していた。
砂漠を横断する一本の交易路。
その上を、一隊の輸送隊がゆっくりと進んでいる。
荷車には木箱や水樽、布袋が積み込まれ、十数人の商人と数名の護衛が周囲を警戒していた。
この砂海では、一日の油断が命取りになる。
盗賊。
魔獣。
そして砂嵐。
何が襲ってくるか分からない。
だからこそ、誰もが緊張感を切らさず歩いていた。
……ただ一人を除いて。
「いやぁー! 今日も最高の天気だな!」
快活な声が砂漠に響く。
赤い髪を後ろで束ねたループス族の少女――レイラは、荷車の横を軽い足取りで歩いていた。
肩には、自身の背丈ほどもある巨大な戦斧を担いでいる。
「……暑くないのか、お前は」
商人の一人が呆れたように額の汗を拭った。
「暑い? これくらいで?」
レイラは首を傾げる。
「むしろ体がよく動くぞ?」
「お前だけだよ……」
隊列のあちこちから苦笑が漏れる。
「獣人ってみんなそうなのか?」
別の商人が尋ねると、レイラは腕を組んで少し考えた。
「いや、私を基準にするな。」
その一言に、一同は思わず吹き出した。
張り詰めていた空気が少しだけ和らぐ。
輸送隊には、こういう存在も必要だった。
その少し前方。
隊列の先頭近くを、一人の青年が静かに歩いていた。
風になびく金色のセミロング。
灰色の外套。
腰には一本の細身の剣。
青年の名は――ヴェスパー。
彼は周囲の景色を眺めるでもなく、ただ静かに前を見据えて歩いている。
「兄ちゃん。」
後ろから商人が声をかけた。
「さっきから黙ったままだな。」
返事はない。
「聞いてるか?」
ヴェスパーは足を止めることなく、小さく口を開いた。
「……風向きが変わった。」
「え?」
商人は空を見上げる。
雲ひとつない青空。
特に変わった様子はない。
「何かあるのか?」
その問いにヴェスパーは答えない。
ただ視線だけを、遥か前方へ向けていた。
「また始まったか。」
レイラが隣まで歩いてくる。
ヴェスパーは静かに頷いた。
「嫌な予感がする。」
「その予感、当たるんだよな。」
レイラは苦笑する。
これまで何度も、ヴェスパーの"勘"に助けられてきた。
いや、勘ではない。
彼の感知能力は、普通の人間では気付けない違和感を見抜く。
風。
熱。
気配。
砂の流れ。
全てを読み取る力。
だからこそ、レイラは彼の言葉を軽く受け流さない。
「当たらない方がいい。」
ヴェスパーは短く答えた。
「違いない。」
レイラも真顔になる。
ヴェスパーはゆっくりとしゃがみ込んだ。
砂へ手を伸ばす。
指先ですくい上げた砂が、さらさらと零れ落ちていく。
その下に、いくつもの足跡が残されていた。
人間。
獣人。
複数。
しかも。
「新しい……。」
レイラも足跡を見る。
「街道なんだから当たり前じゃないのか?」
「違う。」
ヴェスパーは静かに首を振る。
「輸送隊のものじゃない。」
「……。」
レイラの表情が変わった。
「敵か。」
ヴェスパーは答えない。
代わりに目を閉じる。
熱。
砂が蓄えた熱。
岩の熱。
人の体温。
その全てが、波紋のように意識へ流れ込んでくる。
そして――
彼の瞳がゆっくりと開いた。
「右前方。」
「何人だ?」
「……分からない。」
ヴェスパーは遠くの岩場を見つめた。
陽炎で景色が揺れている。
しかし、その揺らぎの向こうに。
ほんの一瞬だけ。
何かが動いた。
「見られている。」
静かな声だった。
レイラは戦斧の柄を握る。
その口元に、わずかな笑みが浮かぶ。
「面倒な相手か?」
ヴェスパーは目を離さず答えた。
「……たぶんな。」
「なら。」
レイラは肩で戦斧を軽く回した。
「暴れる準備だけはしておくか。」
その言葉と同時に。
遠くの岩陰で、一羽の鳥が驚いたように飛び立った。
ヴェスパーの瞳が細くなる。
風が止んだ。
砂が静まる。
世界が、一瞬だけ息を潜めたようだった。
そして――。
岩陰から、一筋の矢が放たれる。
その矢が太陽の光を反射した瞬間、ヴェスパーは叫んだ。
「伏せろ!!」




