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灰の星  作者: ウルフルマル


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第2章 黒陽炎の残滓 第1話 「北へ向かう者たち」

灰都アッシュベルクの朝は、騒がしい。


城壁の内側では、夜明けと同時に市場が動き出す。


水売りの声。


荷車の軋む音。


鍛冶場から響く金属音。


屋台から立ち上る香辛料と焼き肉の匂い。


下層街の狭い路地には、今日を生きるために動き出す人々の熱が満ちていた。


だが、白砂診療所の中だけは少し違っていた。


朝の光が窓から差し込む中、診療所の一室には地図と荷物が広げられている。


灰都周辺の砂漠地図。


北方荒野の古い測量図。


廃坑都市グランヴェイルの記録。


そして、赤い印がつけられた一本の古代道路。


それは灰都から北へ伸びる、崩れかけた旧高速道だった。


「北の廃坑都市跡へ行くなら、この道が一番早い」


イリスは机の上に地図を広げ、指先で道筋をなぞった。


黒紫の髪を片目にかけ、いつものように飴を口の中で転がしている。


だが、その表情は軽くなかった。


「灰都を出て、砂海北部を抜ける。そこから古代道路に入って、白牙トンネルを通る。トンネルを抜ければ北方荒野。そこから半日でグランヴェイル」


レイラが腕を組んで地図を覗き込む。


「白牙トンネル?」


「大災厄前に作られた長大トンネル。山脈をぶち抜いて、砂漠と北方を繋いでた古代道路だよ」


「長いのか?」


「かなり」


「どれくらい?」


イリスは少し考えた。


「途中で野営が必要になるくらい」


レイラの表情が露骨に嫌そうになった。


「トンネルの中で寝るのか?」


「そうなるかも」


「最悪だな」


「外を迂回するなら五日は余計にかかる」


「トンネルでいい」


判断は早かった。


セレスは薬瓶を整理しながら静かに言った。


「トンネル内は湿気が多い可能性があります。結晶粉が残っている場合、呼吸器への影響も考えられます」


「つまり?」


レイラが聞く。


「布ではなく、専用の防塵マスクが必要です」


「また荷物が増えるな」


「命より軽いです」


「はい」


レイラは素直に頷いた。


その様子を見て、イリスがくすりと笑う。


「セレスに対しては本当に素直だね」


「医者には逆らわないって決めた」


「いい判断です」


セレスは淡々と返した。


部屋の隅では、アステルが小さな荷袋を膝の上に置いていた。


黒紫の髪は以前より少し整えられている。


青白かった肌にも、ほんのわずかだが血色が戻っていた。


しかし、まだ体力は戻り切っていない。


長時間歩くには不安が残る。


アステルは荷袋の紐を結ぼうとして、何度か失敗していた。


それを見たセレスが近付く。


「焦らなくて大丈夫です」


「……すみません」


「謝る必要はありません」


セレスは手早く紐を結び直す。


「旅の準備は、慣れていないだけです」


アステルは小さく頷いた。


「私は、どれくらい荷物を持てばいいですか」


「あなたは薬と水だけで十分です」


「でも、皆さんはもっと持っています」


「あなたはまだ患者です」


即答だった。


アステルは少し困ったように目を伏せる。


「私は、守られるだけではなく……役に立ちたいです」


その言葉に、部屋の空気がほんの少し柔らかくなった。


レイラが笑う。


「役に立つっていうなら、まず倒れないことだな」


「倒れないこと……」


「そう。倒れたらセレスが怒る」


「怒りません」


セレスが言った。


「ただし、休ませます」


「それ、実質怒ってるのと同じだろ」


「違います」


ヴェスパーは部屋の入口に立ち、そのやり取りを静かに見ていた。


彼の脇腹にはまだ包帯が巻かれている。


傷は塞がり始めているが、完全ではない。


無理をすればまた開く。


それは自分でも分かっていた。


分かっているからこそ、何も言わない。


セレスの視線がこちらへ向く前に、彼は椅子へ座った。


レイラが目ざとくそれに気付く。


「お、座った」


イリスも驚いたように眉を上げる。


「自発的に?」


セレスは真面目な顔で頷いた。


「良い傾向です」


ヴェスパーは少しだけ眉をひそめた。


「俺は子どもか」


「患者です」


セレスの返事は早かった。


レイラは声を上げて笑いかけたが、奥の病室で眠るミロを思い出して口を押さえた。


診療所の奥では、ミロがまだ眠っている。


結晶化の進行は抑えられているが、完治はしていない。


腕には薄く青白い結晶の痕が残り、体力も戻っていない。


彼を灰都に残して北へ行くことに、セレスは最後まで迷っていた。


だが、ミロを連れて行く方が危険だった。


だから、診療所には信頼できる傭兵を置き、イリスの情報網も張り直した。


それでも、完全な安心などない。


黒い翼はすでに診療所を襲った。


また来ない保証はどこにもない。


ヴェスパーは奥の病室を見る。


「ミロの護衛は」


イリスが答える。


「レイラちゃんの知り合いが二人。あと、私の方で見張りを三重にしてある。怪しい動きがあればすぐ分かる」


「それでも足りないかもしれない」


「うん。だから灰都の外からも情報を動かす。黒い翼がこっちを見てるなら、こっちも見返すだけ」


イリスの声は軽い。


だが、その瞳は笑っていなかった。


レイラは大きく息を吐く。


「黒い翼、面倒だな」


「面倒で済むならいいけどね」


イリスは地図の北を指した。


「グランヴェイルで何が待ってるか分からない。ドラグニルがいるかもしれないし、黒い翼の研究者もいるかもしれない。ガルムさん本人がいる可能性も……ゼロではない」


ガルム。


その名が出た瞬間、ヴェスパーの指がわずかに動いた。


黒く焼けた外套の布切れ。


黒陽炎の残滓。


あの記憶の中で聞いた声。


――ヴェスパーを巻き込むな。


――来るな。


それでも、行く。


今度は一人ではない。


その選択が正しいのかどうかは、まだ分からない。


だが、足を止める理由にはならなかった。


「出発は明日の夜明け」


セレスが言った。


ヴェスパーが彼女を見る。


「今日ではないのか」


「今日ではありません」


「準備はできている」


「あなたの傷ができていません」


「歩ける」


「歩けることと、旅に耐えられることは別です」


部屋の中が静かになる。


レイラも、イリスも、アステルも、全員がセレス側だった。


ヴェスパーは少しだけ視線を逸らした。


「……明日の夜明けでいい」


レイラが感心したように頷く。


「成長したな」


「黙れ」


イリスが地図を丸めながら笑う。


「じゃあ今日は買い出しと準備。防寒具、防塵マスク、携帯食、燃料、灯り、坑道用ロープ、あと予備の水」


レイラが手を挙げる。


「肉は?」


「携帯食に入れる」


「多めに」


「荷物になるよ」


「命より軽い」


セレスが静かに言った。


「栄養は必要です」


レイラは勝ち誇ったように胸を張った。


「ほら、医者も言ってる」


「ただし食べ過ぎは禁止です」


「はい」


その即答に、アステルが小さく笑った。


本当に小さな笑みだった。


だが、それを見たヴェスパーは少しだけ目を細めた。


あの観測塔で初めて出会った時、アステルは自分を人ではなく術式核だと言った。


今は違う。


まだぎこちない。


まだ不安も多い。


それでも彼女は、自分で荷物を持とうとして、自分で明日の朝食を選び、自分で旅に出ると決めた。


それは小さな変化だった。


だが、確かな一歩だった。



昼過ぎ。


ヴェスパーたちは下層街の市場へ出た。


灰都の市場は、いつ来ても雑多だった。


砂漠用の外套。


水袋。


保存食。


武器の手入れ道具。


古代部品。


怪しげな薬。


本物か偽物か分からない護符。


ありとあらゆるものが、狭い露店に並んでいる。


レイラは早速、肉の串焼き屋の前で足を止めた。


「買っていいか?」


ヴェスパーは即答した。


「駄目だ」


「まだ何も言ってないだろ」


「言った」


「旅の準備だ。肉は必要だ」


「今食べる必要はない」


「今食べれば元気が出る」


「荷物にならないな」


「だろ?」


「買わない理由が減っただけだ」


レイラが不満そうに唸る。


その横でセレスが小さな財布を取り出した。


「一本だけなら」


レイラの顔が明るくなる。


「セレス!」


「ただし、アステルさんと半分です」


「もちろん!」


アステルは慌てたように手を振った。


「私は、そんなに食べられません」


「食べられる分だけで大丈夫です」


セレスが言う。


レイラは串焼きを受け取り、半分をアステルへ差し出した。


「ほら。旅の前は食べるんだ」


アステルは戸惑いながらそれを受け取る。


温かい肉の匂いが、湯気と一緒に立ち上る。


彼女は小さく口を開けて、一口食べた。


「……おいしいです」


レイラは満足そうに笑った。


「だろ?」


イリスは少し離れた露店で、防塵マスクや小型ランタンを選んでいた。


「店主、こっちのマスク、結晶粉対応って書いてあるけど本物?」


露店の老人が肩をすくめる。


「本物だとも」


「じゃあ試験証明は?」


「……嬢ちゃん、細かいね」


「命がかかってるからね」


イリスは笑顔のまま、偽物らしき商品を弾いていく。


ヴェスパーは市場の人混みの中で、周囲の熱を読んでいた。


人が多い。


商人。


傭兵。


旅人。


子ども。


荷運び。


その中に混じる、不自然な気配。


一つ。


いや、二つ。


こちらを見ている。


ただの好奇心ではない。


監視。


「イリス」


ヴェスパーが低く呼ぶ。


「気付いてる」


イリスは商品を見たまま答えた。


「右奥の布屋の影と、上の渡り廊下」


レイラの耳がぴくりと動く。


「黒い翼か?」


「まだ分からない」


ヴェスパーは視線を動かさずに言う。


「敵意はない。だが、追っている」


セレスはアステルの前に自然に立った。


アステルも不安そうに周囲を見る。


「私を、見ていますか」


「おそらく」


ヴェスパーは短く答えた。


アステルの指が震える。


レイラがその横に立ち、明るく言った。


「大丈夫だ。見てるだけなら、こっちも見返せばいい」


「それで大丈夫なんですか」


「だいたいな」


「だいたい……」


アステルは少し困った顔をした。


だが、その肩の力は少しだけ抜けた。


イリスは露店で選んだ品をまとめて袋に詰めながら、小声で言った。


「泳がせよう。今ここで捕まえても、たぶん下っ端だし」


ヴェスパーは頷く。


「灰都を出るまで様子を見る」


「監視されながら出発か」


レイラが唇を吊り上げる。


「面白くなってきたな」


セレスが即座に言う。


「面白くありません」


「すみません」


レイラはまた素直に謝った。



買い出しが終わる頃には、日が傾き始めていた。


荷物は予想以上に多くなった。


防寒具。


厚手の手袋。


マスク。


水袋。


保存食。


燃料。


携帯ランタン。


坑道用ロープ。


結晶粉を避けるための薬布。


そして、レイラがいつの間にか買っていた干し肉の袋。


「それは何だ」


ヴェスパーが聞く。


「非常食」


「量が多い」


「非常時が長いかもしれない」


「半分置いていけ」


「命に関わるぞ」


「お前の腹にだろ」


レイラは真剣な顔で頷いた。


「そうだ」


ヴェスパーは言い返すのをやめた。


勝てないと判断したのだ。


診療所へ戻る途中、アステルがふと足を止めた。


小さな露店の前だった。


そこには、安い髪飾りや布紐、小さな護符が並んでいる。


アステルの視線は、青紫色の小さな石が付いた髪留めに向けられていた。


セレスが気付く。


「欲しいのですか?」


アステルは慌てて首を横に振った。


「いえ、必要なものではありません」


「必要ではなくても、欲しいなら買っていいんです」


「でも……」


アステルは戸惑う。


欲しい。


そう思っていいのか分からない。


黒い翼の施設では、必要なもの以外は与えられなかった。


必要ないものを望むことすら、無駄だと言われた。


レイラが横から覗き込む。


「いいじゃん。似合いそうだぞ」


イリスも頷く。


「旅の目印にもなるしね」


ヴェスパーは髪留めを見て、店主に硬貨を渡した。


アステルが驚いて顔を上げる。


「あの、私は」


「旅の準備だ」


ヴェスパーは短く言った。


「必要かどうかは後で考えればいい」


アステルは髪留めを受け取った。


指先でそっと触れる。


青紫の石が夕日を受けて淡く光った。


「……ありがとうございます」


「礼はいい」


「でも、言いたいので」


ヴェスパーは少しだけ黙り、それから頷いた。


「そうか」


アステルは髪留めを大事そうに握った。


その様子を見て、レイラが小さく笑う。


イリスは何かを言いかけたが、やめた。


セレスはただ静かに見守っていた。



夜。


白砂診療所では、出発前の最後の確認が行われていた。


ミロは目を覚まし、ベッドの上でヴェスパーたちを見ていた。


腕の結晶は布で覆われている。


まだ顔色は悪いが、意識ははっきりしている。


「本当に、行くんですか」


ミロが小さな声で聞いた。


ヴェスパーは頷く。


「ああ」


「黒い翼がいるんですよね」


「いる可能性が高い」


「怖くないんですか」


その問いに、ヴェスパーは少しだけ考えた。


怖くないわけではない。


ガルムのこと。


ドラグニルのこと。


黒い翼の実験。


自分自身の力。


不安はある。


怒りもある。


焦りもある。


だが、それを言葉にするのは少し難しかった。


代わりに、レイラが答えた。


「怖いぞ」


ミロが驚いて彼女を見る。


レイラは笑っていた。


「怖いけど、行くんだ。放っておいたら、もっと怖いことになるからな」


イリスも続ける。


「怖くない人は、たぶん危ないよ。怖いって分かってる方が、生き残れる」


セレスがミロの布団を整える。


「怖いと感じるのは、命を守るために必要な反応です」


アステルは少し迷ってから、小さく言った。


「私も……怖いです」


ミロはアステルを見た。


アステルは自分の手を見つめている。


「でも、もう逃げるだけは嫌です」


その言葉に、ミロは黙った。


そして、少しだけ頷いた。


「僕も……早く、治します」


セレスが優しく言う。


「一緒に治していきましょう」


「はい」


ミロはヴェスパーを見る。


「帰ってきますか」


ヴェスパーは静かに答えた。


「帰る」


短い言葉。


だが、ミロはそれで安心したように目を伏せた。



深夜。


診療所の灯りが落ち、街も少しずつ静かになった頃。


ヴェスパーは屋根の上にいた。


灰都の夜景が広がっている。


下層街の灯り。


上層区の白い建物。


遠くに見える城壁。


その先には、北へ続く闇がある。


明日の夜明けには、そこへ向かう。


北の廃坑都市グランヴェイル。


黒陽炎の残滓。


ガルムの手がかり。


そして、黒い翼の核心。


背後で足音がした。


イリスだった。


「寝ないの?」


「少しだけ」


「またセレスに怒られるよ」


「戻る」


「その前に、一つだけ」


イリスは屋根の縁に腰掛け、端末を差し出した。


画面には短い文章が表示されている。


――北へ行くな。黒陽炎はもう戻らない。


ヴェスパーは目を細めた。


「誰からだ」


「不明。でも発信経路に上層区が噛んでる」


「灰都の上層に黒い翼の協力者がいるのか」


「たぶんね」


イリスは珍しく真面目な声で言った。


「北へ行ってる間、灰都でも何かが動くかもしれない」


「ミロが危ないか」


「それもある。あと、私たちが戻る場所を潰す可能性も」


ヴェスパーは黙った。


戻る場所。


以前の自分なら、そんなものはなかった。


依頼を受け、旅をし、戦い、また次へ行くだけ。


だが今は違う。


白砂診療所。


ミロ。


灰都に残る人々。


自分たちが戻る場所が、少しずつでき始めている。


それを狙われる。


黒い翼は、そういう相手だ。


「手は打てるか」


「打つよ」


イリスはにやりと笑った。


「こっちも情報屋だからね。留守中に好き勝手されるほど安くない」


「頼む」


「珍しいね、素直に頼むなんて」


「必要なら頼む」


「それも成長?」


「知らない」


イリスは小さく笑った。


そして、ふと真面目な目で北の空を見る。


「ガルムさん、どんな人だったの」


ヴェスパーはしばらく黙った。


夜風が二人の間を抜ける。


「厳しい人だった」


「それは想像つく」


「褒めない。説明しない。飯は雑。寝る場所も雑。訓練はもっと雑」


イリスが吹き出す。


「それ、いいところある?」


ヴェスパーは少しだけ考えた。


「見捨てなかった」


イリスは笑みを消した。


ヴェスパーは続ける。


「俺が何もできなかった時も、何も分からなかった時も、生きることだけを教えた」


「そっか」


「あの人がいなければ、俺はあの日に死んでいた」


燃える故郷。


灰の空。


差し出された手。


立て。


生きたいなら来い。


その声は、今も残っている。


イリスは静かに言った。


「なら、会わないとね」


「ああ」


「でも、会って終わりじゃないよ」


ヴェスパーが彼女を見る。


イリスは端末をしまいながら言った。


「その人が変わっていても、生きていても、敵になっていても。君は選ばなきゃいけない」


「分かっている」


「本当に?」


「……たぶん」


「たぶんか」


イリスは少し笑った。


「まあ、その時は皆で殴ってでも止めるよ」


「頼んだ覚えはない」


「頼まれなくてもやるのが仲間でしょ」


その言葉に、ヴェスパーは返せなかった。


仲間。


まだ慣れない言葉。


だが、否定する気はなかった。



夜明け前。


白砂診療所の前に、五人が集まった。


ヴェスパー。


レイラ。


イリス。


セレス。


アステル。


それぞれの装備は整っている。


防寒外套。


水袋。


ランタン。


ロープ。


医療バッグ。


小型端末。


戦斧。


剣。


そして、アステルの髪には昨日買った青紫の髪留めが付いていた。


レイラがそれに気付く。


「似合ってるぞ」


アステルは少し照れたように目を伏せる。


「ありがとう、ございます」


セレスがミロに最後の薬を渡し、見張りの傭兵へ注意点を伝える。


イリスは端末で灰都内の監視網を確認している。


ヴェスパーは北門へ続く道を見た。


空はまだ暗い。


だが、東の端がわずかに白み始めている。


「行くぞ」


その一言で、全員が歩き出した。


灰都の門が開く。


冷たい朝の風が砂を運ぶ。


外には、北へ続く道が広がっていた。


砂漠。


古代高速道。


白牙トンネル。


白い荒野。


そして、廃坑都市グランヴェイル。


ガルムの残した黒陽炎の痕跡が、その先で待っている。


ヴェスパーは一度だけ振り返った。


灰都アッシュベルク。


騒がしく、汚れていて、それでも生きている街。


戻る場所。


守るべき場所。


そして、仲間と出発する場所。


彼は前を向いた。


燃える故郷から始まった道は、灰の星の北へ続いている。


今度は、一人ではない。


五人の足跡が、朝の砂に刻まれていく。

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